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第21巻「ザカラス城の戦い」

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第17章 大軍勢

49.不機嫌

 セイロスはザカラス城の広間で玉座に着いていました。紫水晶の鎧に金茶色のマントをはおり、宝石をちりばめた椅子に座っている姿は、いかにも立派で、本物の王がそこにいるように見えますが、セイロスは非常に不機嫌でした。誰もいない部屋の中で、向こう側の壁をにらんでいます。

 やがて、彼は顔を上げると、空中へ呼びかけました。

「ランジュール! 聞こえるか、ランジュール!? ここに来い!」

 何度か呼んでいると、ふわりと白い上着の青年が現れました。セイロスに向かって唇を尖らせます。

「なぁにぃ、セイロスくん。そんな大声で呼んじゃってぇ。なんの用ぅ?」

「偵察に行ってこい」

 とセイロスは言いました。

「あの連中がロムドへ引き返して、もう十日になる。そろそろザカラス王を救い出すために動き出しているはずだ。様子を見てこい」

 命令することに慣れている者の口調でしたが、ランジュールはいっそう口を尖らせました。

「どぉしてボクが行かなくちゃいけないのさぁ? そんなの、キミの兵隊に行かせりゃいいじゃないかぁ」

「連中は酔っていて使いものにならん」

 とセイロスは苦々しく答えました。彼がアマリル島から率いてきた部下は、この城に百名あまりいましたが、城内に食料や酒がふんだんに蓄えられているのを見て、どんちゃん騒ぎに明け暮れるようになったのです。城の前の跳ね橋を引き上げ、落とし格子も修理して守りが万全になったので、すっかり安心してしまって、見張りにさえろくに立たないしまつでした。

 あぁらら、とランジュールはあきれました。

「彼らは元は島の農民だもんねぇ。戦士の訓練なんて受けてきてないんだから、当然って言えば当然かぁ」

「この城には女がいなくて退屈だ、城の外へ女を探しに行ってくる、などと言い出す輩(やから)まで出てきている。偵察になど出したら、どこへ吹っ飛んでいくかわからん」

 とセイロスは吐き出すように言いました。まったく不機嫌この上ない顔です。

 

 ランジュールは肩をすくめました。

「だから、ボクに偵察に行けってぇ? やぁだよ。ボクは今、忙しいんだからさぁ。このお城で飼ってたファイヤードラゴンを勇者くんに殺されちゃったから、強い魔獣を探してる最中なのさ。だいたい、キミがいつまでたってもボクに魔獣をくれないのがいけないんだよぉ。いったいいつになったら強い魔獣をくれるのさぁ」

「そのうちに、必ずおまえの好みに合うものをくれてやる。もうしばらく待て」

 とセイロスは答えましたが、ランジュールは疑わしそうな表情でした。

「ホントにぃ? 見てると、どぉも信用できない気がしてくるんだなぁ――。キミは、デビルドラゴンだった頃には数え切れないくらいの闇の怪物を動員して、世界中を見張ってたよねぇ? ボクがその魔獣を捕まえようとしても、全然命令を聞いてくれなくて、何度も悔しい想いをしたんだけどさ。その姿になってからは、キミは一度も闇の怪物を集めたり、命令したりしてないんだよねぇ。だいたい、闇の怪物を使えるんなら、偵察するヤツがいない、なぁんて悩む必要はないはずだろぉ?」

 ランジュールはしゃべりながら玉座の周りを飛び回っていました。椅子に座るセイロスを横目で眺め、確かめるようにこう言います。

「ひょっとしてさぁ、セイロスくん。キミ、人間の姿になったせいで、昔みたいな力が使えなくなってるんじゃないのぉ?」

 ばりばりばりっ!!

 いきなり広間に雷鳴がとどろき、玉座の周囲に稲妻がひらめきました。壁に激突して、どぉん、と音と煙を立てます。

 ひゃぁ! と飛びのいて身をかわした幽霊に、セイロスはすごみのある声で言いました。

「誰が力を使えなくなっていると言うのだ、ランジュール。その身で確かめてみたいのか?」

 ランジュールはふわふわと離れて、また肩をすくめました。

「くわばらくわばら、闇の勇者くんを怒らせちゃったみたいだねぇ。ほとぼりが冷めるまで、ボクは姿を隠していようっと。じゃぁねぇ、セイロスくん。しばらく失礼ぃ。うふふふ……」

 いつもの笑い声を残して、ランジュールは姿を消していきました。あっという間のことで、引き留める間もありません。

 後に残されたセイロスは、拳で玉座の肘置きを殴りつけました。次いで、両手を開くと、納得のいかない顔でにらみつけます――。

 

 ところが、そこへまもなく別な人物がやってきました。金髪の頭に二本角のある兜をかぶり、毛皮の服の上に無骨な鎧を着けた青年です。セイロスを見るなり、嬉しそうに駆け寄ってきます。

「こんなところにいたのか! 城が広いから、ずいぶん探し回ったぞ!」

「ギー!」

 とセイロスも立ち上がりました。ナズナバ砦から陸路を通って南下していた彼の副官です。彼が現れたと言うことは、本隊がザカラス城に到着したということになります。

「いつ着いた? ずいぶん時間がかかったではないか」

 一段高い玉座から下りながら尋ねると、ギーは申し訳なさそうに答えました。

「遅くなって悪かったな。途中で食料がなくなって、寄り道するはめになったんだ。なにしろあの人数だからな。食料をかき集めるのにも一苦労だった。操り兵の連中だって、食べさせなければ歩かないし」

「この城には物資が充分ある。食料の心配はいらん」

「ああ、そうみたいだな。先に来ていた連中が宴会を開いていたから、みんなあっという間に仲間入りしたよ。ここに着くまでは、腹が減ったの疲れたのって文句ばかり言って、なかなか進まなかったくせに、こういうことになると驚くくらい素早いんだからな」

 苦笑まじりのギーの報告に、セイロスはまた不機嫌な顔に戻りました。疲れて不満だらけでたどり着いた兵たちは、すぐには城を離れないだろう、と予想がついたからです。無理に出発を命じれば、司令官の彼に反感を抱かせることになって、せっかくの兵を失うことになりかねません。

「どうした? 何か心配事か?」

 とギーが尋ねました。彼はセイロスの友人を自負しているので、口調も親身です。

「大ありだ。私はこの城を奪ってザカラス王を人質にしたが、東のほうで王を奪回する動きが起きている。だが、敵の様子を調べたくとも、偵察に送り出せる奴がいないのだ」

「みんな疲れ切っているからな――。操り兵を偵察には出せないのか? 連中なら文句は言わないだろう」

「だめだ。連中は命令されたことしか実行できん。途中で何が起きるかわからない偵察には、不向きなのだ」

 セイロスはますます仏頂面になります。

 

 ギーは少し考えてから、こう申し出ました。

「俺が偵察に行こうか、セイロス? 敵の様子を探ってきてやるぞ」

「おまえが?」

 とセイロスは言って考え込みました。ギーは彼の命令を忠実に実行してくれる、貴重な副官です。その彼を自分の隣に置いておくべきか、偵察に送り出すべきかで迷ったのです。やがて、こう言います。

「行ってくれるか? おまえはようやく城に着いたばかりだが」

 なぁに、とギーは気のいい顔で笑いました。

「俺は宴会なんてどうでもいい。それより、おまえが気になっていることをなんとかしなくちゃな。で、どっちの方面を調べればいいんだ?」

「ここの城下から東へ延びている街道がある。それをたどっていってくれ。街道の先にあるのは隣のロムド国で、十中八九ここから敵が攻めてくる。敵の中には風の怪物に乗って飛んでくる奴らもいるから、空にも注意しろ」

 ギーは目を丸くしました。

「空を飛べるのか、すごいな。だが、俺だって風を名前を持つ男だ。風と風の勝負なら絶対に負けないぞ」

「決して敵とは戦うな。おまえの役目は敵の様子を偵察して、私の元へ戻ってくることだ。死ぬことは絶対に許さん」

 とセイロスは言いました。血気にはやる部下をたしなめたのですが、ギーのほうは、セイロスが自分を心配してくれたのだと思い込みました。感激に目をうるませて答えます。

「わかった。必ず生きて戻ってくる。待っていてくれ!」

 

 意気込んで部屋を出て行った部下を、セイロスは黙って見送りました。やがて玉座に戻って腰を下ろすと、またひとりごとを言います。

「一人しか偵察に出せないのは不安だが、しかたがないな。ロムドは軍隊を動かすはずだから、きっと街道から来る。問題は、どのあたりまで進軍しているかだ」

 再びセイロスだけになった広間には、いつまでたっても部下がやってきませんでした。外の通路を通りかかる者もありません。

 開け放しになった入り口の向こうからは、大勢の男が飲んで食べて、どんちゃん騒ぎをする声だけが、通路伝いに聞こえていました――。

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