「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第21巻「ザカラス城の戦い」

前のページ

48.作戦会議・2

 ポポロとルルの呼びかけでまた会議室に集まった一同は、操り兵を正気に戻す方法があると聞いて、がぜん張り切り出しました。

「ワン、そうか! 取り憑いて支配しているのが闇の虫だから、光の魔法には弱いんですね!」

「そういや、キースは昨日もそんな話をしてたよねぇ。その後でセイロスに襲撃されたりしたから、すっかり忘れちゃってたよ」

「ちっ。そういうことなら、ザカラス城で連中にポポロの一発をお見舞いしてやればよかったよな。あのまま正面から城に突入できたのによ」

「あら、それは無理よ。あのときはランジュールも一緒にいたんだから。それに、山の裏側に回らなかったら、宰相さんたちとも会えなかったわよ」

「でも、魔法軍団とあたしの魔法を使えば、きっと操り兵にされた人たちを正気に戻せると思うのよ……!」

 勇者の仲間たちが口々に話していると、ザカラス城の司祭長が胸に片手を当てて言いました。

「それならば、私もご協力できそうですな。私は魔法僧侶ですから、光の魔法が使えます」

「ぜひよろしくお願いいたしします! 敵に操られている中には、ザカリアの市民もナズナバ砦の衛兵も、北のトマン領の兵士たちも、大勢含まれているのです――!」

 と熱心に言ったのはザカラスの宰相です。

 すると、ゴーリスが言いました。

「魔法軍団は昨夜からもう出動準備に取りかかっているぞ。ユギル殿に指示されていたからな。指揮官は白の魔法使いだ」

「またロムドの魔法軍団と戦えるのか。頼もしいな」

 とシン・ウェイは嬉しそうにつぶやきました。ひょっとすると彼は、若草色の衣を着た誰かとまた戦えることを、特に喜んでいたのかもしれません。

 

 誰もが先の展開に希望を持ち始めて、明るい顔になっていましたが、トーマ王子だけは心配そうにフルートを見ました。総司令官の勇者は、皆が興奮して話し合っていても、ひとり黙り込んで、まだじっと考えていたのです。

「どう……なのだ、金の石の勇者? これで父上を救出することができそうか……?」

 おそるおそる声をかけると、フルートは物思いから覚めて言いました。

「ぼくのことはフルートでいいです――。操り兵を解放することができれば、本当に戦いやすくなるけれど、まだ難問が残っているんですよ。それがある限り、なかなかこちらの有利にはならない」

「というと?」

 と王子は聞き返しました。またこみ上げてきた不安を、懸命に押さえ込みます。

 フルートは指で空中に輪を描いて見せました。

「セイロスがこちらを監視しているのに違いない、ってことです。あいつはデビルドラゴンだから、闇の目を持っています。金の石のそばにいたり、光の魔法がかかっていたりすれば、奴に見つかることはなくなるけれど、城攻めをするために大勢の味方を集めれば、その全部を闇の目から隠すことはまず不可能です。城の包囲網が完成する前に、こちらの動きをセイロスに知られて、城から逃げ出されてしまうかもしれないんです」

 そう話して、フルートは溜息をつきました。一人で考えている間も、彼はずっとその問題に頭を悩ませていたのですが、解決策はまだ見つかりません。

 トーマ王子も他の者たちも思わず黙り込みました。確かに、どんなにすばらしい作戦をたてたとしても、その動きが逐一敵に知れてしまうようでは、成功するはずがありませんでした。こちらの作戦を見破られて先手を打たれるか、作戦が実行できないようにその場から逃げられてしまうだけです。活気づいていた部屋の中が急に静かになってしまいます。

 

 ところが、トーマ王子だけは、急にあることを思い出しました。勢い込んで言います。

「奴は、ひょっとすると、こちらの動きを知ることができないかもしれないぞ!」

「何故ですか?」

 とフルートが驚いて聞き返します。

「ぼくがシンと城を脱出したときに、ぼくたちを追ってこなかったからだ! 幽霊のランジュールだけは、しつこくぼくたちを探し回っていたけれど、ぼくたちの居場所を知っているわけじゃなかった! シンの術に闇の目をあざむく力はない。もし、セイロスが闇の目を使えるなら、ここにたどり着く前にぼくたちを見つけて、とっくに処分していたはずだ!」

 ああ、とシン・ウェイはうなずきました。ロムドへ向かう途中で野宿をしたときに、王子がそんな話をしたことを思い出したのです。術で闇の目をあざむいていないならば、連中は何故ぼくたちを見つけられないのだろう、と王子は不思議がったのでした。

「セイロスは闇の目が使えない……?」

 とフルートはつぶやきました。思いがけない事実に、とっさには信じられない気がします。本当にそうだろうか、とここまでの戦いを思い出そうとします。

 すると、仲間たちがまた話し出しました。

「ワン、そう言われればそうかもしれない! 昨日、ザカラス城の前庭に侵入したとき、ランジュールがぼくたちを見つけるまで、セイロスはぼくたちに気がつかなかったじゃありませんか!」

「でも、それって金の石が私たちを隠していたからじゃないの?」

「ううん、違うと思うわ。これまでの魔王だったら、あのくらいの距離まで近づくと、いくら金の石があってもこちらに気がついていたもの。人間の目には見えないけれど、フルートはとても明るく輝いているのよ」

「セイロスは魔王よりずっと上だぞ。なにしろ、正体はあのデビルドラゴンなんだからよ」

「だけど、あいつは確かにこっちを見つけなかったよ! やっぱり闇の目が使えないんだ!」

 フルートもやっと納得した顔になりました。

「そうだ。闇の灰の中からあいつがよみがえってきたとき、あいつは自分の力が完全に回復していないことを、何度も不思議そうにしていた……。闇の目もきっとそうなんだ。デビルドラゴンだったときには、世界中に目を飛ばしていろんなことを把握していたけれど、今のあいつには、それだけの情報を得る力がないのかもしれない……」

 すると、ゴーリスが重々しく言いました。

「戦争というものは、いかに正確な情報を多く手に入れるかで、勝敗が分かれる。たとえ戦力的に敵に劣っていても、正確な情報さえあれば、敵を出し抜いて大軍を討ち破ることが可能になるんだ。セイロス軍には勢いがあるが、ここは奴の国じゃない。城の周囲を見張ることはできても、城から遠い場所で我々がどんな動きをしているかを知る方法はないぞ」

 

 フルートはまた考える表情になっていました。曲げた人差し指を口元に当て、肘をもう一方の手で抱いて言います。

「奴にはぼくたちの動きが見えない。それならば、大軍を動かすことも可能だ。考えていた作戦が使える……。トーマ王子!」

 突然フルートから大きな声で呼ばれて、王子は思わず飛び上がってしまいました。な、なんだ? と聞き返すと、フルートはまっすぐにその目を見て言いました。

「救援軍を結成します。軍の総司令官はぼく、軍の総責任者はあなたです。ロムド軍と魔法軍団を率いてザカラス城をめざしながら、ザカラス国内で領主たちに出兵を呼びかけましょう」

 トーマ王子はびっくり仰天しました。

「軍の総責任者――このぼくが!?」

「そうです。この役目は、ザカラス皇太子のあなたにしかできません。アイル王を敵の手から助け出してザカラス城を取り戻そう、と諸侯に呼びかけるんです。彼らだって、このままザカラスをセイロスのものにされるのは我慢できないだろうから、きっと協力してくれるはずだ。できるだけ多くの兵を集めて、ザカラス城を包囲するんです」

「ロムドからはすでにワルラ将軍の部隊が出動しているぞ。ロムド国内で兵を増強しながら、ザカラス城へ向かっている」

 とゴーリスが言うと、フルートは答えました。

「ワルラ将軍に知らせを送って、ザカラス国内に入ったら先触れ(さきぶれ)をするように伝えてください。これから皇太子のトーマ王子がロムド軍と共にやってくる。皇太子と共に出陣できるように、準備を整えておくように、と」

「ははぁ。手っ取り早く軍隊が集まるように、先に知らせておいてもらうってわけだな」

 とゼンが感心すると、ザカラス城の司祭長が言いました。

「ワルラ将軍の下へは私が参りましょう。ザカラスの領主にはロムドの将軍の顔を知らない者が多いので、信用しないどころか、敵が攻めてきたと勘違いされるかもしれません。その点、私は先代の王の頃から城で司祭長をしてきたので、私の顔を知る者は多いでしょう。余計な時間や手間を省くことができます」

 フルートは即座にうなずきました。

「では、司祭長殿にはそれをお願いします。宰相殿はトーマ王子と同行してください。王子やぼくたちだけでは、やっぱり信用してもらえないかもしれないからです。大丈夫。あなたたちの身の安全は、必ずぼくらが守ります」

 ザカラスの宰相は泣き笑いをしていました。しきりに目をこすりながら言います。

「むろん、私も同行させていただきます。陛下を人質に取られたうえに、殿下だけを戦場へ送り出すなど、宰相として、できることではありません。私は武人ではないので、皆様の足手まといになってしまうかもしれませんが、どうか一緒にお連れください。皆の力を結集して、陛下をお救いいたしましょう」

 宰相……とトーマ王子は言いました。先の宰相が闇の灰の事件で失脚した後で、宰相の地位に就いた人物です。王子としては、まだあまりなじみのない家臣だったのですが、こんなにも忠義を尽くしてくれる人だったのか、と感動します。

 

 すると、そんな王子の背中をゼンが、ばんとたたきました。

「そら、しっかりしろよ、王子! おまえが自信を持って呼びかけねえと、援軍が集まらなくなるんだからな!」

「それは大丈夫だろ。この王子様は、アイル王と違って、偉そうな命令が得意なんだからさ」

 とメールが笑って言います。けっこう失礼なことを言っていますが、真実です。

「ワン、ロムド城を出発するのはいつですか?」

 とポチに尋ねられて、フルートは答えました。

「できるだけ早く。可能ならば、明日か明後日に」

 すると、ゴーリスが、にやりと笑って言いました。

「おまえがそうしろと言うなら、正規軍と魔法軍団は今日の午後にでも出陣できるぞ。陛下から、いつでも戦いに出られるように備えておけ、と命じられていたからな。俺もおまえたちと一緒に出陣していい、と陛下のご許可を得ている」

 ゴーリスも一緒にザカラス城へ向かってくれるとわかって、彼らはまた大喜びしました。心強い経験者の同行です。

 フルートは言いました。

「では、出発は明日の夜明けに。それでよろしいですね、殿下?」

「わ、わかった! そ、それでいい!」

 緊張と興奮で、父王のように言いつまずいてしまったトーマ王子でした――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク