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第21巻「ザカラス城の戦い」

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45.偵察

 夜が明けつつある丘の上で、馬に乗った二人の戦士が北西の方角を眺めていました。

 戦士の一人は大柄な体にいぶし銀の色の鎧兜、もう一人の戦士はほっそりとした体に白い鎧兜を着けて、揃いの茶色のマントをはおっています。オリバンとセシルでした。兜の面おおいを引き上げ、真剣な表情で行く手へ目をこらしています。明るくなっていく景色の中には、城壁に囲まれたザカリアの街と、岩山の中腹に建ったザカラス城が見えていました。

 オリバンが、ほっとしたように言います。

「まだ煙が見えるが、燃えたのは城下だけのようだな。城には火をかけられていない」

「ということは、敵がザカラス城に入ったということだろうか?」

 とセシルは尋ねました。すっかり武装して男の格好ですが、兜の下からのぞく顔は、すみれ色の瞳に赤い唇の美女です。

「途中で出会ったザカラス城からの避難者によれば、ザカリアは敵が放った火にすっかり燃えてしまったという話だからな。そんな場所に駐屯できるはずはないのだから、連中はザカラス城を占拠したのだろう」

 とオリバンが答えます。こちらも引き締まった男らしい顔が、兜の下にあります。

 すると、セシルが不思議そうに言いました。

「避難する人々は、大至急城から逃げるように国王から命令された、と口を揃えて言っていた。城に火をかけられたのではないかと思ったのだが、そうではなかったのだな。城は無事だったのに、何故彼らは城を捨てたのだろう? 敵の数も千人程度だったと言うから、防げない人数ではなかったはずなのに」

「確かに、戦いもせずに城を捨てて逃げるという行為は、たいへん意気地がないことのように見える。だが、敵はあのセイロスだ。おそらく、アイル王は戦っても勝算がないことを悟って、被害を最小限度にするために大急ぎで避難を命じたのだろう」

 とオリバンは答え、考え込む表情になって続けました。

「ザカラス城の正規軍は、大陸で最もよく訓練された軍隊だと言われている。私も以前ジタン高原で戦ったことがあるが、大変な苦戦を強いられた。ポポロの魔法がなければ、我々は敗れていたのかもしれない――。そのザカラス正規軍が戦いもせずに敵前逃亡したということは、本当に危険な敵だということだ。偵察も最大限慎重に行わなくてはならないだろう」

 と太い腕を胸の前で組みます。

 セシルのほうはまた遠くのザカラス城を眺めていました。首をかしげて言います。

「城の人々はすっかり避難できたのだろうか? 中に取り残された人はいないんだろうか?」

「わからん。いない、と考えたいがな――」

 

 オリバンがそう答えたとき、彼らの後ろから急に声がしました。

「ザカラス城にはアイル王が一人で残られました。今は敵の捕虜になってしまっておいでです」

 オリバンとセシルは驚いて振り向き、青い長衣の大男が立っているのを見て、たちまち笑顔になりました。

「青の魔法使いではないか!」

「私たちを手伝いに来てくれたのか!?」

 武僧の魔法使いは皇太子と未来の后に深々と頭を下げました。

「陛下より、殿下たちと勇者殿たちとの間の連絡係を務めるよう、仰せつかりました。勇者殿たちのおそばには、赤の魔法使いがついております」

 オリバンは大きくうなずきました。

「良かった。我々がここに到着したとき、ザカリアはすでにセイロスに襲撃された後だった。セイロスたちが軍勢と共に城に立てこもったようなので、急いで知らせねば、と考えていたのだ。――だが、今の話は? アイル王が城で捕虜になっているというのは、本当の話なのか?」

「はい。昨日、勇者殿たちがザカラス皇太子のトーマ王子と、ザカラスの宰相殿と城の司祭長を、それぞれ別の場所からロムド城にお連れになりました。アイル王は、家臣や市民を敵から守るために、全員を都から脱出させて、自分は城に残られたのです。ですが、まだ処刑されることはない、とユギル殿がおっしゃっています。敵はこの後の交渉にアイル王を利用するつもりでいると思われます」

 オリバンたちは非常に厳しい顔つきになりました。

「アイル王を前面に出されては攻撃できなくなる! オリバン、私たちでアイル王を救出することはできないだろうか!?」

 とセシルが言い出したので、青の魔法使いはあわてて首を振りました。

「今は無理です。偵察部隊の人数はいかほどですか?」

「我々を入れて三十人だ。だが、城にこっそり忍び込んで王を救出するには、少人数のほうが好都合だろう」

 とオリバンは言いました。こちらも救出に向かうつもりになっています。

 武僧は必死で説得を続けました。

「今は無理なのです。まもなく北から敵の本隊がザカラス城に到着しますが、その人数はおよそ三万と言われております。しかも、セイロスは無関係な人間を魔法の力で自分の兵士にすることができるのです。殿下たちが城に侵入して捕らえられ、敵の側に回るようなことがあれば、それこそ一大事です」

 むぅ……とオリバンとセシルはうなってしまいました。確かに、そういう状況では、うかつに城に忍び込むような真似はできません。

 

 あたりはもうすっかり夜が明けて、朝日が丘の麓の景色を照らしていました。彼らは丘の西側にいたので、まだ日陰の中ですが、遠くに見えるザカラス城は日の光を浴びて、岩肌に赤くくっきりと浮かび上がっています。

 青の魔法使いが、オリバンたちに重ねて言いました。

「どうか、今はお待ちください――。ユギル殿が、作戦を立てて総力で挑めばアイル王を救出できる、と占ったので、勇者殿が作戦を練っているのです。そのための情報を送ってほしい、というご要望だったので、私がこちらへ参りました」

「フルートが」

 とオリバンは言いました。少し考えてから、またうなずきます。

「わかった。そういうことであれば、我々は本来の役割に徹することにしよう。敵の様子をできる限り詳細に調べて、フルートへ知らせてやる。あいつが絶対成功する作戦をたてられるようにな」

「それはいい。フルートならば、きっと連中をあっと言わせる作戦を思いつくぞ」

 とセシルも笑顔になります。

 オリバンは馬の頭を巡らしました。

「野営地に戻る。来い、セシル、青の魔法使い」

 と丘の林の中へ駆け戻っていきます。セシルも馬でその後を追いかけ、青の魔法使いはこぶだらけの杖で地面をたたいて姿を消しました。林の陰で待つ偵察部隊の兵士のところへ戻っていったのです。

 林の鳥たちは蹄(ひづめ)の音に驚いて黙りましたが、馬の足音が聞こえなくなると、すぐにまたさえずりを始めました。さまざまな鳴き声が丘と空に響きます。

 明るく賑やかな朝の中に、赤い城は黙って建ち続けていました――。

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