トーマ王子は、このぼくが新しいザカラス王? とつぶやいて立ちすくんでしまいました。あまりのことに、それ以上ことばが続きません。
すると、宰相が王子の前にひれふしたまま言いました。
「本日からあなた様がザカラス王であられます。ここで戴冠(たいかん)の儀を執り行い、司祭長から王冠をお受けください。そして、陛下の最後のご命令通り、国民に呼びかけ、ザカラスの力を結集させて、敵と――」
宰相は最後まで話しきることはできませんでした。また涙があふれてきて、むせび泣いてしまったからです。トーマ王子に戴冠式を執り行うはずの司祭長も、まだうつむいたままでいます。
王子は、かっと赤くなりました。
「そんな馬鹿なことができるはずがないだろう! ザカラスの国王は父上だ! ぼくなんかじゃない!」
「だが、陛下はあんたに冠と王座を譲ってきたんだぞ?」
とシン・ウェイが言いました。手にはまだ金と宝石の冠を抱えています。
そんなもの!! と王子は冠を押しのけました。
「ぼくには国王なんかとても務まらない! それは父上の役目だ! 来い、シン! 宰相も司祭長も! 父上を助けにザカラスに戻るぞ!」
けれども、家臣たちはその場から動こうとしませんでした。
「敵は城に突入いたしました。陛下はきっともうご存命ではいらっしゃらないでしょう」
と司祭長が低く言います。
王子は激しく言い返しました。
「父上はまだ生きている!! 父上を死なせてはならない!! 父上を助けに行くんだ!!」
「無理だ。俺たちはたった四人だぞ。これでどうやって千人を超す敵と戦って勝つつもりだ?」
シン・ウェイは諭すような口調です。
王子は強く頭を振ると、部屋の中の人々を見回しました。ロムド王、リーンズ宰相、ユギル……ここにいるのは異国の人たちばかりですが、必死に訴え始めます。
「お願いです、力を貸してください! 父上はきっとまだ生きています! なんとしても父上を助け出したいんです! お願いです――お願いします――!!」
ついにトーマ王子も泣き出してしまいました。どんなに父を助けたいと思っても、王子にはそれができません。自分の非力さが情けなくて、悔し涙がぼろぼろこぼれます。
すると、誰かが王子の肩をぽんとたたきました。王子が目を上げると、フルートが黙って王子にうなずきかけていました。その後ろからゼンが言います。
「泣くな、わがまま王子! 泣いて頼まなくたって、ちゃんと行ってやらぁ!」
そうそう、とメールもうなずきました。
「アイル王とはずいぶん長いつきあいになるもんねぇ。助けに来るな、なんて言われたって、聞けるわけないじゃないのさ」
「ワン、アイル王はきっとまだ無事だと思いますよ。王は人質にする価値がある人物ですからね。普通は、交渉や身代金の要求のために生かしておくんです」
「セイロスだと、身代金より交渉のほうに使ってきそうよね。アイル王の命が惜しかったら攻撃してくるな、とかなんとか。そういうときって、逆にチャンスなのよ」
と犬たちが言うと、ポポロも熱心に言いました。
「ザカラスに着く頃には夜も明けるわ。そうすれば、あたしもまた魔法が使えるようになるから、それでアイル王を助け出しましょう……!」
トーマ王子は目を見張りました。自分へ力強くうなずいてみせる勇者の一行を見つめ返し、急に顔を大きく歪めます。
「ありがとう……」
素直に感謝した王子の頬を、また大粒の涙がこぼれ落ちていきます。
ところが、ユギルが厳かに口を開きました。
「勇者の皆様方がザカラス城へ飛んでいっても、アイル王を救出することは不可能でございます。アイル王はまだご存命ですが、勇者の皆様方の力では救い出せない、と占盤が言っております」
フルートたちは顔色を変えました。
「どうしてだよ!?」
「あたいたちには無理だってってんなら、誰ならアイル王を助け出せるのさ!?」
とゼンやメールがくってかかりますが、占者は平静な表情を崩しませんでした。
「ザカラス城の内部での出来事は、城を守る魔法にさえぎられて、見ることも先を読むことも不可能ですが、アイル王がこの先どうなっていくかは、占盤に映ります。勇者の皆様方、四大魔法使い、ザカラスへ出動したワルラ将軍の軍隊……どの力であっても、セイロスの軍勢に打ち勝ってアイル王を奪い返すことはできません。操られて兵にされたザカリア市民たちにさえぎられ、セイロス軍と激戦を繰り広げた末に敗退して、アイル王は公衆の面前で処刑されることになります――」
トーマ王子は悲鳴を上げました。
「じゃあ、どうすればいいってのさ!? アイル王を見殺しにするのが一番いいって言うのかい!? ずいぶんと人間らしい決定じゃないか!」
とメールがかみつきます。
フルートは何も言わずに出口へ歩き出しました。広くなってきた背中は、誰がなんと言おうと絶対にアイル王を助け出す! と語っていました。仲間たちが急いでそれを追いかけます。
すると、ロムド王が呼び止めました。
「待つのだ、勇者たち。早まってはならない――。ユギルの占いは、勇者たちも四大魔法使いも軍隊も、どの力でもセイロス軍に勝つことはできない、と語った。だが、それはそれぞれの力で挑んだ場合の話だ。そして、戦争というものは、ほとんどの場合、何か一つの力では行えない。様々な力を一つに結集し、補い合い強め合って敵に挑んでいくものなのだ――。ユギル、我々が個々にではなく、力を合わせて敵に挑んだ場合にはどうなる? ザカラス城で敵に捕らわれているザカラス王を救出することは可能になるか?」
ユギルはその結果を確かめるように占盤を見つめ、また静かに答えました。
「作戦を練り、それぞれの力が連係をとりながら敵に立ち向かえば、道は開ける、と出ております。決してたやすいことではございませんが、それがうまくいけば、ザカラス国王を闇の手から解放することができましょう」
フルートたちは思わず歓声を上げ、ザカラス城の家臣たちは信じられないような顔をしました。ユギルは、皆で力を合わせればアイル王を救出できる、と予言したのです。
ロムド王は繰り返しました。
「早まってはならない。我々の力を洗い出し、敵に勝つために最も有効な方法を考え、作戦が決まったならば、その一点に向かって持てる力をすべて集結させるのだ。それが戦争というものであり、そのために総司令官が存在しているのだ」
フルートは、はっとしました。光の軍勢の総司令官は、他でもないフルートです。
少しの間うつむいて考えてから、フルートは言いました。
「すみません。確かにぼくは、みんなと連係して戦うということを忘れていました。光の戦士たちは大勢いるのに――。少し時間をください。どうすれば確実にアイル王を救出できるか、作戦を考えてみたいと思います」
すると、犬たちが口を挟みました。
「ワン、ぼくやルルがザカラス城の様子を偵察に行ってきますよ」
「敵の様子や動きがわからなくちゃ、作戦を立てるのは難しいでしょう?」
尻尾をいっぱいに振って、今すぐにでも風の犬になって飛び出しそうにしています。
ところが、今度はリーンズ宰相が言いました。
「ありがたいお申し出ですが、その必要はございません。陛下のご命令で、すでに偵察部隊がザカラス城へ向かっております」
偵察部隊が? とフルートたちは目を丸くしました。
「それって、ワルラ将軍の部隊のことか?」
とゼンが聞き返すと、ロムド国の宰相は頭を振りました。
「いいえ。将軍より一週間も前に出発しております。アイル王がここからザカラスへ戻られた翌日、ザカラス城から贈られていた伝声鳥が突然死んだので、陛下は、ザカラス城で何か起きているのではないか、と心配されたのです。偵察部隊の隊長は皇太子殿下、副隊長はセシル様でございます。そろそろザカリア近郊に到着する頃と存じます」
勇者の一行はびっくり仰天しました。
「オリバンたちがザカラスに行っているってぇのか!?」
「いつの間に!?」
「そういや、オリバンもセシルも最近見なかったよね。最後に会ったのって、いつだったっけ?」
「ワン、フルートが五人抜きの試合をしたときですよ。その後、用事ができて二人で城の外に出かけたって聞いたんだけど、まさかザカラス城に向かってたなんて……」
誰もがあっけにとられてしまいます。
すると、ロムド王は急に部屋の天井へ呼びかけました。
「四大魔法使いよ、ここに参れ!」
とたんに執務室の中に四人の人物が現れました。白い長衣の女神官、青い長衣の武僧、深緑の長衣の老人、赤い長衣の小男が、主君の前にひざまずいて頭を下げます。
「大変失礼ながら、皆でここでの話を聞かせていただいておりました。お許しください」
と白の魔法使いが仲間を代表して詫びると、ロムド王は言いました。
「よい。そなたたちはこの城を隅々まで見張る守人(もりびと)であるし、わしもあえて、そなたたちに話を聞くなという合図を送らなかった。勇者たちが言う通り、敵の状況や動きを把握しなくては作戦は立てられない。そなたたちの一人がオリバンたちの元へ飛んで、連絡係を務めよ。オリバンたちがつかんだ敵の情報を、勇者たちに知らせるのだ」
御意、と四大魔法使いがまた頭を下げます。
ロムド王は、今度はフルートに言いました。
「我々にとっても、ザカラス国王はアイル王だ。あの聡明な王を失うことは世界の損失になる。なんとしてもアイル王を敵の手から救出してもらいたい。そのために全力を尽くしてほしいのだ」
フルートは、はっきりとうなずき返しました。
「もちろんです。皆の力を結集して、アイル王とザカラス城を取り戻します」
フルートが、王だけでなく城まで取り戻すと言い切ったので、ザカラス城の人々はまた驚きました。宰相が床にひれ伏して、またむせび泣き始めてしまいます。今度の涙は感涙です。
トーマ王子はフルートの手を握りました。
「ありがとう、ありがとう……本当にありがとう!」
フルートはまたうなずくと、もう考える顔になりながら言いました。
「みんなの力が必要です。もちろん、トーマ王子の力も。協力してもらえますね?」
王子は思わず息が止まりそうになりました。ずっと自分を非力に感じて劣等感にさいなまれてきたのに、そんな自分の力が必要だ、とフルートに言われたので、胸がいっぱいになってしまったのです。
「もちろんだ!」
大声で答えた王子の頬を、嬉し涙がこぼれていきました――。