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第21巻「ザカラス城の戦い」

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第15章 涙

43.もくろみ

 アイル王が、おまえたちは役に立たない人間を捕まえたのだ、と言ったので、セイロスとランジュールは怪訝な顔になりました。

「どういうことだ。確かに貴様は家来に見捨てられたが、仮にもこのザカラスの国王なのだから、同盟がそれを見捨てるとことはあり得ないだろう」

 とセイロスが言います。国の象徴である王が失われるということは、その国そのものが滅亡することを意味していたので、ザカラスと同盟を組む国々が放っておくはずはなかったのです。

 ところがアイル王は甲高い声で笑い続けているだけでした。緊張と恐怖が限界点を超えて、自分の感情をコントロールできなくなっていたのです。耳障りな笑い声が王の部屋に響き続けます。

「やかましい!」

 セイロスはまたアイル王の顔を殴りつけました。王の痩せた体が悲鳴と共に吹き飛び、笑い声が止まります。

 すると、それを見ていたランジュールが、あれぇ? と首をひねりました。

「この王様、王冠をどうしちゃったのぉ? 頭にかぶってないよ。どこかに飛んでっちゃったわけぇ?」

 と部屋を見回しますが、もちろん冠はどこにもありません。

「いいや。こいつは最初から冠などかぶっていなかった」

 とセイロスが言うと、ランジュールはますます不思議そうな顔になりました。

「あのねぇ、セイロスくんの時代はどぉだったか知らないけどさぁ、今の王様たちって、みんないつも冠をかぶっているんだよぉ。冠ってのは王様の証拠だからねぇ。いろんな種類の冠を準備して、場面に合わせて取り替えてる王様もいるけど、とにかく、王様なら必ず冠をかぶるんだよねぇ。この王様、冠をどぉしちゃったんだろぉ?」

 それを聞くうちにセイロスの表情が変わっていきました。アイル王の作戦にようやく気づいたのです。倒れてうめいている王を引き起こし、またつるし上げて言います。

「貴様――王冠と共に皇太子をロムドへ逃がしていたな!? 皇太子を次のザカラス王にするために! 皇太子が運んでいたのはロムドへの援軍要請ではなく、ザカラス王の王冠だったのか!」

 状況から、セイロスはそんなふうに誤解をしましたが、ランジュールはまた首をひねりました

「あの王子様、そんなもの持ってたかなぁ? 手ぶらに見えたんだけどなぁ。ユラサイの術師が一緒だったから、見つからないように術で隠してたのかなぁ……」

 セイロスは二度、三度とアイル王の顔を殴りつけました。最後に腹を蹴ってまた床に吹き飛ばします。アイル王は起き上がることができません。

 

 やぁれやれ、とランジュールは肩をすくめました。

「みごとに一杯食わされちゃったよねぇ。こんな情けなさそうな王様にさぁ。あぁ、もう王様じゃないのかぁ。こんなおじさん、もぉ生かしとく必要はないよね? ボクがトウちゃんの餌にもらっちゃっていいねぇ?」

 キチキチと喜ぶ大カマキリと一緒に、アイル王へ近づいていきます。

 けれども、セイロスはたちまち激高(げっこう)を収めて、冷静な表情に戻りました。

「待て、ランジュール。新しいザカラス王の皇太子をロムドに運んだのは、あの連中だったな? だが、それなのに、連中はまたザカラス城に戻ってきた。ということは、ロムドはまだこいつを見捨ててはいないということだ」

「でも、勇者くんたちは戦えなくて逃げ出しちゃったよぉ?」

「連中がこの程度のことであきらめるとは思えん。作戦を立てて出直してくるに違いない。この男を殺してはならん。こいつにはまだ利用価値がある」

 すると、床に倒れていたアイル王が顔を上げて言いました。

「か――彼らは、わ、私を助けたりしない――。そ、そう言い渡したのだから――。は、早く――わ、私を殺すがいい――」

 幾度も殴られたアイル王は、顔が腫れ上がり、歯も何本も折れて、血まみれになっていました。必死で振り絞る声も、切れ切れになってしまっています。

 そんな王を、セイロスはまたぐいと引き起こしました。

「いいや、貴様は殺さん。貴様が我々の手元にある限り、あの連中は必ずまた貴様を助けに来るからな。そこを待ち構えて、今度こそ連中を皆殺しにしてやる」

 セイロスが連中と呼んでいるのは、ロムドや光の陣営の人々のことではなく、フルートたち金の石の勇者の一行のことでした。ランジュールがまた肩をすくめます。

「だから今のうちに王様を殺したほぉがいい、って言ってるんだけどなぁ。誰かを助けに来るときの勇者くんたちは、ほんっとに強いんだからさぁ」

 のんびりしたランジュールの警告を、セイロスは顧みません。

 

 そこへ胸当てと兜だけの簡単な防具を身につけた男が部屋に入ってきました。金髪の頭にかぶった兜には、角のような飾りがついています。アマリル島からセイロスに従ってきた一人で、ギーが本隊を率いて別行動をしている間、セイロスの副官を務めている男でした。セイロスに向かって上機嫌で言います。

「ここにいたのか、大将! この城はすごいぞ! 宝の山だ! 地下の倉庫には食い物や酒がどっさりあるし、家畜小屋には丸々と太った豚や牛が何百頭もいる! さっそく十頭ばかり丸焼きにして、宴会を始めたところだ。あんたも早く来い!」

 セイロスははっきりと不愉快な顔をしました。

「そんなことをやれと誰が言った。城の内部を調査しろと命じたはずだぞ。武器や馬は見つかったのか?」

「弓矢や剣は見つけたよ。馬はほとんどいなかったな。老いぼれ馬が二、三頭、厩(うまや)に残されてただけだ。だが、堅いことを言うなって。島を出てからここまで、あんたにせかされて、みんなもうへとへとだったんだ。食って休まななきゃ戦う元気も湧いてこないからな」

 男が入ってきた入り口の向こうのほうからは、大勢の男たちがしゃべったり笑ったりする声が聞こえていました。宴会のどんちゃん騒ぎが始まっているのです。

 すると、ランジュールが思い出したように言いました。

「そぉいえば、操り兵にも何か食べさせなくちゃいけないよぉ? あのヒトたちは生身の人間だから、もぉ腹ぺこなんだよねぇ。さっき勇者くんたちに向かって行くときも、動きが鈍くて、もぉイライラしちゃったよぉ」

 セイロスはいっそう苦い顔になりましたが、彼らの言う通りだったので、しかたなく認めました。

「本隊が合流してくるまで、ここで休息を取ることにする。操り兵たちにも食事を与えろ」

 今度は男のほうが不服そうな顔になりました。

「あの連中は人間なのに人形みたいで気味が悪いと、みんな言っている。誰も世話などしたがらないだろう。あいつらに自分で食うように命令してくれ。食い物なら、本当に、いくらでも蓄えてあるんだ。一年だってここにいられるほどだぞ」

 男は暗に、ここを自分たちの拠点にしたい、と言っていました。大陸に自分たちの楽園を見つけに行く、というセイロスのことばを信じて故郷のアマリル島を出発して、ちょうど一ヶ月がたっていました。その間、彼らは全速力で移動を繰り返し、行く先々で戦っては軍勢を増やし、ここまで進んできたのです。そろそろ腰を落ち着けてのんびりしたい、と多くの者が考え始めていたのでした。

「我々が手に入れようとしているのは、こんな小さな城や国ではない。一週間以内には本隊が合流してくるだろう。それまでの期間だ」

 とセイロスが繰り返したので、男もそれ以上は逆らわずに引き下がりました。ただ、男が決して納得していないことは、表情で明らかでした。

 

 ふぅん、とランジュールはアイル王へ下りていきました。

「お城を明け渡すつもりでいたのに、食料を蓄えていたんだ? 変なコトするねぇ。それとも、最初はセイロスくんに抵抗して籠城(ろうじょう)する計画でいたわけぇ?」

 アイル王は何も答えませんでした。床にうずくまるように突っ伏しているだけです。

 セイロスが言いました。

「利用できるものはなんでも利用させてもらう。ランジュール、操り兵の連中に自分で食事をするように命令を伝えろ」

「えぇ、ボクがぁ? ボクは魔獣使いの幽霊で、伝令なんかじゃないんだけどなぁ」

 ランジュールはぶつぶつ言いながら消えていきました。大カマキリも一緒です。

 セイロスは床の上のアイル王を見下ろしました。

「貴様にも後で食事を運んでやる。屑のような貴様でも大事な人質だ。だが、この部屋からは決して出さん。ここでおとなしくしていろ」

 そう言って、だめ押しのように王を片足で踏みつけると、セイロスも部屋から出て行きました。扉がひとりでに閉まり、がちゃりと鍵の下りる音が響きます。

 

 アイル王は一人きりになっても、まだ床の上から動きませんでした。セイロスの足音が通路を遠ざかり、宴会騒ぎをする人々の声がかすかに聞こえるだけになると、ようやく身動きをして、ごろりと仰向けになります。ただそれだけの動きに、息が切れてあえいでしまっています。

 けれども、次の瞬間、王は血まみれの顔に歓喜の表情を浮かべました。歯が何本も欠けた口で、笑って言います。

「や、やった……! や、奴らを引き留めたぞ……!」

 アイル王には、セイロス軍が当分この城から動けなくなることがわかっていました。

 先ほどセイロスの部下も言っていたとおり、軍勢は全速力での移動と戦闘の連続で、すっかり疲れ果てているのです。それは陸路を通ってやってくるセイロス軍の本隊も同じことのはずでした。ザカラス城に先に到着した者たちが、一週間もここで飲み食いしてどんちゃん騒ぎをしていたと知れば、自分たちも同じ恩恵に預かりたいと考えるのに違いないのです。セイロスが彼らに充分な休養を与えずに急いで出発しようとすれば、必ず本隊の内部から反発が起きるはずでした。セイロスは、兵士全員が充分満足するまで、このザカラス城から離れることはできないのです。

 アイル王は、セイロス軍が想像以上の速さで進軍していると知ったときに、この軍勢の足を止めることが何より重要だと考えました。戦ってはたちまち別の戦場へ移っていく敵は、追いかけることも防ぐことも非常に困難ですが、その敵が長期間一カ所に留まれば、それを包囲して倒すことが可能になります。

 そのために、アイル王は大急ぎで集められるだけの食料や武器を城に集めました。その一部は、避難する家来や市民に分け与えましたが、大半はまだ城の地下倉庫に眠っています。セイロス軍がこれを捨てて進軍を急ぐはずはない、とアイル王は踏んでいたのでした。今、そのもくろみ通りに事が運んでいくのを見て、王は笑っていました。殴られた傷の痛みや侮辱された悔しさよりも、敵を出し抜いた喜びのほうが勝っていたのです。

 あえぎながら、アイル王はつぶやき続けました。

「て、敵はここから動かない……。や、奴らを倒すのだ……ロ、ロムド王、き、金の石の勇者たち……」

 王の脳裏を、光の勇者の一行が風の獣に乗って飛んでいきます――。

 

 と、アイル王は両手で自分の顔をおおいました。そのまま何度もあえぐように息をして、またつぶやきます。

「か、彼らは、わ、私を助けに来た……。く、来るなと書き送ったのに……そ、それでも、こんな私を……ザ、ザカラス王でさえなくなった私を……」

 顔をおおった手がまた震え始めていました。声がくぐもり、涙声に変わっていきます。

「な、情けない……。わ、私が生きていては、か、彼らの不利になる……い、今ここで、み、自ら命を絶つべきだとわかっているのに……そ、それでも彼らが助けに来てくれたことを、う、嬉しいと思っている……。わ、私……私は……」

 声はすすり泣きになりました。両手の下から涙があふれて、青黒くなった頬を伝っていきます。

「わ、私は……やっぱり生きていたいのだ……。し、死にたくはないのだ……」

 震える声が本音を絞り出します。

 王のすすり泣きは、誰もいない部屋の中にいつまでも続いていました。

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