ザカラス城の前庭で、セイロスに命令を受けた操り兵が、フルートたちに迫っていました。
操り兵の正体は、セイロスの力で敵軍に組み込まれてしまったザカラス兵やザカリア市民、隣国トマンの住民たちです。文字通り、操られているだけの無関係な人々なので、フルートたちは攻撃されても反撃することができません。
「ちっくしょう!」
とゼンはわめきました。自慢の怪力で敵を投げ飛ばしたくても、槍や矢が次々飛んでくるので近づけないのです。フルートがペンダントを鎧から出したので、金の光が彼らを守り始めましたが、光の外に出て敵に飛びかかることは、危険でとてもできません。
一方メールも悔しがって地団駄を踏んでいました。
「さっきセイロスの声が聞こえてから、花が集まってこなくなっちゃったんだよ! 花たちが怖がって動かないのさ!」
ポチとルルも、変身の能力をセイロスに封じられて、うなっています。
フルートは青ざめて立ちすくんでしまいました。金の石は守りの光で彼らを包んでくれていますが、いつまでも光っていられるわけではないので、敵に取り囲まれたら非常に危険です。もちろん、斬り合いになれば自分たちが勝つ自信はありますが、それだけは絶対にしたくありません――。
幽霊のランジュールは彼らの頭上で大喜びしていました。
「うふ、うふふふ……いいねぇ! 勇者くんたちがめいっぱい困ってるねぇ! そぉそぉ、キミたちは守りの勇者なんだから、こんなふうに無関係の人たちを前に出されると、全然戦えなくなっちゃうんだよねぇ。やるねぇ、セイロスくん。うふふふ……」
操り兵たちが金の光のすぐそばまで迫ってきます。
すると、ポポロが急にフルートを見上げました。
「あたしが敵を止めるわ。その間に――」
とささやき、すぐに呪文を唱えます。
「レマート」
とたんに、何百という操り兵がぴたりと止まりました。等身大の人形の群れのように、武器を振り上げ、近づいてくる格好のままで、動かなくなってしまいます。
「見てよ! あいつまで止まってるわ!」
とルルが頭上を見てあきれました。ランジュールも飛び跳ねた格好のまま、空中で停止していたのです。幽霊にも魔法は効いてしまうのでした。
「よぉし、今のうちに行こうぜ!」
とゼンが張り切って城に駆け込もうとすると、フルートに止められました。
「待て、そっちじゃない! ぼくたちはこっちだ!」
自分たちのリーダーが城門へ駆け戻り始めたので、仲間は驚きました。
「どうしてさ!? アイル王はまだ城の中にいるんだよ!?」
「アイル王を助けねえで逃げ出すってのか!?」
追いかけて尋ねると、フルートは走りながら首を振りました。
「そうじゃない! ただ、この状況はあまりにこっちに不利だ! 城に飛び込んでも、すぐに魔法が切れて、追いかけられるからな!」
「でも、外に出てどうするっていうのよ――!?」
とルルが聞いた瞬間、その体が一気にふくれあがって、風の犬に変わりました。続いてポチも変身します。跳ね橋を渡って城外に出ていたのです。
フルートがまた言いました。
「空を飛んでここを離れるぞ! 急げ!」
そんな……! と仲間たちはまた思いましたが、フルートはポポロの手を引いてポチの背中に飛び乗りました。しかたなくゼンとメールもルルに乗り、風の音をたてて空に舞い上がります。
「ちょっと、ホントにどうするつもりさ!? このまま逃げ帰るのかい!?」
「ワン、また出直そうとしても、その前にアイル王が殺されてしまったらどうしようもないですよ!」
仲間たちが口々に言うと、フルートは鋭く言いました。
「静かにしろ――! もちろん、このままアイル王を見捨てるつもりなんかない。山の裏手に回るんだ。隠し通路から城に入ろう!」
文句を言っていた仲間たちは、たちまち納得して落ち着きました。フルートは、先ほどユギルが、ザカラス城の人々は隠し通路を通って山の裏手から脱出した、と言っていたので、その通路を見つければこっそりザカラス城に入り込める、と考えたのでした。犬たちはすぐに山の反対側へ飛んでいきます。
あたりはもうすっかり暗くなって、夜空に星が光り始めていました。
「魔法使いの目で隠し通路の出口を探してくれ」
とフルートに言われて、ポポロは遠いまなざしになりました――。
一方、時間が過ぎて、城の前庭の人々から魔法の効果が消えました。操り兵がまた動き出し、空中ではランジュールがジャンプの続きを始めます。
と、全員は立ち止まって、きょろきょろとあたりを見回しました。
「あれれれぇ!? 勇者くんたちったら、いったいどこに消えちゃったのぉ!?」
とランジュールが叫びます。彼らは自分が魔法で停止していたことを覚えていないので、フルートたちが突然姿を消したように感じたのです。
あちらこちらを見回しても、一行がまったく見つからないので、ランジュールはザカラス城を振り向きました。
「さぁては、お嬢ちゃんの魔法で城内に飛んだねぇ!? まったくもぉ、油断も隙もないんだからぁ! トウちゃん! トウちゃん、おいでぇ! 勇者くんたちを探し出すよぉ!」
大カマキリが呼ばれて姿を現すと、ランジュールはザカラス城に向かって飛んでいきました。操り兵たちは後に残されます。
すると、操り兵たちは、一人また一人とその場に座り始めました。じきに全員が地面に座り込んで、動かなくなってしまいます。
あたりはますます暗くなり、夜が前庭を包んでいきました。夜気が下りてきて、冷たい夜露が彼らの体をぬらし始めましたが、操られている人々は、誰もそこから移動しようとはしませんでした。