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第21巻「ザカラス城の戦い」

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39.再戦

 ランジュール! とフルートたちは声を上げました。よりによって、一番会いたくない人物に出会ってしまったのです。植え込みの陰にかがみ込んだまま、身動きがとれなくなってしまいます。

 うふふふ、とランジュールは女のように笑いました。

「さっきは国境でどぉもねぇ。ザカラスの王子様は無事にロムド城に着いたぁ? さっきはカマキリのトウちゃんしかいなかったから、充分にお相手できなかったんだけど、ちょうどたった今、新しい魔獣を手に入れたところなんだよねぇ。ボクの大好きな、強くて大きい魔獣さぁ。勇者くんたちと戦ったときにいたらなぁ、って残念に思ってたら、ホントに勇者くんたちが現れるんだもん。これはきっと、新しい魔獣で勇者くんたちを殺してあげなさい、っていう神様の思し召し(おぼしめし)だよねぇ。うんうん、そぉに決まってる」

 幽霊が満足そうにそんなことを言うので、ゼンは思わずどなり返しました。

「んなことを思し召しする神様がいるか! てめえは今はお呼びじゃねえんだよ。さっさと行っちまえ!」

「しぃっ、ゼン。声が大きいよ」

 とメールがあわててゼンの口を押さえると、ランジュールは空中でくすくす笑いました。

「キミたちったら、何をそんなにこそこそしてるのぉ? あそこにいる人たちを気にしてるなら、今は全然心配ないのにさぁ」

 と城の入り口前に座り込んでいる軍勢を示します。

「何故だ?」

 とフルートは聞き返しました。数百人の敵がこちらに気づいていっせいに押し寄せてきたら、いくらフルートたちでも、とても撃退できません。

 ふふふふ、とランジュールはまた笑いました。

「それはね、セイロスくんが城の中に入っていって、今ここにいないからだよぉ。あの操り兵たちは、なぁんでもいうことを聞くし、死ぬことも全然怖がらないから、すごく強力な軍隊なんだけどさぁ、いかんせん、自分から行動するってことをしないんだよねぇ。今もセイロスくんが、ここで休んでろ、って命令したもんだから、みぃんなああして休んでるってわけぇ。外から敵が入ってくるかもしれないのに、開けっ放しの門に一人も見張りを立てずに、命令通り休んじゃってるんだもん、忠実すぎて、馬鹿がつきそうだよねぇ」

 味方のはずなのに、ランジュールの口調はなんだか批判的でした。そして、彼が言うとおり、いくらランジュールとフルートたちが会話をしていても、それに気づいてこちらへやってくる兵士が一人もいないのです。みんな、入り口の前に座り込んで、ぼんやりしています。

 

 ランジュールは、ひゅうっと空中で一回転すると、両手を腰に当ててフルートたちを見下ろしました。

「さ、そぉいうことだから、安心して勝負を始めよぉかぁ。ボクが手に入れたばかりの魔獣はこれだよ――おいでぇ、カーちゃん! 勇者くんたちにご挨拶ぅ!」

 とたんにザカラス城の高い塔の向こうから、大きな生き物が飛んできて、前庭に下り立ちました。魔獣が庭園の刈り込みを踏みつけたので、ばりばりと裂けるような音が響き渡ります。やってきたのは二本足で立つ巨大な竜でした。前足は短く、背中には二枚の翼があり、全身がオレンジに光るうろこでおおわれています。

 ギェェェ、と竜が咆哮と共に炎を吐くと、ランジュールはまた、うふふっ、と笑いました。

「これはねぇ、ザカラス城で飼われているファイヤードラゴンなんだよぉ。実は前にもザカラス城のファイヤードラゴンをいただいて、ファイちゃんって名前をつけたことがあったんだけど、闇がらすに殺されちゃってさぁ。もちろん、闇がらすにはきっちり仕返しをしたんだけどねぇ。このファイヤードラゴンは、その後にまたザカラス城で飼い始めた子みたい。だから、またボクのペットにしてあげて、今度はカーちゃんって名前にしてあげたのさぁ。火を吐くからカーちゃんだけど、カマキリのトウちゃんと名前のバランスってのも考えてねぇ……」

 ランジュールのおしゃべりはまだまだ続きそうでしたが、勇者の一行はもう聞いていませんでした。それぞれに身構えて戦闘態勢に入ります。

 ファイヤードラゴンのほうも、そんな一行に刺激されて、また大きくほえました。オレンジの尻尾をびゅんびゅん振り回すと、ぐっと頭を下げ、地響きを立てて彼らへ突進してきます。

「よけろ!」

 とフルートが叫ぶと、仲間たちはいっせいに左右に飛び退きました。その間をファイヤードラゴンが駆け抜けていきます。

 すると、竜は首をねじって火を吐きました。勇者の一行を炎の息が襲います。

 けれども、そのとき、竜の目の前にはフルートが駆け寄っていました。左手の盾を思い切り前に突き出し、同時に右手で自分のマントを広げます。炎は盾に跳ね返され、マントにさえぎられました。フルートの全身にも炎は降りかかりますが、金の鎧兜を着たフルートは、まったく平気です。

 

 ああもう! とランジュールは甲高い声を上げました。

「勇者くんを狙っちゃだめなんだよぉ、カーちゃん! 勇者くんはやたらと火に強いんだからさぁ!」

 フルートは竜に仲間たちを狙う暇を与えませんでした。さらに駆け寄ると、背中の剣を抜いて竜の顔に切りつけます。

 ギェェェ! とドラゴンは悲鳴を上げました。切り裂かれた顔の傷が火を吹いたのです。フルートが握っているのは炎の剣でした。ひとかすりしただけで切られたものを燃やし尽くす、炎の魔剣です。

 けれども、ドラゴンから火はすぐに消えていきました。ランジュールが喜んで飛び跳ねます。

「うふふ、これはこっちの勝ちぃ! なにしろ、ファイヤードラゴンは火には強いからねぇ。いくら切っても燃えないんだよぉ」

「知ってる。それでも戦い方はあるさ」

 とフルートは答えると、剣を構えたまま、竜へさらに駆け寄りました。近づいてくる竜の顔から火は消えていますが、剣に切られた傷跡ははっきり残っていたのです。傷口が赤い血を流しています。

 フルートは竜の目の前で身をひるがえしました。鋭い爪が生えた前足の一撃をかわし、竜の横に並んで剣を力一杯突き出します。炎の剣は、攻撃のために前屈みになった竜の、首の付け根を貫きました。傷口が炎を吹いてまた消えて行きますが、傷そのものは消えません。フルートが剣を引き抜くと、竜は大きくほえてよろめき、足を踏みならして暴れ始めました。

「カーちゃん、カーちゃん、だいじょぉぶ!? 今、手当てしてあげるから落ち着いてぇ!」

 ランジュールがあわてて呼びかけますが、ファイヤードラゴンは命令に従いませんでした。首の傷の痛みに狂ったようにほえ、苦し紛れに暴れ回ります。

「ファイヤードラゴンやサラマンドラは火に強いけれど、それはただ燃えにくい体をしているってだけのことだ。切られれば、普通に怪我をするのさ」

 とフルートは言って、仲間がいる場所へ合図をしました。そこではメールが花の渦を呼び、ゼンが弓矢を構えていたのです。メールが花で竜を縛って動きを封じると、ゼンが百発百中の矢を放って目を潰します。

 

 すると、ファイヤードラゴンは痛みと怒りにますます暴れるようになりました。周囲へ無差別に炎を吐き、自分を縛っていた花を焼き切ると、突進を始めます。――が、それはフルートたちのいる方向ではありませんでした。竜が突き進んでいく先には、ザカラス城とその前でぐったり休んでいる操り兵たちがいます。

 フルートは叫びました。

「ポチ、みんなを火から守れ! ルル、ファイヤードラゴンを止めろ!」

「ワン、わかりました!」

「生かして止めるのは無理よ! いいでしょう!?」

 犬たちは風になって舞い上がり、ポチが先に飛び出していきました。ファイヤードラゴンが操り兵たちに向かって吐いた炎を体に巻き込むと、つむじを巻いて空へねじ曲げます。ルルは一度空高く昇ると、ひゅうっと音をたてて下りてきました。ファイヤードラゴンの真上で鋭く身をかわし、風の刃で竜の首を切り落としてしまいます。

 さすがのファイヤードラゴンも、首を切られてはかないませんでした。地響きを立てて地面に倒れ、それっきり動かなくなります。

 城の入り口に座り込んだ数百の操り兵は、火傷もせずに無事でいましたが、誰もそのことを喜んではいませんでした。自分たちが危なかったことにも気がつかずに、ぼんやりと座り込んでいるだけです。

 フルートは炎の剣を構えたまま、空のランジュールをにらみつけました。

「これでファイヤードラゴンはいなくなったぞ! 次はまたあの大カマキリを出してくるのか!?」

 

 ランジュールは、あぁぁ、と大きな溜息をつきました。

「キミたちったら、ホントにひどいよねぇ。ボクがせっかく手に入れた魔獣を簡単に倒しちゃうんだからさぁ。でもまぁ、そぉだよねぇ。あの特別仕様のフーちゃんで、やっとキミたちを倒せるかな、ってところだったんだから、その辺で手に入る魔獣でかなうわけないんだよねぇ――。トウちゃんは出さないよぉ。出したとたんに、勇者くんの炎で黒焦げにされちゃうもんねぇ。このか・わ・り、こぉいうことしてあげるねぇ」

 幽霊がもったいぶった言い方をして、うふっ、と楽しそうに笑ったので、フルートたちはまたいっせいに身構えました。

「てめぇ、何をする気だ!?」

 とゼンがどなりますが、ランジュールはそれには答えず、これ見よがしに片手を腰に、もう一方の手を口元に当てました。遠くへ呼びかける格好になって、声を上げます。

「セイロスくん! セイロスくぅん!! 勇者くんたちがお城に入ってきたよぉ!! 早いとこ、退治しちゃってぇ――!!」

 フルートたちは、ぎょっとしました。全員が一カ所に駆け寄り、周囲を見回します。

 すると、一瞬の間があってから、前庭に声が聞こえてきました。

「やはり来たか。だが、この城に貴様たちは入れぬ。操り兵、侵入者を殺すのだ!」

 セイロスの声でした。姿は現しませんが、命令が響き渡ると、城の入り口にうずくまっていた人々がいっせいに動き出しました。ゆらりと立ち上がり、手に手に武器を握ります。

 ランジュールは目を丸くしました。

「あれぇ、セイロスくんったら、自分で勇者くんたちを倒さないのぉ? なんだか怠慢だなぁ」

 セイロスの命令に操られた人々は、様々な格好をしていました。黒い鎧兜のザカラス兵もいれば、異国風の鎧を着た兵士も、ごく普通の町民の格好をした男女も入り交じっています。それがいっせいに立ち上がり、勇者の一行に向かって動き出したので、フルートたちは思わず後ずさりました。人々の中には剣を振り上げ、槍や弓矢を構えている者もいますが、対抗して武器を構えることができません。

 その様子を見て、ランジュールは、ぽん、と手を打ちました。

「ああ、そぉかぁ! キミたちは相手が人間だと戦えなくなるんだっけねぇ! しかも、操られてるだけの無関係な人たちだってわかっていたら、ぜぇったいに傷つけられないもんねぇ。うふふ、そぉっかぁ。セイロスくんったら、なかなかわかってるじゃなぁい? うふふふ……」

 楽しそうに笑うランジュールの下で、操り兵にされた人々がフルートたちに迫っていました。投げ槍がが飛んできたので、フルートが前に飛び出して盾で防ぐと、とたんにゼンにどなられます。

「よせ! もう暗くなってきてる! おまえにはよく見えてねえだろうが!」

 すでに日は落ち、あたりはどんどん暗くなっていました。万が一、飛んでくる武器を見誤って顔面に受けてしまえば、フルートは即死するかもしれないのです。ポポロが飛びついたので、フルートは動けなくなってしまいます。

 ポチとルルはまた風の犬になろうとして、その場に転びました。いつの間にか変身できなくなっていたのです。

「場が闇に支配されてるわ!」

「ワン、セイロスのしわざだ!」

 犬たちは悔しがりましたが、どんなに気合いを込めても、風の犬にはなることはできません。

 立ちすくんでしまった勇者の一行に、操り人形のような人々が迫ってきました――。

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