「もうすぐ夕方だ! あとどのくらいでザカラス城に着く!?」
空の中を風の速度で飛びながら、フルートはポチとルルに尋ねました。青かった空には、うっすらと夕闇が漂い始めています。
「ワン、もう少しです!」
「追い風が吹いているから、思ったより早く着けそうよ!」
並んで空を疾走する二匹が、口々に答えます。
ゼンは行く手に目をこらしていましたが、急に、ちっと舌打ちをして言いました。
「見ろよ。あっちの空に煙が上がってやがる。たぶんザカリアだぞ」
「ほんとだ。遠くで真っ黒な煙が上がってる。まだ街が燃えてるんだね」
とメールも眉をひそめます。犬たちはいっそう速度を上げました。アイル王が残っているはずのザカラス城めざして、ひたすら飛び続けます。
すると、ポポロが身を乗り出して、自分の前に座るフルートを見上げました。
「ねえ……もう透視してもいいでしょう? ずいぶん近づいてきたわ。そろそろ行く手の様子を確かめないと」
「そうだな。でも、気をつけて。アリアンたちのように、セイロスに捕まったりしないように」
「ええ。セイロスの軍勢がお城を包囲してるって言っていたから、お城は見ないようにするわ」
とポポロは答えると、煙が見える方角へ遠いまなざしを向けました。すぐに報告を始めます。
「ザカリアの街はまだ燃えているけど、人の姿はほとんど見えないわ……。市民もいないし、敵もいないみたい。軍隊もいないわよ。大きな船が五隻、大きな川に浮いているけど、そこにも人は見当たらないわ」
「セイロスの軍勢が乗ってきた船だな。市民はアイル王の計画通り、街の外に避難したんだろう。あとは――セイロス軍に組み込まれてしまったんだ」
とフルートは言って、ぎゅっと悔しそうに口を歪めました。
隣を飛んでいたメールも難しい顔になって言います。
「やっかいだよねぇ。ザカリアの市民やザカラス兵をセイロスに奪われるってことは、こっちの人数が減ってセイロス軍が増えるってことだから、それだけで二倍の効果があるもんね」
「それだけじゃない。船に乗ってきたのは先発隊だから、この後、北から陸路を通ってセイロス軍の残りの部隊がやってくるはずなんだ」
とフルートが言ったので、ポポロはそちらへ目を向けました。さらに遠いまなざしになって街道をたどり、やがて息を呑んで言いました。
「いたわ……! ものすごい数の軍勢が、ザカラス城のほうへ向かってるわよ! 立派な鎧を着た兵士や、もっと簡単な防具の兵士や……。どのくらいいるかしら……たぶん、三万人以上よ」
仲間たちは全員絶句してしまいました。セイロスが大軍を率いていることは予想していましたが、まさかこれほどとは思わなかったのです。
「あとどのくらいでザカラス城にやって来そうだ!?」
とフルートは尋ねました。
「身軽な兵士が多いから、すごく速いのよ……。きっと、あと二、三日でやってくるんじゃないかしら」
とポポロが答えます。
「ワン、アイル王を早く助けないと!」
とポチとルルはさらに速度を上げました。限界ぎりぎりの速さでザカラス城をめざします。
すると、彼らの目にもザカラス城とザカリアの街が見え始めました。
ザカラス城はこれまでと変わらず、山の中腹にどっしりと建っていますが、麓のザカリアの街は、今もまだ炎と煙を上げていました。すでに燃えてしまった場所には、灰色の焼け野原が拡がっています。
ひでぇ、とゼンが顔をしかめました。
「ザカリアはでかい街だったのに、ほとんど焼けちまったじゃねえか。これで本当に焼け死んだヤツはいなかったのかよ?」
「たぶんね」
とフルートは考えながら答えました。
「セイロスの狙いは自分の兵士を増やすことだ。兵の数が足りなければ、奴が目的にしている世界征服ができないんだから、人は極力殺さないようにしたはずだ。それに、火事になってすぐに、アイル王が避難命令の鐘を鳴らした。ザカラス正規軍が避難する市民を守っていたし――おそらく、犠牲者はほとんど出ていないはずだ」
「しかも、ザカラス城の中の人たちのことは、秘密の通路からみんな城の外に逃がしたんだろ? アイル王ったら、やるじゃないのさ」
とメールが感心すると、ルルが言い返しました。
「その代わりに自分が捕まっちゃったら、どうしようもないじゃない! ザカラスの国王だっていうのに、もう!」
アイル王を心配しているので、ルルはちょっと怒ったような声になっています。
そこへ空中に淡い金の光がわき起こって、黄金の髪と瞳の小さな少年が姿を現しました。ポチやルルと並んで空を飛びながら話しかけてきます。
「大きな声を出すな。ここはもう敵の範疇(はんちゅう)だ。君たちの姿はぼくが聖なる力で隠しているけれど、声で気づかれる可能性があるぞ」
金の石の精霊から叱られて、なによ、とルルはふてくされました。他の仲間たちもいっせいに声を低めて話すようになります。
「セイロスがどこにいるかわかるか?」
とフルートが尋ねると、金色の少年は首を振りました。
「無理だ。奴は魔法を使うとき以外、闇の気配をさせていない。おそらくザカラス城に行っていると思うんだが、どこにいるのかまでは把握できない」
相変わらず、子どもの姿で大人のように話す精霊です。
「ワン、いよいよ城に近づきますよ。みんな気をつけて」
とポチが言って、ルルと一緒に向きを変えました。風のない場所を飛ぶと怪しまれるかもしれないと考え、吹く風に乗りながら、用心深く城に接近していきます。
すると、ポポロが突然声を上げました。
「危ないわ、止まって!」
ポチとルルがびっくりして空中で立ち止まると、ポポロは城のある方向を指さして言いました。
「見えない結界があるのよ! それも、ものすごく強力なのが! 知らずにぶつかったら、どこかに飛ばされて死んでしまうかもしれないわ!」
「うぅん、やっぱりザカラス城だね。がっちり守ってるじゃないのさ」
とメールが言うと、ゼンが首をひねりました。
「おい、薔薇色の姫君事件のときにも、俺たちは空を飛んできただろうが。あのときには結界なんか関係なく、すんなり城に下りられたぞ」
「あのときは、魔法使いのジーヤ・ドゥとデビルドラゴンが、ザカラス城の中でぼくたちが来るのを手ぐすね引いて待っていたんだ。きっと城の結界を消していたんだろう」
とフルートが答えます。その目は城のあちこちを鋭く観察していました。麓のザカリアからつづら折りの山道を登ると、ザカラス城の正門に着くのですが、門の前の水路に跳ね橋が下ろされ、内側の落とし格子は引き倒されていました。城を包囲していたはずの敵は、城の周囲には見当たりません。すでに城内に侵入したのに違いありませんが、それにしては城壁の内側が静かでした。城内の人たちは本当に全員避難したようだ、とフルートは考えます。
「ワン、見張りがいないから、あの正門からぼくたちも中に入れそうですよ。行ってみましょう」
とポチは言って、跳ね橋の手前に降り立ちました。ルルも後に続いて犬の姿に戻り、ポポロを振り向きます。
「どう、ポポロ? ここにも結界がある?」
ううん、とポポロは答えました。
「城壁の上にはお城を守る結界があるけど、門のところには何もないわ。門は誰でも通れるようになっているのね」
「よし、それじゃ、ここから突入だ」
とフルートが跳ね橋を渡ろうとすると、金の石の精霊がまた警告しました。
「ぼくは君たちを闇の目から守っているけれど、闇でないものには、君たちの姿は普通に見えるんだからな。それを忘れるな」
「わかってる。みんな、注意しろよ」
とフルートが先頭に立って駆け出します――。
跳ね橋を駆け抜けて正門の前にたどり着くと、一行は門の横に身を隠して、そっと内側の様子をうかがいました。
遠い目をしていたポポロが言います。
「お城の入り口の前に、すごくたくさんの人たちがいるわよ……。セイロス軍の兵士たちだと思うけど、みんな座り込んでいて動かないの」
どれ、と今度はゼンが首を伸ばして、城の入り口のほうへ目をこらしました。正門と城の入り口の間には前庭が広がっていて、結構な距離があったのです。黒い石畳と手入れの行き届いた庭園の先に、確かに大勢の人の姿が見えます。
「ずいぶんいろんな格好をした連中だな。最新の鎧を着た連中も、時代遅れな防具を着た連中も入り交じってやがる。防具なんか全然着てねえ、町の人間みたいな格好のヤツも大勢いるぞ」
「セイロスに操られて兵士にされている人たちだな。どんな様子だ?」
とフルートは尋ねました。
「ポポロが言った通りだ。みんな座り込んでて動かねえ。かなり疲れてるような感じだな。腹が減って、へばってるんだろう」
「ワン、もうすぐ夕方ですからね。一日戦えばお腹もすくだろうな」
「チャンスね。きっと見つからずに中に入れるわよ」
と犬たちが言います。
よし、とフルートはまた真っ先に門の内側に入り込みました。体をかがめながら走り抜け、綺麗に刈り込まれた植え込みの陰に飛び込んで、あたりの気配を探ります。
すると、そこへ白い小犬と茶色の雌犬も駆けてきました。耳を立て、鼻をひくひくさせて言います。
「ワン、大丈夫。気づかれていませんよ」
「こっちに向かってくる気配はしないわ」
そこで、フルートは残りの仲間たちに合図をしました。ゼン、メール、ポポロも前庭に駆け込んできて、フルートの隣に飛び込みます。
「アイル王はどこにいるんだ?」
「きっとお城の中だよね。ポポロ、見つけられるかい?」
とゼンとメールが言ったので、フルートはあわてて止めました。
「いや、透視はもう危険だ。セイロスに接触する可能性がある――」
そのとき、彼らの頭上で素っ頓狂(すっとんきょう)な声が響きました。
「あぁららららぁ! ごそごそと何が動いてるのかと思ったら、勇者くんたちじゃないかぁ! 今日二度目の遭遇だねぇ。そぉんなにボクに逢いたかったのぉ? うふふふ、嬉しいなぁ」
それは国境の谷底で追い払ったはずのランジュールでした。夕暮れが迫ってきた空にふわふわと浮かびながら、勇者の一行を見下ろしています。幽霊の体の向こうには、血のように赤い夕焼け雲が流れ広がっていました――。