「ゼン、みんな! 大丈夫かい!?」
部屋から闇の影が消えたとたん飛び込んできたのは、ロムド王を呼びに行っていたメールでした。ゼンに駆け寄り、顔や手足が傷だらけになっているのを見て、また声を上げます。
「その傷! 何にやられたのさ!?」
「大丈夫だ。すぐ治らぁ」
とゼンは言って、フルートへ腕を突き出しました。フルートがペンダントを押し当てると、ゾとヨにかまれた傷はたちまち治ってしまいます。
メールに続いて、ロムド王とリーンズ宰相とユギルも部屋に入ってきました。テーブルも椅子も吹き飛んで倒れている部屋を見回し、荒い息をしている一同を見て、ロムド王が言います。
「勇者たちもキースやアリアンたちも、無事で本当に良かった。四大魔法使いにさえ扉が開けられなかったので、大変心配させられたぞ」
「この部屋が強力な闇に支配されていたのでございます。勇者殿だけが闇のくびきから自由でいらっしゃったために、助かりました」
とユギルは言い、鏡があった壁へ色違いの目を向けて、続けました。
「敵の様子を透視しようとして、セイロスとつながってしまったのでございますね。わたくしも、敵の動きを占っていたために、城内への目配りが手薄になっておりました……。今後、鏡で敵を探ろうとしてはなりません。アリアン様が使うのは闇の力。どうしても奴につかまれて、利用されてしまいます」
ようやく床から起き上がったアリアンは、うつむいたまま、はい、と小さな声で答えました。泣き出してしまったのでしょう。長い髪や肩が震えています。ポポロも一緒に涙を流していました。鏡越しに攻撃しようとしてセイロスに気づかれたのは自分のせいだ、と考えていたのです。
「ぼくが様子を探るようにアリアンに頼んだんです。ポポロには魔法でセイロスを攻撃するように言ってしまったし。本当に迂闊(うかつ)でした。申し訳ありません」
とフルートは謝ってから、改めてロムド王へ言いました。
「陛下、セイロスの軍勢は船で川を下って、ザカリアの街を襲撃していました! ザカラス城の守備隊が立ち向かっていましたが、セイロスの魔法が強力すぎて、とても防ぎ切れそうにありませんでした。地上を行くワルラ将軍の部隊では間に合いません。魔法軍団を援軍に差し向けてください!」
フルートは真剣でした。その脳裏に拡がっていたのは、炎に包まれたザカリアの街と、セイロスの部隊に追われて逃げていく市民の姿です。それを守ろうとしてセイロスの魔法に倒れていくザカラス兵も、思い浮かびます。
ところが、ロムド王はすぐには返事をしませんでした。まぶたを半分閉じ、何かを考える顔になっています。
ロムド王! とゼンや犬たちも身を乗り出しました。
「ザカリアはマジでやばい状況だったんだぜ! 軍備を整えてから、なんて悠長なことは言ってられねえんだ!」
「ワン、セイロスはザカリア市民を全員捕虜にしようとしていました! きっと闇の魔法で自分の軍団の兵士にするつもりなんです! このままじゃザカリア市民も敵に回ってしまいます!」
「ザカラス城まで攻め落とされるかもしれないのよ! 急がないと!」
けれども、ロムド王はやはり考え込んでいました。
「金の石の勇者は光の連合軍の総司令官だ。本来なら、その指示はどの命令より優先して実行に移されるべきなのだが――」
と、いつも明瞭な王には珍しく、歯切れの悪い言い方をします。
それを見て、白の魔法使いも進み出てきました。
「陛下、魔法軍団はいつでも出動できる体勢になっております。シン・ウェイ殿の話を聞いて、ザカラスの救援に駆けつけたがっている魔法使いも、少なからずおります。闇の灰掃討作戦の際に、ザカラスの兵士や魔法使いと我々は一致団結して戦ったのです」
それでもロムド王は首を縦に振りません。
陛下!! と他の四大魔法使いも訴えようとすると、傍らに控えていたリーンズ宰相が口を開きました。
「この事態を、ザカラスのアイル王はすでに予見されていたのです。トーマ王子が運んでこられた書状に、もう一つの書状が隠されておりました。セイロスは世界征服をザカラス国から始めようとしている。奴は必ずザカリアに侵攻してきて、市民を奪って自軍の兵に加え、ザカラス城を攻めてくるだろう。その事態を防ぎたい――と書かれていました」
フルートたちは顔を見合わせ、ザカリアの街に鐘の音が響き渡ったことを思い出しました。鐘は市民に街から逃げろ、と呼びかけているようでしたが、それはやはりアイル王の仕業だったのです。
すると、ロムド王も話し出しました。
「アイル王はセイロスの実力を過小評価していなかった。援軍が駆けつけないうちに敵が攻め込んできた場合も想定して、準備を整えていたのだ。アイル王からの真の書状には、それについても書かれていた」
「どんな計画なんだ?」
とゼンが聞き返しました。ドワーフは自分たちの王を持たないので、ロムド王に対しても少しも遠慮がありません。
すると、メールも口を挟んできました。
「あたいがアイル王だったら、ザカリア市民は全部街の外に避難させてさ、ザカラス城に食料や武器をたっぷり貯め込んで、籠城戦(ろうじょうせん)を始めるよ。ザカラス城は険しい山の上にあるし、大きな堀にも囲まれたお城だからさ、跳ね橋を上げて門を閉じちゃえば、そう簡単には落とせないもんね。そうやって時間稼ぎをしながら、援軍が到着するのを待つよ」
メールは渦王の鬼姫と呼ばれる戦士なので、このあたりの判断は的確です。
ところが、ロムド王は首を横に振りました。
「通常ならそれが一番良い作戦だが、アイル王の計画はそうではない。セイロスに市民を利用されないために、市民を市外に避難させ、籠城するというところまでは同じだが、書状にはこう書かれていた――。セイロスは強大な闇魔法の力を持っており、すでに城内に敵の手のものが侵入している可能性も高い。たとえ籠城しても、我々は長くは持ちこたえられないだろう。援軍が到着する前にセイロスがザカリアを襲撃し、ザカラス城に攻め込んできたなら、ロムドはただちに派遣した軍隊を呼び戻して自国の守りに備えてほしい。ザカラス城への救援は無用である、と」
ロムド王はリーンズ宰相が差し出した書状を見ながら話していました。それがアイル王からの手紙だったのです。
一同は唖然としました。フルートが信じられないように聞き返します。
「それは本当にアイル王からの書状なんですか? 本当に、アイル王がそんなことを書いてよこされたんですか?」
そうだ、とロムド王が答えたので、勇者の一行はたちまち騒ぎ出しました。
「なんだよ、それ!? アイル王はセイロスにびびってんのか!?」
「アイル王は籠城を始めるんだろ!? それなのにロムドが援軍を呼び戻しちゃったら、ザカラス城は孤立無援になるじゃないか!」
「そうよ! 敵はあのセイロスだもの、ザカラス城の戦力だけでかなうはずないじゃない!」
「ワン、それとも、ザカラス国内から領主たちの私兵が駆けつけるから、ロムドの援軍はいらないっていう意味なんですか!?」
ロムド王はまた首を振りました。
「いいや。アイル王は、国内の領主たちにも領地の守りを固めるよう命じる、と書いている。その命令が下れば、国内からの援軍もザカラス城には駆けつけなくなるだろう」
何故!? とフルートたちはまた叫びました。長くは持ちこたえられない城にこもって、援軍も来ないとなれば、助かる方法などまずありません。
白の魔法使いが尋ねました。
「ひょっとして、ザカラス城はセイロスに降伏するつもりでいるのですか!? ろくに敵と戦いもせずに!?」
声が憤りに震えています。
「アイル王はそのつもりのようだ」
手にした書状へまた目を向けながら、ロムド王はそう答えました――。