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第21巻「ザカラス城の戦い」

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第12章 臆病

34.拒絶

 鏡に映ったセイロスは、闇の姿に戻ったキースやアリアンたちに向かって、フルートたちを皆殺しにしろ! と命じました。セイロスの命令はデビルドラゴンの命令です。闇のものたちは、それに逆らうことができません。

 床につっぷしていたキースのうめき声が止まり、黒い体がゆっくりと起き上がってきました。背中には大きな翼が、頭にはねじれた二本の角が現れています。こちらを向いた瞳は血のような赤い色に変わっていました。殺ス……と命令を繰り返した口に、鋭い牙がのぞきます。

 フルートたちは青くなりました。

「よせ、キース!」

「馬鹿野郎、目を覚ませ!」

 必死で呼びかけますが、キースはゆらゆらと立ち上がってきます。まるで操り人形のような動きです。

 その後ろでは、ゴブリンの姿に戻ったゾとヨも立ち上がっていました。こちらはひどく興奮してキィキィと飛びはね、口々にわめきます。

「人間ダ、人間ダ、人間ハオレタチノ敵ダ!」

「オレタチヲイジメルヨ! イジメラレル前二、殺シテシマオウヨ!」

 さらに、巨大なグリフィンになったグーリーも立ち上がり、ギェェェン、と部屋を震わせてほえます。

 

 彼らからすさまじい殺気が伝わってきたので、フルートは仲間をかばって前に飛び出しました。両手を広げて、キース! と叫びますが彼らは正気に返りません。

「ワン、だめですよ、キース!!」

「ゾもヨも、グーリーも!! 目を覚ましなさいよ!!」

 ポチとルルも必死で呼びかけ、風の犬になって止めようとしましたが、変身することができませんでした。いくら念じても犬の姿のままで、風の獣になれないのです。

「セイロスがここを支配してるのよ! あの鏡を消さないと!」

 とポポロが壁を指さしました。セイロスを映す鏡へ消滅の魔法を繰り出そうとします。

 けれども、ポポロは、はっと呪文を止めました。つい先ほど、鏡の向こうへ雷の魔法を送り出そうとして、闇魔法と激突したことを思い出したのです。消滅の魔法は雷の魔法よりはるかに強力でした。爆発を起こしたら、部屋にいる全員を巻き込んでしまいます。

 それを見て、フルートは鎧の下からペンダントを引き出しました。金の石に、光れ! と叫ぼうとして、やはり躊躇(ちゅうちょ)してしまいます。金の石が輝けば鏡は消えるかもしれませんが、同じ聖なる光が闇の友人たちにも降り注ぎます。キースは半分人間だし、アリアンたちも赤の魔法使いに魔法をかけてもらっているので、金の石の近くにいることはできますが、聖なる光をまともに浴びて平気でいられる保証はありません。フルートも金の石を使うことができなくなってしまいます。

 その間にキースはゆっくりと手を上げていきました。闇魔法を使う構えです。フルートは仲間たちと後ずさりました。どうしたらいいのかわかりません。

 すると、フルートの後ろからゼンが飛び出しました。フルートが止める暇もなく、キースに飛びかかっていきます。

「この野郎、目を覚ましやがれ!」

 飛びついてきたゼンの腹めがけて、キースは闇魔法を撃ち出しました。どん、と音がして黒い光が炸裂しますが、ゼンは平気です。キースを床に投げ飛ばし、押さえ込んでどなります。

「俺には魔法は効かねえって、なんべんも言ってるだろうが! すっとこどっこい!」

 ところが、そこへゾとヨが飛びついてきました。金切り声を上げてゼンの肩や背中にしがみつきます。

 いててっ!! とゼンは跳ね起きました。ゾとヨが胸当てから出ているゼンの腕や頭に牙を立ててきたからです。

「馬鹿、痛ぇだろうが、おまえら! 放せよ!」

 ゼンはわめきながらゾとヨを払い落としましたが、二匹はすぐにまたゼンに飛びついてきました。今度は左右の足にしがみついて牙を立てたので、ゼンは悲鳴を上げて倒れてしまいます。

 その間にキースはまた手を上げていました。フルートと、彼がかばうポポロにまっすぐ手のひらを向けて、殺ス、とまたつぶやきます。見かねたポチとルルが犬の姿のままで飛び出すと、そちらにはグーリーが襲いかかってきました。鋭いくちばしが降ってきたので、キャン、と犬たちが左右に飛びのきます――。

 

 とたんに、鋭い声が響きました。

「だめよ、キース、グーリー! やめなさい、ゾ、ヨ!」

 アリアンでした。彼女も赤い瞳に一本角の闇の娘の姿に変わっていましたが、その表情はしっかりしていました。キースたちが自分の声に反応したのを見ると、さらに強く言い続けます。

「フルートたちを傷つけてはだめ! 私たちはもう闇に戻らないって決めたのよ! デビルドラゴンの思い通りになんてならないわ!」

 ところが、その声を鏡の向こうのセイロスも聞きつけました。冷たく目を光らせて言います。

「生意気な女だ。しもべのくせに私に逆らうつもりか。思い知れ」

 びりっと鏡が震えて、中から黒い光が飛び出して来ました。アリアンを直撃しようとします。アリアン!! とフルートとポポロは叫びました。フルートが助けに飛び出しますが、とても間に合いません。

 すると、キースが急にアリアンに飛びつき、床に押し倒しました。その上を魔法が飛び越えていって、反対側の壁に激突します。壁の表面が破片になって飛び散ったので、グーリーやゾとヨが悲鳴を上げました。部屋中が大揺れに揺れます。

 アリアンは床に倒れたまま目を見張っていました。キースが彼女の上にのしかかり、自分の体で爆発から護ってくれていたからです。思いがけない体勢に真っ赤になってしまいます。

 すると、キースが頭を上げて言いました。

「本当に、君はおとなしいのか強靱(きょうじん)なのかわからないな……。デビルドラゴンの命令にも抵抗してしまうなんて」

 苦笑するように言ってアリアンの目をのぞき込んだ彼は、すっかり元の表情に戻っていました。端正ですが、どこか愛嬌もある顔です。アリアンはますます赤くなると、蚊の鳴くような声で言いました。

「わ……私たちはもう、闇のしもべなんかじゃないもの……。私たちは光の陣営の一員だわ」

「そうだな」

 とキースはうなずくと、アリアンの上から起き上がりました。その際に、彼女の鼻の頭を指先でちょっとつついて、また笑ってみせます。

「思い出させてくれてありがとう。君はやっぱり勇敢だ」

 その服がたちまち黒から白に変わっていきました。黒い翼が青いマントになり、角も消えてしまいます。

 それと同時に、アリアンもまた人間の娘の姿に戻りました。ゾとヨは小猿に、グーリーも鷹になって、驚いたように床にしゃがみ込みます。

「ななな、何があったんだゾ?」

「おおお、オレたち、どうしていたんだヨ?」

「やっと正気に返ったか、おまえら」

 とゼンも起き上がりました。その手足や顔が傷だらけだったので、ゾとヨはびっくりして言いました。

「どうしたんたんだゾ、ゼン!?」

「怪我だらけだヨ! 何かあったのかヨ!?」

「ちぇ、全然覚えてねえのか」

 とゼンは苦笑いしました。二匹の頭を軽くげんこつで小突きます――。

 

 フルートは鎧を着た体でポポロを爆発からかばっていました。キースたちが元に戻ったので、ほっとしながら言います。

「鏡を消せるか、キース?」

「ああ。これはぼくが創ったものだからね」

 とキースは答えると、鏡をにらみつけました。その向こう側にまだセイロスの顔が映っていたからです。

「ぼくたちはおまえのしもべなんかじゃない。さっさとここから立ち去れ」

「愚かな抵抗をする連中だ。貴様たちは闇から生まれたもの。闇のものが闇から離れて光になれると思うのか」

 とセイロスは言いました。あざける声でしたが、ふん、とキースは笑い返しました。

「それは闇の国を飛び出すときに闇王にも言われたよ。だから、こっちの返事もそのときと同じだ。ぼくたちの体は闇でできていても、心はそうじゃない。自分が光に属するか闇に属するかは、自分の心が決めるものなんだ。ドワーフのことわざ通り、心だけはいつも自由だからな」

 とたんにセイロスは叫びました。

「生意気な!」

 ずっと冷静だった声が、急に怒りに彩られます。

 キースはすかさず手を鏡に向けました。魔法で出した鏡を消滅させようとします。

 すると、鏡の中からいきなり、黒い影がどっとあふれ出てきました。たちまち部屋中に充満していきます。

「生意気ナ連中メ!」

 と影の中でまた声がしました。それはセイロスの声でしたが、同時に、あのデビルドラゴンの声のようにも聞こえました。全員の頭の中に、わんわんと響き渡ります。

「我カラ生マレタモノガ、我ニ逆ラウトイウノカ! 生意気ナ! 我ニ従ワヌモノハ消滅スルガイイ――!」

 影は生き物のように動いて、部屋の全員に絡みつきました。キースたちだけでなく、フルートたちも影にがんじがらめにされてしまいます。

「う、動けないゾ!」

「くくく、苦しいヨ!」

 ゾとヨが悲鳴を上げ、他のものたちもうめき声を上げました。影がいっせいに全員を締め上げ始めたからです。キースが、がくりと膝をつき、アリアンも床に倒れてあえぎます。影は彼らの首にも絡みついていました。怪力のゼンさえ、影には抵抗できません。

 フルートだけは、影がすぐに離れていったので、一人自由でいました。闇の影が金の石を嫌ったのです。けれども、相変わらず金の石を輝かせることはできませんでした。そんなことをすれば、闇の影と一緒に闇の友人たちまでが消滅してしまいます。

「キース! アリアン! ポポロ――!」

 フルートはペンダントを握って振り回しました。影が剣で切られたように裂けますが、すぐにまた周囲の影が流れ込んできて、元に戻ってしまいます。影を撃退することができません。

 クゥゥ……。体中を影にしばられたグーリーが、鷹の姿でうめきます。

 

 そのとき、フルートは突然、部屋の扉をたたく音を聞きました。いえ、その音はさっきから聞こえていたような気がします。今ようやく気づいたのです。扉を激しく打つ音と共に、ユギルの声も聞こえてきます。

「勇者殿! 勇者殿! ここをお開けください――!」

 外から扉が開かなくなっているんだ、とフルートは察しました。行く手をふさぐ影をペンダントで切り裂き、入り口の扉に飛びついて引き開けます。

 とたんに部屋の中に四人の人物が飛び込んできました。白、青、赤、深緑――四つの色の長衣を着た魔法使いたちです。部屋の中を一目見るなり、先頭の白の魔法使いが叫びます。

「元凶はあの鏡だ! 青、鏡を破壊するぞ! 赤、深緑、皆を守れ!」

「承知!」

「タ!」

「あれはデビルドラゴンの闇の力じゃ! 早う接触を断ち切れ!」

 仲間の魔法使いたちが杖を掲げると、キースやアリアン、ゾとヨやグーリーは赤い光に、フルートたち勇者の一行は深緑色の光に包まれました。次の瞬間、白と青の光が奔流になって壁へ飛び、セイロスを映す鏡にぶつかります。

 鏡はすさまじい光を発して爆発しました。振動と共に部屋を猛烈な風が吹き抜けますが、フルートたちは魔法使いの障壁に守られているので平気です。風はただ部屋の中から闇の影を消し去っていきました。キースたちをしばっていた影も溶けるようになくなります。

 ようやく自由になった一同は、床にうずくまり、ぜいぜいと荒い呼吸を始めました――。

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