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第21巻「ザカラス城の戦い」

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33.襲撃

 アリアンが透視する鏡の中に、船で川を下ってきた軍勢が、ザカリアの街へ火をかける様子が映っていました。先頭の船からセイロスが命令を下すと、船から岸へ板が渡され、兵士が次々に上陸していきます。彼らの狙いは火事から逃げてきた市民でした。武器を構え、大声でどなりながら人々を追いたて始めます。

「俺たちはアマリル神聖軍だ! 無駄な抵抗はやめて降伏しろ!」

 鏡を通じてどなり声が聞こえてきます――。

 

 勇者の一行は青くなりました。

 ゼンの肩から鏡を見ていたルルとポチが、口々に言います。

「どういうことよ、これ!? セイロスがもうザカラスに攻めてきているわよ!? もっと北のほうを攻めてるはずじゃなかったの!?」

「ワン、きっと北のトマン国はもう敗れてしまったんだ! だから、南下してザカラスに攻めてきたんだよ。トマンからザカリアまではけっこう距離があるはずなのに、こんなに早くやってくるなんて――」

「連中は川を船で下ってきた。だから早かったんだ」

 とフルートは答えました。身震いを止めることができません。鏡に映っている敵は、ざっと見て百数十名というところですが、これで全部のはずはない、とフルートは読んでいました。これはきっと先発隊です。もっと大規模な後続部隊が、追ってやってくるのに違いありません。

「ロムド王に知らせなくちゃ! あたい、呼んでくるよ!」

 とメールは部屋を飛び出していきました。他の者は鏡を見つめ続けます。

 すると、鏡の中でセイロスの姿が大写しになりました。アリアンが透視の目を近づけたのです。紫水晶の防具を着た青年は、揺れる船の上でも堂々と馬にまたがっていました。兜からのぞく顔は整っていて高貴ですが、情が少しも感じられないので、ひどく冷たい印象を与えます。

 セイロスを初めて見たキースが、驚いたように言いました。

「これがセイロスなのか? 闇の気配を全然させてないじゃないか」

「これは普通の人間だゾ」

「怖そうな顔した、ただの人間だヨ」

 とキースの両肩からゾとヨも言います。

「それでも、こいつの正体はデビルドラゴンなんだ。奴はザカリア市民を捕虜にしようとしている。自分の軍勢に加えるつもりなのかもしれない」

 とフルートは言って、必死に考え続けました。ワルラ将軍はロムド王から出動命令を受けましたが、つい先ほどのことなので、絶対にこの場には間に合いません。かといって、フルートたちが飛んで行っても、これだけの規模の戦いを収めることは困難です。どうしよう、どうすれば彼らを助けられるだろう、と思案しますが、名案はなかなか浮かびません。

「ちっくしょう! ザカラスの兵隊は何してやがんだよ!?」

 とゼンがわめきます――。

 

 すると、突然わぁぁっという声がわき起こって、市民の集団が左右に割れていきました。その間から飛び出してきたのは、黒い鎧兜を身にまとい、馬で疾走する軍勢です。市民とセイロス軍の間をさえぎるように展開していくと、先頭の司令官が言います。

「都に火を放つ不届き者め! これ以上、都を荒らすことは我々が許さんぞ!」

 ザカラス城から守備隊が駆けつけてきたのでした。司令官はさらに背後の市民にも言います。

「諸君は都の外へ逃げろ! これは国王陛下のご命令だ!」

 同時に、街のいたるところで鐘がいっせいに鳴り出しました。ガラーンガラーン、ゴォンゴォン、カーンカーン、ディンドォォン……様々な鐘の音が、燃える都に響き渡ります。それはまるで人々に向かって、逃げろ! 早くここから逃げろ! と言っているようでした。鐘の音に追われるように駆け出した人々を、後続の守備隊が退路を作って護ります――。

「あの鐘、人が鳴らしているんじゃないわ! お城から魔法が飛んできて、いっせいに鳴らしたのよ!」

 とポポロが言ったので、きっとアイル王のしわざだ、とフルートたちは思いました。一見頼りなさそうで、実はとても思慮深いザカラス王の顔が浮かびます。

 

 すると、船の上にいたセイロスが動き出しました。馬で板をわたって岸に上がってきたのです。鏡のこちら側までセイロスの声が聞こえてきます。

「我々にたてつこうと言うのか! 愚か者たちめ!」

 ザカラスの守備隊もセイロスの存在に気がつきました。寄せ集めの兵の中で、セイロスだけが立派な防具を身につけて、馬に乗っていたからです。

「あいつが大将だぞ!」

「大将を倒せ!」

 とザカラス兵は口々に言いました。

「敵は烏合(うごう)の衆だ! 奴を倒せばすぐに崩れるぞ!」

 と守備隊の司令官も言ったので、おぉ! ザカラス兵は鬨(とき)の声を上げました。弓部隊がセイロスに向けていっせいに矢を放ちます――。

 そのとたん、アリアンの鏡がびりっと音を立てて震えました。同時に、セイロスに向かって飛んでいた矢が百八十度向きを変えて、ザカラス軍へ戻り始めます。

 アリアンは息を呑み、キースは顔色を変えました。

「奴は呪文も印もなしに闇魔法を使ったのか!? まさか!」

「セイロスはいきなり闇魔法を使えるんだよ! しかも強力なんだ――」

 フルートが言っているうちに、矢はザカラス軍の陣営に落ちていきました。矢の雨に馬がいななき、矢に当たった兵士が馬から転げ落ちます。

 ところが守備隊の兵士は再び弓矢を構えました。

「馬鹿、やめろ!」

 思わずゼンは叫びましたが、こちらの声は向こうへは届きません。何十本という矢が再びセイロスへ発射され、鏡がまた震えたとたん、向きを変えてザカラス軍へ戻ってしまいます。

 ゾとヨはキースにしがみつきました。小さな猿の体を震わせて言います。

「こここ、怖いゾ! あいつ、すごく怖いゾ!」

「オオオ、オレたち、体中の毛が逆立ってるヨ! あいつ、ものすごい闇の気配だヨ!」

「そうだな、魔法を使ったとたん強烈な闇の気配を発した。闇王にも匹敵するくらい強烈だ」

 とキースは言って、額に浮いた冷や汗をぬぐいました。アリアンも蒼白になって震えていますが、ドレスを握りしめて懸命に透視を続けていました。鏡の中で、矢に当たった兵士や馬がまた倒れていきます。

 

 すると、フルートがポポロを振り向きました。叫ぶように言います。

「あそこへ魔法を送れ! 奴が魔法を使うのを阻止するんだ!」

 ポポロは目を見張り、一瞬ためらいました。何の魔法をどう使えば良いだろう、と考えたのです。その間にまた鏡が大きく震えました。今度はザカラスの上空に炎の渦が現れ、無数の火の玉に弾けてザカラス軍の陣営へ降り注いでいます。

 急げ! とフルートにまた言われて、ポポロは決心しました。鏡の中のセイロスへ指先を向けて、呪文を唱え始めます。

「ローデローデリナミカローデ……」

 ところが、キースが飛び出してきました。

「よせ! だめだ!」

 叫びながらアリアンの手を引いて背後にかばい、自分の肩からゾとヨを払い落とします。床に落ちた小猿たちが跳ね起きたのと、ポポロが呪文を唱え終わるのが同時でした。ポポロの華奢な指先から鏡へ緑の星が流れ飛びます。

 そのとたん――

 

 どん!!!!

 

 猛烈な音をたてて鏡の前で爆発が起きました。光と煙がわき起こって、キースが弾き飛ばされ、部屋の壁にたたきつけられてしまいます。キァァ! グーリーも風にあおられたように激しく羽ばたきます。

「キース!!」

 煙がたちこめる部屋の中で、全員は青年へ駆け寄りました。キースの体が壁を滑って床に落ちていきます。

 とたんに、いたた、とキースがうめいたので、全員は焦りました。キースは服やマントがぼろぼろになり、顔にも体にも火傷をのような傷を追っていたのです。

「待って! すぐに怪我を治して――」

 とフルートはペンダントを取り出そうとして、はっとその手を止めました。キースのほうも、壁にもたれかかったまま、あわてて手を振りました。

「やめてくれ……! 金の石なんか、ぼくには効かないよ……。大丈夫、じきに治る」

「ななな、何が起きたんだゾ!?」

「どどど、どうして鏡が爆発したんだヨ!?」

 ゾとヨが飛び跳ねながら尋ねました。キースがかばってくれたので、二匹やアリアンは怪我をしてはいません。

 キースは苦笑しました。

「鏡は壊れてはいないよ。その前で魔法と魔法がぶつかったんだ……。それはぼくが闇魔法で作った鏡だし、アリアンも闇魔法で遠くの景色を映していたからな……そこにポポロが光の魔法を送り込めば、闇魔法と激突するに決まってたんだよ」

 ポポロはキースが吹き飛ばされた瞬間から、驚いて泣き出してしまっていました。ごめんなさい、ごめんなさい、と謝り続けています。

 フルートも真っ青になっていました。

「ぼくのせいだ……。ごめん、キース、ポポロ……」

 部屋の中の煙が薄らいでいきます――。

 

 そのとき、部屋の中に別の人物の声が響きました。

「気配を感じたので誰がのぞいているのかと思えば、おまえたちか」

 いやに冷ややかな男性の声です。全員は思わず飛び上がり、声がするほうを振り向きました。そこにはアリアンの鏡があって、まだ遠い場所を映し続けていました。紫水晶の兜と鎧を着けた青年が、こちらへ顔を向けています。

「セイロス!」

 とフルートたちは叫びました。向こうからこちらは見えないはずなのに、セイロスが彼らを見ているような気がして、ぞっとしてしまいます。

 すると、青年は見回すように視線をちょっと動かし、冷笑して言いました。

「そこはロムド城だな。面白い。城の中に闇の民や闇の怪物を飼っているのか。それは我がしもべではないか」

 フルートたちはまた、ぞぉっと総毛立ちました。セイロスには本当にこちらが見えているのだとわかったからです。

「アリアン、透視をやめて!」

 とルルが叫びましたが、アリアンは首を振りました。彼女はとっくに透視を止めているのに、鏡が勝手にセイロスを映し続けていたのです。

 すると、キースが突然、うわぁ! と声を上げました。自分で自分の体を抱いて、床の上につっぷしてしまいます。その服がたちまち白から黒に変わりました。青いマントが消えて、二枚の大きな黒い翼がばさりと拡がり、頭にはねじれた二本の角が現れます。

「ひゃぁ、へへへ、変身が解けるゾ!」

「い、痛いヨ、体中が痛いヨ!」

 ゾとヨは床を転げ回りました。赤毛の小猿がみるみる大きな目玉の真っ黒なゴブリンに変わっていきます。

 さらにアリアンとグーリーまでもが悲鳴を上げました。床にうずくまったアリアンのドレスが薄緑から黒一色に変わり、黒い前髪の間からは鋭い角が伸びていきます。鷹のグーリーもたちまちふくれあがって、体の前半分が鷲、後ろ半分がライオンの怪物に変わりました。全身を黒い羽根と毛におおわれた、闇のグリフィンです。

 フルートたちは立ちすくみました。どうしたらいいのか、すぐにはわかりません。闇の姿に変わった友人たちは、床の上でうめき続けています。

 すると、鏡の中からセイロスがまた言いました。

「闇は我の下へ戻れ、しもべたち! フルートたちを皆殺しにするのだ!」

 それは、闇のものに絶対の威力を持つ、デビルドラゴンの命令でした――。

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