「よぉし、装備できたな。どんな具合か感想を聞かせるんじゃ」
とノームのピランに言われて、フルートとゼンは自分を見回しました。強化されたばかりの防具が、二人の体の上で光っています。フルートの鎧兜は金地に黒い筋が、ゼンの胸当ては青地に銀の鷹(たか)の浮き彫りがあります。
ゼンが浮き彫りをなでて言いました。
「これよ、前よりでかくなったんじゃねえのか? ずいぶん目立つようになったな」
銀の鷹はゼンの防具の上から鋭くこちらをにらんでいます。
すると、ピランが言いました。
「わしはそいつには何も手を加えとらんよ。ただ、だいぶ傷だらけになっとったから、歪みを取って水のサファイヤで再コーティングを施しただけじゃ。浮き彫りもサファイヤでおおったんだが、その鷹は何度やっても外に出てくる。おまえらの防具はおまえらと一緒に戦っているからな。その胸当ての決意の表れなんだろうよ」
ピランは防具が生き物ででもあるような言い方をしました。ゼンのほうも、そうか、とすんなり納得します。
すると、ノームの鍛冶屋は少し真面目な顔になって続けました。
「これからおまえらが戦っていくのは、人になったデビルドラゴンだ。戦いも今まで以上に厳しくなるだろうからな。胸当てに組み込んである、どんな魔法も解除する能力をさらに強めておいたぞ。ただし、そのせいで敵も味方も区別なしになった。味方が手助けのためにかける魔法も、ゼンには効かなくなったから、気をつけるんだぞ」
それを聞いて一同は真顔になりました。ゼンがとまどったように言います。
「そう言うけどよ、前から俺はそんな感じだったぜ。敵の魔法が当たらねえ代わりに、ポポロの魔法も俺には効かねえんだ」
「いいや。攻撃魔法は防いでいたはずだが、守りの魔法などはけっこう効いていたはずだぞ。それが、これからはゼンにかからなくなる。傷直しの魔法なんかも、ゼンには効かなくなるぞ」
それを聞いて、フルートは本当に真剣な顔になりました。ペンダントをしまってある胸元を押さえて尋ねます。
「金の石の癒やしの力はどうなんですか? やっぱりゼンには効かないんですか?」
ゼンもフルートに劣らず怪我をすることが多いので、金の石が効かなくなっては大問題です。
けれども、ピランは首を振りました。
「魔石が発揮するのは真理の力であって、魔法じゃぁない。魔法以外のものなら、ちゃんと効果があるわい」
一同は、ほっと胸をなで下ろしました。
「で? そっちの鎧のほうはどうなんだ?」
とピランがまた尋ねてきたので、フルートは籠手(こて)をつけた腕を上げ下ろししてみました。
「以前より少しだけ重くなったような気がします。動きにくいほどではないですが。それから、すごくしっかり体を包まれている感じがします。体全体をすっぽり鎧に包まれているみたいな」
うむうむ、とピランは満足そうにうなずき、長いあごひげの前で腕を組みました。
「もともとその鎧は、パーツとパーツの間の鎧がない部分も、見えない力で護っているんだが、フルートの体が大きくなってしまったから、その力が弱まっていたんだ。二年前に堅き石を使って強化したんだが、それも限界まで来ていたからな。今回は堅き石を補助するのに夜の石を組み込んだ。その分、ちぃと全体の質量が重くなったが、フルート自身も体力がついているから、問題はないじゃろう」
「夜の石? そんなのを使ったから、フルートの鎧が前より黒っぽくなったのね」
とルルが言いました。フルートの防具は鎧も兜も輝く金色で、そこに十二に分けられた堅き石が黒い星のようにちりばめられ、星座のように細い黒い線で結ばれていたのですが、今回は黒の割合がもっと増えていました。鎧のパーツとパーツの間が黒い金属のようなものでふさがれていたのです。以前は鎧の隙間から下に着ている服が見えていたのですが、今はそれもまったく見えません。体全体がすっぽり鎧に包まれているようだ、というフルートの感想は的確でした。
フルートは鎧の黒い隙間に触れて言いました。
「これ、金属のようだけど違いますね。もっと薄くてしなやかです。まるで布か何かのようだ。これが夜の石なんですか?」
「いいや、夜の石は鎧の全体に組み込まれとって、おまえらの目には見えん。それは夜の石に強化された堅き石の力じゃ。物質ではないから、フルートの動きを妨げることはせんぞ」
とピランは得意そうに答え、さらに驚くようなことを言いました。
「夜の石というのはな、無効化した闇の石のことじゃ。堅き石は闇の石と組み合わせると最高の強度になるからな。それで鎧のパーツの隙間を強化したんじゃ」
ええっ!? と勇者の一行は声を上げました。
「ワン、無効化した闇の石!? そんなものをフルートの鎧に使って大丈夫なんですか!?」
とポチが尋ねます。
フルートも心配そうに自分の鎧を見回しました。輝く金の鎧ですが、その間をつないでいる黒い部分は、光も何もかも吸い込むような夜の色をしています。
ところが、ピランは腕組みしたまま胸を張りました。
「むろん大丈夫に決まっとる! おまえらは闇を毛嫌いするがな、この世界に存在するもので、内に闇を持たないものは何一つないんじゃぞ。もしも、闇をこの世界から完全に消し去ってみい。人や動物だけでなく、植物も大地も空も海も、すっかり消滅してしまうわい」
フルートたちはいっそうとまどい、混乱しました。
「だ、だってよ、じいちゃん、俺たちは今、闇と戦ってんだぞ! 敵は闇の大将のデビルドラゴンだってのによ!」
「そうさ! 闇を倒しちゃいけないって言うのかい!?」
ゼンやメールが反発すると、ピランは小さな手を振りました。
「いいや、そういう意味じゃぁない。闇はやっぱりやっかいな代物だからな。自分の存在が一番で、他の者はどうなっても知ったこっちゃない、なんて言う奴とは、とても共存はできんさ――。ただ、闇にはものすごい力もある。自分の身を守って存続を続けることや、生きるための本能は、みんな闇に属しとるんだ。闇の怪物はそれが強すぎるから危険でしょうがないが、ある程度の闇は、この世界に存在していくために必要な要素なんじゃよ」
む? とゼンは渋い顔になりました。ピランの話が難しくなって、理解がついていかなくなってきたのです。他の仲間は顔を見合わせ、フルートはさらに考え込んでから言いました。
「この世は光と闇からできている、とよく言われるけれど、それはこういう意味だったんですか? 人が生きていくためには――というか、世界が存続していくためには闇というものも必要だっていう――」
「考えてみい。一日の中でも、光が照らす昼と闇が訪れる夜が交互に来るじゃろうが。闇がなくなって昼間ばかりになったら、どうなる? みんな安眠できなくなって、寝不足になっちまうぞ」
ピランは冗談のようにそんなことを言ってから、フルートの防具を指さして続けました。
「とにかく、その鎧については心配はいらん。たとえデビルドラゴンに正面からぶつかったとしても、奴に夜の石を悪用することはできんからな。闇も上手に使えば非常に大きな力になるってこった」
すると、ずっと黙って話を聞いていたポポロが、小さな声で言いました。
「なんだか、キースやアリアンたちのことみたい……」
あ、と仲間たちも気がつきました。闇の国の王子のキース、闇の民の娘のアリアン、闇のグリフィンのグーリー、双子のゴブリンのゾとヨ。このロムド城には闇の国を嫌って地上に逃げてきた闇の友人たちがかくまわれています。
メールが言いました。
「そっか。言われてみれば、その通りだよね。今回だって、国境の関所で何か騒ぎが起きてるようだ、ってユギルさんが占いで気づいたけど、具体的に何が起きてるかは、アリアンが鏡で透視をして初めてわかったんだからさ」
「ワン、キースは闇の敵には強いから、しょっちゅうグーリーや青さんたちと出動しては、闇の怪物を退治していたらしいですよ」
「ゾとヨも、闇の灰が城内で怪物になったときに、いち早く見つけて退治したらしいわね。自慢話を聞かされたわ」
とポチやルルも言います。
ゼンは、がしがしと頭をかいてから、少し自信なさそうにピランに言いました。
「えぇと――要するに、防具も人も、光だ闇だって言ってねえで仲良くしろ、ってことか? そうすりゃ、今までよりずっと強くなれるって言うのか?」
「まあ、そういうことになるかな。一緒にうまくやれる奴とはうまくやれ、ってことだ。むろん、どうしても相容れない奴とは戦うしかないんだが、くれぐれも闇を根絶しようなんて考えるんじゃないぞ。それはそれで、世界の破滅だからな」
意味深なことばに、フルートたちは思わず溜息をつきました。彼らはこれから光の軍勢の先頭に立って、闇の軍勢と戦おうとしているのです――。
やがて、勇者の一行はピランに礼を言って仕事場から引き上げました。自分たちの部屋に向かって通路を歩きながら、メールが言います。
「ねえさぁ、これからあたいたち、どうするつもり? セイロスがザカラスに攻めてくるって言ってたけど、それをただ待ってなくちゃいけないわけ?」
「だよな。俺たちの防具もこうして戻ってきたんだから、もう待機している必要はねえぞ」
とゼンも言います。
ポチは首をかしげました。
「ワン、ロムド王がワルラ将軍に出動命令を出したんですよ。作戦ってのがあるんだろうから、ぼくたちだけで勝手に動くわけにはいきませんよ。作戦を台無しにしたら大変なんだから」
「あら、でも同盟軍の総司令官はフルートでしょう? フルートが作戦を立てれば、そっちのほうが優先されるはずよ」
とルルが言い返します。
仲間たちに注目されて、フルートはちょっと考え込みました。ワルラ将軍たちの邪魔をしたくはありませんが、戦況はぜひ知りたいところでした。ユギルも今頃それを占っているはずですが、占いの結果が出るまでには時間がかかります。
さらに考えてから、フルートは言いました。
「アリアンのところに行ってみよう。鏡で透視してもらうんだ。セイロス軍の様子がわかるかもしれない」
先ほど話題に上がったので、すぐに彼女を思い出したのです。なるほど、と納得した一行は、行き先をアリアンの部屋へ変更しました――。