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第21巻「ザカラス城の戦い」

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30.執務室

 「そうか。ザカラス城を出発してから、そのような苦労が。よくぞ我が城に到着された。ご無事でなによりだった」

 ロムド王は、城に到着したトーマ王子たちからいきさつを聞かされると、心から安堵したようにそう言いました。

 賢王と中央大陸に名高いロムド王は、思慮深そうな表情で、どっしりと執務室の椅子に座っていました。太っているわけではありませんが、五十年にわたって国を治めてきた人物だけに、ただそこにいるだけで人々を安心させる存在感があります。

 そんなロムド王へ、トーマ王子は一生懸命話し続けました。

「城の中の伝声鳥がすべて殺されてしまった、と父上は話しておいででした。城に敵の手の者が入り込んでいる危険があるから、と直接私に書状を託されたのです。これです」

 と胸ポケットにずっと大切にしまってきた手紙を取り出します。リーンズ宰相がそれを受け取り、ロムド王へ手渡しました。王は羊皮紙を折りたたんだ手紙を開いて、中を読み始めました。

 

 同じ執務室の中には、フルートたちやシン・ウェイだけでなく、一番占者のユギルやゴーリス、ワルラ将軍も一緒にいました。

 濃紺の鎧の将軍が腕組みをして言います。

「デビルドラゴンがいずれ攻めてくることはわかっていましたが、大陸の北西から進軍を始めていたのですな。わしたちの情報網には、まだまったくひっかかっていませんでしたぞ」

「先ほどの王子の話によれば、奴は北方の島の住民を味方につけて、海を渡って攻めてきたことになる。まさかそれがデビルドラゴンの世界侵攻の始まりとは、誰も思わなかっただろう」

 とゴーリスが答えます。半白の髪に黒っぽい服を着て大剣を下げた彼は、相変わらず、大貴族と言うより剣士と呼ぶほうがふさわしく見えます。

 すると、ユギルが黒い占盤を見ながら口を開きました。

「ザカラス国の北方で戦いが勃発することは、わたくしの占いにも出ておりました。ですが、その戦いに闇の気配はほとんどなかったので、よもやデビルドラゴンによるものとは思っておりませんでした」

 灰色の長衣の上に流れる銀髪、浅黒い整った顔に色違いの瞳。執務室でも輝くような姿の占者ですが、居合わせている人々は皆、ユギルの美しさには無頓着です。

「ということは、ユギルさんの占いではセイロスは闇の象徴になっていなかったってことですか?」

 とフルートは聞き返しました。ロムド城の一番占者は、磨き上げられた黒大理石の占盤の上に、様々な事象や人を象徴の姿で映し出し、それを読み解くことで未来を先読みしています。

 ユギルは首を振りました。

「闇の象徴は現れておりません。今現在も、世界の中に強力な闇の出現は感じられないのです。どうやら、セイロスは自分が持つ闇の気配を巧妙に隠しているようでございます」

「あら、デビルドラゴンだっていうのに、よく気配を隠せるわね」

「ワン、そうしないと、闇の気配がすごすぎて、どこにいて何をしてるか、世界中の占者に見抜かれるからだよ、きっと」

 と犬たちが話し合います。

 

 すると、手紙を読み終えたロムド王が、一同に向かって言いました。

「アイル王からの書状は、やはりザカラスへの援軍要請だ。セイロスが軍を率いて北隣のトマン国を攻めていて、まもなくザカラスにも侵攻してくると思われるので、応援の兵を頼みたい、と書かれている。ワルラ将軍、ただちに兵を率いてザカラスへ向え。セイロスはなんらかの手段で味方の兵を増やしているらしい。こちらも途中で兵を増強して行くように」

 迷いのない命令でした。将軍は、御意、と答えると、すぐに執務室を出て行きました。出動命令を下しに屯所へ向かったのです。トーマ王子とシン・ウェイが頭を下げて見送ります。

 次にロムド王はゴーリスへ言いました。

「セイロス軍は今は南へ進軍しているようだが、いつ矛先を変えるかわからない。ザカラスとは一戦も交えずに、ロムドへ向かってくる可能性もある。ゴーラントス卿は守備隊の指揮を執り、魔法軍団と共に城の守りを固めよ」

「承知いたしました」

 とゴーリスも足早に執務室を出て行きます。

 そこへとても小さな人物が、入り口の扉からひょっこり顔を出しました。不思議な色に光る服に、引きずるほど長い灰色のひげのノーム――エスタ城の鍛冶屋の長のピランです。

「おう、やっぱりここにいたな、勇者の坊主ども! おまえらの防具の強化が終わったから、今すぐ仕事場へ来い!」

 とピランに大声で呼びかけられて、フルートたちは飛び上がりました。

「防具の修理が終わったんですね!?」

「やっとか! 待ちかねたぜ!」

「ワン、これで本格的な戦闘が起きても安心ですね!」

「ちょうどいいタイミングじゃないのさ!」

 勇者の一行は喜んで口々に話し、ピランと一緒に部屋を出て行きました。一気に人数が減ったので、執務室の中が急にがらんとした感じになります。

 ロムド王はトーマ王子へ話しかけました。

「アイル王は、情勢が落ち着くまで、あなたがこの城に留まることを希望されている。わしも、戦争が始まるかもしれないところへあなたが戻っていくのは、大変危険だと考える。案内人を呼んでおいたので、しばらくこの城で過ごされるがよろしい」

「案内人?」

 とトーマ王子は思わず聞き返しました。わざわざ案内してもらわなくてはならないほどわかりにくい城なんだろうか、と考えていると、ユギルが言いました。

「案内人がおいでになられました――」

 

 とたんに執務室の入り口がぱっと開き、かわいらしい声が飛び込んできました。

「お父様! ザカラス国のトーマ王子がいらっしゃったのですか!?」

 ノックもせずに部屋に駆け込んできたのは、プラチナブロンドの巻き毛を垂らし、ピンク色のドレスとリボンで身を包んだ少女でした。目を見張った王子に、こちらも大きな目をいっそう大きくして、ぱん、と両手を打ち合わせます。

「まあ、本当にトーマ王子様ですわ! またお目にかかれましたわね! メーレーンは、ずっとトーマ王子にお会いしとうございました! お城においでくださって、とても嬉しゅうございますわ!」

 王子は思わず真っ赤になりました。メーレーン姫が、ずっと会いたかった、と言ってくれたので、胸がどきどき早打ち始めて止まらなくなります。

 すると、一緒に部屋にいたルーピーが、ワンワンワン、と王女のほうへ駆け出しました。

「あっ、こら!」

 シン・ウェイはあわててルーピーを止めようとしましたが、王女のほうも目を輝かせて、自分から犬に駆け寄りました。

「まあ、おまえはルーピーですわね!? すっかり大きくなって! でも、メーレーンを覚えてくれていたんですのね。嬉しいですわ!」

 と犬の首を抱いてほおずりします。ルーピーも尻尾をちぎれるほど振って王女の顔をなめます。

 王子は王女に話しかけました。

「よ、よくそれがルーピーだってわかったね。こんなに大きくなってしまったのに」

 緊張で声が少しうわずっていましたが、メーレーン王女はとびきりの笑顔を返してきました。

「もちろんわかりますわ! あ、それに、トーマ王子がお召しになっている肩掛け。それはメーレーンが作ったものですわ! 着てきてくださったのですね? 嬉しゅうございます!」

「あ、う、うん……暖かくて、その、着心地がいいから……で、でも、旅の間に少し汚れてしまったかもしれないんだけど……」

 普段かなり偉そうに話す王子が、メーレーン王女の前ではしどろもどろになっていました。それでいて、とても嬉しそうな顔をしています。

 王女は王子の手を取って引っ張りました。

「一緒においでくださいまし、トーマ王子。お城の中をあちこちご案内いたしますわ! 今ちょうど見頃になっている薔薇(ばら)の花も、先週生まれたばかりのかわいい子犬もいますのよ! ルーピーもおいで。メーレーンの友だちの犬に紹介してあげますわ!」

「それがいい。アマニ、メーレーンたちをよろしく頼むぞ」

 とロムド王は言いました。いつの間にか、王女に従うように、黒い肌に縮れた髪の小柄な女性が現れていたからです。女性は、ぺこんと王へ頭を下げると、王女と王子に言いました。

「さ、行きますよ、お二人とも。まずはどちらに?」

「ああ、トーマ王子をお兄様たちにもご紹介したいですわ! お兄様とお義姉様はどちらでしょう――?」

 嬉しそうな王女の声が執務室から遠ざかっていきます。

 

 後に一人残されたシン・ウェイは思わず頭をかきました。王子たちの後を追いかけたものかどうか、迷ってしまったのです。王子をロムド城まで送り届ければ、彼の任務は完了でした。いっそザカラス城に戻るべきだろうか、とも考えていると、ロムド王が話しかけてきました。

「あなたも大任ご苦労であったな。王子と一緒にしばらく城に滞在して、骨休めされるがいい」

 すると、銀髪の占者がまた言いました。

「術師殿にもお知り合いがお訪ねです。部屋の外においでになっていらっしゃいます」

 知り合い? とシン・ウェイが不思議に思いながら扉を開けると、廊下に白い長衣の細身の女性と青い長衣の大男が立っていました。

「あんたたちは――」

 とシン・ウェイが言うより早く、大男が声を上げました。

「やあやあ、久しぶりですな、ユラサイの術師殿! 闇の灰掃討作戦のときには大変お世話になりました!」

「ロムド城にようこそ、術師殿。今回も大変な任務だったご様子だな」

 と細身の女性も言います。ロムド城の四大魔法使いの、青の魔法使いと白の魔法使いです。

 そこへ、青の魔法使いの後ろから、もう一人の魔法使いが姿を現しました。大男の体に隠れて見えなかったのです。

「久しぶりですわね、マフラーさん。お元気そうでなによりですわ」

 それは若草色の長衣に眼鏡をかけた娘でした。シン・ウェイは目を丸くすると、たちまち笑顔になりました。

「やあ、あんたこそ元気そうでなによりだ、若草ちゃん」

「あら、私はそんな名前じゃないと、前に言いましたわよ。私はリリーナですわ、マフラーさん」

「それを言うなら、俺の名前だってマフラーじゃなくてシン・ウェイだぞ」

 似たようなことを言い合う二人に、青の魔法使いは声を立てて笑いました。

 白の魔法使いは部屋の中のロムド王に一礼して言います。

「術師殿の来訪を知って、掃討作戦で一緒に戦った魔法軍団が会いたがっております。ご案内してかまわないでしょうか?」

「ああ、それが良い。魔法使いは魔法使い同士で積もる話もあるだろう」

 と王が快諾したので、魔法使いたちは姿を消していきました。他の魔法使いたちが待つ屯所へ飛んでいったのです。

 執務室の中は、とうとうロムド王とリーンズ宰相とユギルの三人だけになります。

 

 ロムド王はアイル王からの手紙を読み返していました。考え込む顔になって言います。

「セイロスが率いる軍勢は、今どのあたりまで来ているのだろうな。我々同盟軍とぶつかるとして、どのあたりが戦場になるだろう。ユギル、占うことはできるか?」

 王に問われて、一番占者はうなずきました。長い銀の髪がさらりと揺れて輝きます。

「すぐにも占いに取りかかることにいたします。セイロスの象徴はいまだ不明ですが、侵攻のルートが判明したので、それで追いかけることが可能でございます。ただ、その前にもう一つだけ――」

 占者は意味ありげにことばを切ると、王が手にしている手紙を指さしました。

「それにはまだ隠された情報がある、と占盤が先ほどから告げております。今一度、お調べくださいませ」

 隠された情報!? と王と宰相は驚きました。手紙を裏に表に返して隅々まで眺めますが、王が読んだ文面以外の内容はどこにも見つかりません。

「陛下、失礼いたします」

 と、ついに宰相が手紙を調べ始めました。羊の皮でできた紙を眺め、透かし、指先でこすり合わせ――

「これか」

 と宰相はつぶやくと、手紙の端を両手の指先でつまみました。そのまま手紙を左右に引っ張ります。

 とたんに、ぺりぺりと乾いた音を立てて、手紙の表面がはがれてきました。その下から、もう一枚の羊皮紙が現れます。

「陛下、アイル王からの本当の書状でございます」

 宰相はそう言って、アイル王の文字が並ぶ手紙をロムド王へ差し出しました――。

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