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第21巻「ザカラス城の戦い」

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26.砦(とりで)

 セイロスは馬にまたがったまま、小高い丘からナズナバ砦を見下ろしていました。吹き上がってくる風にマントがなびきます。

 すでに日はとっぷりと暮れていますが、砦は闇の中に赤々と浮かび上がっていました。彼の率いる兵が砦に突入して火を放ったので、火事が起きていたのです。石造りの防壁の内側で大きな炎がいくつも燃え上がり、悲鳴や建物が崩れる音が響いていました。炎に追われた人々は砦の外へ逃げ出して、待ち構えていた軍隊に捕まっています。

 そこへ、丘の麓から馬に乗った青年が駆け上がってきました。金髪の頭に二本角の兜をかぶったギーです。セイロスに馬を寄せて報告します。

「あんたの命令通り、門を一カ所だけ開けておいたら、そこから中の連中がどんどん出てきている。みんな面白いように捕まっているぞ」

「完全に包囲してしまえば、敵は死にものぐるいで抵抗してくるが、包囲網を一カ所わざと切っておけば、敵は戦うより逃げるほうを選ぶのだ。だが、捕虜を殺してはいないだろうな?」

 とセイロスは言いました。刺すような声ですが、ギーは気にしません。

「殺してないさ。なにしろ新しい仲間になる連中だからな。いつものように縛って一カ所に集めているよ。それと、面白いものも見つけた」

「面白いもの?」

 セイロスが聞き返すと、青年は得意そうに、にやっと笑い返しました。

「船だ。砦の真ん中を流れる川に船着き場があって、大きな船が五隻もつながれていたんだ。それに乗って脱出しようとした連中がいたから、奪ってやった。今は、船に火が燃え移らないように番をさせてある」

「上出来だ、ギー」

 セイロスに褒められて、青年はますます得意そうな顔になりました。

 

 燃える砦は炎と煙を噴き上げ、周囲に風を巻き起こしていました。その風にマントをはためかせながら、セイロスは言います。

「この砦は今夜中に落ちるが、知らせはもうザカラス城へ向かっただろう。ぐずぐずしていると、敵がこちらに攻め上ってくる。船を使ってザカラス城へ向かうぞ」

 すると、ギーは首を振りました。

「そこまででかい船じゃない。一隻に乗れるのは、せいぜい三、四十人だ。それに、この川が城まで続いているとは限らないだろう」

「いいや、川はザカラス城まで続いている。二千年前、この付近に川はなかったのだから、これは人工的に作った運河だ。言ってみれば川の街道なのだから、都につながっていないはずはない」

 それを聞いて、ギーは目を丸くしました。彼の友人は時々こんな風に、大昔のことを見てきたように言います。

 けれども、セイロスはもう未来のことに話題を移していました。

「船に乗るのは先発隊だ。砦の連中が仲間になったら、その中から操船と川の行き先に詳しいものを選び出して船に乗せろ。一気にザカラス城まで攻め下るぞ」

「あんたも船に乗って先発隊になるのか?」

 とギーは聞き返しました。

「無論だ。先発隊は私が率いる。ギーは本隊と一緒に後から来い」

「とんでもない! 俺はいつもあんたと一緒だ! 俺も船に乗るぞ!」

 とギーは憤慨しました。アマリル島にやってきたセイロスと出会って早二ヶ月。自分はセイロスの片腕だという自負があるので、一時だって離れたいとは思いません。

 すると、セイロスは急に微笑しました。馬に馬を並べると、腕を伸ばしてギーの肩をたたきます。

「おまえだから頼んでいるんだ、ギー。仲間は増えたが、おまえほど信頼できる人間は他にはいない。捕虜を仲間にしたら、本隊を率いてザカラス城に来てくれ。私は城の門を開けて、おまえたちの到着を待っている」

「セイロス――」

 ギーは感激したように友人を見ました。すぐに大きくうなずき返して言います。

「よし、俺は他の連中と一緒に地上からあんたの後を追う。すぐに駆けつけるから、待ってろ」

「ああ、頼りにしている。途中でザカラス側の妨害を受けるだろう。気をつけろ」

「わかった」

 根が単純なギーは、セイロスから全面的に信頼されたのが嬉しくて、顔を真っ赤に染めて笑いました。セイロスのほうは、もう冷ややかな顔に戻って砦を眺めています。

 

 と、セイロスは急に空を見上げました。火事を雲に赤く映している夜空を見回してつぶやきます。

「ランジュールが戻ってこないな……」

 つぶやきを聞きつけたギーが、今度は口を尖らせました。

「あの変な精霊のことか? あんな奴がいなくても、おまえは勝てるだろう」

「命令を出しておいたのだ。もう戻ってきても良い頃なのだが」

「あんなにいい加減な精霊は見たことがない! 悪いことは言わん、セイロス。あんなできの悪い精霊はさっさとお払い箱にして、新しい精霊を雇え! おまえならば、もっと優秀な奴をいくらでも従えられるぞ!」

 ギーはランジュールの悪口を並べ立てますが、幽霊の青年はやはり姿を現しませんでした。声が聞こえる場所にはいないという証拠です。ふむ、とセイロスは視線を空から砦へ戻しました。

 すると、砦の中からガラーン、ガラーンと音が響いてきました。鐘楼(しょうろう)の鐘が勢いよく鳴り出したのです。

 セイロスは言いました。

「砦が落ちたな。司令官を倒したか」

「勝ったのか! やったな、セイロス!」

 ギーは歓声を上げましたが、セイロスは冷静な表情のままでした。

「砦を一つ落としたくらいで喜ぶな。我々がめざしているのはこの先だ。戦闘に加わっていなかった者に消火をさせろ。砦の物資をかき集めるんだ。戦った者は休憩。夜明けを待って、先発隊は船で出発する」

「夜明けに? それじゃ、あんたは全然休めないじゃないか」

「心配はいらん、船の中で寝る。早く命令を伝えに行け」

 セイロスはあくまでも冷静です。ギーはすぐに馬で丘を駆け下っていきました。その姿が林の中に見えなくなっていきます。

 

 一人きりになったセイロスは、顔を上げて砦の先を眺めました。見透かすような目でつぶやきます。

「次はいよいよザカラス城だ。王の親衛隊や優秀な人材が大量に手に入るだろう。私には兵が必要なのだ。何十万という大軍隊がな。そして――」

 そしてどうするのか、セイロスは口にはしませんでした。ただ、ザカラス城の方向を冷ややかに見据えています。

 とたんに、火事が巻き起こした風がまた吹き抜けました。セイロスのマントが風をはらんでふくらみます。

 ばさり。

 マントは大きな翼のような音を立てて、夜空にひるがえりました――。

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