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第21巻「ザカラス城の戦い」

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24.荷台

 翌日、シン・ウェイとトーマ王子は荷馬車に乗って、街道を東へ進んでいました。馬車の荷台は粉の袋でいっぱいです。その間に窮屈に座りながら、田舎道をごとごと揺られていきます。

 馬車の御者台から、馬車の持ち主の粉屋が話しかけてきました。

「いやぁ、あんたたちが手伝ってくれて本当に助かったよ。ハンムルの町で水車が壊れて粉がひけなくなったってぇのに、うちのじいさんが腰を痛めて粉袋を担げなくなっていたからな。これだけの袋を積み込んでくれて、しかも、金の代わりにハンムルの町まで乗せるだけでいいなんて、なんだか悪いみたいだな」

「いやぁ、こっちこそ助かったよ。乗合馬車に置いていかれて、難儀していたんだ。弟も一緒だし、歩いていくにはハンムルはちょっと遠すぎたからな。朝飯も食わせてもらったし。充分すぎるくらいだよ」

 とシン・ウェイは荷台からのんびり答えました。とても嘘をついているとは思えない、気さくな口調です。

「そっちの弟さんはずいぶんおとなしいな。さっきから何も言わないじゃないか」

 と粉屋が王子を見て言っても、さらりと答えます。

「内気な奴でな、人見知りなんだよ」

 王子は口を尖らせて膝を抱えると、いっそう黙り込みました。その背中には呪符が貼り付けてあります。それがある限り、王子は周囲からは旅姿の子どもに見えるのでした。容姿も変わって、今は赤い髪に青い目の少年になっています。シン・ウェイ自身も呪符を使って、普通の旅人の姿になっていました。こちらは黒髪黒い目から、やはり赤毛で青い目の青年になっています。

 目的地の町までは半日がかりの道のりでした。退屈しのぎに、粉屋はあれこれ話しかけてきます。

「ところで、あんたたちはどこから来たんだ? ハンムルには何の用事があるんだい?」

「俺たちはソルダっていう小さな町の出身さ。行き先はザカラスとロムドの国境の関所だ。ちょいと用事があってね。ハンムルから乗合馬車に乗るつもりなんだ」

「へぇ、関所に? なんだってまたそんな場所まで」

「いや、俺たちの親父は関所の役人なんだよ。下っ端の下っ端だけどな……。おふくろから頼まれて、親父へ届け物に行くのさ」

「そりゃまた、遠くまで大変なこった。ご苦労さん」

 気の良い粉屋はシン・ウェイの作り話をまったく疑いません。

 

 トーマ王子は隣のシン・ウェイを肩で押しました。ん? とかがみこんだ青年の耳にささやきます。

「ぼくたちの目的地は国境の関所なんかじゃないだろう。何故そんな嘘を言う?」

「あのな」

 とシン・ウェイはあきれた顔になりました。

「行き先を正直に人に話して、それをランジュールに聞きつけられたらどうするつもりだ。ロムドまで行くなんて言ったら、それだけで俺たちだと見破られるぞ」

「でも――」

 王子がまだ納得できずにいると、急に粉袋の間からルーピーが頭を出しました。こちらは呪符の力で真っ黒な犬に変身しています。

 ルーピーが空をにらみながら、ウゥゥ……とうなりだしたので、シン・ウェイが言いました。

「そら、おいでなすった。きっと上空にランジュールがいるぞ。知らん顔をしろ。声は絶対出すなよ。姿は変えてあっても声はそのままだから、しゃべるとばれるかもしれん」

 そこで王子は口を固く結んで、ルーピーを引き寄せました。彼の目には幽霊も大カマキリも見つけることはできませんが、犬は背中の毛を逆立ててうなり続けています。シン・ウェイが言うとおり、すぐ近くにランジュールが来ているのでしょう。いっそう緊張しながら、うつむいて犬をなで続けます。

 シン・ウェイのほうは逆に仰向けになると、粉袋の上に大の字になって、ぐうぐういびきをかき始めました。話しかけていた粉屋が、振り向いて笑います。

「寝付きがいい兄さんだなぁ。坊や、兄貴が寝ぼけて荷台から転がり落ちないように、しっかり見張っててやれよ」

 粉屋に声をかけられて、王子は黙ってうなずき返しました。ルーピーはまだ空をにらんでうなっています――。

 

「ふぅん、やっぱり犬にはわかるのかぁ」

 荷馬車の上空をふわふわ飛びながら、ランジュールはつぶやきました。見えないように姿を消しているのですが、荷馬車に乗った黒犬は彼に向かって威嚇(いかく)してきます。その隣に赤毛の少年と青年がいたので、ランジュールは二度三度と上空を旋回しました。少年はうつむいているので顔がよく見えませんが、仰向けで寝ている青年の顔はよく見えます。それをしげしげと眺めて、ランジュールは頭を振りました。

「ダメダメぇ。組み合わせは同じでも、ぜぇんぜん別人だよ。うぅん、王子様とマフラーのお兄さんはどこに行っちゃったのかなぁ。ロムドに助けを求めに行くんだから、ぜぇったいこの道を通るはずなんだけどなぁ。術を使って一気に遠くまで行っちゃったのかなぁ……」

 さかんに首をかしげる下を、少年と青年と黒犬を乗せた荷馬車は、ごとごとと走っていきます。

 やがて、ランジュールは上空から消えていきました。別の場所へ移動していったのです。ルーピーのうなり声が、ぴたりと止まります。

「なんだ、犬がいやにうなってたじゃないか。何かいたのか?」

 と粉屋がまた振り向くと、たった今までいびきをかいていた青年が答えました。

「なぁに、空を鳥が飛んでいたんだろうよ。こいつは鳥が大好きだからな」

「なんだ、鳥か」

 粉屋は安心して前に向き直ります。

 

 すると、シン・ウェイが寝転がったまま、ちょいちょいと王子を招きました。隣に王子が横になると、並んで寝るふりをしながら、王子にささやきます。

「このまま兄弟ってことで国境まで行くからな。馬車を乗り継げば、五日くらいで着くはずだ」

 五日……と王子はつぶやきました。国境にたどり着いても、ロムド城があるディーラはさらにその先です。自分たちは間に合うんだろうか、とひどく心配になります。セイロスは、今この瞬間もザカラス城目ざして進軍しているというのに――。

 とたんに、シン・ウェイがまた、ぽんと王子の頭に手を載せました。

「心配するなって言ってるだろう。大丈夫、戦争ってのはそう簡単には始まらないんだよ。軍隊が移動するだけでも時間がかかるからな。ちゃんと間に合うさ」

 シン・ウェイはやっぱり王子を子ども扱いします。王子は怒って手を振り払おうとして、すぐにやめました。シン・ウェイのおかげで、本当に不安が紛れて、ほっとしていることに気づいたのです。そんな自分にとまどってしまいます。

 その間にシン・ウェイはまたいびきをかき始めていました。今度は本当に眠ってしまったようです。王子も他にすることがなかったので、粉袋の上で目を閉じました。森の間から街道に射してくる木漏れ日が、暖かく全身を包んでいます。

 心地よい日ざしを浴びながら、王子はぐっすりと眠ってしまいました――。

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