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第21巻「ザカラス城の戦い」

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21.強がり

 木々が緑の天井を拡げる森の中に、シン・ウェイは着地しました。その片腕にはトーマ王子が抱えられ、王子はぶち犬のルーピーを抱いています。

 足が地面に着いたので、王子はほっとして、そのまましゃがみ込んでしまいました。おそるおそる周囲を見回して言います。

「ここは……? あの幽霊を振り切ったのか?」

 シン・ウェイは前髪とマフラーの間から、鋭い目で周囲を見渡しました。

「あまり遠くへは飛んでない。あの場所からせいぜい三キロというところだ。俺の術ではそれが限界だった」

「たった三キロ!」

 と王子は思わず声を上げました。

「向こうは空を飛ぶ幽霊だぞ! そのくらいの距離はあっという間じゃないか! もう一度、もっと遠くへ飛べないのか!?」

 シン・ウェイは肩をすくめ返しました。

「無理を言うな。俺は光の魔法使いじゃないから、そんな強力な術をほいほい使うことはできないんだよ。この場所替えの術だって、呪符を作るのに一ヵ月以上かかるから、一枚しか準備できなかったんだ」

 そんな! と王子はまた叫びました。今にも木立の向こうからランジュールたちが追いついてくるような気がして、鳥肌がたちます。

 

 すると、ルーピーが身をよじって地面に下りました。尻尾を振りながら王子の顔をなめ始めます。

「よせったら! 何をする!」

 と王子がルーピーを押し返そうとすると、シン・ウェイが笑いました。

「その犬は賢いな。主人が怖がってるのを感じて、安心させようとしてるんだぞ」

 王子は真っ赤になりました。

「ぼくはこれの飼い主なんかじゃない!」

「へぇ? 俺にはそんなふうにしか見えないがな。じゃあ、そいつの飼い主は誰なんだ?」

「そ、それは――」

 王子は思わず返事に詰まりました。メーレーン王女に見せるためにルーピーを連れてきたのですが、王女はルーピーの飼い主ではありません。ザカラス城で飼われている犬なので、父王が飼い主ということになるのかもしれませんが、父はルーピーのことなど名前も覚えてはいません。かといって、普段犬の世話をしている飼育係が飼い主というのも、なんだか変な気がします。

 あれこれ考えているうちに、王子は少し怖さを忘れました。顔をなめる犬の舌の暖かさに、なんとなくほっとしてきます。

 そうそう、とシン・ウェイはうなずきました。

「まずは落ち着くのが一番だ。幸い、あの幽霊はこっちをまだ見つけていないようだからな。今のうちにここを離れて、目的地に向かうことにしよう」

「どうやって!? 空飛ぶ馬車はあいつに奪われてしまったじゃないか!」

 と王子がまた声を上げると、シン・ウェイは苦笑いしました。

「あんたは馬車がなければどこにも行けないのか? あんたの下についてる二本のそれは、いったいなんだ?」

 術師が王子の脚を指さしてきたので、王子はまた驚きました。

「歩くというのか!? ――ロムド城まで!?」

「まあ、さすがにロムド城まで歩くってのは無謀だな。軽く一ヵ月以上かかるから、あまりに遅くなる。森を抜けて馬車が手に入るところまでだ」

「どっちへ行けば森を抜けられるんだ!? 本当に馬車は手に入るのか!?」

 と王子は尋ね続けました。せっかく落ち着いてきた心の中が、またざわざわと波立って、不安の大嵐が起きそうになります。――父のアイル王は、ちょっとしたことにもすぐ不安になって、人目もはばからず大騒ぎすることで有名でしたが、実はトーマ王子にも同じ傾向があったのです。すぐに気持ちが揺れるし、不安に支配されてしまいます。ただ、それを外に出すのが嫌で、ことさら冷静なふりをしていただけでした。そんな王子を見て、周囲の人々は、子どもらしくない、物事に心動かされない冷たい王子だ、と言いました。本当はまったく正反対だったのですが――。

 

 すると、大きな手が、ぽんと王子の頭をたたきました。シン・ウェイが王子の顔をのぞき込んで言います。

「だから、落ち着けって。俺は修業の旅の間、こんな場所もしょっちゅう歩いてきたんだ。ちゃんと森を抜けて、ロムド城まで連れていってやるから、心配するな」

 とても暖かい声でしたが、王子はまたかっとなると、頭を振ってシン・ウェイの手を払いのけました。

「無礼な! 誰が心配していると言うんだ!? ぼくは、先の見通しを立てろと言っているだけだ! それは家臣のおまえの役目だろう!?」

 本当は、涙が出るくらいシン・ウェイを頼もしく感じているのに、ついつい口ではそんなことを言ってしまいます。

 青年はまた肩をすくめました。王子の暴言は無視することに決めたようで、隠しから呪符を取り出すと、呪文を唱えて一羽の白い鳥に変えます。

「人の住んでいるところへ出たい。案内してくれ」

 すると、鳥は先になって飛び始めました。行くぞ、とシン・ウェイが歩き出したので、トーマ王子はあわてて後を追いかけました。その後ろをルーピーがついていきます。

 ユラサイの術を使う青年、ザカラス国の皇太子、それにぶちの雄犬。

 平時ならばまずあり得ないような組み合わせの一行は、ロムド城を目ざして、自分の脚で旅を始めたのでした――。

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