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第21巻「ザカラス城の戦い」

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20.追っ手

 空飛ぶ馬車に突然入り込んできたのは、幽霊のランジュールでした。ザカラス王から預かったものを渡せ、とトーマ王子に迫ります。

 馬車はいつの間にか暴れるのをやめていましたが、王子はまだ床に尻餅をついていました。もう後ずされないのに、さらに後ずさろうとしながら言い返します。

「そ、そんなことができるものか! 世迷い言を言わずに、さっさとあの世へ立ち去れ! この世は貴様のいる世界ではない!」

 ランジュールはちょっと目を丸くすると、ふぅんと言いました。

「キミ、坊やのくせにずいぶん偉そうなんだねぇ? ま、王子様なんだから当然かもしれないけどさぁ。命令すれば誰でも言うことを聞いてくれると思ったら大間違い――ってことだけことは、しっかり覚えといたほぉがいいよぉ」

 のんびりした口調が剣呑な響きを帯び始めていました。王子は思わずぞっとすると、馬車の隅に背中を押しつけました。その前で、ランジュールがひらりと手を振ります。

「おいでぇ、イッチーちゃん、ニッイーちゃん、サッンーちゃん……ハッチーちゃん! この生意気な坊やにお仕置きだよぉ!」

 とたんに、ぶぅぅぅん、とうなる音が響いて、馬車の中に七匹の巨大な蜂が現れました。ぎょっとする王子に、ランジュールがまた、うふふ、と笑います。

「キミたちの馬車が見つからないから、ハッチーちゃんたちに命令して探させたんだよぉ。ハッチーちゃんたちは毒蜂だからねぇ、刺されると、人間なんてイチコロで死んじゃうのさぁ。死にたくなかったら、おとなしく預かったものを渡してくれるかなぁ? それとも、本当にハッチーちゃんにお仕置きされたぁい? ボクとしては、どっちでもいいんだけどねぇ。うふふふ……」

 すると、王子の前に、ルーピーが飛び出してきました。激しくほえながら蜂に飛びかかろうとしたので、ぶぅぅん、という羽音が大きくなります。

「よせ、ルーピー!」

 王子はあわてて犬を抱きしめました。襲いかかれば、間違いなく蜂に刺されて死んでしまいます。飛び出さないように必死で引き止めます。

 

 すると、馬車の中に今度は、コォォォ、と鋭い声が響き渡りました。巨大な鶴の頭がまた現れたのです。首を蛇のようにくねらせると、目にも止まらない早さで蜂に襲いかかります。蜂は一匹残らず鶴のくちばしの中に消えていきました。鶴の頭が役目を終えて消えると、その後ろには呪符を握ったマフラーの男が立っています。

 もぉっ! とランジュールは言いました。

「ボクの邪魔をしないでくれなぁい、術師のお兄さん!? せっかく集めた毒蜂だったのにぃ!」

「そうはいかん。皇太子を護衛するのが俺の役目だからな」

 とシン・ウェイは言うと、呪符を馬車の壁に押しつけて呪文を唱えました。たちまち馬車の壁が光に包まれ、ランジュールの体が壁に吸い込まれ始めます。

「わ……わぁ!? なにさこれぇ!? ボクが外へ吸い出されちゃうよぉ!?」

「馬車の結界を強めたんだよ。こっちは先を急ぐんだ。さっさと出ていってくれ」

 とシン・ウェイが答え、ランジュールは完全に馬車から消えていきます。

「お、追い出せたのか?」

 とトーマ王子は立ち上がりました。腕にはまだルーピーを抱きしめています。

 シン・ウェイは油断のない顔でまた新しい呪符を握りました。

「一応な。だが、まだ外をうろついているはずだ。あいつはかなり執念深いから、俺たちがロムドに到着するまでつきまとうかもしれないぞ」

 そんな……と王子がまた青くなったところに、外から悲鳴が聞こえてきました。御者の声です。同時に、がくんとまた馬車が大きく揺れます。

「また御者を襲ってきたな。なんとかして奴を追い払わなくちゃいかん」

 とシン・ウェイが呪符を掲げたとき、ルーピーがワン! とほえました。王子の腕を振り切って床に飛び下りたので、王子は後を追ってかがみ込みます。

「こら、勝手に行くな、ルーピー――」

 

 その時、王子の頭上で空を切るような音がしました。次いで、ごぉっと猛烈な風が吹き込んできて、馬車の天井を吹き飛ばしていきます。

 王子は何が起きたのかわからないまま上を見て、そこに雲が流れる青空を見ました。馬車は壁の中ほどからすっぱりと切り取られて、天井と一緒になくなっていました。それでも空を飛び続けていたので、風がまともに吹きつけてきます。

 かたわらで身をかがめていたシン・ウェイが、自分の頭を押さえて言いました。

「ひゅう、危機一髪だったな。まさか馬車をたたき切るとは思わなかった。頭をかすったから、髪の毛が少し短くなったかもしれないな」

 それを聞いて、王子はぞっとしました。何かが、巨大な刀のようなもので馬車を真っ二つにして、天井を取り払ってしまったのです。ルーピーが床に飛び下りてくれなければ、王子の頭はなくなっていたかもしれません。

 すると、そこにまたランジュールがやってきました。

「これでもぉボクを閉め出したりできないよねぇ? うふふ、ハッチーちゃんたちより、もぉっと強力なのを呼んできたよぉ。おいでぇ、トウちゃん、王子様たちにご挨拶ぅ」

 にこにこしながら呼んだ先の空間に、全長が二メートルもある巨大な虫が現れました。全身薄緑色で、二本の前足は大きな鎌(かま)になっており、四枚の羽根を広げて空を飛んでいます。

「蟷螂(とうろう)か!」

 とシン・ウェイは叫びました。蟷螂というのはカマキリのことです。大鶴にも呑み込めない大きさなので、シン・ウェイは呪符を握ったまま歯ぎしりをします。

 うふふふ、とランジュールはまた笑いました。

「さぁ、トウちゃんに真っ二つにされたくなかったら、おとなしく渡すものを渡そうねぇ、王子様。そうしたら、命までは取らないからさぁ」

 王子はどきりとしました。馬車の床にまた座り込んだ恰好で、手紙をしまってある胸を押さえてしまいます。

 

 すると、その前に立ちふさがるように、シン・ウェイが身を乗り出してきました。鋭い目で幽霊を見上げながら言います。

「そんなことばを信用すると思うか? この場で命を取らないなら、後でこの馬車を墜落させて殺すつもりでいるんだろう?」

 あれぇ、と幽霊はまた目を丸くしました。

「あったりぃ。よくわかったねぇ、術師のお兄さん。なにしろ、セイロスくんから、キミたちを始末しろって言われてるからね。いやぁ、トウちゃんの餌にもできるから、ボクとしても願ったりかなったりなんだけどさぁ、うふふふ」

 楽しそうに残酷な話をする幽霊に、王子はますます青くなりました。王子を守るようにルーピーがのしかかってきたので、その体を抱きしめます。

 シン・ウェイは御者席へどなりました。

「馬車の高度を下げろ! 地上に下りるんだ!」

 は、はい、と御者が返事をしました。蜂やカマキリの怪物に襲われて興奮している馬を必死で操り、地上へ下り始めます。

「そんなこと、させなぁい」

 ランジュールが言ったとたん、大オカマキリが動きました。馬車の御者席へ飛んでいって、鎌を振り下ろします。

 うわぁっ、と御者は飛びのき、その拍子に馬車の外へ飛び出してしまいました。馬車はまだ地上百メートル以上の高さにあります。御者が悲鳴を上げて落ちていきます。

「いかん!」

 シン・ウェイは呪符を投げ、現れた大鷲(おおわし)に言いました。

「御者を助けろ! 急げ!」

 ぴぃ!

 大鷲は墜落する御者を追いかけました。大カマキリがその後を追って飛んでいきます。

 

 ところが、王子たちはその行方を確かめることができませんでした。手綱を握る人間がいなくなったので、馬車がめちゃくちゃに空を飛び始めたからです。右へ左へ、上へ下へ。急上昇と急降下を繰り返すので、そのたびに馬車も大きく振り回されます。王子たちは馬車の床を転げ回りました。振り落とされないようにするのがやっとで、シン・ウェイは術を使うことができません。

 一方、ランジュールも馬車の動きが激しすぎて話ができなくなっていました。追いついて王子たちの前へ下りようとすると、馬車がすぐに別の場所へ移動してしまうのです。

「ああ、もぉ!」

 ランジュールは馬車の前へ飛んでいくと、口から泡を吹いて駆けている二頭の馬を、めっと叱りつけました。

「静かに、ヒンヒンちゃんたち! ボクが話をしたいんだから、おとなしくしなさい!」

 とたんに、馬たちはぴたりと空中に停まりました。荒い鼻息をたてながら幽霊を見上げます。

 ランジュールはそんな二頭をしげしげと眺めました。

「ふぅん、そぉだねぇ。ちょっと貧弱な感じは気になるけど、このコウモリの翼と黒いたてがみはかっこいいよねぇ。これならボクのペットにしてあげてもいいかなぁ……。ねぇ、ヒンヒンちゃんたち、これからボクがキミたちのご主人になるけど、命令を聞くつもりはあるぅ? あるなら、お返事ぃ」

 ぃひひひん!!

 二頭の空飛ぶ馬はいっせいに声を上げました。魔法から生み出された馬は、いとも簡単にランジュールのものになってしまったのです。

「うふふ、よしよし、いい子だねぇ――。じゃぁね、命令だよ。このままセイロスくんのところへ出発ぅ! 王子様から預かったものを奪ってこいって言われたんだけどさ、考えてみたら、幽霊のボクには物は持てないもんねぇ。このまま王子様ごとセイロスくんのところまで運んじゃおう」

 それを聞いて、王子は真っ青になりました。デビルドラゴンが人間になったというセイロスの前に引き出され、手紙を奪われた後に虐殺される自分を想像して、息が止まりそうになります。

 すると、その横にシン・ウェイがやってきました。ランジュールを見上げて言い返します。

「そんなことはさせんと言っているだろう。俺が王子の護衛をしているんだからな」

「へぇ、どぉやってぇ? 馬車はもうボクの言うことしか聞かないよぉ? ここから逃げることなんか、できないのにさぁ」

「いいや、そんなことはない」

 シン・ウェイは答えると同時に呪符を握りしめ、もう一方の腕で王子を抱き寄せました。王子は胸にルーピーを抱いたままです。シン・ウェイが呪文を唱えたとたん、彼らの姿は消えました。後には空っぽになった馬車だけが残ります。

 

 しまったぁ! とランジュールは声を上げました。

「あのお兄さん、場所移動の術なんか使えたわけぇ!? そこまでの力があるようには見えなかったのにさぁ。うぅん、これは失敗!」

 そこへ地上のほうから大カマキリが飛び戻ってきました。鎌を振り立てて、何かをランジュールに訴えます。

「えぇ、トウちゃんも獲物に逃げられちゃったのぉ? 鷲に反撃されて? まあ、そっちは御者だから、逃げたってどうってことないけどさぁ。王子様を逃がしちゃったのは、まずいよねぇ。トウちゃん、王子様たちを見つけるよぉ。急いで急いで!」

 ランジュールと大カマキリは地上に向かって下りていきました。その後を、屋根がなくなった馬車を引いた空飛ぶ馬が続きます。

 地上には、うっそうと茂る森が広がっていました――。

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