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第21巻「ザカラス城の戦い」

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15.空飛ぶ馬車

 勝ち抜き試合がフルートの勝利に終わり、彼をたたえる声が収まっても、兵士たちの興奮はまだ冷めませんでした。彼らの前にいる若い総司令官を眺めては口々に話し合うので、練兵場はうるさいくらい賑やかになっています。

 フルート自身も仲間たちやオリバンと話していましたが、そんな中、ポポロが急に空を指さして声を上げました。

「あれを見て――!」

 練兵場を囲む壁の向こうの、ロムド城の方向から、意外なものが飛び出してきたからです。それは二頭の大きな灰色馬に引かれた黒塗りの馬車でした。馬はたてがみが長く黒く、血のように赤い目をして、背中にコウモリに似た黒い翼があります。馬と馬車が城壁を飛び越えて舞い下りてきたので、練兵場はまた大騒ぎになりました。

「なんだこりゃ!?」

「闇の乗り物かい!?」

 ゼンやメールが叫び、兵士たちが武器を構えて馬車を取り囲もうとすると、ポポロがまた言いました。

「ううん、違うわ! 敵じゃないの! それはザカラスの空飛ぶ馬車よ!」

 ザカラスの!? と一同は驚き、馬車の扉に金で出来たザカラス王室の紋章があることに気がつきました。

「そうか……。そういえば、ザカラス城には魔法で作られた空飛ぶ馬と、それが引く空飛ぶ馬車があるんだったな」

 とフルートが言ったので、ポポロは大きくうなずきました。彼女は、薔薇色の姫君の事件のときに、メーレーン王女に化けて空飛ぶ馬車に乗り、ザカラス城まで行ったことがあったのです。

 

「ザカラス城の。では、中に誰が乗っているのだ?」

 とオリバンが不思議がっていると、馬車の扉が開いて、中から人が降りてきました。長い銀髪に灰色の長衣の青年――ユギルです。一同がますます驚いていると、占者は馬車を振り向いて、うやうやしく頭を下げました。

「殿下や勇者殿たちは、やはりこちらにおいででございました、陛下」

「そ、そうか、よかった。あ、ありがとう」

 馬車の中から聞き覚えのある声がして、もう一人の人物が降りてきました。痩せた体に立派な服を着て、金の冠をかぶったアイル王です。びっくりしている人々を見回して、困ったように、ちょっと笑いました。

「お、驚かせてしまって、す、すまなかった……。じ、実は、ザカラスから急な知らせが入って、わ、私はすぐに、城に戻らなくてはならなくなったのだ……。こ、国境まで護衛をしてくれるロムド兵に、ひ、一言断っていきたかったし、ゆ、勇者たちにも挨拶をしたかったので、せ、占者殿に皆の居場所を占ってもらった。あ、ありがとう」

 アイル王から感謝されて、ユギルは礼を返しました。長い銀の髪がさらりと揺れて、日の光に輝きます。

 フルートたちはアイル王に駆け寄りました。

「急な知らせというのは? ザカラスで何かあったんですか?」

 ザカラス国はつい先日、闇の灰の雲に襲われたばかりです。フルートが心配すると、アイル王は安心させるように首を振って見せました。

「い、いや。わ、我が国のことではない……。ザ、ザカラスの北には、トマンという国があって、わ、我が国に表敬訪問をしてきたり、りゅ、留学生を送り込んできたり、何かと交流があったのだが、そ、その国で暴動が起きたらしい。わ、我が国に救援を求めてきたので、わ、私に急いで戻ってほしいと、で、伝声鳥を通じて知らせが来たのだ……」

 その話に、オリバンも加わってきました。

「トマンとは、確か、タス海に面した小さな国だったはずでは? これまで、あの付近で暴動が起きた話など聞いたことがなかったが」

「あ、ああ。う、海と森林があるだけの国で、民も貧しければ、ぐ、軍隊の規模も小さかったから、こ、これまで戦争とは無関係の国だったのだ。そ、それだけに、少々気になってな。し、城からこの空飛ぶ馬車を、よ、呼んだのだ……」

 見た目や話し方はどんなに頼りなさそうでも、アイル王の賢さは本物です。しかも、そこに生来の慎重な性格も加わるので、意志決定には安定感があります。

「賢明なご判断と存じます」

 とユギルが言うと、アイル王は微笑しました。

「た、大陸随一の占者にそう言ってもらえると、あ、安心できるな……。ほ、本当は、私だけはロムド城にもう一泊して、メ、メノアやロムド王や勇者たちと、も、もう少し話をするつもりでいたのだ。た、戦いも同盟も抜きにした、楽しい話をな……。そ、それが出来なかったことだけが、こ、心残りだ」

 いかにも残念そうに王が言うので、フルートは答えました。

「またお会いできますよ。その時にいろいろお話ししましょう」

「そうそう。どうせ、すぐにまた会うようになるんだぜ。この状況なんだからよ」

 とゼンも言ったので、そ、それもそうだな、とアイル王は笑顔に戻ります――。

 

 空飛ぶ馬車で西の方角へ飛び去るアイル王を、練兵場の全員が見送りました。兵士たちは異国の王へ敬意を表して片手を胸に当て、フルートやオリバンたちも、小さくなって遠ざかっていく馬車を最後まで見つめます。

 とうとうそれも見えなくなると、オリバンは傍らのユギルを振り向きました。

「実際のところ、どうなのだ? 気になる動きは見えるのか?」

 ロムド城の一番占者は考えるような表情をしていました。

「今のところはなんとも……。かの竜が世界に復活して以来、世界中で戦いの気運が一気に強くなりました。今回の暴動もそのひとつですが、これがザカラスの力で沈静化していくのか、逆に大きな戦争に発展してしまうのか、今はなんとも申し上げることができません」

「戦争は変化が早すぎるから、この先の展開を占いで知るのはとても難しいんだ、ってユギルさんはいつも言ってますよね。今回もそうなんですね」

 とフルートは言いました。セシルもそこに加わって、四人で世界情勢の話になります。

 ところが、ゼンたちはもっと別の話題で盛り上がっていました。アイル王が乗っていった空飛ぶ馬車は闇の馬車のようだ、とルルが言い出したからです。

「なんであんな気味の悪い馬に引かせるのかしらね? 本当に、闇の怪物みたいだったじゃない!」

 と言うルルに、ポポロがうなずきました。

「あたしもそう思うわ……。前にあの馬車に乗るときに、体が震えて止まらなかったの。そのまま闇の国に連れていかれるんじゃないかと思ったくらいよ……」

「ワン、ザカラス城には闇魔法を使う魔法使いも大勢雇われてますからね。そういう人たちが生み出した馬なんじゃないかなぁ」

「闇魔法の馬が引く馬車か? ったく。よくそんなのに乗ってられるよな!」

「高速で移動するためにだろ。アイル王は風の犬も花鳥も持ってないし、魔法使いたちみたいに一瞬で場所移動することもできないんだからさ。とはいえ、趣味悪いとあたいも思うよ。馬にコウモリの翼だもんねぇ」

 ザカラス城の空飛ぶ馬車は、勇者の一行にはどうも不評です。

 

 そこへワルラ将軍が話しかけてきました。

「それでは、兵たちは任務に就くことにいたします。この後、エスタ国王とテトの女王が国へ戻られるので、国境まで警護して、先方の警備隊に引き継ぐことにしておりますので」

 ご苦労、とオリバンは鷹揚にうなずきましたが、フルートは将軍に言いました。

「アイル王は自分で帰ってしまわれたから、ザカラス方面へ行く予定だった警備兵が自由になりましたよね? 後でぼくに貸してもらえますか?」

「総司令官のご命令であれば、もちろんお好きなように。だが、何をなさるおつもりです?」

 とワルラ将軍は聞き返しました。当然の質問です。

 フルートは考えながら答えました。

「訓練をしたいんです――。ぼくたちはこれから強大な敵と戦うことになります。奴がどの程度の規模で攻めてくるか、今はまだわからないけれど、奴が動き出したらすぐ対応できるように、今から準備をしておきたいと思うんです」

 それを聞いて、オリバンは腕組みして言いました。

「正しい判断だ。軍を的確に指揮するためには、普段の訓練を通じて兵たちと心通わせておくことが必要不可欠だからな。将軍、フルートが可能な限り多くの部隊と軍事演習ができるように、手配を頼む」

「承知いたしました、殿下。勇者殿にこれだけの戦いぶりを見せられた後です。兵たちは喜んで演習に参加することでしょう。わしも時間がある限り演習に顔を出します。いやはや、勇者殿に戦の陣頭指揮を伝授できるとは! この歳になって思いがけない楽しみができましたわい。感謝しますぞ、勇者殿!」

 ワルラ将軍はわっはっは、と豪快に笑うと、ばんとフルートの背中をたたきました。老いてもまだまだ力の強い将軍です。鎧を着ていなかったフルートは、息が止まりそうになって、思わず咳き込んでしまいました。それを見て、仲間やオリバンたちも笑い出します。

 

 五月の初め。

 後にザカラス城の戦いと呼ばれるようになる激戦は、こんなふうに、誰もがまだのどかな気分でいるうちに幕を開けたのでした――。

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