フルートとオリバンの勝負に決着がついた瞬間、人々はいっせいに大きな溜息をつきました。誰もが息を詰めて見守っていたのです。
フルートは剣を背中の鞘に収め、倒れているオリバンへ手を差し伸べました。
「大丈夫ですか? どこか傷めたりしませんでしたか?」
先ほどまでの激しさが嘘のように、また穏やかな表情に戻っています。
オリバンはフルートの手を借りて起き上がると、地面にあぐらをかいて座り込みました。
「こいつめ――私より強くなりおって」
とフルートをにらみますが、その声と顔は笑っていました。フルートもつられて笑います。
「強くならなかったら、世界を守れませんから。ただ、オリバンが鎧をつけていたら、勝負はわからなかったです。突きも蹴りも威力は半減しますからね」
「謙遜しなくてもいい。我々はまったく同じ条件で戦ったのだからな。勝負の結果が実力の差だ」
とオリバンは言って立ち上がりました。負けたときには素直に自分の負けを認める。潔さはこの皇太子の長所です。
そこへゼンやセシルたちが駆けつけてきました。フルートは喜んだ仲間たちにもみくちゃにされてしまいます。
対戦場に進み出たワルラ将軍が、全体に向かって言いました。
「これで諸君もわかったことだろう! 勇者殿は、年齢こそまだ若いが、実力では諸君の誰にもひけを取らん! 彼が我々同盟軍の指揮をとる総司令官だ。心して命令に従え!」
ざわめいていた兵士たちが、たちまち静かになっていきました。全員の視線がフルートに集中します。
それに気づいたフルートは、仲間たちの中から抜け出して、皆からよく見える場所へ移動しました。ゼンが手渡してきたペンダントを首に下げて、周囲を見回します。幸い、反発の目をした兵士は、もういないようでした。ほっとしながら、よろしくお願いします、と言おうとします。
ところが、それより早く、兵士たちの中から声が上がりました。
「我らが総司令官殿に、剣を捧げて敬礼!!」
先ほどフルートと勝負して敗れたサーク師団長でした。とたんに、鞘から剣を引き抜く音が響いて、全兵士の剣が宙に掲げられました。オリバンやセシルが到着したときにしたように、今度はフルートに向かって剣を捧げているのです。二千の刀身が日の光にきらめきます。その中には一番手のガラ・ドーンや、四番手の大男のゴホルも混じっていました。二番手のエディスは、剣の代わりにフルートと戦った槍の柄を高く掲げています。
すると、オリバンも声を張り上げました。
「金の石の勇者は光の戦士! 我々は彼と共に闇と戦う光の軍勢だ! この世界を悪しき敵から守るため、総司令官の指揮の下、全力で戦うぞ! いいな!」
おおう!!!
兵士たちがいっせいに捧げた剣を振り回したので、練兵場に光が乱舞します。
続いて歓声が上がり始めました。
「金の石の勇者、万歳!」
「光の戦士、万歳!」
「我らが総司令官に栄光あれ!!」
フルートは驚いてそれを見回しましたが、歓声がどんどん大きくなっていくので、ついに深々と頭を下げてしまいました。
「ありがとう……よろしくお願いします」
やっぱりフルートの挨拶は、そんなふうになってしまいます。
「もっと堂々としやがれ、フルート!」
とジャックがどなったので、仲間たちは笑い出しました。ガスト副官も楽しそうに笑い、ワルラ将軍は満足げにうなずいています。
そんな光景をオリバンが眺めていると、セシルが話しかけてきました。
「あなたはさっき、本気でフルートと戦っていた……。お互いに致命傷になる場所は狙っていなかったけれど、あれは真剣勝負だった。フルートが勝って、万事うまく収まったが、万が一あなたが勝負に勝ったら、どうするつもりだったのだ? 本当にあなたが総司令官になるつもりだったのか?」
「無論だ。兵たちにそう約束したからな」
とオリバンがなんでもないことのように言ったので、セシルは眉をひそめました。
「でも、総司令官は五人の王たちがお決めになったことだ。あなたの一存で変えられることではなかったのに」
すると、オリバンはこんなことを言いました。
「私が勝ったら、私は総司令官を引き受けた。そして、総司令官の権限で、フルートを総指揮官に任命するつもりだったのだ」
「総指揮官?」
とセシルが聞き返すと、オリバンは、にやりとしました。
「光の同盟軍全体を指揮して勝利に導く人物だ。総司令官と同じ役目になるな」
要するに、オリバンは、自分が勝っても負けても、フルートに総司令官を引き受けさせるつもりだったのです。
セシルは呆気にとられ、やがて声をたてて笑い出してしまいました。
「あなたは本当にもう……! さすがは未来のロムド国王だ!」
練兵場には、勇者殿万歳! 総司令官万歳! と繰り返す声が、まだ響き渡っていました――。