「ったく、相変わらず無茶しやがって! この唐変木のすっとこどっこい! 防具もつけてねえのに金の石まで手放すなんて、馬鹿としか言いようがねえぞ!」
ゴホルとの戦闘で左腕を負傷したフルートへ、ゼンは文句の言い通しでした。持っていた金のペンダントをフルートに押しつけると、脱臼や骨折はたちまち治っていきます。フルートが腕を高く上げてぐるぐる回したので、おおっ、と観客席の兵士たちからまた驚きの声が上がりました。
フルートは、泣いてしがみついてしまったポポロの髪を優しくなで、大丈夫だよ、と言ってから、ゼンへペンダントを押し返しました。
「もう少し預かっててくれ。試合が全部終わるまで」
ゼンは顔をしかめました。
「おまえな、まだ金の石なしで戦うつもりなのか? 最後の対戦者はオリバンなんだぞ!」
「そうだよ、オリバン相手に守りなしってのは、あんまり無謀だよ!」
とメールも口を揃えて言ったので、盾を装備していたオリバンが、ちょっと笑いました。
「おまえたちからそれだけ警戒してもらえて、光栄と言うべきなのだろうな」
だって――! と仲間たちはいっせいに話し出しました。
「オリバンったら、戦闘だと相手にまったく容赦なくなるじゃない!」
「ワン、オリバンもめちゃくちゃ強いですからね!」
「しかも、フルートの戦い方には慣れてるしさ!」
「てめえ、相手がフルートでも手加減する気なんか全然ねえだろう!?」
「当然だ」
とロムドの皇太子があっさり答えたので、オリバン! とセシルも声を上げました。彼女は、あきれるのを通り越して、おろおろしています。
オリバンは大股で対戦場の中央に出て行きながら言いました。
「これは兵たちに、私とフルートのどちらが総司令官にふさわしいかを見せるための試合だ。彼らは全員戦士だから、戦いが本気か手抜きかなど、すぐに見抜いてしまう。やるならば徹底的に本気でやるしかない。だが、試合中フルートが金の石を持つのは得策ではない、と私も思う。負傷してもたちまち治るから勇敢に戦っているのだろう、と誤解する者が出るからな。だから、金の石は試合が終わるまでゼンに預けておけ。代わりにおまえも盾を持つのだ、フルート」
フルートはちょっと不満そうな顔になりました。そんなものは必要ない、という表情ですが、とたんにオリバンにこう言い返されました。
「それでは、私も盾を持つのをやめることにする。お互い装備なしで、剣一本で戦うことにしよう」
フルートは驚きました。
「そんな! 万が一、剣の当たりどころが悪かったらどうするんです!? 金の石が間に合わなかったら死にますよ!? あなたはこの国の皇太子なのに!」
「そうだ。そして、おまえは金の石の勇者だ。こんな試合で命を落とすわけにはいかないのは、お互い様だろう。盾を持て、フルート。私も盾を持つ。それで本当の互角だ。いいな?」
未来のロムド王は、こういう場面では相手に有無(うむ)を言わせません。フルートは口を尖らせ、しぶしぶ答えました。
「わかりました。誰か、ぼくに盾を貸してください」
「俺のを使え、フルート」
と言ったのはジャックでした。ワルラ将軍から与えられた立派な盾を掲げて見せます。フルートはそれを借りることにしました。
「傷つけてしまうかもしれないけど、いいかい?」
と念のために確かめると、ジャックはたちまち顎を突き出しました。
「ぬかせ! 盾の傷は戦士の勲章だぞ、馬鹿なこと言うんじゃねえ! 相変わらず、やな野郎だぜ、てめえは」
悪童だった頃の口癖が飛び出してきたので、フルートは思わず笑いました。仲間たちにうなずき、ポポロの髪をもう一度優しくなでてから、対戦場に出ていきます。オリバンのほうは、とっくに中央で待っていました。
「最後の対戦者、ロムド皇太子オリバン殿下」
とガスト副官が呼び上げて、試合が始まります――。
フルートとオリバンは剣と盾を構えて向き合いました。二人とも布の服に丸い盾を装備し、それぞれに剣を握っています。
最近身長が伸びてきたフルートですが、大柄なオリバンと向き合うと、大人と子どもほどの体格差がありました。持っている剣も、フルートは普通のロングソードですが、オリバンは大剣です。それでもフルートは恐れることなくオリバンを見つめていました。動き出す前から、油断なく相手の隙を探しています。
すると、オリバンが話しかけてきました。
「おまえたちと一緒にずいぶん旅をしてきたし、共に戦ってもきたが、こんなふうにまともに対戦するのは久しぶりだな。いつ以来になるだろう?」
フルートは少し考えてから答えました。
「たぶん、堅き石を探してジタン山脈へ行ったとき以来だと思います。あのとき、地下の鏡の岩屋でオリバンはぼくに切りつけてきたから」
当時、オリバンは願い石に魅せられていました。堅き石と一緒に現れた願い石がフルートの中に消えてしまったので、怒りのあまりフルートに切りかかったのです。
ああ、とオリバンは苦笑いしました。
「そうか、あのとき以来か――。あの頃のおまえは本当に小さかったな。力もまだそう強くはなかったから、剣では私にかなわなかった。今はどうだろうな? 確かめてみることにしよう」
懐かしそうな顔をしていたオリバンが、いきなり鋭い目つきになりました。大きな体に似合わない素早さで駆け寄り、フルートへ切りつけてきます。
「――!」
フルートは剣でオリバンの大剣を防ぎました。ぎぃん、と耳障りな金属音が響きます。
フルートはそのまま大剣を押し返しました。すぐに身を沈め、オリバンの足を狙って切りつけます。
オリバンは大きく後ろへ飛びのき、さらにもう一歩大きく飛びのきました。空振りしたフルートが、すぐにまた踏み込んで剣を突き出してきたからです。お返し、とその頭上へ剣を振り下ろすと、フルートは盾を掲げました。
がいん。
今度は大剣と盾がぶつかり合って、大きな音を立てます。
双方はまた飛びのいて離れました。オリバンが少し笑います。
「なるほど、強くなったな。あの攻撃を防ぐとは。以前なら、力でたたき伏せられたのだが」
「ぼくはもう十六です」
と言って、今度はフルートが駆け出しました。オリバンの横を駆け抜けざま、切りつけようとします。
ぎん。
また剣と剣がぶつかり合いました。オリバンの剣にフルートの動きが止められてしまいます。オリバンはそのままぐいぐいと剣を押していきました。力ずくでフルートの剣を地面にたたき落とそうとします。
フルートは剣から片手を離し、オリバンの剣の下から、するりと自分の剣を引き抜きました。再び剣を構えてオリバンへ切りつけようとします。
すると、こんどはオリバンの盾が突き出されてきました。フルートの剣をがっしり受け止めて、押し返します。
また距離をとった二人は、にらみ合いに戻りました。
「確かに素早い攻撃だ、フルート」
「オリバンこそ、反応がすごくいい。今のが止められるとは思いませんでしたよ」
互いに賞賛しますが、相手を見る目は厳しいままでした。本気で相手の隙を狙い合う緊張感が、見守る者たちにも伝わってきます。
皇太子と金の石の勇者は仲がよいのだから、試合といっても形だけのものだろう、と高をくくっていた兵士たちは、この迫力に仰天していました。二人は真剣勝負を繰り広げています。一歩間違えば、剣が相手の急所に命中して、命さえ奪いそうです。
と、今度はフルートとオリバンが同時に動きました。オリバンのほうが攻撃範囲が広いので、先にフルート目がけて剣を振り下ろします。
フルートはさらに一歩飛び出すと、剣で剣を受け止めました。オリバンはすぐに剣を引くと、別の方向から切りつけてきました。それもフルートが防ぐと、また剣を引いて別方向から――。剣と剣が激しくぶつかる切り合いになります。
ぎん、ぎん、がん、ぎん、ぎぃん、がん……
止まることなく剣がぶつかり合う音に、うあぁ、と仲間たちは思わず声を上げました。切り合いがあまりに激しいので、まともなことばが出てきません。ポポロは顔をおおって泣き出してしまいます。
セシルは真剣な表情で戦いを見つめていました。
「確かにフルートは巧い。力ではオリバンのほうがまだ勝っているが、剣がぶつかり合った瞬間に少し流すから、オリバンの力がそらされるんだ」
ワルラ将軍がそれに答えました。
「勇者殿の剣のほうが短くて軽いですからな。小技は勇者殿のほうが得意でしょう。だが、さすがに殿下も巧い。じりじりと勇者殿を追い詰めていますぞ」
将軍の言うとおり、フルートはオリバンと剣で打ち合ううちに、少しずつ後ずさっていました。どうしてもオリバンより低い位置で攻撃を受けるので、体勢を整えるたびに少しずつ下がってしまうのです。やがて対戦場の端の近くまで追い詰められてしまいます。周囲を囲む兵士たちの中へ飛び込んでしまえば、そこはもう場外なので、フルートの負けになります。
フルートは降ってきたオリバンの剣を、剣ではなく、左腕につけた盾で受けとめました。同時に剣を右手だけで操って、オリバン目がけて突き出します。
おっ! とオリバンが叫んで飛びのきました。剣がオリバンの青い上着を切り裂いたのです。もう少し左に寄っていたら、脇腹を貫かれたところでした。その隙にフルートは中央へ駆け戻ります。
オリバンは服の裂け目を見下ろして苦笑しました。
「よし……自分から負けるような真似は……しないようだな」
肩で息をしているので、ことばが切れぎれになります。
フルートも汗を流してあえいでいましたが、そう言われて、たちまち眉を吊り上げました。燃えるような瞳になって言い返します。
「そんなことはしない――! 総司令官が降伏したら、同盟軍は――世界は負けてしまうんだからな!」
ぎぃん。
駆け込みざま切りつけたフルートの剣が、オリバンの剣にまたぶつかり、刀身に絡みつきました。次の瞬間、オリバンの手から大剣が跳ね飛ばされます。
オリバンが、はっとした瞬間、今度はフルートの回し蹴りが飛んできました。とっさに盾で防ごうとしますが、間に合いませんでした。中途半端に構えた盾にフルートの蹴りが入り、オリバンは仰向けに倒れてしまいます。
そこへ、フルートは剣を突きつけました。鋭い切っ先がオリバンの無防備な胸に向けられます。オリバンは動くことができません。
「そこまで! 勇者殿の勝ち!」
ガスト副官が全員へ勝者を知らせました――。