「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第21巻「ザカラス城の戦い」

前のページ

12.四番手

 サーク師団長との対戦がフルートの勝利に終わったのを見たとたん、見上げるような大男が動き出しました。呆然とする兵士たちをかき分けて、前に出てきます。

「師団長をー負かしたーなー……総司令官ー。今度ーはー……俺とやる番だー……」

 と対戦場に進み出てきたので、ワルラ将軍がどなりました。

「まだだ、ゴホル! 次の試合は、勇者殿が一息入れてからだぞ!」

 ところが、ゴホルと呼ばれた大男はそれに従おうとはしませんでした。

「新しい総司令官ー強いー……俺、強い奴と戦うのが、大好きーだー。さっそくー勝負だー……!」

 そう言ってゴホルが掲げたのは、戦斧(せんぷ)――戦闘用の斧でした。しかも、柄の長さが二メートル近くある大きなものです。それを片手でぶんぶん振り回しながら、フルートへ迫ってきます。

 ワルラ将軍とガスト副官は口々に命令しました。

「武器を替えんか、ゴホル!」

「その武器では、命中したら勇者殿が絶命する! 剣に持ち替えろ!」

 オリバンとセシルもゴホルに近い場所へ走って言いました。

「武器を替えろ!」

「練習試合で戦斧を使うなら、刃先をつぶしたものを使うのが決まりだろう!」

 けれども、やっぱりゴホルは言うことを聞きません。

「総司令官は、すごく身が軽いー。これでないと、届かなくて逃げーられるー……」

 ぶんぶんと空を切って振り回される戦斧は、まるで水車のようでした。ちょっとでもかすれば大怪我なので、フルートは後ずさるしかありません。

「ちょっと、危ないわよ、あれ! フルートは防具を着てないのに!」

 とルルが言いました。他の仲間たちも青ざめて戦いを見ています。ガスト副官が試合開始を告げていないのに、対戦はもう始まっていたのです。

 

 ぶん、ぶん、と音を立てて振り回される斧を見ながら、フルートは後ずさり続けました。近づこうにも隙がありません。横から回り込むことも考えますが、斧の刃がすぐこちらを向くので、やっぱり近づくことができません。じきに、兵士たちが壁を作る対戦場の端まで追い詰められてしまいます。

 ところが、それでもゴホルは全力で斧を振り回し続けていました。ぶぅん、と対戦場の横の壁を作っていた兵士たちへ斧が飛んだので、兵士たちが悲鳴を上げて逃げ出しました。人の壁が崩れます。

「馬鹿、よせ、ゴホル!」

「俺たちにまで当てるつもりか!?」

 仲間の兵士たちはどなりましたが、ゴホルはいっこうに気にしません。

「かかってこいー、総司令官ー! 逃げ回るだけではー……つまらないー……!」

 ぶぅん。

 また斧がうなりを上げて飛んできたので、フルートはその場にかがんで攻撃をかわしました。すぐ後ろにいた兵士たちが、うわぁっと悲鳴を上げて散っていきます。

「やめろ、ゴホル!」

「こっちに来るな!」

 口々にどなりますが、ゴホルは遠慮なく斧を振り回し続けます。

 フルートは唇を一文字に結んで駆け出しました。それがゴホルの斧の方向だったので、見ていた者たちがいっせいに声を上げます。

「ワン、危ない!」

「やられるよ、フルート!」

 ポチやメールも悲鳴を上げますが、いや、とゼンは言いました。

「大丈夫だ。見ろ――!」

 フルートは走りながら身をかがめていました。ゴホルの戦斧が回転して、一番上の位置にやってきた瞬間を狙って、その腕の下をかいくぐっていきます。

「よし!」

 とワルラ将軍は身を乗り出しました。

「ゴホルの後ろを取った!」

 とジャックも叫びます。

 おぉ!? とゴホルが後ろを振り向いた瞬間、フルートの剣がゴホルの右手首に突き刺さりました。――ゴホルは鎧や鎖かたびらを着て、腕には籠手と手甲(しゅこう)をつけていたのですが、体が大きいために、籠手と手甲の間に剣が入るほどの隙間があったのです。

 ゴホルは悲鳴を上げました。思わず武器を手放したので、すっぽ抜けた斧が観客席に飛び込んで、また大騒ぎになります。

 

「よーくーもー……」

 ゴホルは唇をまくり上げ、顔を真っ赤にして怒りました。今度は左手で大剣を抜いてフルートに切りかかってきます。ゴホルは右利きでしたが、左で扱う剣も強力でした。長い腕に大剣の長さを加えて、思いがけない距離まで攻撃してきます。

「っと!」

 フルートはとっさに身をかわしましたが、その頬を風と共に剣の切っ先がかすめていきました。頬にひと筋の傷が走り、赤い血がにじんで流れ出します。

 フルート! と仲間たちはまた叫びましたが、フルートはすぐにまた身をひるがえしました。ゴホルの次の攻撃を、自分の剣で、がっきと受けとめます。

 けれども、次の瞬間、フルートは大きく弾き飛ばされてしまいました。見かけより力のあるフルートですが、さすがにゴホルには力負けしてしまったのです。地面に仰向けに倒れます。

 そこへゴホルが剣を振り上げました。フルートの頭へ、ためらいもなく振り下ろします。

「いかん!」

 とワルラ将軍は叫びました。いくらフルートが金の石を持っていても、即死してしまえば助かりません。試合終了を宣言しようとします。

 すると、フルートが左腕を上げました。籠手を巻いた場所で、ゴホルの剣を受け止めます。大剣は、ごっと鈍い音を立てて止まりました。同時にフルートも顔を歪めます。ゴホルが剣を引くと、籠手は大きくへこんでいました。あまりの怪力に、金属製の籠手も変形してしまったのです。

 フルートは跳ね起きると、飛びのいて距離をとりました。ところが、その左腕はだらりと垂れたままでした。ゴホルがまた剣を構えると、フルートも剣を構えますが、左腕はまったく動きません。

 仲間たちは焦りました。

「やだ! 今ので怪我をしたのよ!」

「ワン、肩を脱臼したのかもしれない!」

「大丈夫かい!?」

「フルート――!」

 ところが、ゼンは一人、声もたてずにフルートを見つめていました。その顔は真剣そのものでした。やがて、うなるように言います。

「なんで怪我をしたままなんだ……。あいつ、金の石をどうした?」

 

 仲間たちも、近くにいたジャックも、ああっ! と声を上げました。

 そうです。フルートはどんな怪我もたちどころに癒す魔石を持っているはずなのに、怪我が治っていないのです。腕だけではありません。先ほどゴホルの剣がかすった頬にも傷はまだあって、血が流れ続けています。

「あいつ、金の石を持たずに戦ってるのか!? そんな馬鹿な……!」

 とジャックは呆然としました。彼としては、どんな激しい戦いになってフルートが怪我をしても、即死さえしなければ魔石が助けてくれるだろう、と思っていたのです。とんでもない状況に青くなってしまいます。

「ポポロ、金の石を捜せ!」

 とゼンが言ったので、はいっ! とポポロは答えました。両手を強く握り合わせ、遠いまなざしになって周囲を見回します。

 と、その視線がゼンの上で止まりました。緑の宝石の瞳が、驚いたように大きくなります。

「そこよ……!」

 と彼女が指さしたのは、ゼンの腰の荷袋でした。ゼンも思わず呆気にとられ、すぐに夢中で袋を開けました。ロープ、火打ち箱、水筒、携帯食料の包み、灯り石の袋……次々に出てくる荷物を地面に投げ捨て、袋の底からペンダントを取り出します。その中央では金の石が静かに輝いていました。

「――の馬鹿野郎!」

 ゼンは歯ぎしりしました。フルートは試合が始まる前に、ゼンの荷袋を断りもなくあさって水筒を取り出し、水を飲みました。フルートにしてはちょっと珍しいことだと思ったのですが、あのときに荷袋へペンダントを滑り込ませたのに違いありません。

「ワン、それを早くぼくに!」

「フルートのところに運ばないと!」

 とポチとルルが言いました。風の犬に変身して、フルートへペンダントを届けようとしたのです。

 ところが、とたんにフルートが彼らへどなりました。

「来るな!! 持ってくるんじゃない!!」

 普段とはうって変わった激しい声でした。仲間たちがまた驚くと、フルートは厳しい声で言い続けました。

「対戦者はみんな癒しの石なんか持っていない! ぼくだけ金の石を持っていたら不公平になるんだ!」

 フルート……と仲間たちは絶句しました。対戦相手と条件を平等にするために、フルートは金の石を手放したのです。やりとりが聞こえる場所にいた兵士たちも、唖然(あぜん)としていました。

「なんということだ! これ以上戦わせるわけにはいかん!」

 とワルラ将軍が青ざめて対戦を中止させようとします。

 

 ところが、ゴホルは周りの話をまったく聞いていませんでした。彼が興味を持っているのは、強い相手と戦って勝つことだけなのです。フルートが明らかに腕を負傷していても、ためらうどころか、これがチャンスと切りかかってきます。

 ぶん、と振り下ろされた剣を、フルートは飛びのいてかわしました。右腕一本では相手の攻撃を受けきれないので避けたのですが、とたんに顔を大きく歪めました。動いた拍子に痛めた肩に激痛が走ったのです。思わず剣を持った手で左腕を抱えます。

「もーらったぁー……!」

 ゴホルがフルートへ大剣を振り下ろしました。フルートは飛びのいてかわすことができません。

 すると、フルートは飛びのく代わりに、また前へ走りました。剣が下りてくるより早く、相手のふところに飛び込みます。フルートはゴホルの胸のあたりまでしか身長がありませんでした。剣を振り下ろして前屈みになったゴホルの下に、すっぽり入り込む恰好になります。

 フルートはそのまま素早く剣を突き上げました。頭上にはゴホルの顎と喉が見えています。そこに剣の切っ先をぴたりと当てます。

「あ……あぁ……?」

 いくら巨体で怪力のゴホルでも、喉元は命に関わる急所です。そこに剣を突きつけられれば、ゴホルももう抵抗はできませんでした。一瞬で決まった勝敗に目をぱちくりさせながら言います。

「こー……降参ー……」

 フルートが剣を引くと、ゴホルは、ずしん、と尻餅をついて座り込んでしまいました。

「それまで!」

 とガスト副官が試合の終了を告げ、兵士たちからはいっせいに溜息とどよめきが上がります。

 

 フルート! と仲間たちは駆け出しました。

「このすっとこどっこい! 心配させるのもいいかげんにしやがれ!」

 とゼンがわめき散らします。その手には金のペンダントが握られていました。

 駆け寄ってくる仲間たちを眺めながら、フルートはちょっと笑い、その拍子に左腕が揺れて、また顔をしかめました。どうやら肩の脱臼だけでなく、腕の骨も折れてしまっているようです。

 それでも、彼は対戦者の四人までに勝ちました。

「残りは最後の一人」

 そうつぶやいて、フルートはオリバンがいるほうを眺めました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク