三番目の対戦相手は、顔の真ん中に傷のある男でした。大柄というわけではありませんが、鎧の下の体はよく鍛え上げられています。
「第二師団サーク師団長」
とガスト副官が呼び上げ、フルートと師団長が対戦場の中で向き合いました。双方とも抜き身のロングソードを持っています。
けれども、サーク師団長はすぐには攻撃してきませんでした。観察するようにフルートを見て言います。
「ずいぶん身が軽いな。それを活かしたくて鎧を着ていないわけか」
「防具は修理中なんです。それに、あまり重い鎧じゃないから、普通の鎧では勝手が狂って動きにくくなるんです」
とフルートは答えました。総司令官は師団長よりずっと上の地位になるのですが、いつも通りの丁寧な口調で話します。
「その身の軽さを活用して戦っていることは認める。ドーンとエディスは、油断していたこともあるが、その身のこなしにやられたな。エディスとの対戦中につまずいたのは芝居だろう。わざと目の前で転んで見せて、エディスの攻撃を誘い、槍の先を切り落としたんだ」
サーク師団長は灰色の目でじっとフルートを見つめていました。最初のうちこそ、他の兵士たちと同じようにフルートを馬鹿にしていましたが、今は油断のないまなざしになっています。
フルートは、ちょっと首をかしげました。
「卑怯だとおっしゃいたいんですか? でも、戦闘中には当然のことだと思いますが」
師団長はたちまち鋭く目を光らせました。
「やはりあれは陽動だったか。思っていたよりはやるようだな、金の石の勇者。だが、それは同時におまえの弱点も露見させた。おまえの身軽さは、力不足を補うための戦法だ。力任せに打ち込まれれば、それを受けとめて返すだけの力が、おまえにはない。つまり、おまえには正面から全力で行くのが一番良いということだ――!」
言い終わると同時に、サーク師団長が切りかかってきました。ロングソードを振りかざし、力いっぱいフルートへ振り下ろします。
フルートはかろうじてそれをかわすことができました。横に飛びのいた恰好で身構えますが、そこへまた師団長が切りかかってきたので、また飛んで下がります。
師団長は剣を縦横無尽に振り回して切りつけ、フルートが下がり続けるのを見て言いました。
「対戦場の外へ逃げれば、それでもう勝負はつくぞ、金の石の勇者! 一度も切り合わずに負けるつもりか!?」
ひゅうひゅう、やんややんやと見物の兵士たちから口笛や歓声が飛びました。フルートに敗れた二人も、俺たちのかたきを討ってください! と前のほうで師団長を応援しています。
フルートは、そんな観客席をちらりと見ました。自分だけに聞こえる声で言います。
「あまり後退すると、彼らに攻撃が当たるな……」
そのつぶやきは、師団長には聞こえませんでした。
「どうした、もう終わりか、金の石の勇者!? ゴーラントス卿の剣は鉄壁のように強いが、おまえの剣は師匠とは似ても似つかないな! 卿はおまえに何を教えたのだ!?」
あざ笑う声の中に、ちらりとゴーリスまで馬鹿にするような響きが混じりました。サーク師団長とゴーリスは長年のライバルで、互いに腕前を競い合っている仲だったのです。
フルートは頭をかがめて攻撃をやり過ごし、低い位置から師団長を見上げて言いました。
「ゴーリスからはいろいろ教えてもらいましたよ。剣の使い方だけでなく、それを充分に活かすにはどうしたらいいのかも。例えば、こんなふうに」
がぎん。
師団長が力いっぱい打ち込んだ剣が、下から跳ね上がってきたフルートの剣にぶつかって、大きな音を立てました。フルートが両手で握った剣で受けとめたのです。そのまま、剣と剣はびくとも動かなくなってしまいます。
「……?」
サーク師団長は自分の目を疑いました。彼は剣に自分の体重も載せて、思いきり切り込んでいました。その一撃は、大の大人でさえ弾き飛ばす勢いだったのに、フルートはがっちり剣で受けとめています。そんなまさか……と考えます。
すると、フルートはまた言いました。
「ゴーリスは、攻撃に対して力で抵抗する剛(ごう)と、技術を駆使して攻撃を受ける柔(じゅう)があることを教えてくれました。剛には柔で、柔には剛で対抗するのが基本だけれど、時には、剛には剛、柔には柔が効果的なこともある、と言われたんです――」
がいん!
また音を立てて、師団長の剣が大きく跳ね上がりました。フルートが自分の剣で打ち返したのです。その力の強さに、師団長は思わずよろめきました。そんな馬鹿な……とまたフルートを見つめてしまいます。
そこへフルートが切りかかってきました。振り上げた剣が真上から師団長に襲いかかります。師団長がとっさに盾をかざすと、とたんにフルートは身を沈めました。今度は足元から師団長に切りつけます。
師団長はあわてて剣でそれを止めました。がぎん! 再び大きな音が響いて、衝撃が師団長の腕に伝わってきます。目の前で戦っているのは、まだまだ子どものような若造なのに、攻撃は信じられないほど強力です。
それを眺めていたセシルが、驚いたように言いました。
「フルートは以前より力が強くなったのではないか? これまでも、年齢の割には力が強いと思ってきたが、今はそれ以上のようだ」
「育ち盛りだからな。こうして見ていると、やはりゴーラントス卿の剣使いにも似ている」
とオリバンが腕組みして言いました。彼らの前で、フルートと師団長が激しい切り合いを続けています。ぶつかり合って火花を散らす剣、響き渡る金属音。フルートは師団長にまったくひけを取りません。
と、師団長は急に前へよろめきました。フルートが剣を受け止め、そのまま流したのです。師団長が体勢を崩した隙に、するりと身をかわし、師団長の背後に回って剣を振り上げます。うわぁっ、と兵士たちが悲鳴を上げます。
師団長は振り向きざま、剣を振り上げました。
がぃん!
また二人の剣が力いっぱいぶつかり合います。
ふぅむ、とワルラ将軍がうなりました。
「なるほど、剛と柔の合わせ技か。強く打ち合っている最中に、急に流し技を食らえば、どうしても警戒して打ち込みにくくなる。そこへまた強い剣打をくらうので、サークは攻撃のリズムを狂わされるのだ。勇者殿は実に効果的に剛と柔を使い分けている。勇者殿の力と身の軽さを生かした、ゴーラントス卿らしい指導だな」
将軍がしきりに感心するので、ジャックは言いました。
「そうはおっしゃいますが、将軍! あいつがゴーリスに剣を教わったのって、たった二カ月間だったんですよ! それであいつは金の石の勇者として旅立ったし、その後もゴーリスから剣を習う機会なんてなかったはずなのに――!」
仲間たちもフルートたちの戦いを見ながら話し合っていました。
「ホント、相変わらず速くて強いよねぇ、フルートの剣は。力いっぱい切り込んできたと思うと、目にも止まらない早さで別のほうから切りつけてくるんだからさ」
「おう。あいつが本気になると、めちゃくちゃ怖いんだぞ」
「ワン、マモリワスレの戦いで、ゼンはフルートに切られましたもんね。たしかにあれは怖かったなぁ」
「フルートはこれまで何万もの敵と戦ってきたのよ。闇の怪物とも魔王ともいやって言うほど戦って勝ってきたんですもの、強くもなるわよ」
そんな仲間たちの話し声は、戦いを見守る兵士たちにも聞こえていました。誰もが自分の耳を疑いますが、目の前では、確かにフルートがサーク師団長と互角に戦っていました。いえ、フルートのほうがわずかに優勢なくらいです。
すると、フルートと師団長は互いの剣を引きました。構えは解かずに、相手を見つめます。激しい剣の応酬に、どちらも荒い息をして、大量の汗をかいていました。フルートは服の裾で素早く手の汗を拭きましたが、鎧を着込んだ師団長は汗を拭くことができません。剣を構えたまま、にらみ合いを続けます。
と、師団長が駆け出しました。剣を振り上げ、フルートの頭上へ振り下ろしてきます。
フルートは回転するように身をひるがえし、空振りした師団長の剣に、上から力いっぱい剣をたたき込みました。汗で濡れた師団長の手から柄がすっぽ抜けて、剣が地面に落ちます。
ああっ! と兵士たちは叫びました。彼らの師団長は武器を失ったのです。その急所を狙って、フルートが剣を突き出します――。
ところが、そのとたんに師団長がまた動きました。身を沈め、低い位置からフルートの胴へ腕を回して、地面へ投げ飛ばします。それと同時にフルートの剣の平(ひら)を足で踏みつけたので、フルートは剣を拾えなくなりました。なんとか奪い返そうとしたところへ、師団長の肘打ちが降ってきたので、剣を手放して飛びのきます。
はぁはぁとあえぎながら、フルートは言いました。
「わざと――狙わせたんですね――ぼくを捕まえるために」
師団長も肩で息をしていましたが、そう言われて、にやりとしました。
「こちらの有利な形に敵を誘うのは、戦いの基本だからな。それに、格闘になれば、体が大きなこちらのほうが有利だ」
言うのと同時に、師団長がまた突進してきました。フルートの右腕をつかまえ、引き寄せてフルートの顔にパンチをたたき込もうとします。
すると、フルートはのけぞってそれをかわしました。仰向けに倒れながら、師団長の左脚を払いのけ、バランスを崩した師団長の下をくぐって体勢を立て直します。師団長はまだ大きく姿勢を崩したままです。フルートは師団長の背中に飛びつくと、全体重をかけてのしかかりました。師団長がついに地面に倒れ、がしゃんと鎧が音を立てます。
けれども、師団長はすぐに身をひねって、フルートを捕まえようとしました。寝技に持ち込もうとしたのです。フルートは素早く離れると、また飛び上がり、師団長へ飛び下りていきました。高い位置からの肘打ちを、師団長の顔にたたき込もうとします。
「そこまで!」
とワルラ将軍が突然叫びました。試合の終了を告げたのです。
フルートはたちまち動きを止めました。金属製の籠手を巻いた腕が、サーク師団長の鼻先でぴたりと止まります。
師団長は倒れたまま、声も出せませんでした。その上から、フルートがゆっくり離れていきます。
へへん、とゼンが笑いました。
「どうだ、見たか。フルートには俺がずっと稽古をつけてきたんだからな。格闘だって負けねえぞ」
対戦場を取り巻く兵士たちは、水を打ったように静かになってしまっていました。彼らの師団長がフルートに負けたのです。あそこでワルラ将軍が止めなければ、師団長はフルートの肘打ちをまともに食らって、大怪我をしたことでしょう。
「これで三人――」
息を切らし、汗をしたたらせながら、フルートはまたつぶやきました。