一人目の挑戦者のガラ・ドーンがあっという間に敗れたので、対戦場を取り囲む兵士たちはいっせいに不満の声を上げました。
「何をやってるんだ、ドーン!?」
「相手が子どもだからって手加減するなよ!」
「あんなガキを俺たちの総司令官にするつもりか!?」
「い……いや……」
ガラ・ドーンは顔の冷や汗を拭うと、飛ばされた自分の剣を拾い上げました。彼は手加減などしたつもりなどありませんでした。全力で切りかかったはずなのに、気がついたらフルートは目の前から消えていて、自分の剣が飛ばされていたのです。
「相手がチビだから姿を見失ったんだろう?」
「力みすぎて空振りしたな、ドーン」
と彼を笑う仲間もいます。そうだろうか……? とガラ・ドーンは考え、そっとフルートを振り向きました。まだ少年の面影を残している若造は、汗もかかずに仲間たちと話しています――。
「二番目の対戦者、第二師団長槍(ながやり)部隊所属、マーチン・エディス」
とガスト副官が呼び上げると、兵士たちの中から細身の男が出てきました。片手には自分の背丈の倍ほどもある槍を持っています。
フルートも対戦場に出ながら、相手に話しかけました。
「長槍部隊という部隊があるんですね。槍を専門に担当しているんだ」
「正確には第二師団第八部隊と言うんだが、みんな俺たちを長槍部隊と呼ぶのさ。戦闘では全員で槍を構えて横一列に並び、槍の壁を作って突進する。そうすれば、敵は人間も馬もみんな俺たちの槍に串刺しだ――。戦場に出たこともない総司令官には、そんな場面は想像もつかないだろう」
エディスという槍兵は、フルートには実戦の経験がないと決めつけていました。あざけるように言って笑います。フルートは、ちょっと首をかしげただけで、何も言いませんでした。相変わらず籠手を巻いただけの軽装で、背中の剣を抜いて構えます。対するエディスは銀色の兜と胸当てを着込み、同じ色の肩当てを装着していました。鎧の下には鎖かたびらを着て、左腕には盾もつけています。フルートに比べると、ものものしいほどの装備です。
「対戦始め!」
とガスト副官が試合開始を告げ、二人は同時に動き出しました。
「ふぅん、あれが長槍。確かに普通の槍より長いね」
とメールがエディスの武器を見て言いました。そばにはゼンたちやオリバンやセシル、ワルラ将軍やジャックがいます。
メールに答えたのはオリバンでした。
「そうだな。通常の槍は長さが一メートル半から二メートル程度だが、あれは三メートル以上もある。それだけ遠くの敵に届くので、突進してくる敵の騎兵を防ぐのに非常に有効なのだ。ただ、その分、扱うのも非常に難しくなる」
「だよね。長ければ長いほど振り回すのは大変になるし、槍の柄がしなるから狙いもつけにくくなるもんねぇ。それを得意にしてるからには、普段からすごく訓練を積んでるんだろうね」
メールがあまり素直に感心するので、ゼンがにらみました。
「おい、どっちの応援をしてるんだよ?」
「そりゃフルートのほうに決まってるだろ。でも、あの人だって鍛錬してきてるんだから、ちゃんと評価するのは当然だよ」
「敵だぞ!?」
「敵でもなんでも、うまい人はすごいんだよ!」
海の戦士のメールと山の猟師のゼンとでは、会話が微妙にかみ合いません。
すると、ワルラ将軍が言いました。
「あのエディスは、長槍部隊の中でも一番の槍使いです。彼にかかると、あの長い槍が生き物のように敵に襲いかかっていく。勇者殿はロングソードを使っているから、接近しないと攻撃できないが、相手がエディスでは間合いに入ることも難しいでしょうな」
将軍が言うとおり、フルートはエディスになかなか近づくことができなくて、苦戦していました。槍は先端さえやり過ごしてしまえば、あとは攻撃される危険がなくなるのですが、槍の下をかいくぐろうとすると、とたんに鋭い穂先が襲ってきて、フルートを追い返してしまうのです。
それならば、と横に回り込もうとすると、とたんに槍も追いかけてきました。三メートルもある木製の柄はたわみ、大きく揺れますが、フルートが駆け込もうとした瞬間、びたりと揺れが収まって、ぐんと伸びてきます。フルートは腹を刺されそうになって、あわてて飛びのきました。さらに剣をふるって、穂先を払いのけます。
「いいぞ!」
「その調子だ、エディス!」
「坊やに思い知らせてやれよ!」
周囲で観戦している兵士たちから声援が飛びました。
見守るゼンたちは気が気でありません。
「ちっくしょう。俺だったら、あの槍を捕まえて引き倒してやるのによ」
「相手だって、それは充分警戒してるよ。それに、どう見てもフルートのほうが相手より軽そうだもんね。逆に槍を引かれて、フルートのほうが倒されちゃうよ」
「もう。これが本当の戦闘だったら、私が変身して、風の刃で槍の先を切り落としてやるのに!」
「ワン、それじゃだめなんだったら。これはフルートが実力を証明するための戦いなんだから。ぼくらが助けに出ていったら、証明できなくなるんだよ」
と口々に言い合います。ポポロだけは祈るように両手を握り合わせて、じっと戦いを見つめていました。その目は涙でいっぱいになっています。
フルートはエディスとの間に大きく間合いを取りながら、右へ左へ、せわしなく動き続けていました。足を止めると、とたんにそこを狙って槍が伸びてくるからです。槍が襲ってきた瞬間に横に飛びのき、剣で払いのけようとすると、エディスはその動きもよく見ていて、素早く武器を引っ込めました。次の瞬間にはまた、フルートへ攻撃を繰り出してきます。
ひっきりなしに動き続けるうちに、フルートは次第に息が上がってきました。汗も流れ出して、前髪が額に貼り付きます。このままでは、疲れて動きが鈍くなったところを襲われる――とフルートは考えました。なんとかして槍の攻撃をかわして、相手のふところに飛び込まなくてはならないのですが、その隙がありません。
と、せわしく動いていたフルートが、突然、何かにつまずきました。足が止まり、バランスを崩して前のめりになってしまいます。
「ぅおりゃあ!」
すかさずエディスは槍をフルートへ繰り出しました。フルートの頭が手前に来ていますが、さすがにそこを突いては致命傷になるので、フルートの腰のあたりを狙います。槍はエディスの狙い通りに伸びていきました。フルートの左の太股を貫こうとします――。
ところが、槍が届く前に、フルートはまた動きました。横に身をかわしたり、かがんだりすることは、エディスも予想していたのですが、フルートの体は考えてもいなかった方向へ動きます。前のめりのまま地面を蹴り、空中へ飛んで体を一回転させたのです。
「なに……!?」
エディスは呆気にとられました。これまでいろいろな相手と戦ってきましたが、自分の槍を宙返りでかわした人間は初めてでした。思わず自分の目を疑ってしまいます。
すると、着地したフルートが、立ち上がりざま剣をふるいました。鋭い音と共に、槍の穂先を切り落としてしまいます。
「やったぁ!!」
とゼンたちは歓声を上げました。穂先を切り落とされた槍は、もはやただの長い棒でした。その横を駆け抜けてエディスに迫るフルートを、仲間たちは拍手で応援します。
ところが、そんなフルートへまた攻撃が飛んできました。
長い棒になった槍の柄が、うなりを上げて横から襲ってきたのです。
フルートは、とっさに前に倒れました。地面に両手を突いて、攻撃をやり過ごします。
それを見ていたオリバンが、重々しく言いました。
「穂先を切り落としたからと言って安心するのは早い。棒もスタッフと呼ばれる立派な武器だ」
フルートはさらに地面を転がって、上から殴りつけてきた槍の柄をかわしました。棒が激しく地面をたたいて小石を砕きます。人の骨など簡単にへし折りそうな勢いに、ゼンたちは思わず息を呑んでしまいます。
フルートはまた跳ね起きると、槍の柄に飛びついてつかみました。それを取り戻そうとするエディスの間で、柄の奪い合いになります。
「あ、まずい!」
とメールは叫びました。やはり体重の軽いフルートのほうがエディスに力負けしたのです。フルートが前につんのめってよろめきます。
すると、エディスは片手を柄から放しました。ためらいのない動きで、腰に下げていた剣を引き抜きます。
ゼンたちは、ぞっとしました。エディスは槍しか使わないものと思い込んでいたのですが、実は接近戦では剣も使う両刀遣いだったのです。危ない、フルート! かわせ! ――警告しようとしますが、それも間に合いません。前へよろめいてくるフルートの背に、エディスの剣が振り下ろされます。
すると、フルートが柄から手を放しました。同時にひねった体の陰からロングソードが現れて、エディスの剣を受け止めます。
「おまえ……!?」
エディスは驚きました。フルートは彼のほうを見ていなかったのに、剣が切りつけてくることに気づいていたのです。何故だ!? こいつは後ろも見えるのか!? と混乱します。
すると、フルートが顔を上げてエディスを見ました。とまどっている彼へ、にやっと笑って言います。
「接近したら剣が来ることはわかってましたよ。あなたは槍使いなのに、しっかり鎖かたびらを着て、盾までつけていたんだから」
鎖かたびらや盾は剣のための防具なので、フルートはエディスの装備から彼の攻撃パターンを読んでいたのです。ひゃっほう! とゼンたちは歓声を、おおっとワルラ将軍や兵士たちは驚きの声を上げます。
フルートはエディスの剣を跳ね返すと、返す剣で彼の武器を二つともたたき落としました。さらに踏み込み、鋭い切っ先をエディスの鼻先に突きつけます。
「こここ、降参だ……」
エディスは真っ青になって両手を上げました。
「勝負あり、そこまで!」
とガスト副官が言い、観戦していた兵士たちはいっせいに悲鳴や叫び声を上げます。
「これで二人」
流れる汗をぬぐいながら、フルートはそうつぶやきました。