「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第21巻「ザカラス城の戦い」

前のページ

9.対戦者

 「腕自慢の兵士五人と戦って、勝ってみせるだと?」

 兵士たちに向かってフルートが言ったことばを、オリバンは繰り返しました。他の兵士たちと同じように、呆気にとられてしまっています。

 ワルラ将軍が血相を変えて飛んできました。

「なりませんぞ、勇者殿! そんな真似をして、万が一のことがあったらどうします!?」

 けれども、フルートは落ち着きはらったまま言いました。

「ぼくが総司令官になることを皆さんに納得してもらうには、こうするしかないでしょう? 大丈夫、対戦者の命を奪うようなことはしませんから」

 それを聞いて、兵士たちはますます呆気にとられました。彼らの前にいるのは、まだ子どもと言っていいような若造です。背も高くなければ体も細いし、女のように優しげな顔をしているのに、自分の身が危険だとは考えずに、対戦者のほうを気づかうようなことを言っています。あまりの自信ぶりに、不愉快に思う者まで出始めます。

「総司令官殿は、絶対に負けないという自信がおありなんだな。よかろう、それなら俺が相手になってやる。本物の戦闘がどんなものか、身をもって体験していただこう」

 と黒い口ひげを生やした兵士が言って、のっしのっしと前に出てきました。分厚い胸板に太い腕の、非常に立派な体格をしています。

 すると、別の兵士も隊列の中から走り出てきました。

「それじゃあ、俺も名乗りを上げてみよう。武器はなんでもいいんだろう? 俺はこれでやらせてもらう」

 そう言って兵士が頭上でくるくるっと回して構えてみせたのは、長い槍でした。だん、と踏み込んでフルート目がけて突き出しますが、距離があったので、穂先は届きません。やめろ! とワルラ将軍がまたどなると、にやにやしながら武器を引っ込めて言います。

「そうそう。やめるのなら今のうちだ。今なら痛い思いもせずに逃げられるからな」

 もちろん、フルートは逃げるような真似はしませんでした。二人の兵士を確かめながら、ゆっくりと言います。

「対戦は一人ずつです。ぼくが腕自慢の方五人に勝ち抜いたら、ぼくを総司令官と認めてもらいます。もしも、ぼくのほうが負けたら、ぼくは総司令官を辞退しましょう。二人が名乗り出てくれました。あと三人です」

 

「では、三番手は私がやろう」

 と手を上げたのは、整列する部隊の最前列に立っていた、顔の真ん中に大きな傷のある男でした。ざわっと兵士たちの間に動揺が走ります。

「ワン、あの人は?」

 とポチはジャックに尋ねました。他の兵士たちからは、驚きと尊敬の匂いが伝わってきます。

「第二師団のサーク師団長だよ。正規軍の中でも一、二を争う腕前の剣士だ。まさかあの方まで出てくるなんて」

 とジャックは言いました。信じられない顔をしています。

「ワン、その言い方だと、もう一人くらい強い人がいそうですね? それって誰なんですか?」

「ゴーリス……ゴーラントス卿だよ。サーク師団長はゴーラントス卿と並ぶ剣の名手と言われているんだ」

 そんなやりとりの横で、サーク師団長がフルートへ話しかけていました。

「君がゴーラントス卿の愛弟子(まなでし)だという話は聞こえている。君が教わってきた剣が実戦で役に立つかどうか、私が確かめてやろう。とはいえ、先の二人も実力は相当のものだ。私のところまで回ってこなければ、実力は確かめられないんだから、せいぜい頑張って戦ってくれよ」

 師団長は馬鹿にするように声をたてて笑いましたが、フルートは顔色ひとつ変えませんでした。

「善処します。これで対戦者は三人。あと二人です」

 

 すると、今度は部隊の後ろのほうから声が上がりました。

「おーれー……俺がーやるー!」

 ざわざわざわ……サーク師団長が名乗りを上げたときより、もっと大きなざわめきが兵士の間から起きました。その間をかき分けて前に出てきたのは、見上げるように大きな体の戦士でした。どう見ても規格外の鎧兜をつけ、ずしんずしんと歩いてきます。ゴホル、ゴホルだ、と言う声が兵士の間で飛び交います。

 勇者の一行も驚いて話し合いました。

「げ、なんだよ、あいつ。巨人族なのか?」

「ううん、人間よ……大きいわね」

「あの腕を見なよ。すごい筋肉だ。力も強そうだよ」

「やだ、フルートよりゼンが相手したほうがいいんじゃないの?」

 ワルラ将軍も、前に出てきた大男に渋い顔をしました。

「なんだ。おまえも勇者殿が総司令官になるのに不満だと言うのか、ゴホル?」

 すると、大男は、にぃっと歯をむいて笑いました。見上げるような体でも、顔つきはどこかひょうきんです。

「いいやー、将軍ー。不満はーないけどー……俺もー新しい総司令官と腕比べー、してみたいー……。俺が勝ったらー、今度は俺が総司令官かー?」

 どぉっと兵士たちから笑い声が上がりました。そりゃぁいい! ゴホル総司令官だ! と言われて、大男が嬉しそうにまた笑います。

 ワルラ将軍は厳しい顔になりました。

「そんなことはありえん。総司令官を指名なさったのは各国の王たちだ。これはおまえの好きな勝ち抜き試合ではないぞ、ゴホル」

「いいえ、彼がやりたいというのなら、彼も出てかまいません。これで四人。最後の対戦者になりたい方はいますか?」

 とフルートが言ったので、勇者殿! とワルラ将軍があきれます。

 

「それでは、五人目には私がなろう」

 という声は、整列した兵士たちの間ではなく、前に立つ人々の中から上がりました。青い上着に白いズボンの青年が一歩前に出たので、セシルやゼンたちが驚きます。

「オリバン、何を――!?」

「おい、本気でフルートと対戦するつもりか!?」

 フルートも思いがけない挑戦者にびっくりしていると、オリバンが歩み寄ってきて言いました。

「兵士たちは私に総司令官になれ、と言ってきた。だから、私とおまえのどちらが総司令官にふさわしいか、兵たちに見せてやろうではないか」

「ぼくとオリバンがやったら、八百長(やおちょう)だと思われますよ。それとも、オリバンが勝ったら、代わりに総司令官を引き受けてくれるんですか?」

 とフルートが聞き返すと、とたんに、馬鹿者! とオリバンにどなられました。

「私は勝負では絶対に手を抜かん! やるならば真剣勝負だ! もしも私が勝ったならば、本当に総司令官を引き受けてやろう!」

 フルートは目を丸くすると、たちまちにやっとしました。

「言いましたね? 約束しましたよ」

 オリバンは、さらに顔を怒りに染めると、フルートの頭を押さえつけました。

「貴様こそ、総司令官を押しつけたくて手を抜くようなことは絶対にするな! そんな真似をしたら、即座にたたき切るぞ!」

 冗談とは思えない気迫に、兵士たちはまた呆気にとられました。セシルは頭を抱えています。

 

 ワルラ将軍は苦虫をかみつぶしたような顔でフルートへ言いました。

「こうなってはもう引っ込みがつきませんぞ。本当におやりになるのですな?」

「もちろんです。剣を貸してください。ぼくの剣は部屋に置いてきてしまったんです」

 とフルートは答え、ガスト副官がジャックに予備の鎧や盾も持ってくるように命じたのを聞いて言いました。

「ぼくの防具はいりません。普通の鎧兜だと重すぎて、勝手が狂うんです。このままの恰好でかまいません」

「馬鹿な! そんな恰好で戦ったら本当に死にますぞ!」

 とワルラ将軍はまた言いました。フルートは布のシャツとズボンを着ているだけで、防具はいっさい身につけていなかったのです。

 ジャックも口をはさんできました。

「おい、マジでやばいって、フルート! 挑戦してきてるのは、正規軍の中でも本当に強い奴ばかりなんだ! 防具もなしで戦えるわけねえだろうが!」

 フルートはちょっと考えると、ガスト副官に言いました。

「それじゃ、金属製の籠手(こて)だけ準備をお願いします。それと、ロングソードを。それで充分です」

 せめて兜も、と将軍や副官は言い続けましたが、フルートはそれは受け入れませんでした。左腕だけに籠手を巻きつけると、剣を腰ではなく背中に留めつけます。

 ゼンは苦笑いして言いました。

「ったく、派手な舞台を作りやがって……。こうなったら、五人全員にぶっちぎりで勝てよ。誰にも文句をつけさせるんじゃねえ」

「わかってる。頑張るさ」

 とフルートは言うと、勝手にゼンの腰の荷袋をあさって水筒を取り出し、水を一口飲みました。対戦を不安がっている様子はありません。

 

 その間に兵士たちは練兵場の中央へ移動して、二十メートル四方程度の空き地を取り囲んで整列しました。兵士たちに囲まれた四角い空間が対戦場なのです。

 審判役はガスト副官が務めることになりました。全員に向かって言います。

「それでは総司令官殿との勝ち抜き戦を始める。ルールは通常の勝ち抜き試合と同様だ。つまり、相手を負傷させることはあっても、命までは奪ってはいけない。勝敗は、相手が戦闘不能、または降参を申し出たときに決まる。今回はワルラ将軍が勝敗がついたと見なしたときにも、そこで対戦は終了にする。勝敗がついた相手をさらに攻撃することは禁止だ」

 なんとなく、フルートが相手に負けたときのことを心配しているような説明でした。兵士たちの間から冷笑が洩れます。勝負はすぐつくに決まってる――誰もがそう考えているのです。

 フルートは対戦場の中央に進み出ました。布の服を着て左腕だけに籠手を巻いた恰好は、あまりにも軽装に見えます。

「一番目の対戦者、第五師団第十二部隊所属、ガラ・ドーン」

 とガスト副官が対戦者の名前を呼び上げると、黒い口ひげの大柄な戦士が、のっしのっしとやってきました。腰から大剣を抜きます。フルートも背中の剣を抜いて構えました。

「それでは、対戦始め!」

 と副官が試合開始の合図をします。

「うぉぉぉ!」

 ガラ・ドーンと呼ばれた戦士は、ほえるような声を上げ、大剣を振りかざして突進しました。顔にはいつも以上に迫力を込めます。すさまじい形相で切りかかる自分を見れば、へなちょこの総司令官は青くなって逃げ出すだろう、と考えたのです。事実、フルートは立ちすくんでしまったのか、身動きをしませんでした。もらったぁ! と切りつけていきます。――ちゃんと寸前で剣が止まるように計算はしています。

 ところが、振り下ろされていく剣の下からフルートがいなくなりました。視界からフルートの姿が消えたのです。

 ガラ・ドーンが面食らって立ち止まると、周囲の兵士から声が上がりました。

「下だ、ドーン!」

 えっ? とガラ・ドーンがさらに下を見ると、振り下ろした自分の腕の下を、フルートが身をかがめてくぐり抜けていくところでした。まるで鳥が身をひるがえして飛ぶように、ドーンの背後に回り込みます。

 と、ドーンの大剣にロングソードが絡みつきました。背後からフルートが剣を突き出してきたのです。剣の鍔(つば)と鍔がぶつかり合い、次の瞬間、勢いよく大剣を弾き飛ばしてしまいます。

 ドーンは自分の剣が何メートルも先の地面に音を立てて落ちていく様子を、呆然と眺めました。本当に一瞬の出来事でした。ガスト副官が試合開始を告げてから、まだ十秒もたっていません。

 すると、その横にフルートが飛び出してきました。ロングソードを両手で握り、横に構えて切っ先をドーンの顔に突きつけます。武器を失ったドーンは反撃することができません。

「こ……降参」

 とドーンは両手を上げました。ガスト副官も、それまで! と試合終了を告げます。

「まず一人」

 兵士たちの中から驚愕と怒りのどよめきが湧き起こるのを聞きながら、フルートはそうつぶやきました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク