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第21巻「ザカラス城の戦い」

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8.練兵場(れんぺいじょう)

 翌朝、フルートたちがロムド城に準備された自分たちの部屋で朝食を取っていると、オリバンとセシルがやってきました。青い上着に白いズボンのオリバンと、白い上着に青いズボンのセシル。ロムドの皇太子と未来の皇太子妃は、それは見事な一対です。

「今すぐ練兵場まで来い、フルート。ワルラ将軍がおまえを兵たちに紹介すると言っているのだ」

 とオリバンにいきなり言われたので、フルートは危なく咽を詰まらせそうになりました。パンの塊を水で飲み下してから聞き返します。

「紹介? ロムド兵に挨拶しろっていうことですか!?」

「そうだ。周囲の国々と同盟軍を結成したことを、ワルラ将軍が彼らに伝えたのだ。同盟軍の総司令官はおまえだから、おまえが挨拶をするのは筋だ。装備を整えて、練兵場に来い」

 フルートはますますあわてました。装備を整えろと言われても、鎧兜は昨夜のうちにピランへ預けてしまったのです。

「今は無理なんだよ、オリバン」

「そうだ。俺の防具もフルートの防具も、ピランじいちゃんの仕事場にあるからな」

 とメールやゼンが説明すると、セシルが言いました。

「挨拶には長い時間はかからない。その間だけ防具を返してもらって、終わったらまたピラン殿へ戻せばいいだろう」

 うぅん、とフルートたちはうなってしまいました。ピランは職人気質(かたぎ)なので、仕事に取りかかった防具を途中で渡すような真似は、絶対にしない気がしたのです。もし無理に返してもらおうとすれば、ピランの機嫌を損ねて、防具の強化をしてもらえなくなる気もします。

 すると、オリバンが言いました。

「各国の王たちは、まもなくそれぞれの国に帰還する。ミコンの大司祭長だけは、昨夜のうちに自力で戻られたがな。国境まで兵たちが護衛についていくので、練兵場でワルラ将軍が訓示(くんじ)しているのだ。城にいる兵士のほとんどが集まっているから、おまえの総司令官就任を知らせるのにも絶好の機会だ。装備をしているのが理想的だったが、どうしても無理だというならば、しかたがない。そのままの恰好で兵たちに挨拶をしろ」

「こ……このままの恰好で……!?」

 とフルートは驚いてためらいましたが、オリバンはまったく意に介しませんでした。

「ぐずぐずしていては、ワルラ将軍の話が終わってしまう。将軍はあまり長話はしないのだ。急げ」

 と強引にフルートを引っぱっていきます。

「待ちなよ、オリバン!」

「ワン、ぼくたちも行きますよ!」

 食事を途中にしたまま、仲間たちはあわてて後を追いかけました――。

 

 王都ディーラを守る兵士たちの練兵場は、ロムド城のすぐ北側に広がっていました。城壁を挟んだ向こう側はもう練兵場なので、城の裏門からすぐに行くことができます。ちなみに、薔薇色の姫君の戦いの最後で、フルートが石の精霊たちと行こうとして仲間たちに引き止められたのも、この場所でした。練兵場の大半は演習をするための野原になっていて、西側に兵の宿舎や厩舎(きゅうしゃ)が建っています。ワルラ将軍がそこで訓示していたので、フルートたちは馬車で駆けつけました。練兵場はかなりの広さがあったので、歩いていっては時間がかかりすぎたのです。

 彼らが到着したとき、ワルラ将軍の話はもう終わっていましたが、兵たちはきちんと整列を続けていました。ロムド軍が周囲の国々と同盟軍を結成したことや、その総司令官に金の石の勇者が選ばれたことを、将軍が話して聞かせていたので、勇者の到着を待っていたのです。都の守備に就いている兵士は三個師団、およそ三千名の兵士でしたが、その一部は都や城の警備を続けているので、その場には二千名ほどの兵士が集まっていました。

 馬車からオリバンとセシルが降りていくと、兵士たちはいっせいに剣を抜いて掲げました。未来のロムド王とロムド王妃に忠誠の剣を捧げたのです。林立する剣と兵士たちの銀の鎧兜が朝の光にきらめきます。剣は、フルートたちが馬車から降りる間も掲げられたままでした。最後にポチが降りた後も、兵たちは馬車を見つめたまま、剣を捧げて待ち続けています。誰もフルートのほうには注目しません――。

 ごほん、とワルラ将軍は咳払いをして兵士たちの前へ出ていきました。少し困った顔をしながら言います。

「諸君はどこを見ているのだ。総司令官の金の石の勇者殿はもうおいでになっているぞ」

 兵士たちはどよめきました。掲げていた剣を下ろし、驚いたように前方を眺めます。フルートはこの時、いつもの白いシャツに濃紺のズボンの普段着姿でいました。兜をかぶっていないので、少し癖のある金髪も、優しくて綺麗な顔も、よく見えています。兵士たちは何度もそんなフルートへ目を向け、すぐにまた視線をそらして、別の場所を探し続けました。彼がその勇者だとは、誰も想像もしないのです。

 見かねてオリバンが言いました。

「いったいどこを探している! 総司令官はここだ!」

 とフルートの肩に手を置きます。

 とたんに沈黙があたりを支配しました。兵士全員が絶句したのです。次の瞬間、今度は誰もがいっせいに口を開いて、練兵場は大変な騒ぎになります。

 

 ポチは、ワルラ将軍の近くにガスト副官とジャックが立っているのを見つけて、駆け寄っていきました。ジャックの靴をかりかりとひっかいて話しかけます。

「ワン、ジャック。ロムド兵は以前、フルートと一緒に戦ったことがありましたよね? 仮面の盗賊団の戦いでも、その前のジタン高原での戦いでも――。フルートが鎧を着てなくたって、フルートだってことはわかりそうなのに。なんでみんなこんなに驚いているんです?」

 すると、ジャックは渋い顔で答えました。

「仮面の盗賊団のときに出動したのは、別の師団の兵士だよ。今日は全員、都の警備に回ってる。ジタン高原での戦いってのは、俺が入隊する前のことだからよく知らねえが、確か、第七辺境部隊が出動していたはずだ。辺境部隊の連中は、都の警備なんかはしないからな。ここにはフルートと一緒に戦ったヤツが誰もいねえんだよ」

 すると、ガスト副官も言いました。

「将軍は、これまで勇者殿を見たことがなかった兵士たちに、勇者殿を引き合わせようとお考えになったんだ。だが、少々計算が狂った感じだな。勇者殿はどうして装備してこなかったんだ? あの恰好では、金の石の勇者だ、同盟軍の総司令官だ、と将軍がおっしゃっても、誰も信じられないだろう」

「ワン、しかたなかったんですよ。防具は強化のためにピランさんに預けてしまっていたから」

「鎧を着ても全然強そうに見えねえヤツなんだ。こんな恰好でみんなを従えようったって、無理な話だぞ」

 とジャックは心配そうに幼なじみを見つめます。

 

 それでも、オリバンとワルラ将軍が兵士たちを叱りつけたおかげで、騒ぎは一応収まりました。兵士たちはまだ納得していませんでしたが、命令を受けてまた隊列を整えると、前に立ったフルートを眺めました。ずらりと並ぶ屈強の戦士たちに比べると、フルートはあまりにも若く、頼りなさそうに見えます。

 フルートはポポロに拡声の魔法をかけてもらって、兵士たちへ話し始めました。

「みなさん、初めまして。ぼくが金の石の勇者のフルートです。このたび、ロムド国王陛下や各国の王の皆様から親任を受けて、光の同盟軍の総司令官になりました。間もなく、この世界では大きな戦争が始まります。戦う相手は闇の敵です。各国の兵と力を合わせて戦い、世界に平和を取り戻しましょう――」

 フルートの声は、見た目に劣らず優しくて穏やかでした。一生懸命話しているのですが、ことばは兵士たちの頭上をむなしく素通りしていきます。中にはあからさまに冷笑を浮かべたり、露骨に顔をそむけたりする兵士もいます。

「こいつら、フルートを甘く見やがって……!」

 とゼンが歯ぎしりすると、セシルがなだめました。

「しかたがない。彼らはまだフルートの実力を知らないのだから。私だって、初めてフルートに会ったときには、なんでこんな弱そうな奴が勇者なのだ、と目を疑ったんだ」

「だから、そういうところが人間の嫌なところだ、って言ってんじゃないか! ホントに、見た目だけで判断するんだからさ! フルートの本当の強さも知らないくせに!」

 メールの声は内輪話にしては大きすぎました。前列にいたロムド兵が聞きつけて、あざ笑うように言い返してきます。

「ほほぅ、この勇者殿はそんなに強いのか! では、その腕前をみせていただきたいものだな!」

「あんな細腕で振り回すんだから、実戦の役には立たない、へなちょこ剣だろう! 切れるのはせいぜい蝶かハエかな!?」

 と揶揄(やゆ)する声が上がって、どっと兵士たちが笑います。

「よさんか、無礼者が!」

 とワルラ将軍が叱りつけると、騒ぎはまた収まりますが、兵たちの不満は少しも収まりません。別の兵士たちが、不信感もあらわに言います。

「将軍! 我々は将軍が同盟軍の総司令官になってくださるものとばかり思っていました! どうして、こんな子どもみたいな奴に従わなくてはならないのですか!?」

「そうです! 総司令官は我々を命がけの戦場へ行けと命じるのです! 我々の命をこんな青二才に預けるなんてことは、とてもできません!」

「将軍! 我々はワルラ将軍が総司令官になってくださることを望みます! あるいは皇太子殿下に我々の指揮をとっていただきたい! 子どもの命令で戦うなど、絶対にごめんです!」

 次々に出てくる不満の声に、ワルラ将軍はまた、馬鹿者! とどなりました。

「おまえたちは不敬罪を冒すつもりか!? これは国王陛下のご命令なのだぞ!」

 けれども、それでも兵たちは納得しませんでした。ついには膝をつき、剣を自分の前に置く兵士たちまで出てきます。

「どうしても我らにその子どもに従えとおっしゃるのであれば、我々はロムド軍を辞めさせていただきます! 無礼は承知の上ですが、我々だって、命をかけて戦場で戦うのです! 戦いがなんたるかも知らない青二才の命令で戦場に行かされるのは、まっぴらごめんです!」

 膝をついて剣を返そうとする兵士は、どんどん増えていきました。中には非常に反抗的な目で将軍やフルートをにらみつける兵も出てきます。ワルラ将軍が青筋を立てて怒り出したので、ガスト副官とジャックはあわてて飛んでいきました。将軍が怒りにまかせて全員を解雇してしまわないように、必死で取りなします

 

 この状況には、ゼンたちも青くなっていました。どうやったらこの騒ぎを収められるのか、見当がつきません。例えばゼンが暴れたりポチたちが風の犬になったりすれば、それに驚いてこの場は鎮まるかもしれませんが、不満はずっと残り続けます。納得がいかない兵士が別の部隊の兵士に呼びかけて、騒ぎは軍全体に広がるかもしれないのです。

 セシルがオリバンに言いました。

「陛下をお呼びしよう。陛下の口から、フルートが総司令官であることを告げていただいて、皆を納得させるんだ」

 む……とオリバンはうなりました。たとえ王直属の正規軍であっても、基本的に、兵士は自分が信じる指揮官にしか従いません。命のやりとりをする戦場で生き延びるために、指揮官をとても厳しい目で見極めているのです。彼らが信頼しているのはワルラ将軍だけでした。その将軍にさえ説得できないのですから、彼らがオリバンの言うことを聞くはずはなかったのです。これは本当に父上を呼ぶしかないだろうか、と心の中で考え始めます。

 ところが、フルートは揶揄と怒りの声が渦巻く中に、不思議なほど静かに立っていました。何かを考えるように目を閉じ、また開けると、独り言を言います。

「そう、疑われたら身をもって証明すればいいんだ――」

 それは、前日、会議室でエスタ国王に言われたことばでした。すぐにポポロを振り向いて呼びかけます。

「もう一度、ぼくの声を魔法で拡げてもらえるかい?」

 ポポロがうなずくと、フルートは今度は兵士たちに向き直って話し出しました。

「ぼくが総司令官になることに、皆さんが納得できない気持ちはわかります。ですが、ぼくは同盟軍の兵を率いて戦い、世界に平和を取り戻すことを、王たちと約束しました。ぼくが総司令官になることに納得できないのであれば、ぼくは実力を証明したいと思います――。皆さんの中で腕に自信がある方を五人、選んでください。ぼくは、その方たちと戦って勝ってみせます」

 ポポロの魔法はフルートの声を全体に拡げていました。呆気にとられてぽかんとする兵士たちの顔を、フルートは冷静に見渡していました――。

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