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第21巻「ザカラス城の戦い」

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第3章 練兵場

7.東屋(あずまや)

 五人の王たちが光の同盟軍を結成する誓約書に署名をして、会議は終了しました。その後はリーンズ宰相の呼びかけで晩餐会になります。各国の王だけでなく、同行してきた家臣全員が招かれたので、会場の大広間はそれは賑やかになりました。豪華な料理やロムドの名物料理が次々に運ばれてきます。

 フルートたちも食事の席について各国の王たちと話をしましたが、やがて、自分たちだけで大広間を抜け出すと、城の中庭へと出ていきました。外はすっかり日が暮れていましたが、月が煌々(こうこう)と照っているので、庭は意外なくらい明るく、歩くのには何も不自由しませんでした。一行は中央の東屋(あずまや)へ行くと、ベンチに腰を下ろして、いっせいに伸びをしました。

「ああ、窮屈だったぁ! 人間の晩餐会って、どうしてあんなに堅苦しいんだろうね? 気を遣うから、全然食べた気がしないよ!」

 とメールがぼやくと、ゼンも溜息をつきました。

「まったくだ。うまそうな料理なのに、味もろくにわからねえんだからよ。ちっとも食欲が湧かなかったぜ」

 すると、犬たちが言いました。

「あら、そんなこと言うけど、ゼンは人一倍食べてたじゃないの」

「ワン、そうですよ。給仕に三度も肉のお代わりを頼んだくせに、食欲が湧かないだなんて」

「るせえな。ほんとに食欲がなかったんだ。そうでなかったら、俺はあの倍はお代わりしたぞ」

「あっきれた」

 とメールが肩をすくめます。

 

 すると、フルートもベンチの背もたれに寄りかかって、大きな溜息をつきました。

「それにしても、まいったなぁ――ぼくが同盟軍の総司令官だなんて。勢いで引き受けたけど、そんな大役、どうしたってぼくに務まるわけがないのに」

「でも、それは本当に金の石の勇者の役目よ……。昔も今も変わらないわ。フルートだって、それはわかっていたはずでしょう?」

 とポポロが言ったので、フルートは苦笑しました。

「象徴的な意味での総司令官なんだと思っていたんだよ。光の軍勢の先頭に立って、真っ先に敵に向かっていく役目のことなんだろうって。それなら、いつもやっていることだから、全然心配しないんだけどさ――。陛下たちが言っている総司令官は、そうじゃないんだ。本当にぼくに軍隊を指揮させるつもりなんだよ。そんなの、無理に決まってるじゃないか」

 弱気な友人に、ゼンは尋ねました。

「同盟軍ってどのぐらいの規模なんだ?」

「正式に人数を聞かされてるわけじゃないから、正確にはわからないけど、ロムド、エスタ、ザカラス、テト、ミコンのすべての兵士や魔法戦士が光の同盟軍になるわけだから、ざっと見積もっても十万人は下らないだろう、ってゴーリスから言われたよ。下手すると、二十万人以上いるかもしれないって」

「二十万かぁ。けっこうな人数だね。父上が海の軍勢を率いて大遠征をするときの規模だよ」

 とメールは考え込みましたが、ゼンは逆に笑いました。

「その程度なら心配ねえだろう。海の王の戦いで渦王を助けに行ったときの軍勢は、たぶんそれ以上いたぞ。あの時、実際に戦いの作戦を立てたのはおまえだったんだからな。今回だって大丈夫に決まってる」

 あまりに楽観的なゼンに、フルートは反論しました。

「海の軍勢を構成していたのは、海の民と半魚人と魚と鳥たちだったじゃないか! 彼らと人間の軍隊を一緒にするなよ!」

「あん? どうしてだ。誰が兵士だろうが、軍隊は軍隊に違いねえぞ」

「なにさ。フルートは人間の軍隊と海の軍勢を差別するわけ!?」

 ゼンやメールが気を悪くし始めたので、フルートは首を振りました。

「そうじゃない。逆だよ……! 海の軍勢は、ぼくたちが子どもでも、人間やドワーフでも、差別せずにありのままを見て信用してくれた。でも、こっちはそういうわけにはいかない、って言ってるんだよ」

 

 すると、彼らの他には誰もいないはずの中庭から、別の人物の声が聞こえてきました。

「それはフルートの言う通りだな! 人間って奴はいつも見た目で相手を判断するもんだ!」

 ちょっと甲高くて威勢のよい老人の声です。フルートたちはいっせいにあたりを見回しました。

「その声はピランさん!?」

「どこにいるんだよ?」

「ここじゃここじゃ!」

 元気な声と共に、東屋から中庭の通路へ下りる階段の途中に、小さな老人が姿を現しました。緑に光る金属のような服を着て、長い灰色のひげを地面に引きずりそうにしています。

「やだ、いつの間に」

「ワン、話に夢中になってたし、風下から近づかれたから、気がつかなかったなぁ」

 と犬たちが驚きます。

 ノームの鍛冶屋は、ぴょんぴょんと小さい体で階段を駆け上がってくると、そのまま東屋のベンチに飛び乗りました。フルートとゼンの間に座り、二人の鎧や胸当てを両手でたたいて言います。

「おまえらの防具を強化してやると言ってあっただろうが! それなのに勝手に大広間を抜け出していきおったから、後を追いかけてきたんだぞ!」

「え――今すぐ強化に取りかかるんですか?」

「明日じゃねえのかよ?」

 とフルートとゼンが驚くと、ピランは二人の間で胸を張りました。

「馬鹿もん! 材料はもう揃っとるんだ! 仕事場もロムド王が準備してくれとる! なんで明日の朝までぐずぐずしなくちゃいかん!?」

「せっかちねぇ」

 ルルがうっかり言うと、ピランは猛烈に怒り出しました。

「なんだ、その恩知らずな言い方は!? こっちはわざわざエスタ城からやってきて、防具を強化してやろうと言っとるんだぞ! 強化してほしくないと言うなら、わしはエスタに帰るぞ!」

 真っ赤な顔でベンチに立ち上がり、短い脚をばたばたさせてわめくノームを、フルートとゼンは必死でなだめました。

「す、すみません、ピランさん! 防具の強化をぜひよろしくお願いします!」

「俺のはともかく、フルートの防具は留め具が最近少し甘くなってきてるんだよ! 俺には直せねえから気になってたんだ! 頼むよ、じいちゃん!」

 

 とたんにピランは怒るのをやめました。

「なに、留め具が甘くなっている? やっぱりそうか。これは一刻も早く調整せんといかんな」

 たちまちひどく真剣な表情になったので、フルートたちのほうが驚きました。

「ワン、やっぱりって――ピランさんは鎧がこうなることを予想していたんですか?」

 とポチが尋ねると、ピランはまた座り直し、こんこん、とフルートの鎧をたたいてみせました。

「わかるか、坊主ども? 鎧の音が以前より軽くなっとるだろう――。この鎧はな、基本的に子ども用だ。エスタ王がロムドとの友好のしるしに、当時まだ二つか三つだったロムド皇太子のために作らせた代物だからな。後になって、王の弟のエラード候から、あんな立派な鎧を敵のために作って送ってやるとは何事だ、と叱られたがな。そんなことは、わしゃ知らん。わしは自分が納得のいく作品しか作らんのだ――っと、話が脱線したな。とにかく、この鎧には魔法が組み込んであるから、子どもの成長に合わせて大きくなっていくようにできとる。鎧はいろいろなパーツでできあがっているが、その一つ一つが、着る子どもの体の大きさに合わせて伸び縮みするんだ。実に便利だろう? だがな、それにも限界はある。鎧を作っている材料の量が決まっとるからな。鎧のパーツが大きくなっていけば、当然装甲は薄くなっていく。この音は、鎧がもう限界まで大きくなっている音だ。この鎧は、もうこれ以上大きくなることができん。だから、留め具が外れやすくなってきたんだ」

 勇者の一行はピランの話を聞いて愕然としました。フルートの鎧がいつか着られなくなることは、以前にも聞いたことがあったのに、その後、いろいろな出来事があったので、いつの間にか忘れてしまっていたのです。

「そういえば、こいつはフルートが大人になるまでは着られねえんだ、って前にピランじいちゃんは言ってたよな……」

 とゼンが思い出して言うと、フルートはうつむき、自分の鎧に触れながら言いました。

「ぼくはずっと覚えていたよ。オリバンは、十四歳になったときに、とうとうこの鎧を着ることができなくなったんだ。ぼくは体が小さいから、もっと長く着られているけど、最近背が伸びてきたら、なんとなく鎧の留め具の締まりが甘くなってきた。ひょっとしたら、鎧の限界が近づいてきてるんじゃないかって……時々考えていたんだ」

 ピランは、ふむ、と長いひげをしごきました。

「相変わらずフルートは推理力があるな。以前、堅き石で鎧を組み込んだときに、つなぎ目を強化することで鎧を大きくしておいたんだが、それももう限界まで来ていたんじゃな。今回は微調整と再コーティング程度ですむかと思ったが、それだけでは足りん。もう一度、徹底的につなぎ目を強化して、可能な限り鎧を大きくしてやらんと」

 

 勇者の一行はいっせいに身を乗り出しました。

「可能な限り鎧を大きくするだと!?」

「ワン、そんなことができるんですか!」

「本当に!?」

「じゃあ、フルートはもっと長く鎧が着られるのかい!?」

 一気に見通しが明るくなったような気がして、誰もが嬉しくなりますが、ピランのほうはまた機嫌を損ねてしまいました。

「本当にできるのか、だと!? おまえらは、わしを誰だと思っとるんじゃ!? わしゃこの道百年のベテランだぞ! わしの手にかかれば、どんな道具も最高の能力を発揮するようになる! それを疑うつもりか!?」

 自分の仕事に絶対の自信と誇りを持つノームは、ゼンたちに自分の伎倆(ぎりょう)を疑われたと感じたのです。ゼンはあわてて謝りました。

「悪ぃ悪ぃ、言い方が悪かったよ。もう一度言い直しだ――。そんなすげぇ強化がまたできるなんて、さすがはピランじいちゃんだ! 大したもんだぜ!」

「ワン、本当だ! 世界中に鍛冶屋は星の数ほどいるけど、ピランさんくらいすごい腕前の人は他にいませんよ!」

「ほんと、そうよね! 世界一の名工だわ!」

「ピランって、ノームの間じゃ神さまみたいに尊敬されてる名人だってね? 前にノームのラトムがそう話してたよ。さすがだよねぇ!」

 露骨な誉めことばでしたが、決してお世辞ではなかったので、ピランもたちまち機嫌を直しました。ベンチの上で腰に両手を当て、胸を張って言います。

「そうとも、わしは世界一の防具が作れる世界一の名工だ――! さあ、おまえら、防具を仕事場まで運ぶんだ。さすがに、つなぎ目の強化には時間がかかるからな。さっそく仕事にかかって、突貫作業だ」

 フルートは、こういう場面ではなかなかうまいことばが思いつかなくて、ポポロと一緒に黙ってしまっていましたが、ピランのことばを聞くと、深く頭を下げました。

「ありがとうございます、ピランさん。本当に助かります」

「なぁに。わしとしても、光の同盟軍の総司令官がわしの鎧を着て立っているところを、ぜひ見てみたいからな。いやはや、楽しみだわい」

 とノームは上機嫌のままで顎ひげをしごきます。

 とたんにまた総司令官の大役に不安がよみがえってきて、心配そうな表情になってしまったフルートでした――。

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