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第21巻「ザカラス城の戦い」

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6.同盟

 フルートに裏切りの心がないということを、身をもって証明してもらうのはどうだろう、と言って、エスタ王は手にしていた錫(しゃく)を皆の前に突き出しました。金と銀でできていて、先端に青い丸い玉がついている、とても綺麗な棒です。

 あ、それ……とフルートたちは思わず声を上げました。彼らは以前にもそれを見たことがあったのです。

 メイ女王はにらむ顔になりました。

「エスタ王ご自慢の真実の錫じゃな。心に偽りある者が手にすると、たちどころに錫から罰を受けるという噂は聞いておったが、実在しているとは思わなんだ」

 エスタ王は話し続けました。

「この錫は天空の国から約束の扉を通っておいでになった天空王が、わしに授けてくださったものだ。国内の敵を排除して国に平和を取り戻し、同時に良き隣国となれ、と命じられた。今思えば、天空王は、いずれこういう事態が訪れることを承知しておいでだったのだろう――。二心(ふたごころ)ない者が錫を持ったときには、何も起きない。錫はただの錫だ。だが、心にやましい思いを秘めた者がこれを手にすると、とたんに錫はそのものにふさわしい罰を下す。相手がどんな人物であろうと、どんな状況にあろうと、まったくお構いなしなのだ」

 ポチはうなずきました。

「ワン、魔女のレィミ・ノワールは、罰にこれを持たされて、ネズミに変わったんですよね」

「その後で復活してきて、おっかねえ魔王になったけどな」

 とゼンが苦笑いします。

「これをフルートに持たせよう、とエスタ王は言われるのか? そんなことをしなくても、フルートの誠意は明らかだと思うのだが」

 とロムド王は眉をひそめました。フルートが錫から罰を受けることを心配しているのではなく、無実とわかりきっている人間を試すことに、抵抗を感じているのです。

 けれども、エスタ王が答えるより早く、フルートは言いました。

「それでぼくが信用していただけるのなら、ぼくはいくらでも錫を持ちます。以前にも持ったことがあるんです」

 エスタ王は太った腹を揺すって笑いました。

「そうだったな。あの時にも、そなたたちはなんのためらいもなく錫を手に取って、自分たちの潔白を証明してみせた。今一度、これで我が身の無実を証明するがいい、フルート」

 エスタ王が立ち上がって錫を差し出したので、フルートはその前へ言って、錫を右手でつかみました。王が錫を手放したので、左手でもつかみます――。もちろん、何も起きませんでした。フルートは今までどおりの姿をしています。

 

 すると、仲間たちがフルートの周りに集まってきました。

「確か、これはちょっとぐらいの嘘なら平気だったよな?」

 とゼンが尋ねたので、エスタ王は愉快そうにまた笑いました。

「ああ。戸棚に隠してあった菓子をつまみ食いした程度なら、錫も大目にみて罰は下さんよ」

 そこで、仲間たちも錫を手にすることにしました。フルートからゼン、メール、ポポロと次々に受け渡されますが、誰にも何も変化は起きません。

 ところが、ポチが錫に触れようとすると、ルルが尻込みを始めました。

「みんなが前にこの錫に触ったときに、私は一緒にいなかったわ……。私はみんなみたいにずっと正しい道を歩いてきたわけじゃないし……」

 ルルは自分が闇の想いにとらわれて魔王になってしまったことを思い出しているのです。ポチは頭を彼女の横腹に押しつけました。

「ワン、大丈夫だよ。ルルは今はもう何にも恥じることがない、正真正銘の光の戦士なんだから」

「そうそう。あたいだって今回初めて錫にさわったけどさ、なんでもなかったよ」

 とメールも言ったので、ルルは思い切って鼻先で錫に触れてみました。……何も起きません。ルルはやっぱりルルのままです。続けてポチも錫に触れて、変化がないことを証明して見せます。

 すると、あら、とルルが言いました。

「私、あなたがまた大人の姿になるんじゃないかと思ったわ。あなたは小犬のほうが仮の姿で、あっちが本当の姿なんじゃないかと思うのに」

 ポチは犬の顔で苦笑しました。

「ワン、これは悪い心を隠している人に罰を与える錫だもの。そんなことは起きないよ。それとも、ルルはやっぱりあっちの姿のぼくのほうがよかったの?」

「そ、そんなことはないわ。いやね、ポチ」

 とルルはあわてて言いましたが、その後、そっと真実の錫から距離を置きました。ひょっとすると、ちょっとだけ自分の心を偽ってしまったのかもしれません――。

 

 フルートから錫が戻ってくると、エスタ王はメイ女王へ言いました。

「いかがかな? 錫は勇者たちを罰さなかった。これで彼らが信用に値することは証明できたと思うが」

 ところが、メイ女王はまだ険しい表情のままでした。突き放すように言います。

「真実の錫は未来までは保証しないであろう。わらわは、彼がいずれ脅威になるのを危惧しているのじゃ」

 とことん疑ってかかる女王に、なんだとぉ……とゼンがまた怒り出しそうになります。

 すると、ロムド王が言いました。

「彼らは最大の誠意を我々に見せてくれた。これ以上、彼らを疑うというのであれば、残念だが貴国と協力することはできない、メイ女王。同盟とは互いの信用の上に成り立つものだ」

 普段穏和なロムド王が、意外なほど厳しい声になっていました。さすがのメイ女王も思わず鼻白みましたが、すぐに顎を上げると、言い返してきました。

「元より、メイはどの国とも同盟することなく、ずっと自立しながら平和を守ってきた国家じゃ。他国を助けることも、他国に助けられることも、メイの伝統にはそぐわぬ」

 義母上! とセシルは声を上げました。

「我々が戦おうとしているのはデビルドラゴンです! メイ一国でなんとかなるとお思いなのですか!? これは光と闇の大戦なのですよ!」

「メイは古来光に守られてきた国じゃ。闇は近寄れぬ」

 と女王が答えたので、今度は勇者の一行が騒ぎ出しました。

「抜かせ! もう少しで魔王に国をのっとられそうになったのは、どこのどいつだよ!?」

「あんたたちの国って、闇の怪物が少ないから、逆に闇の攻撃に弱かったじゃないさ!」

 それでもメイ女王は発言を撤回しません。

 ついにロムド王は宣言しました。

「これまでだ、メイ女王。我々は貴国とは同盟を結ばぬ。国に戻って、自国の守りを固められよ」

「そうさせてもらう。貴殿たちが竜の子に寝首をかかれぬことを祈っておるぞ」

 とメイ女王は言いました。竜の子とはフルートをさしています。

 全員が見守る中、メイ女王は供を引き連れて会議室を出て行きました。閉じていく扉の向こうに、白いマントをはおった女王の姿が消え、足音が廊下を遠ざかっていきます――。

 

 すると、セシルが王たちの前に飛び出してきました。床に両膝をつき、長い金髪が床に触れるほど深々と頭を下げて言います。

「義母上の失礼な態度の数々を、どうかお許しください。メイは他国と協力した経験がほとんどありません。同盟の重要性が理解できないのです」

 メイの隣国に当たるザカラスのアイル王が、それに同意しました。

「そ、それは確かであるな。こ、これまで幾度となくメイに使者を送ったが、メ、メイ女王は決して国交を結ぼうとは、し、しなかった」

「了見が狭い。あきれた女じゃ」

 テトのアキリー女王は歯に衣(きぬ)着せません。

「メイも優れた魔法使いが多い国だ。メイに同盟に加わってもらえないのは残念だが、いたしかたないな」

 とエスタ王も言います。

 フルートは困惑しながら王や女王たちを見回しました。こんな事態になったのは自分のせいのような気がして、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、大司祭長から話しかけられました。

「あなたは何も間違ったことはしていませんよ、勇者殿。離れていったメイ女王も、いずれ考えを改めるときが来ることでしょう。ただ、それには時間が必要です。その時を待つことにしましょう」

 普段から大勢に説法を聞かせているだけあって、大司祭長の話には人を納得させる力がありました。フルートもやっと少し安心した顔になります。

 

 騒ぎの中で席を離れた者が多かったので、ロムド王は着席を促してから言いました。

「ここにいる者たちは、同じものを信じ、同じ目的のために共に戦う仲間たちだ。我々は以前から同盟を結んできたが、この場をもって正式な連合を約束したいと思う。エスタ、ザカラス、テト、ロムド、そしてミコン。この四カ国と一つの都市で、闇の脅威から我々の世界を守る同盟軍を結成することにしよう」

 ロムド王のことばには力が充ちていました。部屋の隅々までよく響きます。

 すると、メールが口をはさみました。

「それって、昔から光の同盟軍って呼ばれていたんだよ」

「そうね。闇の勢力に対抗する、光の戦士たちの軍勢よ」

 とルルも言います。光の同盟軍か……と王たちが感心したように繰り返します。

 その時、ずっと黙って控えていたユギルが、厳かに口を開きました。

「ここで誕生した光の同盟軍には、今後、多くの国々が参加してくることでございましょう。自分の国や生活を闇から守りたいと願って、共に戦うようになります。その先頭に立つべき人物は、身の内に強い光と正義を宿し、正面から闇と戦い続けてきた、勇者殿でございます。勇者殿を同盟軍の総司令官にご指名くださいますように」

 フルートは本当にびっくり仰天しました。

「同盟軍の総司令官――ぼくがですか!?」

 と思わず大声を上げ、左様です、と占者に言われて、ますますあわててしまいます。

「だ、だってぼくはまだ十六歳ですよ! 総司令官ならば、ワルラ将軍がおいでだし、オリバンだって総司令官には適任じゃありませんか!」

 ところが、ワルラ将軍は腕組みして頭を振りました。

「それは難しいですなぁ。なにしろ、わしはロムド軍の総司令官だ。同盟軍の総司令官を引き受けては、我が軍を指揮する者がいなくなってしまいます」

 オリバンも大真面目な顔で言いました。

「私も総司令官にはなれない。私はおまえと違ってエスタやミコンのために戦ったことはないからな。私が総司令官になったとしても、私を知らぬ国々は、たやすく私に従ってはくれないだろう」

「で、でも――!」

 あわて続けるフルートの背中を、ゼンが思いきりたたきました。

「なに遠慮してんだよ、フルート! 光の軍勢の大将は金の石の勇者だと、大昔から決まってんだろうが! しかも、おまえは願い石にも負けねえ、本物の勇者なんだ。なってやれよ、大将に!」

「そうそう! そして、セイロスに目にもの見せてやろうよ! 光の同盟軍の、本物の強さってヤツをさ!」

 とメールも張り切った声を上げます。

 ポポロは何も言いませんが、緑の瞳を輝かせて、じっとフルートを見上げていました。ポチとルルも足元で尻尾をいっぱいに振っています。

 

 ロムド王が言いました。

「ユギルが占ったのだ。この占いは必ず我々を勝利へと導くだろう。総司令官職を引き受けてくれるな、フルート?」

 部屋中の全員がフルートに注目していました。五人の王たちも、信頼の目で見つめています。

 フルートは目を閉じ、考え込むように少し沈黙してから、また目を開けました。まだとまどう表情を残しながら、部屋にいる人々に話し出します。

「ぼくは歳の足りない若輩者です。闇と戦った経験は多いけれど、それ以外のことは、まだまだ経験不足で人間的にも至りません。ぼくだけの力で総司令官を務めるなんていうのは、とても不可能だと思います。でも、ぼくたちはデビルドラゴンを倒さなくちゃいけません――。どうか皆さんの力をぼくに貸してください。そして、皆さんが正義と平和を望む気持ちを、ぼくに集めてください。そうすれば、ぼくたちは人になったデビルドラゴンと戦い、討ち勝って平和を取り戻すことができると思います。いえ、きっと取り戻します。みんなの光の心を一つにして、必ず!」

 初めは自信なさそうだったフルートのことばが、最後には強い力を宿していました。兜からのぞく優しい顔は、未来をまっすぐに見つめています。

 王たちは大きくうなずきました。

「無論だ、金の石の勇者。我々はそなたたちと共に、全力で闇と戦うことを誓う」

 とロムド王が王たちを代表して言います。

「よろしくお願いします」

 光の同盟軍の新しい総司令官は、全員に向かって丁寧に頭を下げました――。

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