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第21巻「ザカラス城の戦い」

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2.客人

 キースと別れてから二十分後、勇者の一行は城の廊下を通って、王の執務室へ向かいました。

 フルートとゼンは、ロムド王の指示の通り、防具と武器を身につけて完全装備をしていました。フルートは金に輝く鎧兜に緑のマントをはおり、左腕には丸い盾、背中には二本の剣をつけています。ゼンは青い胸当てを着て、腰にショートソードと小さな丸い盾、丈の短いマントをはおった背中にはエルフの弓矢、という恰好です。それに続くメールやポポロ、ポチやルルは、特に装備するものはなかったので、先ほどと同じ恰好をしています。

 彼らが歩いていくと、すれ違う貴族や使用人たちが道を開けて、彼らにお辞儀をしました。勇者と言うにはまだまだ若すぎる一行ですが、ロムドの中では大変な有名人になっているのです。大人たちがみんなうやうやしく頭を下げてくるので、一行はどうも落ち着かなくて、中途半端に会釈(えしゃく)を返しながら、急ぎ足で人々の間を通り抜けていきました。

 執務室の前まで来ると、重厚な扉の両脇に二人の兵士が立っていました。ロムド兵を象徴する銀の鎧兜の上に、城内で着用する揃いの上着を着て、腰には剣を下げたベルトを締めています。扉の右に立つ大柄な兵士の顔を見て、フルートは声を上げました。

「ジャック! ジャックじゃないか!」

 フルートと同じシル出身の幼なじみです。

 ジャックのほうでも、フルートに、にやりと笑いかけてきました。

「よう、久しぶりだな。しばらく見ない間に、だいぶでかくなったじゃねえか。これじゃ、ぶん殴るのに苦労しそうだな」

 ジャックは昔、少女のようだったフルートをさんざんいじめた悪童だったのです。

 けれども、フルートも、にやっと余裕で笑い返しました。

「もう殴られないさ。ゼンにずいぶん鍛えられたからな」

「おう。今のフルートに手を出してみろ。どんなヤツでもたちまち地面に引き倒されて、急所に一撃を食らうぞ。こいつ、敵の隙や弱点を見つけるのは本当にうまいからな」

 とゼンも言ったので、ジャックは笑い出しました。

「こいつとやり合うのなんて、四年も前からあきらめてるさ。こんな顔してるくせに、本気になると鬼神みたいに強いからな――」

 すると、扉の反対側に立っていた兵士が呼びかけました。

「ジャック、勇者殿たちを引き止めるんじゃない。お客様が中でお待ちなんだぞ」

 ワルラ将軍の側近でジャックの直接の上司の、ガスト副官でした。武人なのに穏やかな雰囲気を漂わせている人物です。

 お客様? とフルートたちは目を丸くしました。

「って、誰だよ? そのために俺たちは武装させられてきたのか?」

 とゼンが尋ね、フルートも首をかしげました。勇者の彼らにとって、鎧兜は正式な場に出る恰好でもあります。正装で会うような人が来ているんだろうか、でも誰が――と考えます。

「お入りになればわかりますよ。中で将軍やユギル殿もお待ちです」

 とガスト副官に言われて、一行は執務室に入っていきました。扉が閉まると、ガスト副官とジャックは扉の両脇でまた直立不動の姿勢になります。将軍の側近の彼らが、自ら入口の見張りに立っているのです。

 すると、視線は周囲へ向けたまま、ガスト副官が言いました。

「今もまだ悔しいか、ジャック? 幼なじみが陛下に呼ばれるような立派な人物に出世して」

 ジャックはたちまち苦笑しました。

「勘弁してください……。そりゃ、金の石の勇者がどんなものかも知らずに、あいつを妬んだこともあったけど、そんなのは昔々の話ですよ。あいつと俺は違います。俺はあいつみたいな勇者にはなれないけど、あいつだって、俺と同じことはできないはずです。俺は、将軍や副官のおそばで戦い方を学べる今の自分を、すごく誇らしく思ってます」

 銀の兜からのぞくジャックの顔は、いつの間にか少年の面影が消えて、すっかり大人の顔つきになっていました。ふてぶてしい顔に、伸ばし始めた口ひげがよく似合っています。

 ガスト副官は微笑してうなずき返しました――。

 

 一方、執務室に入った勇者の一行は、そこにいた人々に頭を下げました。金の冠に銀の髪とひげのロムド国王、濃紺の鎧の老将軍、灰色の長衣に輝く銀髪の占者の青年という面子(めんつ)です。

「ようやく来たな、勇者たち。待っていたぞ」

 とロムド王が笑顔で言います。急伸中の大国の王なのに、偉ぶることのない人物です。

 一行は部屋の中をきょろきょろしてしまいました。客が来ていると聞いたのに、部屋には三人の大人たちしか見当たらなかったのです。

「あの……装備を整えてくるように、とキースに言われて来たんですが、なんの御用だったんでしょうか?」

 とフルートはとまどって尋ね、急に後ろを振り向きました。マントが何かにひっかかったような気がしたのですが、そこには何もありませんでした。ただ、風もないのにマントの裾が揺れています。

 すると、犬たちがくんくんと鼻を鳴らして、声を上げました。

「あら、この匂い!」

「ワン、本当だ! 久しぶりですね!」

 たちまちフルートの足元に人が現れました。フルートの膝にも届かないほど小柄な老人で、光の加減で金属のように光る緑の服を着て、長い灰色のひげをたらしています。老人はフルートの鎧の脚甲に手をかけていました。その恰好で、びっくりするような大声を張り上げます。

「ようよう、本当に久しぶりだな! 元気だったか、坊主ども!?」

「ピランさん!」

 とフルートたちも歓声を上げました。隣国エスタの王城で鍛冶屋の長をしている、ノームのピランだったのです。

 すると、ピランはフルートの脚甲をいとおしそうになでました。

「よぉしよし、無事でいたな、おまえたち。なにしろ扱いが荒い坊主どもだから、傷ついたり壊れたりしてるんじゃないかと、ずっと心配しとったぞ――」

 ノームが話している相手はフルートたちではありませんでした。金に輝くフルートの鎧兜へ、人に話しかけるように、声をかけているのです。

 ゼンは舌打ちしました。

「相変わらず、俺たちじゃなく防具の心配かよ」

「ワン、しかたないですよ。フルートの鎧兜はピランさんが作ったんだもの」

 とポチが笑います。

 フルートはかがみ込んで、ノームへ頭を下げました。

「お久しぶりです、ピランさん。いらしていたなんて知りませんでした。どうして姿を隠していらっしゃったんですか?」

「おう、相変わらずフルートは礼儀正しいな。これだけ有名になっても謙虚でいるってのはいいことだぞ。実はな、エスタ国王陛下がロムドに行くというんで、わしも同行させてもらってきたんだ。前回ここに来てから、もう一年半近くになるから、わしが作った道具たちの点検をしてやらなくちゃいかんと思ってな。姿を隠していたのは、おまえたちが防具をどう扱っているのか、ありのままに見たかったからだ。それには、普段の動きを見るのが一番だからな」

 ピランに抜き打ちテストをされていたとわかって、ゼンは、げっ、とのけぞりました。ゼンの青い胸当てや盾は故郷のドワーフたちが作ったものですが、それを強化してくれたのはピランだったのです。

 フルートも心配そうな顔になりました。

「ピランさんが見て、防具はどうですか……? この一年半、ぼくたちはずっと戦ってきました。中には本当に厳しい戦いもあったから、防具を傷つけてしまうようなこともあったんですが」

 そう聞かれて、ピランは小さな体で偉そうに腕組みしました。

「そうだな。確かにフルートの防具もゼンの防具も細かい傷だらけだ。特にフルートの鎧兜はあの堅き石を組み込んであるから、抜群の強度があるはずなのに、それでも無数の傷がついている。まったく、どれほどの激戦をくぐり抜けてきたのやら。だがまあ、ざっと見たところ、おまえたちの防具に大きな歪みや損傷はないようだ。これなら微調整と再コーティング程度で大丈夫だろう」

 再コーティング? とフルートたちは繰り返しました。初めて聞くことばでした。

「魔金や魔法のサファイヤでもう一度メッキし直すんだよ。そうすれば、防御力がまた上がるからな。聞けば、ジタン山脈からは魔金だけじゃなく、他の貴重な鉱石も見つかっているそうじゃないか。材料さえあれば、再コーティングは簡単だからな」

 すると、ロムド王の後ろに控えていた占者のユギルが、静かに口をはさんできました。

「この大陸では、間もなく大きな戦いが始まろうとしております。戦いに備えて防御力を上げておく必要があるのですが、勇者殿たちの防具は、ピラン殿でなければ補強することがかないません。エスタ国王においでを願う際に、ピラン殿にもご同行くださるよう、お願いしたのでございます」

「じゃあ、ピランさんはフルートとゼンのために来てくれたんだ!?」

 とメールが驚くと、鍛冶屋の長は腕組みしたまま、いっそう胸を張りました。

「こいつらの防具だけじゃない。この城にはわしが改良を手がけた道具が他にもあるからな。そいつらみんなまとめて、点検整備に来てやったんだ」

「まったくありがたいことだ。ピラン殿やエスタ国王のご厚情には感謝に堪えない」

 とロムド王はしみじみと言いました。ピランはエスタ国王付きの鍛冶屋なので、エスタ王の許可がなければ、ロムド城に来ることはできなかったのです。

「ワン、それじゃエスタ王ももう到着されているんですか?」

 とポチが尋ねると、それには濃紺の鎧のワルラ将軍が答えました。

「エスタ国王は都の城門をくぐったところだ。わしは部下と共に国境からここまでエスタ国王を護衛してきて、一足先に、ピラン殿と城に戻ってきた。エスタ国王も間もなく城に到着されるだろう」

「国王なんて奴は、とにかく偉そうにしずしずと進んでくるからな。まどろっこしくて、とてもつき合っちゃおれんよ」

 とノームの鍛冶屋が小さな肩をすくめてみせます。

 すると、ユギルが急にまた口を開きました。

「どうやら、おいでになったようでございます――」

 そのことばが終わらないうちに、部屋の中にもう一人の人物が姿を現しました。青い長衣に武神カイタの象徴を下げた大男の魔法使いです。部屋の人々に一礼してから言います。

「たった今、エスタ国王が城に到着なさいました。宰相殿が出迎えなさっておいでです」

 確かに、普段ならロムド王のそばにいるはずのリーンズ宰相が、今は執務室にいませんでした。王の代わりに城の入口まで出迎えに行っていたのです。

「やっとおいでになったか。どれ、わしも一度王のところに戻らんとな」

 とピランが駆け出そうとすると、青の魔法使いが続けて言いました。

「エスタ国王の馬車の後ろには、テトの女王の馬車もご到着なさっています。さらにその後ろにはザカラス国王の馬車が。そして、メイ女王の馬車も、まもなく都の跳ね橋を渡ろうとしています」

 なに!? とピランやフルートたちは驚きました。

「各国の王や女王が一度に到着したのかね!? そんなまさか!」

「テトの女王って、アクのことですね!? それに、アイル王やメイ女王も!?」

「なんでこんなにいっぺんに到着するのさ!?」

 ところが、ロムド王は少しもあわてませんでした。傍らに控える占者を示して言います。

「ユギルのしわざだ。ユギルの言う通りに書状を送った結果、こういうことになった」

「全員が一度にご到着くだされば、すぐに話し合いを始めることができて、何かと好都合でございますので、書状を送るタイミングを占いました」

 と占者の青年は答えました。声も表情も淡々としているので、なんだかすましているようにも感じられます。

「相変わらず、ユギルさんの占いはすげえなぁ」

 とゼンたちは感心します。

「それでは、我々も各国の王を出迎えに行こう。彼らは我々の大切な盟友だからな」

 そう言って、ロムド王は歩き出しました――。

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