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第21巻「ザカラス城の戦い」

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第1章 出迎え

1.春の庭

 ロムド城の中庭には、日の光がいっぱいに降りそそいでいました。暖かな春の日ざしです。

 闇の灰が生んでいた雲が消えてから、王都ディーラでは春らしい好天が続き、中庭は柔らかな若草でおおわれていました。クロッカスやヒヤシンスといった早咲きの花は咲き終わり、今はかわいらしいスミレが満開を迎えています。うつむきかげんの控えめな花ですが、日だまりに群れて咲いている様子は、なかなか見ごたえがあります。

 そんな中庭の真ん中で、フルートは仰向けになって寝ていました。いつもの金の鎧兜を脱ぎ、剣も外して、白いシャツに濃紺のズボンの普段着姿でいます。優しくて綺麗な顔立ちは相変わらずですが、最近急に身長が伸びて、体つきも大人びてきたので、もう少女と間違われることはありません。

 そんなフルートに膝枕(ひざまくら)をしているのはポポロでした。赤いお下げ髪や宝石のような緑の瞳は以前と変わりませんが、こちらも年頃らしく、ふっくらと女性らしい体つきになってきていました。白と薄紫のドレスを着て、膝にフルートの頭を載せ、彼の顔に当たる日ざしを自分の体でさえぎっています。

 柔らかな風が中庭を吹き抜け、二人の髪や服を揺らしていきました。スミレの花が甘い香りを風の中に送ります――。

 

 そこへ彼らを捜してゼンとメールがやってきました。座ったり寝転んだりしている二人を見つけると、そばまでやってきて、あきれたように見下ろします。

「なんだよ。どこにいるのかと思って探してみりゃあ、こんなところでくつろいでやがって。しかもポポロの膝枕付きかよ。ったく、でれでれしやがって」

 とゼンがフルートに言いました。こちらも胸当てや弓矢などは外して、薄茶色のシャツに暗い緑のズボンという普段着姿になっています。背はあまり高くありませんが、幅の広い背中やたくましい腕は、もう一人前の大人のようです。

 横に立ったメールのほうは、緑の髪を後ろで一つに束ね、色とりどりの袖なしシャツに、うろこ模様の半ズボンという、いつもの恰好をしていました。体つきはとても痩せていますが、要所要所はふっくらした曲線を描いているので、ポポロに劣らず女性らしく見えます。

 メールは腰に両手を当てると、からかうように言いました。

「フルートったら、ホントにポポロの膝枕が好きだよねぇ。部屋でもどこでも、すぐにポポロの膝に頭を載せてるんだからさ。そんなに気持ちいいのかい?」

 フルートは目を開けて二人を見上げました。

「気持ちいいよ。ポポロの膝はすごく落ち着くからね。最高の場所さ」

「けっ、しゃあしゃあと! こいつがこんな大甘野郎だとは思わなかったぞ! おい、ポポロ! こんな甘ちゃんに膝枕なんかしてやる必要ねえからな!」

 顔をしかめて悪態をつくゼンを、フルートはにらみ返しました。

「うるさいな。うらやましいなら、ゼンもメールにしてもらえばいいじゃないか。自分も本当はメールに膝枕をしてもらいたいんだ、って顔に書いてあるぞ」

 ゼンとメールはたちまち赤くなりました。

「な、なんだとぉ――!?」

「ちょっと、やだぁ! なんであたいがゼンなんかに膝枕しなくちゃいけないのさ!?」

 片方は図星を指されてうろたえ、もう一方は恥ずかしさを悪口でごまかしています。

 たちまちゼンはむっとした顔になりました。

「おい、なんだよその、ゼンなんか、ってのは。俺を汚いものみたいに言うな!」

「だぁって! ゼンはすごく重いじゃないか! ゼンなんかに膝枕したら、膝がしびれて立てなくなっちゃうよ!」

「るせぇな。それだけ中身が詰まってるから重いんだ!」

「嘘ばっかり。体はともかく、頭の中身はフルートのほうが絶対重いはずだろ!」

「なんだと!? おい、メール! おまえ、それでも俺の婚約者か!?」

「婚約者だろうとなんだろうと、嫌なものは嫌! ゼンこそ、とんだ大甘の甘太郎じゃないか!」

「んだとぉ!?」

「なにさ!?」

 ゼンとメールが口論が始めたので、フルートとポポロが迷惑そうな顔になります。

 

 すると、少し離れた茂みの下から二匹の犬が顔を出しました。

「ワン、うるさいなぁ。ここは中庭なんだから、もっと静かにしてくださいよ」

「そうよ。近所迷惑だから、痴話喧嘩(ちわげんか)はやめて」

 白い小犬のポチと、茶色い長い毛並みのルルでした。二匹とも首には銀糸を編んだ風の首輪を巻いています。

 メールたちは今度は犬たちに言い返しました。

「ちょっと、なにさ痴話喧嘩って! 失礼しちゃうね!」

「おまえらこそ、そんなところで何してやがるんだ!?」

「ワン、何って、昼寝してたんですよ。ここは涼しくて気持ちがいいから」

「それと、フルートたちの監視ね。フルートがポポロに変なことをしないように」

 ルルがそんなことを言ったので、なんだって!? とフルートも怒って跳ね起き、ポポロは真っ赤になって恥ずかしがりました。結局、誰であってもやっぱり騒々しくなってしまう、金の石の勇者の一行です。

 

 すると、中庭にまた別の人物が入ってきました。白い服に青いマントをはおった、甘い顔立ちの青年です。口喧嘩をしている一行を見て苦笑いをします。

「君たちはよく言い合ってるなぁ。それでいて、みんな仲がいいんだから、面白いよね」

「キース」

 とフルートたちは青年を振り向きました。本気で喧嘩をしていたわけではないので、たちまち騒ぐのをやめて、普通に話し始めます。

「オリバンたちは帰ってきましたか? もう四週間が過ぎるから、そろそろ戻ってきてもいいころだと思うんですが」

「それと、他の連中はまだ到着しねえのかよ? みんなを集めて相談するって話だっただろうが。俺たちがここに来てからもうすぐ二カ月だ。待つのもいいかげん飽きたぞ」

 フルートとゼンがそう言うと、少女たちや犬たちもうなずきました。真実の窓の戦いが終了した後、重大な事実を知らせるために彼らがロムド城へ戻ったのは、三月上旬のことでした。そして、今はもう五月になっています。彼らとしては一刻も早く相談して、なんとかしたいと思うのですが、なかなかその状況が整わないので、しかたなく、こうして中庭で昼寝などして時間をつぶしていたのです。

 キースは肩をすくめました。女性なら誰もが見とれるような二枚目ですが、しぐさにはどこか愛嬌(あいきょう)があります。

「ぼくたちだって、早く会議を開きたいのは山々さ。でも、ロムド王が呼びかけているのは、周囲の国々の王たちだからね。国王ともなれば、そう簡単にはやってこられないだろう」

 けれども、待つのが嫌いなメールは納得しませんでした。

「だから、魔法で呼べばいいって言ったじゃないか! 白さんたちやポポロなら、あちこちの王や女王をすぐにロムド城に連れて来られたんだからさ! こうやって、ただ待ってる間にも、奴が何を企んでるかわからないんだよ! 過ぎていく時間がもったいないじゃないか!」

 すると、フルートは急に真顔になって頭を振りました。

「それはだめなんだったら。復活したデビルドラゴンは以前より強力になっているはずだから、別空間を通って王たちを招こうとすると、そこに干渉してくるかもしれない。そうなったら、その人は別空間の中で永遠に迷子だ。もう二度とこの世界に戻ってこられない――。一国の王が行方不明になるような危険なことは、絶対にするわけにはいかないんだよ」

 キースもうなずきました。

「そうだな。それに、国王がいつのまにかロムドに行って帰ってきて、ロムドと一緒に戦うぞ、と言い出したって、周りの人たちには何のことかわからないから、とても命令には従わないだろう。王がちゃんとロムドで相談してきた、という証拠が必要なんだよ」

 ゼンとメールは同時に溜息をつきました。

「ったく、人間ってヤツはよ」

「ほぉんと、疑り深くてやんなっちゃうね!」

 人間の間で何年暮らしてきても、このあたりの面倒さにはいっこうに慣れない、自然の民の二人です。

 

 すると、キースがまた言いました。

「実はロムド王が君たちをお呼びなんだよ。陛下の執務室に来るように、だそうだ」

「執務室に? なんだろう?」

 とフルートは頭をかしげました。会議の面子(めんつ)が揃うのを待っている今の段階で、自分たちが呼び出される理由が思い当たりません。

「ぼくにもよくわからない。ただ、陛下はフルートとゼンに、防具を身につけてくるように、とおっしゃっていた。装備を整えてから行ったほうがいい」

 装備を!? と一行はたちまち緊張しました。またどこかで戦いが起きて、そこへ自分たちが行くことになるんだろうか、と考えます。

 けれども、キースは首を振りました。

「いや、そういうことじゃないらしいんだけどね。でも、できるだけ早く来るように、とおっしゃっていた。急いだほうがいいと思うよ」

 じゃあ、伝えたからね、と言って、キースは彼らから離れていきました。ちょうどその時、中庭に美しい貴族の令嬢が一人で散歩にやってきたからです。吸い寄せられるように、そちらへ向かっていきます。

「おい、アリアンに言いつけるぞ!」

 とゼンがどなると、キースの後ろ姿がたちまち肩を怒らせました。

「彼女はずっと見張り中だよ。鏡を使ってね!」

 なんだか、ひどく拗ねているようにも聞こえる声でした。フルートたちがとまどっている間に、令嬢に話しかけ、あっという間に中庭から出て行ってしまいます。

「もう。困ったキースね」

 とルルは言い、メールとポポロとポチがそれにうなずきました。フルートとゼンは、キースの態度が理解できなくて、まだぽかんとしています。

 春の光が降りそそぐ中庭を、美しい蝶が、何かを探すように花から花へひらひらと飛び回っていました――。

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