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第21巻「ザカラス城の戦い」

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プロローグ 上陸

 月に照らされた海辺に、何百という船や筏(いかだ)が到来していました。どれも小型ですが、四角い帆を操り、さらにオールで水をかいて、岸へ近づいてきます。

 やがて、乗っていた人々が浅瀬へ飛び下りました。角飾りのついた兜をかぶり、金属や革の胸当てや胴鎧を身につけた、たくましい男たちです。全員で船や筏に取りつき、砂浜へ押しあげていきます。その上には馬や馬車が乗せられていたのです。彼らの武器も積み込まれています。

 

 一番初めに岸に着いた船には、ひときわ目を惹く戦士が乗っていました。紫に輝く鎧兜を身につけ、金茶色のマントをはおった青年です。兜からのぞく顔は精悍(せいかん)で、船上でも馬にまたがったまま、油断なく岸の奥を見通していました。船が岸に完全に引きあげられると、馬と共に陸に飛び下り、海辺を振り向いて言います。

「我々は緑あふれる実りの大地にたどり着いた! ここは神がアマリルの民に与えると約束した場所だ! 外者(そともの)が住んでいるが、それを追い払って我々の土地にしろ、と神は言っている! この後、食事をとったら、夜明けを待って進軍を始めるぞ!」

 その声は海と陸に広がる軍勢の隅々まで届いていました。船を陸に押し上げている戦士も、これから岸にたどり着く筏の戦士も、全員が、おおぅ、と声を上げます。野太く力強い声です――。

 

 すると、紫の鎧兜の青年の元へ、別の青年がやってきました。やはり馬に乗っていますが、装備はもっと質素で、毛皮の服の上に無骨な鎧をつけ、二本の角がついた兜をかぶっています。金髪碧眼の顔で笑いながら、人なつこく紫の戦士に話しかけます。

「ついに陸に着いたな、セイロス。いつも荒れていた海が、俺たちが渡る間は一度も荒れなかったぞ。信じられないな」

「我々は神に守られている。当然だ」

 と紫の戦士は答えました。そっけないほどの口調ですが、話しかけた青年は気にしませんでした。上陸する軍勢を見ながら話し続けます。

「ずいぶん増えたな。今じゃ、アマリル島の住人全部があんたの部下だ。確かに島の王には俺たちカイルの族長がなったが、俺たちが負かして味方にした連中は、みんなあんたに従っている。なにしろ、あんたは神の声を聞くことができる神官だからな」

 青年の声には賞賛の響きがありましたが、セイロスはやはり、にこりともしませんでした。

「神の約束が実現するかどうかは、これからの我々の戦いにかかっている。大陸の人間は手強いぞ。油断するな、ギー」

「わかった。族長たちにも、自分の部族の連中を集めて注意するように言ってくる」

 とギーは答えると、船から馬や荷物を下ろしている軍勢へ馬で走っていきました。実に忠実な態度です。

 それを見送ったセイロスは、目を転じて、また内陸の方向を眺めました。月が丘や山を照らしていますが、その向こうにどんな景色が広がっているのか、狭い砂浜から見ることはできません。

 セイロスは低くつぶやきました。

「ようやくだ。ようやく軍隊と言えるくらいの人数が集まった。ここから我々の大進撃が始まるのだ――」

 

 彼の背後では上陸が続いていました。男たちが蹴散らす波の音や、船を引きあげるかけ声に混じって、先に上陸した戦士たちの話し声も聞こえてきます。

「いよいよ『外』の国だな」

「ここは神の直轄地だから、麦は勝手に実るし、森にはイノシシや鹿がわんさといるから、食い物に困ることはないって言うじゃないか」

「乳が流れる川や蜜酒の池もあって、いくら飲んでもなくならないらしいぞ」

「食い物や飲み物だけじゃない。外者の金銀財宝や女も奪い放題だとよ」

「本当か!? 誰がそんなことを言ったんだ!?」

「セイロス様だよ。俺が直接聞かせてもらったんだから、間違いないぞ――!」

 次第に興奮して声高になっていくやりとりを、セイロスは背中をむけたまま聞いていました。密かに笑って、またつぶやきます。

「人間の戦闘意欲をかき立てるのは実に簡単だ。神の命令という大義名分で良心を眠らせてから、連中の一番ほしいものを、手の届きそうな場所にぶらさげてやればいいのだから」

 その時、月が黒い雲に隠れました。あたりは急に暗くなりましたが、それでも軍勢の上陸は続きます。波音や船を砂浜に押し上げる音に混じって、ばさり、と大きな翼がはばたくような音も聞こえましたが、それに気づいた者はありません。

 再び顔を出した月の光を浴びて、セイロスの紫の鎧兜が一瞬黒く輝きました――。

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