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第20巻「真実の窓の戦い」

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エピローグ 決心

 セイロスと幽霊のランジュールは姿を消していきました。後には枯れ草におおわれた高原が広がります。

 フルートはペンダントを握りしめたまま、ぶるぶる身震いすると、振り向いて願い石の精霊に食ってかかりました。

「セイロスたちに逃げられた! 君は金の石に力を貸すと言っていたのに! 何故、力を貸してくれなかったんだ!?」

 セイロスとランジュール、邪悪な二人がコンビを組んで、フルートたちと敵対することになったのです。この後、ただですむはずはありませんでした。焦りと不安のあまり、精霊の女性へ怒りをぶつけてしまいます。

 すると、願い石の精霊が黙ってフルートの肩をつかみました。とたんに熱いものがフルートの中に流れ込んできて、激痛に変わります。フルートは悲鳴を上げてうずくまってしまいました。フルート! とポポロが青くなって飛びつきます。

 金の石の精霊は、片手を腰に当てた恰好で肩をすくめました。

「フルートの体はまだ、願いのの力を受けとめられるほど回復してはいない。まだ無理だったんだ」

 え、だって……と一同は目を丸くしました。願い石の精霊は先ほど、フルートの体が回復したから力を貸してやる、と言ったのです。意味がわからなくなってしまいます。

 すると、ゴーリスが急に、そうか! と自分の膝を打ちました。驚く一同に、笑いながら言います。

「精霊たちは芝居を打ったんだ! 願い石がフルートに力を貸す、とデビルドラゴンに思い込ませて、この場から退かせるためにな!」

 芝居……と一同がますます驚いていると、金の石の精霊がまた言いました。

「奴が闇の入口を作って攻撃してきたら、今の我々では防ぐことができなかっただろう。いったん戦いから退いて、体制を整えなくてはならないのは、我々も同じことだったんだ。今はまだ最終決戦のときじゃない。準備が必要なんだ」

 フルートは体の痛みに顔をしかめながら、願い石に尋ねました。

「芝居を打つために嘘をついたっていうのか……? 真理の精霊に、そんなことができるのか?」

 すると、精霊の女性は、つんと顔をそらしました。

「私は嘘などついてはいない。私はただ、フルートが私の力に耐えられるようになったのなら力を貸してやろう、と言ったのだ。フルートがそこまで回復していないのなら、もちろん力は貸さない。当然のことを言ったまでだ――」

 どう聞いても屁理屈にしか思えない説明を残して、願い石の精霊は消えていきました。続けて金の石の精霊も見えなくなっていきます。

 

 残された一同は、顔を見合わせました。フルート、ゼン、メール、ポポロ、ポチとルル、白、青、赤の魔法使い、そしてゴーリス……。

 すると、白の魔法使いがゴーリスに尋ねました。

「その剣はどうなさったのですか、ゴーラントス卿? 聖なる剣はロムド城に一本しかなかったはずだし、それは殿下が東へお持ちになっているはずですが」

 ゴーリスは手にしていた剣を日の光にかざして見せました。

「これはエスタ城のノームの名工ピラン殿が作った逸品(いっぴん)だ。今後、ロムドを守るのに必要になるだろう、と贈ってくれたものを、陛下が俺に届けてくださった。西部やザカラスには闇の怪物が数多く出没していたから、非常に助かったが、ここに来て、本当に活躍してくれたな」

 と言って腰の鞘に収めます。

「怪物は火の山から噴き出した闇の灰が生み出していたのです。だが、その灰も完全に消えてしまいましたな」

 と青の魔法使いは空を見上げました。冬の初めから空をおおっていた鉛色の雲も、火の山がある西の方角から壁のように押し寄せていた灰の雲も、今はもうすっかり消滅して、水色の空が広がっていたのです。降りそそいでくるのは、柔らかな春の日ざしです。

「闇の灰の雲を消したのはポポロよ。聖水の雨を降らせたから」

 とルルが得意そうに言うと、ポポロは泣きそうになって首を振りました。

「完全には消せなかったのよ。残った灰からデビルドラゴンが出てきてしまったんだもの……」

「ワン、でも、そのデビルドラゴンがまわりの灰を全部吸収してくれたおかげで、灰の雲は完全になくなってしまいました。結果的には、闇の灰を退治したことになるんですよ」

 とポチが言います。

 

 その頃にはフルートの体の痛みもなんとか収まっていました。フルートは立ち上がると、セイロスとランジュールが消えていった場所を、真剣な表情で見つめました。

「二千年前に世界の最果てに捉えられたデビルドラゴンは、ランジュールのせいで、とうとうこの世に復活してしまった。それも、初代の金の石の勇者だったセイロスの姿で――。セイロスは願い石の誘惑に負けて、世界の王になることを願っている。奴はこれから、世界中の国々を滅ぼして、すべての人や生き物を支配しようとするのに違いないんだ」

 すると、ゼンがうなるように言いました。

「あんなヤツを王様なんかにしたくねえぞ。だいたい、俺たちドワーフは王様なんか持たねえんだからな」

「セイロスの正体はデビルドラゴンだよ! あいつが王様になったって、絶対にいい世界になったりしないってばさ!」

 とメールも強い口調で言います。

「奴を――止めよう」

 とフルートは言いました。奴を倒そう、と言いかけたのですが、それはことばにできませんでした。やはりフルートは優しすぎる勇者です。

 ゴーリスがそんな弟子の肩をたたいて言いました。

「奴は必ず、この世界のどこかで戦いを始める。覚悟を決めろ。奴を放置すれば、この世界は生き地獄になるんだぞ」

 すると、ポチは首をかしげ、少し考えてから言いました。

「ワン、これからぼくたちが戦うのは、魔王じゃなくてデビルドラゴンです。つまり、この地上で、三度目の光と闇の戦いが始まるってことなんですね」

 一同は何も言えなくなりました。三度目の光と闇の戦い、ということばには、言いようのない重みがあります。

 けれども、しばらく沈黙した後、フルートはまた口を開きました。

「ぼくたちには仲間がいる。ここにいる仲間だけじゃない。世界中で出会ったたくさんの人たちが、きっと一緒に戦ってくれるはずだ」

 ゼンやメールやポポロや犬たちは、思わず大きくうなずきました。デビルドラゴンを倒す手がかりを探す間に出会った、大勢の人々の顔が浮かびます。彼らは、本当に世界の至るところで、そこに住む人々と絆を結んできたのです。

 すると、白の魔法使いが言いました。

「私たちは急ぎロムド城に戻り、陛下に今回の一件をご報告します。ゴーラントス卿も、私たちと一緒に城にお戻り下さい。そして――勇者殿たちも。今こそ、全員の力を合わせて、闇に立ち向かわなくてはならないときです。どうぞロムド城にお戻り下さい、勇者の皆様方」

 ロムド城へ戻る……とフルートたちは顔を見合わせました。ロムド城の懐かしく頼もしい人たちの顔が、また思い浮かんできます。賢王と呼ばれるロムド国王の、思慮深いまなざしも――。

 

 フルートはうなずきました。自分を見つめる仲間たちを見回し、はっきりとした声で言います。

「ロムド城に戻ろう、みんな。そして、全員で力を合わせてセイロスの野望を防ごう」

 おう! と仲間たちはいっせいに応えました。

 次の瞬間、誰もが弾けるような笑顔になります。

「やった! これでまたキースやアリアンたちに会えるね!」

「おう、ゾやヨやグーリーともな!」

「お城にはトウガリやメーレーン王女もいるわね!」

「ワン、リーンズ宰相やワルラ将軍ともまた会えますよ! ひょっとしたら、ジャックとも会えるかもしれない!」

「ラヴィア夫人はお元気かしら……? ジュリアさんにも会えるといいけれど」

「もちろんだ。おまえたちが戻れば、ジュリアも喜んで会いに来るぞ。ミーナを連れてな」

 とゴーリスが言ったので、勇者の一行は、わぁっと歓声を上げます。

 そんな彼らを見ながら、青の魔法使いが言いました。

「深緑も勇者殿たちが戻れば大変喜ぶでしょうな」

「アマニ、ブ」

 と赤の魔法使いも言います。アマニも喜ぶだろう、と言ったのです。

 白の魔法使いが考えながら言いました。

「この状況であれば、オリバン殿下たちも急ぎ城に呼び戻されることだろう。ロムド城にすべての人々が集結することになる。ロムド城が光の陣営の本陣になるのだ」

 四大魔法使いたちは、東の方角を振り向きました。その遠い彼方に彼らのロムド城があります。

 

 すると、連なる丘の陰からたくさんの馬と馬車が現れました。黒い鎧兜のザカラス近衛兵を先頭に、ロムドの魔法軍団とザカラスの魔法使いたち、そして、アイル王やトーマ王子が駆けつけてきたのです。

 トーマ王子が馬車の窓から身を乗り出して叫んでいました。

「デビルドラゴンが逃げていったと聞いたぞ! 戦況はどうなった!? 我々が勝ったのか――!?」

 それを聞いて、フルートは笑顔を引っ込めました。真剣な声で答えます。

「いいえ、これからです、殿下。これから、ぼくたちの本当の戦いが始まるんです」

 その返事は、馬車で近づいてくる王子には届きませんでしたが、勇者の一行には聞こえていました。全員がまた真顔に戻ります。

 やがて、彼らはまた誰からともなくみつめ合いました。犬たちも足元から見上げています。

「やるぞ」

 フルートの短いことばに、仲間たちがうなずきます。

 

 闇の灰の雲が消え、青さを取り戻した大空を、西から東へ透き通った風が吹いていきました――。

The End

(2013年6月28日初稿/2020年4月13日最終修正)

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