「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第20巻「真実の窓の戦い」

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130.意外・2

 ポチは金のペンダントをくわえてフルートへ走りました。

 ルルが怪我をしていることも、ゼンが地面に倒れて動かなくなっていることも、走りながら見取っていましたが、ひたすらフルートの元へ急ぎます。こんな状況の時にはまずフルートを回復させるべきだ、と経験で知っていたからです。泣きながら駆けつけてきたポポロと同時に、フルートの元へたどり着きます。

「そうはさせんぞ!」

 とセイロスが魔弾を繰り出しましたが、攻撃は白い光に弾き返されました。白の魔法使いが守りの障壁を張ったのです。ゴーリスが切りつけたので、セイロスはまた飛びのきます。

 ポチはフルートに飛びつき、フルートの体の上にペンダントを置きました。ペンダントが鎧の上から滑り落ちそうになったので、ポポロがあわてて抑えます。

 すると、みるみるうちにフルートの傷が治っていきました。魔弾に撃ち抜かれた左手や肩や脚の出血が止まり、傷口がふさがり、傷痕が消えてしまいます。

 フルートはすぐに身を起こしました。わぁっと声を上げて泣き出したポポロを片腕で抱きしめると、もう一方の手にペンダントを握って、ゼンやルルのいるほうへ突き出します。

「光れ、金の石!」

 まばゆい金の光が広がり、倒れている仲間を照らしました。次の瞬間には、ゼンもルルも元気になって跳ね起きてきます。

 メールはゼンに飛びつくと、ポポロと同じように泣き出してしまいました。ゼンの後頭部の髪は、血でべったりと濡れていたのです。金の光がもう少し遅ければ、ゼンも命を失っていたのに違いありません。

「泣くな、馬鹿野郎! 泣いてる場合じゃねえだろうが!」

 メールに首にしがみつかれたゼンが、赤くなってわめきました。

 ルルはポチの元に駆けつけます。

「無事でよかったわ、ポチ」

「ルルこそ」

 とポチがルルの顔をなめ返します。

 

 そんな勇者の一行を横目で見て、ゴーリスは言いました。

「これで全員が復活したな。おまえの負けだぞ、デビルドラゴン。これだけの面々が揃っては、おまえは勝つことができん」

 すると、聖なる剣を構えたゴーリスの隣に、フルートが立ちました。片腕にはまだポポロを抱き寄せていますが、もう一方の手のペンダントをセイロスへ向けています。

 ゴーリスの反対側にはゼンが立ちました。

「よくもやりゃぁがったな! ただじゃおかねえからな!」

 とわめく後ろでは、メールがせっせとゼンの胸当ての留め具を締め直しています。

 さらにその後ろに白、青、赤の三人の魔法使いが並びました。ポチとルルはいつでも風の犬に変身できるように両脇で身構えます。

「セイロスから出て行け、デビルドラゴン!!」

 とフルートはペンダントを突きつけながら叫びました。

「さもなければ、世界の最果てへ戻れ! この世界はおまえのものなんかじゃない!」

「生意気な小僧め」

 とセイロスはフルートをにらみつけました。とたんに頭上から魔弾が降ってきましたが、それは光の障壁にさえぎられました。魔法使いたちが杖をかざしていたのです。

 セイロスはちらりとまた怪訝そうな表情をのぞかせました。自分の魔法が充分発揮されないことに、やはり納得がいかないのです。それでもすぐにこう言いました。

「私の力はこんなものではない。今すぐにも、貴様たちをこの場所もろとも消し去ってやる」

 とたんに、その場にいる全員が、ちりっと肌に刺すような刺激を感じました。セイロスの周囲が急に暗くなっていきます。

 すると、ポポロが言いました。

「闇がセイロスに集まっていくわ――! 大きくなっていくわよ!」

 セイロスは先ほど天からたくさんの魔弾を降らせました。それが闇に変わってあたりに漂っていたのです。セイロスのまわりがいっそう暗くなっていきます。

「金の石!」

 フルートの声に魔石が輝きました。聖なる光がセイロスへ飛びますが、こごっていく闇が光を跳ね返してしまいます。

 ああ、と一同が思っていると、金の石の精霊が姿を現しました。フルートに向かって言います。

「もう一度やるぞ、フルート。あいつはあそこにある闇を入口にして、世界中から闇を集めようとしている。成功されれば、ここは跡形もなく吹き飛んでしまう。もちろん君たちもだ。闇の入口が完成する前に消滅させるぞ」

 う、うん……とフルートは言いました。金の石が消滅させると言っているのは、闇の入口とセイロスのどちらだろう、と考えてしまったのです。かつての主(あるじ)と戦うというのは、どんな気持ちがするのだろう、とも思います。それとも、そんなものは人間の感傷であって、魔石にとってはどうでも良いことなのでしょうか……。

 

 すると、そこに赤いドレスと髪の女性も姿を現しました。願い石の精霊です。願い石を呼んだつもりはなかったので、フルートがとまどっていると、彼女のほうから口を開きました。

「時間は充分に過ぎた。フルートの体が私の力に耐えられるようになったのなら、私の力をまた貸してやろう、守護の。そなたは昔と違って小さいのだからな」

 精霊の少年は一瞬むっとした表情になり、すぐにまた平静な顔に戻りました。

「敵はデビルドラゴンだ。力は大きい方がいいに決まっている。君がそうしたいというのであれば、勝手にすればいい」

「素直だな、守護の。珍しい」

 と願い石の精霊は言いました。その表情はまったく変化しませんが、声に面白がるような響きが混じっています。

 願い石がフルートの隣へ移動するのを見て、セイロスは舌打ちしました。どう見ても分が悪い、と考えているのです。すさまじい形相で、自分に対抗する面々を見渡します。願い石の精霊がフルートの肩をつかもうとします――。

 

 とたんに、頭上から声がしました。

「あぁのさぁ、この場は退いた方がいいと思うよぉ、デーちゃん。勇者くんの金の石に願い石の力が加わったら、聖なる光は何百倍も強力になるんだからさぁ。キミは赤ちゃんをマントにして着てるけど、それだけじゃあ、とても防ぎきれないよぉ」

 その場にいた全員が、ええっと驚いて空を見上げ、そこに白い上着を着た幽霊の青年を見て、また仰天しました。

「ランジュール! てめぇ、さっきセイロスの魔法でぶっ飛んだはずじゃなかったのかよ!?」

 とゼンがわめくと、幽霊は、うふふふ、と笑いました。いつものあの女性のような笑い方です。

「やぁだなぁ。ボクがあの程度のことでやられるとでも思ったのぉ? どうやら、デーちゃんは人間になったせいで、あんまり魔力が強くなくなっちゃったみたいだからねぇ。かわして逃げるのだって、簡単だったんだよぉ。ボクが死んじゃったと思ってたぁ? 心配してくれてありがとぉねぇ。うふふふ……」

「馬鹿野郎! てめえはとっくの昔に死んでるだろうが! 誰がてめえなんか心配するか!」

 とゼンはわめき続けます。

 うふふ、とランジュールはまた笑うと、おもむろにセイロスに向き直って言いました。

「さっきの話の続きぃ。デーちゃん、キミ、ここは一度退いた方がいいと思うよぉ。勇者くんたちのチームワークは最高だからねぇ。キミのほうが負けちゃうのは、目に見えてるんだなぁ」

 セイロスは、じろりと空中の幽霊をにらみました。

「何故それを私に言う、幽霊。貴様は連中の味方か」

 その周囲にはまだ闇が黒く集まり続けています。 とたんに、ランジュールは頓狂(とんきょう)な声をあげました。

「はぁっ!? ボクが勇者くんたちの味方ぁ!? そんなの冗談じゃない! ボクはねぇ、ボクが大切にしてきたフーちゃんを、むざむざ勇者くんたちに倒されたくないんだよぉ。フーちゃんはキミの中に消えて一緒になってるからねぇ。ってことは、ボクはキミを守るしかないってわけ。わかるかなぁ!?」

 セイロスは少しの間、沈黙しました。空のランジュールを改めて見つめて言います。

「つまり、おまえは私の味方になると言っているのだな、幽霊?」

 うふん、とランジュールは目を細めました。

「そぉいうことになるかなぁ。ボクの望みは勇者くんたちを美しく殺して魂をいただくことだからねぇ。キミはボクのフーちゃんでもあるわけだしぃ、キミが勇者くんたちを殺してくれるよぉに協力するのは、筋ってヤツだよねぇ、うふふふ……」

 ランジュールは陽気に笑い続けます。

 ふん、とセイロスも笑いました。こちらは影に彩られた暗い笑い顔です。

「いいだろう。おまえは魔獣使いだ。私の役に立つだろう」

「はいはぁい、そぉこなくっちゃ。でぇ、そうなったら、ボクの言うことも聞いてくれなくちゃねぇ、闇の大将さん。いったん退いて、作戦を立てなくちゃ。勇者くんたちは、ほんとに一筋縄ではいかない連中なんだからさぁ」

「よかろう。私と一緒に来い、幽霊。体制を整えて出直すぞ」

 セイロスがそう言ったとたん、周囲の闇が大きく渦を巻き始めました。黒い光が霧のように流れて、セイロスの姿を包んでいきます。そこへ空からランジュールが飛んできました。あっという間に黒い渦へ飛び込み、見えなくなってしまいます。

 

 フルートは金の石に叫びました。

「光れ! 彼らを逃がすな!」

 とたんにペンダントが輝きましたが、闇の渦は消滅しません。

「願い石!」

 とフルートはまた叫びましたが、精霊の女性のほうはフルートの肩をつかもうとはしませんでした。冷静な顔で、闇の渦が小さくなって消えていくのを見守っています。

 ついに、セイロスは闇の渦と共に姿を消しました。幽霊のランジュールも一緒です。

 金の石がゆっくりと光を収めていきました――。

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