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第20巻「真実の窓の戦い」

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128.絶体絶命

 セイロスがフルートの盾を奪って投げ捨てました。

 一帯には魔弾が雨のように降り続いています。無防備になったフルートの左脚に、黒い光の弾が命中します。

 フルートは悲鳴を上げて地面に倒れました。金の鎧の左脚に傷はありません。魔弾は防具を通り抜けて、その内側の体だけを破壊するのです。撃ち抜かれた脚は、動かすことができなくなりました。痛みと共に傷から血があふれ出し、鎧の隙間から流れ出します。

 すると、今度は左の肩に魔弾が命中しました。激痛にフルートがまた悲鳴を上げます。心臓や肺はかろうじて無事でしたが、痛みが激しすぎて息ができなくなります。

 そんなフルートを見て、セイロスは冷ややかに笑い続けました。

「簡単に死なせはせん。貴様はこれまでさんざん私の邪魔をしてきてくれたのだからな。苦しみのたうち、ひと思いに殺してくれ、と嘆願するような死を、貴様にくれてやる」

 魔弾が今度はフルートの右脚を撃ち抜きました。フルートがまた悲鳴を上げます。痛みのあまり頭の芯がしびれて、何も考えられなくなっていました。仲間たちの無事だけが気がかりでしたが、それを確かめることもできません――。

 

 すると、急に黒い影が空から降ってきて、フルートにのしかかりました。人の息づかいと温かい毛並みが、兜をなくしたフルートの顔に触れます。

「しっかりして、フルート! 気を確かに持つのよ!」

 ルルの声がすぐそばで聞こえたので、フルートは目を開け、自分の上にゼンがおおいかぶさっているのを見ました。ゼンは魔法の防具をつけているので、魔法攻撃は食らいません。その体で、フルートをかばっていたのです。

 ルルは犬の姿に戻って、フルートとゼンの間に挟まっていました。狭い空間でフルートの頬をなめ、必死に呼びかけてきます。

「フルート、聞こえる!? 負けちゃだめよ!」

 すると、ゼンもフルートの上で言いました。

「そうだ、あきらめるなよ! 今、ポチもこっちに来るからな!」

 魔弾の降る荒野を走ってくる小犬が、ゼンの体と地面が作る隙間から見えました。ポチは口にペンダントをくわえ、全身を淡い金の光に包まれていました。金の石がポチを魔弾から守っているのです。

「早く、ポチ! 急いで!」

 とルルはフルートの上から呼びました。金の石さえ戻ってくれば、フルートの怪我はたちまち治ります。

「そうはさせん」

 とセイロスは言いました。とたんにポチの足元で地面が崩れ、小犬が呑み込まれてしまいます。

 ポチ!! とルルとゼンは叫びました。フルートもポチの名を呼ぼうとしましたが、声を出すことはできませんでした。痛みが激しく出血も多くて、気が遠くなり始めていたのです。

 すると、ポチが消えていった場所で、ぼうっと淡い赤い光が湧き起こりました。光の中に、ゆっくりとポチが浮き上がってきます。ポチに怪我はありません。小犬は頭を上げて、丘の方向を振り向きました。ペンダントをくわえたまま言います。

「ウゥ、ありがとう、赤さん――」

 丘から見守っていた赤の魔法使いが、魔法で地中からポチを助け出してくれたのでした。ポチは地面に下りると、また駆け出しました。怪我をしているフルートへ駆けつけようとします。

 

 セイロスは舌打ちをしてつぶやきました。

「順番があるな」

 とたんに今度は魔法使いたちが立つ丘が崩落しました。丘全体がいきなり砕けて、地中へ落ち込んでいったのです。丘の上の人々も、あっという間に地中へ消えていってしまいます。

「メール!! ポポロ!!」

「赤さん、白さん、青さん――!?」

 ゼンとルルは大声を上げました。地響きと共に、地面に大穴ができていました。丘は跡形もなく消え、穴から大量の砂煙が立ち上ります。

 ポチも思わず途中で立ちすくみました。地中の崩落の音はまだ続いています。丘は、その上にいた仲間たちと一緒に、深い深い場所へ落ちているのです。

 すると、そのポチの足元がまた崩れました。小犬の姿が穴の中に消えていきます。くわえていた金のペンダントも一緒です――。

「野郎……」

 とゼンはうなりました。それ以上ことばを続けることができません。ポチ、とルルは声を震わせました。地上にはまだ魔弾の雨が降り続けています。いくら待っても、ポチも、メールやポポロや魔法使いたちも、地上に戻ってきません。

 ついにルルは変身しました。巨大な風の犬になって、ゼンの体の下から飛び出していきます。

「あっ、馬鹿こら、待て――!」

 ゼンはあわてて止めようとしましたが、手遅れでした。ポチが消えた穴にたどり着かないうちに、ルルも魔弾に体を撃ち抜かれてしまったのです。ルルは雌犬に戻って墜落しました。地面にたたきつけられて、そのまま動かなくなってしまいます。

 こんちくしょう……とゼンはまたつぶやきました。魔弾が降りそそぐ中、平気でいられるのはゼンだけです。仲間たちを助けに駆けつけたいのですが、この場所を離れてしまえば、残されたフルートが魔弾の直撃を浴びて死んでしまいます。この状況をどうしたらいいのか、わからなくなります――。

 

 そこへセイロスが近づいてきました。降りそそぐ魔弾は、相変わらずセイロスには絶対に当たりません。腕を組み、倒れたフルートを体でかばうゼンを見下ろして、冷ややかに言います。

「要は、その防具だ。それさえなければ、ゼンも魔法を防ぐことができなくなる」

 組んでいた腕がほどけて、ゼンへ伸びてきました。青い胸当ての留め具を外し始めます。

「やめろ! なにしやがる!」

 とゼンがセイロスを振り払おうとすると、とたんにまた魔弾が降ってきて、フルートの左手を撃ち抜きました。ゼンが動いた拍子に、ゼンの体の下から出てしまったのです。フルートの悲鳴に、ゼンは鬼のような顔つきになりました。親友の上に身を伏せ直すと、セイロスを上目遣いでにらみます。

「卑怯だぞ、この野郎!」

「それがどうかしたか。闇の竜が卑怯でなければおかしいだろう」

 とセイロスは答え、悠々とゼンの防具の留め具を外していきました。革のベルトが留め具から引き抜かれて行きます。ゼンは歯ぎしりしました。胸当てを外されてしまったら、ゼンも魔弾の餌食になってしまうのですが、フルートを攻撃されるので、動くわけにはいきません。どうすりゃいいんだよ!? と心の中でわめきます。

 

 すると、その下でフルートが身動きしました。両脚と左の肩と手を撃ち抜かれて重症だというのに、あえぎながらゼンにささやきます。

「ぼくの上から……飛びのけ……」

 おい! とゼンは言いました。フルートがゼンに、逃げろと言っているのだと思ったのです。

 けれども、フルートは繰り返しました。

「ぼくから、離れろ……合図をしたら……いいな」

 それでようやく、ゼンもフルートに何か作戦があるのだと悟りました。こんな状況でどんな作戦が、と思いましたが、ためらいながら、わかった、とささやきかえします。

 その様子にセイロスがまた笑いました。

「二人で何の内緒話をしている。今際(いまわ)のきわのことばでも言い合っているのか?」

 セイロスの指がゼンの防具の留め具をまたひとつ外します。

 とたんに、フルートが言いました。

「今だ、どけ!」

 重症を負っているはずなのに、驚くほど強い声です。

 ゼンは即座にフルートの上から飛びのきました。地面を転がり、ゆるんでいた胸当てが外れそうになったので、あわてて抑えます。

 両脚を撃ち抜かれたフルートは、立ち上がることはできませんでした。左腕も二箇所も撃ち抜かれているので、動かすことができません。けれども、右腕だけは動かすことができました。そして、その手はまだ、炎の剣を握りしめていたのです。

「食らえ、セイロス!」

 フルートは渾身の力を込めて、剣を振りました。目の前にはセイロスの足があります。そこをひとかすりすれば、セイロスを焼き尽くすことができるのです。

 とたんにフルートを激痛が襲いました。肩に、手に、両脚に、耐えがたい痛みが走ります。

 剣の行方を確かめられないまま、フルートは気が遠くなってしまいました――。

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