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第20巻「真実の窓の戦い」

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第42章 意外

127.決戦・3

 フルートは攻撃をためらうふりをしながらセイロスの油断を誘い、マントの陰で本当の攻撃の態勢を取りました。無防備でいたセイロスの喉もと目がけて、鋭く剣を突き出します。フルートが握っているのは炎の剣でした。ひとかすりでもすれば、相手は大きな火に包まれて燃えてしまいます。

 攻撃を繰り出しながら、フルートは自分自身に言っていました。これでいい、これでいいんだ。目の前にいるのはデビルドラゴンに身も心も売り渡した男。人の姿はしていても、その正体はデビルドラゴンなんだ。奴に世界を蹂躙(じゅうりん)させないためには、この男を倒さなくちゃいけない……。

 フルートが想う世界中の人々の中には、彼の大切な仲間たちも含まれていました。彼らを守るためには、デビルドラゴンを倒さなくてはなりません。セイロスに向かって突き出す剣に、いっそう力が入ります。

 その切っ先の向こうで、セイロスが目を見張りました。フルートがためらっていないことに気づいたのです。とっさに攻撃を受けとめようとしますが、油断して剣を下げていたので防御が間に合いません。驚愕(きょうがく)の表情でフルートを見つめます。

 とたんに、セイロスの本当の年齢が顔に表れました。彼はまだ二十歳そこそこの青年でした。まったく顔つきは違うのに、同じ年頃のオリバンの顔が重なります。

 フルートの足が停まりました。あと一センチ踏み込めば、剣は確実にセイロスの喉を突くのに、わずかに踏み込みが浅くなってしまいます。セイロスの驚愕の表情の向こうには、自分の命を守ろうと必死になる、すべての生き物に共通の想いがありました。それはフルートがいつも、絶対に守りたいと思い続けてきたものでした。必死で生きようとするものたちがいるから、フルートはこの世界を守って戦ってきたのです。命あるものの存在が愛おしかったから……。浅い踏み込みから突き出した剣が、勢いを失ってしまいます。

 その攻撃を、セイロスはのけぞってかわしました。突き出した剣が顔の上すれすれを通り過ぎていきます。セイロスを傷つけることはできません――。

 

 セイロスは仰向けに倒れ、地面に片手を突きました。その体制から身をひねり、体を回転させてフルートに足払いをかけます。

 フルートは足元をすくわれてバランスを崩しました。炎の剣を両手で握ったまま、ガシャン、と音をたてて地面に倒れます。

 先に跳ね起きてきたのはセイロスでした。怒りに顔を歪め、血の色の目でフルートをにらみつけてどなります。

「よくも私を傷つけようとしたな! 臆病者の分際(ぶんざい)で! 許さん!」

 と手にした剣をフルートの顔に突きたてようとします。

 フルートは倒れたまま叫びました。

「金の石!」

 とたんに胸のペンダントが強い光を放ちました。セイロスがまともに光を浴びて、顔の前に腕をかざします。

 ところが、光を浴びてもセイロスは変化しませんでした。頭や腕は赤いマントの外に出ているのですが、聖なる光に照らされても溶け出さなかったのです。セイロスの人間としての肉体が、内側の闇の竜を強力に守っているのに違いありません。

 フルートは剣を握り直しました。相手が光にたじろいでいる隙に、跳ね起きて、もう一度切りつけようとします。

 けれども、それはセイロスの剣に受けとめられました。フルートよりずっと強い力で弾き返され、フルートはまた尻餅をついてしまいます。

「その程度で私に対抗できるつもりでいたのか! 生意気な小僧だ!」

 セイロスの剣が再びフルートの顔を狙ってきました。フルートは跳ね起きて飛びのきましたが、それを追って攻撃が伸びてきました。セイロスが二歩、三歩と踏み込んできたのです。フルートと違って、ためらいのまったくない攻撃でした。フルートはかわしきれません。

 すると、フルートの胸でまたペンダントが光りました。セイロスを溶かすことはできませんが、剣を跳ね返してフルートを守ります。

 セイロスはまた怒りに顔を歪めました。

「死に損ないの石め!」

 と言うと、左手を伸ばして、いきなりペンダントをわしづかみにします。フルートは、あっと叫んでペンダントを取り返そうとしましたが、それより早く、ぶつりと首の鎖が切れました。ペンダントがセイロスに奪われてしまいます。

「今度こそ消えろ、聖守護石!」

 とセイロスはペンダントを握りしめました。その手の中に闇の力を集めて、金の石を破壊しようとします――。

 

 そこへ頭上から風の音が迫ってきました。ゼンがポチと一緒に急降下してきたのです。

「させるか、この野郎!」

 とゼンがセイロスに飛びかかります。

 金の石のペンダントは弾き飛ばされて、地面に落ちました。ゼンはセイロスを地面に押し倒して馬乗りになります。

「この竜野郎! フルートにも金の石にも手は出させねえぞ! とっとと観念しろ!」

 とゼンはセイロスを抑え込みました。大熊も殴り殺す拳を、その顔にたたき込もうとします

 ところが、次の瞬間、ゼンは腹に蹴りを食らって、大きく跳ね飛ばされました。助けに駆けつけていたフルートにぶつかって、一緒に倒れてしまいます。

 また立ち上がったセイロスは、ひどく冷ややかな表情になっていました。先ほどまでの憤怒も、ちらりと見せた年相応の表情も、もうどこにも見当たりません。

「やはり貴様たちを生かしておくのは危険すぎるな。追い詰めても追い詰めても、協力して抵抗してくるのだから」

 セイロスはいやに冷静な口調で言いながら近づいてきました。手を伸ばしてゼンの体をつかむと、ぐわっと頭上に持ち上げて放り投げてしまいます。怪力のはずのゼンが、まったく抵抗できませんでした。頭から墜落していくところへ、セイロスが剣で切りつけます。

「やめろ!」

 とフルートは跳ね起きて間に飛び込みました。セイロスの剣を体で受け止めますが、衝撃で兜が弾け飛びました。金髪のフルートの頭がむき出しになります。

 その背後では、ぎりぎりのところでルルが間に合っていました。背中にゼンを受けとめて、また空に舞い上がります。

「なんて力なの、あいつ! ゼンを空高く放り投げたわよ!」

 と驚くルルへ、ゼンはどなりました。

「もう一度セイロスの上へ飛べ! 早く!」

 セイロスは再びフルートと切り合いを始めていたのです。

 一方、風の犬のポチは、地面に落ちたペンダントを探していました。フルートは今、金の石を持っていません。この状態でセイロスから攻撃を食らったら、最悪、命を落としてしまうかもしれないのです。

 すると、ポチの耳にポポロの声が聞こえました。

「もっと右よ! 小さな草むらの陰!」

 丘の上で見守っていたポポロが、魔法使いの目で見つけて教えてくれたのです。ポチは言われた場所に捜し物を見つけると、飛び下りて小犬に戻りました。ペンダントをくわえてフルートの元へ戻ろうとします。

「次から次と、うるさい連中だ」

 とセイロスは言いました。とたんに、今度は空から黒い光の玉が降ってきます。セイロスが呪文も唱えずに魔法を繰り出してきたのです。無数の魔弾が雨のように大地と人に降りそそぎます――。

 

 フルートは魔法の盾を頭上にかざして、闇魔法の攻撃を防ぎました。振り向いて仲間たちの様子を確かめようとしますが、降りそそぐ魔弾が激しくて、見通しが効きません。あたりは魔弾に砕けた岩がたてる砂埃でいっぱいになっています。

「ゼン! ルル! ポチ! ポポロ、メール! 白さん、青さん、赤さん――!」

 いくら呼んでも、闇魔法が地上をたたく轟音(ごうおん)しか聞こえてきません。

 すると、突然セイロスがすぐそばに姿を現しました。降りそそぐ魔弾は、セイロスにはまったく当たりません。盾をかざして身動きできずにいるフルートを見て、また冷ややかに笑います。

「本気で私を倒せると思っていたのか、愚か者め。私はこの世界の王となる人物だぞ。貴様ごときが、私に勝てるはずはないだろう」

 そう言うと、セイロスはフルートの盾をつかみました。引きむしるようにフルートから奪って、投げ捨ててしまいます。魔弾の轟音の中、盾は遠くでガランと音をたてました。拾いに行くこともできないほど離れた場所です。

 身を守るものを失ったフルートへ、魔弾の雨が降りそそぎました――。

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