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第20巻「真実の窓の戦い」

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122.合体

 ランジュールは大喜びで、空中をぴょんぴょん飛び跳ねていました。

「やった、やった、やったぁ! ついに成功ぅ! やったねぇ!」

 その下では、一回り大きくなった八頭の蛇が、空と大地に響き渡る声でほえていました。ボァァァ、と貝の笛を吹き鳴らしているような声です。

 うふふ、うふふ、とランジュールは嬉しそうに笑い続けました。

「いいねぇ! ものすごく強そうになったねぇ! うん、最高ぅ! 元から強かったヤマタノオロチのはっちゃんを、フノラスドと合体させてフーちゃんにしてぇ、今度はデビルドラゴンと合体させて、ヤマタノオロチ型デーちゃんのできあがりぃ。うふん、これより強い魔獣なんて、この世界には存在しないよねぇ。つまり、ボクは世界最強の魔獣使いってわけぇ。うふふふ……世界最強っていい響きだなぁ」

 大得意の幽霊の下で、蛇の体になったデビルドラゴンは八つの頭を振り続けていました。あちらこちらを眺めているようでしたが、やがて、その動きが激しくなってきました。首がねじれるほどにくねり、体全体が空中で何度も回転します。

 ゼンが目を丸くしました。

「おい、あの蛇、苦しがってんじゃねえのか――?」

 言われてみれば、確かにそれは、蛇が苦しんでのたうっているような動きでした。八つの首も八つの尾も、一つしかない太い胴も、くねりながら空中を転がっています。

「苦しんでる? なんでさ?」

「ワン、デビルドラゴンとフノラスドが合体したから?」

 とメールやポチが聞き返しますが、ゼンにもそのあたりのことはわかりませんでした。空でのたうつ蛇を見つめるしかありません。

 

 すると、金の石の精霊がまた言いました。

「膜が消えた! もう一度行くぞ!」

 いつも冷静なはずの精霊が、金の瞳を燃えるように光らせていました。フルートへ話す声にも、いつもとは違う強さと厳しさがあります。

 フルートはペンダントを握り直しました。

「光れ!!」

 精一杯の力を込めて叫ぶと、先ほどよりもっと強い光が空中の蛇を照らします。

 ところが、今度は復活した赤い首が膜を広げてきました。聖なる光が膜にぶつかり、ばちばちと音をたてて火花に変わります。

「無駄無駄ぁ! 世界最強の魔獣に、そぉんなちっぽけな攻撃が効くわけないじゃなぁい!」

 とランジュールは喜んで言いましたが、空中でのたうつ蛇を見て、独り言のように続けます。

「収まるのに、ちょっと時間がかかってるねぇ。はっちゃんの体にフーちゃんとデーちゃんだから、ちょっと中身が大きかったのかなぁ」

 それでも、本気で心配しているというわけではないようで、のんびりと蛇を見下ろし続けています。

 ボァァァアァァァ……

 蛇がまた空と大地を震わせて鳴きました。十六の目が、ゆっくりと血のような赤い色に変わっていきます。闇の竜の瞳です――。

 

 その時、赤い膜に変わっていた蛇の首が、突然根元から切れました。巨大な蛇の胴から離れて、地上へ滑り落ちていきます。

 えぇ!? とランジュールは驚きました。蛇の首は誰かに切られたわけではありません。先ほどフルートから切られたのとはまた別の、本当に胴ぎりぎりのところで、赤い首が自然に断ち切れてしまったのです。赤い膜を広げたまま、どすんと地面に落ちて、そこに膜を広げ続けます。

「ど、どぉしたのさぁ、フーちゃん、いや、デーちゃん!? 自分で赤ちゃんの首を切り離したわけぇ!? どぉしてさぁ!?」

 けれども、デビルドラゴンは返事をしませんでした。ボァァ、とまた大きく鳴くと、いっそう激しく身をくねらせます。

 ランジュールはうろたえて、空中を飛び回りました。

「なぁに、なぁに、どぉしちゃったのさぁ、デーちゃん!? 合体がうまくいかなかったのぉ!? そぉんな馬鹿なぁ!」

 苦しみもだえている蛇を見て、フルートが言いました。

「あの体にデビルドラゴンは収まりきらなかったんだ――! 闇の竜のほうが大きすぎて、蛇の体が苦しんでるんだ!」

 なるほど、と仲間たちは思いました。さっそくゼンが悪態をつきます。

「ざまぁみろ、ランジュール! デビルドラゴンがでかすぎて、蛇が腹をこわして苦しんでるだろうが!」

「そんなわけないだろぉ!? 人間だってデーちゃんを入れられるんだよぉ! フーちゃんにそれができないわけ、ないじゃないかぁ!」

 とランジュールは言い返しますが、蛇が苦しがり続けるので、頭をかきむしってしまいました。その拍子に前髪が乱れて、矢に貫かれた虚ろな目がのぞきます。

 

 すると、三つの黒い頭がいきなり首を伸ばし、ぐんと首を曲げて自分の胴にかみつきました。牙を突き立て、すするように自分の体を呑み込み始めます。

 ランジュールが驚いていると、今度は青い頭が首を後ろに回し、自分の尾に食らいつきました。さらに二つの白い頭は互いの首にかみつき、最後の金の頭は自分で自分の首にかみつきます。

「ななな、何やってるのさぁ、デーちゃん!? 自分で自分をかみ殺せなぁんて、ボクは全然命令してないじゃないかぁ!!?」

 金切り声を上げるランジュールを尻目に、蛇は自分自身を食い続けました。巨大な体がどんどん蛇の頭の中に消えていきます。

「ど、どうなってるの、これ……?」

 とルルに尋ねられて、ポチは首を振りました。フノラスドがデビルドラゴンを受け入れたために、気が変になって自分を襲い始めたようにも見えますが、本当のところはわかりません。蛇はじきに体全部を食い尽くし、空中に七つの頭が残るだけになりました。八つめの頭は、地上にまだ赤い膜を張っています。

 えぇぇ!? とランジュールは言いました。彼にもいったい何が起きているのかわからないのです。蛇は頭だけになってもまだ食い合いをやめていませんでした。今度は黒い頭が黒い頭に、白い頭が青や金の頭に襲いかかって、食いつきます――。

 

 それを見て、金の石の精霊が急にはっとした顔になりました。

「だめだ! 奴を止めろ、フルート! 早く!」

 切羽詰まった声に、フルートは急いでまたペンダントを掲げました。とたんに、魔石から光が奔流(ほんりゅう)になって飛び出しました。頭だけになった蛇へ飛んでいきます。

 ところが、その光はやっぱり散らされてしまいました。地上に残っていた赤い膜が、高く伸び上がってさえぎったのです。金の光が四散します。

 それを見て、四大魔法使いも我に返りました。

「聖なる光をさえぎるために残していたのか!?」

「奴め、あの向こうで何かを企んでいますぞ!」

「ゾ! ロ!」

 赤の魔法使いの声が、警告するように響く中、最後まで残った黒と白の頭が、互いに相手の頭に襲いかかりました。黒い頭のほうが先に食いつき、白い頭を呑み込んでしまいます。

 

 とたんに、どん、と激しい音が湧き起こりました。同時に、まるで見えない拳に殴られたように、黒い蛇の頭が大きくへしゃげます。どん、どん、と音は続き、それに合わせて、頭もますます潰れていきます。やがて、頭は元が何かわからないような塊になり、ゆっくり地上へ落ちていきました。それでもまだ、どん、と音が響くと、塊が変形して、さらに小さくなっていきます――。

 地上に落ちたとき、それは真っ黒な肉のボールになっていました。びしゃりと音をたてて地面にたたきつけられ、そのまま動かなくなってしまいます。

「……?」

 フルートたちも四大魔法使いも、いったい何が起きたのか、まったくわからずにいました。デビルドラゴンが乗り移ったフノラスドが、勝手に食い合いをしたあげくに、潰れてしまったのです。ランジュールは狂ったように空を飛び回っていました。フーちゃん、デーちゃん、フーちゃん、と名前を交互に呼んでいますが、肉の塊は返事をしません。

「ねぇさぁ……あいつ、死んじゃったのかい……?」

 とメールが尋ねました。半信半疑の声です。

 とたんにポポロが大きく頭を振りました。

「ううん、死んでなんかいないわ!」

「あそこからものすごい闇の匂いがしてるのよ! 息が詰まりそうだわ!」

 とルルも言って、苦しそうに頭を振ります。

 金の石の精霊がまた言いました。

「あれを消すんだ、フルート! 早く! 一刻も早く!!」

 フルートは言われたとおりペンダントを向けましたが、どんなに魔石が輝いても、光は黒い肉の塊まで届きませんでした。間にはまだ赤い膜があって、聖なる光をさえぎってしまうのです。その頂上で、最後の最後まで残った赤い蛇の頭が、シュウシュウと言い続けています。

 

 すると、急に肉の塊が変化を始めました。

 表面がざわざわと動き始め、細くて黒いものが伸びてきて、全体をおおってしまいます。

「あれは?」

 と青の魔法使いはいぶかしそうに目を細めました。

「動物の体毛のようだな。あれはまだ生きているぞ」

 と白の魔法使いは答えました。その横では、赤の魔法使いが油断なく杖を握っています。

 黒い毛はどんどん長く伸びていきました。地面の上に黒い流れを作ります――。

 と、塊が突然地面からそそり立ち、高さ二メートル近くまで伸びたところで、ぴたりと停まりました。塊は長い黒い毛でおおわれています。

「ワン、怪物だ……」

 とポチは全身の毛を逆立てました。隣ではゼンが黙って首筋の後ろに手を当てています。

 全員が身構え、見守っていると、黒い毛の塊の中から白いものが現れました。人間の手です。続いて人の腕が現れ、髪をかき上げるように、前の部分の毛を持ち上げて後ろへ払いのけます。

 その下から現れたのは、人間の体でした。背の高い男性で、袖なしの黒い長衣を着ています。男性は意外なほど整った顔をしていました。どこかの王族ででもあるような、気品のある顔立ちです。

 その顔を見たとたん、フルートとゼンは大きく飛びのいてしまいました。メールやポポロ、ポチやルルも、ああっと声を上げて立ちすくみます。

 潰れたフノラスドから現れた、長い黒髪の男性。それは――

「セイロスだ!!」

 とフルートたちは叫びました。

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