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第20巻「真実の窓の戦い」

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121.契約

 一方、丘の上空ではランジュールと闇の竜のやりとりが続いていました。

「デーちゃん、ボクのフーちゃんと一緒にならなぁい? そうなれば、正真正銘、この世で一番強い魔獣が誕生するんだけどなぁ」

 ランジュールがそう誘って、うふふふっ、と楽しそうに笑います。デビルドラゴンは、フルートから金の石の光を浴びせられ、攻撃を繰り返したために、すでに象くらいの大きさまで縮んでいました。このままでは間もなく敗れるから、フノラスドと合体してはどうか、とランジュールは持ちかけているのです。

 あまりといえばあまりの話に、フルートたちはまた唖然としてしまいました。デビルドラゴンがそんな提案を呑むはずはないだろう、と誰もが考えます。

 すると、フノラスドの七つの頭がランジュールを振り向き、いっせいにジャァジャァと声を上げ始めました。デビルドラゴンと一つになれ、と言われたことに抗議を始めたのです。

 それを見て、影の竜が言いました。

「オマエノ蛇ハ、ソノ作戦ニ乗リ気デハナイヨウダゾ、幽霊」

 あざわらうような声です。

 ふふん、とランジュールは余裕で笑い返しました。

「フーちゃんがどんなに騒いだってダメさぁ。だぁって、ボクはフーちゃんの飼い主なんだからねぇ。魔獣使いの飼い主の命令は絶対。ボクが死ねって言ったら、フーちゃんは死ぬしかないんだよぉ。それに、フーちゃんだって、今までずっと、いろんな生き物の体を渡り歩いてきたんだからさぁ、他のコが入ってくるのはイヤだ、なんて文句を言える筋合いじゃないのさぁ」

 そして、ランジュールは細い指をフノラスドに向けました。細い目をきらっと光らせ、低い声で言います。

「うるさいよ、フーちゃん。それ以上騒いだら、もう二度と声が出せないよぉに、その頭を全部共食いさせるよ。うふふふ……」

 笑い声の陰に残酷な響きがありました。相手が自分の決定に従わなければ、言ったとおりのことを実行するつもりなのです。

 フノラスドはいっせいに黙りました。長い首を振り、不安そうに主人とデビルドラゴンを見比べます。

 

 すると、デビルドラゴンがまた言いました。

「オマエハ、オマエノ蛇ノ体トチカラヲ我ニ差シ出ストイウ。ソノ引キ替エハ何ダ。我ニ何ヲ求メル?」

 意外にも竜が乗り気の様子を見せてきたので、フルートたちは驚きました。

 ランジュールのほうは、にやりと笑います。

「ボクの条件? もっちろんそれは、勇者くんとロムドの皇太子くんの魂を、ボクによこすことだよぉ。ボクの夢は、ボクの魔獣で二人を美しく殺して、二人の魂を両手に黄泉の門をくぐることなんだからさぁ。うふふふ……キミがボクの魔獣になって、勇者くんたちを倒してくれたら、ボクの願いも見事かなうもんねぇ」

「ふるーとトろむどノ皇太子ヲ殺スコトハ、我ト利害ガ一致シテイル。ソノ後ノ魂ハ、我ニハドウデモヨイモノ。オマエニ引キ渡スコトニ、ナンノ問題モナイ」

 とデビルドラゴンが言ったので、ランジュールは、またにやりとしました。

「いいねぇ、デーちゃん。話し合いがスムーズにいきそうじゃなぁい? デーちゃんはあれだよねぇ、竜の宝の謎を勇者くんたちに解かれたら大変だから、焦ってるんだよねぇ。うふふふ、いいなぁ。おかげでボクにもチャンスが巡ってきてるってわけだもんねぇ――。ああ、デーちゃん、キミがボクの魔獣になるってところも忘れないでねぇ。ボクのフーちゃんの体を使うんだから、キミの飼い主はこのボク。それだけは絶対に外せないからねぇ」

 竜は黙り込みました。赤い二つの目が、考え込むように閉じられます。

 えぇっ……とフルートたちは驚き続けました。絶対ありえないと思っていた事態が、少しずつ実現に向けて動き出している気がします。

「確かにデビルドラゴンは焦っている。あんなランジュールの提案にまともに耳を傾けるとは」

 と白の魔法使いが言うと、青の魔法使いも言いました。

「それだけ、竜の宝の秘密というものが、奴にとっては重大なんですな。勇者殿、ひょっとして、本当に宝の秘密が解けたのではありませんか? 竜の宝とはなんだったのでしょう?」

 とたんに、青空にまた、ガラガラッと雷が鳴り響きました。大きな稲妻が四大魔法使いの張る障壁に落ちてきます。

 うふふふ、とランジュールはますます嬉しそうになりました。

「デーちゃん、怒ってる、怒ってるぅ。だから、ボクと手を組みな、って言ってるのさぁ。竜の宝の秘密を勇者くんたちに知られる前に、勇者くんたちを倒そうよぉ。ふふふふ……」

 

 デビルドラゴンは赤い二つの目を開けました。地の底から低い声が響いてきます。

「ヨカロウ」

 フルートたちは自分の耳を疑いました。デビルドラゴンがランジュールの配下になると言っています――。

 すると、すかさずランジュールがまた言いました。

「ただの約束じゃダメだよぉ。ちゃぁんと契約してくれないとねぇ。フーちゃんの体に入る代わりに、ボクの魔獣になってボクに協力する。そういう契約を結んでくれたら、フーちゃんの体をデーちゃんにあげるからねぇ」

 細い目が抜け目なくきらきらと光っています。

 デビルドラゴンは答えました。

「契約スル。オマエノ蛇ヲ我ニヨコセ」

 ジャァジャァジャァ!!!

 蛇たちがまたいっせいに騒ぎ出しました。向きを変え、空中を飛ぶようにして逃げ始めます。

 ランジュールはその後ろ姿へ手を突きつけました。

「フーちゃん、停まれぇ!」

 とたんに八つの首と尾の蛇は空中で停まりました。凍りついたように、その場から動けなくなってしまったのです。目に恐怖を浮かべて後ろを眺めます。そちらからじりじりと迫ってくるのは、四枚翼の影です――。

 

 すると、突然フルートの前に金の石の精霊が現れました。黄金の髪を揺すって言います。

「させるな、フルート! あいつをここから追い払うんだ!」

 フルートは我に返り、ずっと握っていたペンダントを空へ突き出しました。光れ! とデビルドラゴンに光を放ちます。

 ところが、それより早く、ランジュールがフノラスドへ命じていました。

「銅(あかがね)ちゃん、防げぇ!」

 金の首が赤く広がって、金の石の光をさえぎりました。聖なる光はデビルドラゴンには届きません。

 その背後に影の竜がやってきました。ジャアジャアと蛇たちは騒ぎ続けます。光をさえぎっている銅の蛇も、恐怖に目を見開いて後ろを見ます。

「もう一度だ、フルート! 奴を止めろ!」

 と精霊の少年はまた叫びました。その声が、フルートの頭の中で、二千年前の精霊の声と重なります。よせ、セイロス! やめろ! と必死で叫ぶ精霊を無視して、初代の金の石の勇者はデビルドラゴンになったのです。

「光れ!!」

 とフルートはまた言いました。願い石の援護はありませんが、精一杯の想いと力を魔石へ伝えると、まばゆい光が矢のように空へ飛びます。

 けれども、やはり光はフノラスドの銅の膜を越えることはできませんでした。防がれて、金の火花を空に散らします。

 そして、その瞬間、闇の竜はフノラスドにたどり着きました。吸い込まれるように影の体が消えていきます。ヤマタノオロチの肉体に、デビルドラゴンが入り込んでいったのです。

 

 と、蛇たちは突然すべての頭と尾を大きく広げました。途中で断ち切られていた赤い首から、みるみる赤い頭が伸びて元通りになり、体全体がぐんと一回り大きくなります。

「ぃやったぁ! 合体成功ぅ!!」

 とランジュールは歓声を上げて飛び上がりました。フルートたちは目の前の出来事が信じられなくて、立ちすくむしかありません。

 すると、八つの蛇の頭が口を開け、いっせいに声を上げました。

 ボァァァアァァアァァ!!!!!

 天と地をびりびりと震わせて、蛇は大きく鳴きました――。

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