一方、丘の上空ではランジュールと闇の竜のやりとりが続いていました。
「デーちゃん、ボクのフーちゃんと一緒にならなぁい? そうなれば、正真正銘、この世で一番強い魔獣が誕生するんだけどなぁ」
ランジュールがそう誘って、うふふふっ、と楽しそうに笑います。デビルドラゴンは、フルートから金の石の光を浴びせられ、攻撃を繰り返したために、すでに象くらいの大きさまで縮んでいました。このままでは間もなく敗れるから、フノラスドと合体してはどうか、とランジュールは持ちかけているのです。
あまりといえばあまりの話に、フルートたちはまた唖然としてしまいました。デビルドラゴンがそんな提案を呑むはずはないだろう、と誰もが考えます。
すると、フノラスドの七つの頭がランジュールを振り向き、いっせいにジャァジャァと声を上げ始めました。デビルドラゴンと一つになれ、と言われたことに抗議を始めたのです。
それを見て、影の竜が言いました。
「オマエノ蛇ハ、ソノ作戦ニ乗リ気デハナイヨウダゾ、幽霊」
あざわらうような声です。
ふふん、とランジュールは余裕で笑い返しました。
「フーちゃんがどんなに騒いだってダメさぁ。だぁって、ボクはフーちゃんの飼い主なんだからねぇ。魔獣使いの飼い主の命令は絶対。ボクが死ねって言ったら、フーちゃんは死ぬしかないんだよぉ。それに、フーちゃんだって、今までずっと、いろんな生き物の体を渡り歩いてきたんだからさぁ、他のコが入ってくるのはイヤだ、なんて文句を言える筋合いじゃないのさぁ」
そして、ランジュールは細い指をフノラスドに向けました。細い目をきらっと光らせ、低い声で言います。
「うるさいよ、フーちゃん。それ以上騒いだら、もう二度と声が出せないよぉに、その頭を全部共食いさせるよ。うふふふ……」
笑い声の陰に残酷な響きがありました。相手が自分の決定に従わなければ、言ったとおりのことを実行するつもりなのです。
フノラスドはいっせいに黙りました。長い首を振り、不安そうに主人とデビルドラゴンを見比べます。
すると、デビルドラゴンがまた言いました。
「オマエハ、オマエノ蛇ノ体トチカラヲ我ニ差シ出ストイウ。ソノ引キ替エハ何ダ。我ニ何ヲ求メル?」
意外にも竜が乗り気の様子を見せてきたので、フルートたちは驚きました。
ランジュールのほうは、にやりと笑います。
「ボクの条件? もっちろんそれは、勇者くんとロムドの皇太子くんの魂を、ボクによこすことだよぉ。ボクの夢は、ボクの魔獣で二人を美しく殺して、二人の魂を両手に黄泉の門をくぐることなんだからさぁ。うふふふ……キミがボクの魔獣になって、勇者くんたちを倒してくれたら、ボクの願いも見事かなうもんねぇ」
「ふるーとトろむどノ皇太子ヲ殺スコトハ、我ト利害ガ一致シテイル。ソノ後ノ魂ハ、我ニハドウデモヨイモノ。オマエニ引キ渡スコトニ、ナンノ問題モナイ」
とデビルドラゴンが言ったので、ランジュールは、またにやりとしました。
「いいねぇ、デーちゃん。話し合いがスムーズにいきそうじゃなぁい? デーちゃんはあれだよねぇ、竜の宝の謎を勇者くんたちに解かれたら大変だから、焦ってるんだよねぇ。うふふふ、いいなぁ。おかげでボクにもチャンスが巡ってきてるってわけだもんねぇ――。ああ、デーちゃん、キミがボクの魔獣になるってところも忘れないでねぇ。ボクのフーちゃんの体を使うんだから、キミの飼い主はこのボク。それだけは絶対に外せないからねぇ」
竜は黙り込みました。赤い二つの目が、考え込むように閉じられます。
えぇっ……とフルートたちは驚き続けました。絶対ありえないと思っていた事態が、少しずつ実現に向けて動き出している気がします。
「確かにデビルドラゴンは焦っている。あんなランジュールの提案にまともに耳を傾けるとは」
と白の魔法使いが言うと、青の魔法使いも言いました。
「それだけ、竜の宝の秘密というものが、奴にとっては重大なんですな。勇者殿、ひょっとして、本当に宝の秘密が解けたのではありませんか? 竜の宝とはなんだったのでしょう?」
とたんに、青空にまた、ガラガラッと雷が鳴り響きました。大きな稲妻が四大魔法使いの張る障壁に落ちてきます。
うふふふ、とランジュールはますます嬉しそうになりました。
「デーちゃん、怒ってる、怒ってるぅ。だから、ボクと手を組みな、って言ってるのさぁ。竜の宝の秘密を勇者くんたちに知られる前に、勇者くんたちを倒そうよぉ。ふふふふ……」
デビルドラゴンは赤い二つの目を開けました。地の底から低い声が響いてきます。
「ヨカロウ」
フルートたちは自分の耳を疑いました。デビルドラゴンがランジュールの配下になると言っています――。
すると、すかさずランジュールがまた言いました。
「ただの約束じゃダメだよぉ。ちゃぁんと契約してくれないとねぇ。フーちゃんの体に入る代わりに、ボクの魔獣になってボクに協力する。そういう契約を結んでくれたら、フーちゃんの体をデーちゃんにあげるからねぇ」
細い目が抜け目なくきらきらと光っています。
デビルドラゴンは答えました。
「契約スル。オマエノ蛇ヲ我ニヨコセ」
ジャァジャァジャァ!!!
蛇たちがまたいっせいに騒ぎ出しました。向きを変え、空中を飛ぶようにして逃げ始めます。
ランジュールはその後ろ姿へ手を突きつけました。
「フーちゃん、停まれぇ!」
とたんに八つの首と尾の蛇は空中で停まりました。凍りついたように、その場から動けなくなってしまったのです。目に恐怖を浮かべて後ろを眺めます。そちらからじりじりと迫ってくるのは、四枚翼の影です――。
すると、突然フルートの前に金の石の精霊が現れました。黄金の髪を揺すって言います。
「させるな、フルート! あいつをここから追い払うんだ!」
フルートは我に返り、ずっと握っていたペンダントを空へ突き出しました。光れ! とデビルドラゴンに光を放ちます。
ところが、それより早く、ランジュールがフノラスドへ命じていました。
「銅(あかがね)ちゃん、防げぇ!」
金の首が赤く広がって、金の石の光をさえぎりました。聖なる光はデビルドラゴンには届きません。
その背後に影の竜がやってきました。ジャアジャアと蛇たちは騒ぎ続けます。光をさえぎっている銅の蛇も、恐怖に目を見開いて後ろを見ます。
「もう一度だ、フルート! 奴を止めろ!」
と精霊の少年はまた叫びました。その声が、フルートの頭の中で、二千年前の精霊の声と重なります。よせ、セイロス! やめろ! と必死で叫ぶ精霊を無視して、初代の金の石の勇者はデビルドラゴンになったのです。
「光れ!!」
とフルートはまた言いました。願い石の援護はありませんが、精一杯の想いと力を魔石へ伝えると、まばゆい光が矢のように空へ飛びます。
けれども、やはり光はフノラスドの銅の膜を越えることはできませんでした。防がれて、金の火花を空に散らします。
そして、その瞬間、闇の竜はフノラスドにたどり着きました。吸い込まれるように影の体が消えていきます。ヤマタノオロチの肉体に、デビルドラゴンが入り込んでいったのです。
と、蛇たちは突然すべての頭と尾を大きく広げました。途中で断ち切られていた赤い首から、みるみる赤い頭が伸びて元通りになり、体全体がぐんと一回り大きくなります。
「ぃやったぁ! 合体成功ぅ!!」
とランジュールは歓声を上げて飛び上がりました。フルートたちは目の前の出来事が信じられなくて、立ちすくむしかありません。
すると、八つの蛇の頭が口を開け、いっせいに声を上げました。
ボァァァアァァアァァ!!!!!
天と地をびりびりと震わせて、蛇は大きく鳴きました――。