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第20巻「真実の窓の戦い」

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第40章 合体

120.憤り(いきどおり)

 フルートたちがデビルドラゴンやランジュールと対峙(たいじ)している場所から、丘を二つほど隔てた高原に、ザカラス国の紋章をつけた馬車が停まっていました。アイル王とトーマ王子が乗っていた馬車ですが、今は二人は馬車を下り、西の方角を心配そうに眺めていました。重なる丘の陰に、フルートたちのいる丘があるのです。

 つい先ほどまで雪野原だった高原から、雪はすっかり消えてしまっていました。魔法の光が地上を駆け抜けていった後、雪は雲になって空へ大粒の雨を降らせ、雨がやんだ後には乾いた大地が広がったのです。

 今、その高原には、三百人ほどの人々が集まって、王と王子を幾重にも囲んでいました。白の魔法使いからアイル王を警護するように命じられた、衛兵と魔法使いたちです。守りの魔法をかけ、周囲を警戒しながら、彼らもやはり西の方角を気にしていました。手前の丘にさえぎられて、フルートたちがいる丘を直接見ることはできませんが、その上空には巨大な影の竜が見えていたのです。

 竜は幾度となく鳴き声を上げ、黒い霧のような息を吐いていました。渦巻く灰の雲が竜の中に吸い込まれ、青空に影の姿がはっきりと見えるようになっていきます。その体を金の輝きが照らすのも見えたのですが、竜はいつまでたっても消滅しませんでした。時折、竜のそばで長い触手のようにうごめくのは、ランジュールが連れているフノラスドの首に違いありません。

 

 衛兵隊の大隊長が、アイル王に言いました。

「幽霊が連れている八つ頭の大蛇が、勇者殿の金の石の光をさえぎって妨害しているのです。大変とぼけた様子の幽霊ですが、油断のならない相手でした。さすがの勇者殿たちも、対応に苦慮されていました」

 アイル王は難しい表情になりました。

「い、以前、ロ、ロムドの皇太子を暗殺しようとして死んだ、ま、魔獣使いだろう。し、死んでもなお、ロムド皇太子や勇者の命をつけ狙っていて、ろ、ロムド城の祝賀会に乱入したこともある、と聞いている」

 その話に、トーマ王子は身を乗り出しました。

「そんな状況であるなら、何故、彼らを助けに行かないのですか、父上!? いくら彼らが金の石の勇者やロムドの四大魔法使いでも、人数が少なすぎます! デビルドラゴンや幽霊には対抗しきれないでしょう!」

 勇者の一行にここまで連れてきてもらいながら、置いてきぼりにされた王子です。自分自身が駆けつけて一緒に戦いたいと考えているのでした。

 大隊長が王子を押しとどめようとすると、それより早く、アイル王が言いました。

「そ、それはいけない、トーマ。あ、あちらの様子を見れば、どれほど激しい戦いが起きているか、想像がつくだろう。あ、あれは我々に加われる戦いではないのだ。そ、そこへ駆けつければ、逆に勇者たちは我々を守ろうとして、せ、戦力を削がれることになる――。か、彼らを邪魔してはならないのだ」

 先刻と同じ説得をされて、トーマ王子は唇をかみました。今この瞬間も、フルートたちはデビルドラゴンと戦っているはずなのに、やっぱり自分には何もできることがないのです。戦いが起きている場所をにらむ目に、悔し涙がにじみます。

 王子の首にはユリスナイの象徴がペンダントのように下がっていました。父のアイル王が、白の魔法使いから受けとった護符を、彼の首にかけてくれたのです。息子を少しでも闇から守りたいという親心なのですが、それさえ、トーマ王子には腹立たしく感じられていました。自分はやっぱり遠い安全な場所で守られるだけの存在なんだ、力のない弱い人間なのだ、と思い知らされるような気がします……。

 

 その時、ふいに空に稲妻がひらめきました。青空が広がっているのに、その中で雷が起きたのです。一瞬の間の後で、ガラガラガラ、ドドーン、と落雷の音が伝わってきます。

 一同は思わず飛び上がってそちらを振り向きました。稲妻が起きているのは、デビルドラゴンがいる西の空です。誰もが勇者や四大魔法使いの身を案じてしまいます。

 とたんに、トーマ王子が駆け出しました。とうとう我慢ができなくなったのです。四大魔法使いが馬車の周囲に張っていった守りの障壁は、闇のものでさえなければ、難なくすり抜けることができます。王子は障壁の外へ飛び出し、さらに衛兵や魔法使いたちの間を走り抜けていきました。西へ、影の竜と勇者たちがいる丘へ、駆けつけようとします。

 アイル王が叫びました。

「ト、トーマを止めよ! 行かせてはならん!」

 衛兵や魔法使いはあわてて王子を止めようとしましたが、王子は素早くまた身をかわしました。大人たちの腕の下をかいくぐり、そこにいた衛兵の馬の手綱をつかんで、鞍に飛び乗ります。

 衛兵たちは、あっと驚いて馬を止めようとしましたが、王子は馬の横腹を蹴りました。疾走を始めた馬の首に身を伏せ、行く手を見つめてつぶやきます。

「ぼくにだってできる。ぼくにだって戦えるんだ……! ぼくはザカラスの皇太子だぞ! 安全な場所で、皆に守られながらのうのうとしているなんて、そんな卑怯な真似ができるか……!」

 けれども、王子は戦うための剣一本、所持してはいませんでした。ただ戦いたい、負けるもんかという気持ちだけで、無謀にデビルドラゴンへ向かっているのです。

 すると、ふいに馬が急停止しました。全力疾走する姿のまま、空中に凍りついてしまいます。近くにいた魔法使いが、こちらへ杖を向けていました。魔法をかけられた! と気づいた王子は、すぐに馬を飛び下りて、また走りました。何がなんでも、フルートたちに合流するつもりでした。行く手の空でまた稲妻がひらめきます――。

 けれども、今度は王子の両脚がしびれて動かなくなりました。王子は前のめりにばったり倒れ、とっさに両手を地面につきました。足に魔法を食らったのです。後ろから衛兵や魔法使いたちが追いかけてくる気配がします。

「ちくしょう!」

 と王子は思わず叫びました。王族が口にするには品のないことばでしたが、それ以外の言い方で気持ちを表すことができませんでした。

「ちくしょう、ちくしょう! 無礼だぞ、フルート! ぼくにまったく戦わせないなんて! ぼくは――ぼくは――!」

 どんなに悔しがっても足はもう動きませんでした。悔し涙がこぼれて頬を濡らします。

 

 そこへ、行く手から蹄(ひづめ)の音が近づいてきて、一頭の馬が停まりました。衛兵が先回りしたのか、と王子は考えて涙をぬぐいました。八つ当たりに衛兵を思いきりにらみつけようとします。

 ところが、それは衛兵ではありませんでした。ぼろぼろのマントで身を包み、つば広の帽子を目深(まぶか)にかぶった男が、馬で王子の前に立っていたのです。

 男が放つ威圧的な気に、王子は思わずことばを失いました。目を丸くして男を見上げ、この者はいったい誰だろう、と考えます。帽子の下にある顔は黒いひげにすっかりおおわれていて、若者なのか年配なのか、見た目では判断がつきません。

 すると、男が口を開きました。

「これはいったいなんの騒ぎだ。あちらに見えるあの稲妻と影は、いったいなんだ?」

 それは壮年の男の声でした。鋭い目に見据えられて、王子はますます声が出なくなりました。ずいと男が馬ごと迫ってきたので、思わず地面を後ずさりします。

 そこへ馬に乗った衛兵たちが追いついてきました。男を見ると剣を抜き、いっせいに前へ飛び出していきます。

 先頭の衛兵が剣を振りかざして叫びました。

「怪しい奴、何者だ!? 殿下に何をする!?」

 すると、ぼろぼろのマントが、ばっと跳ね上がりました。男が剣を抜いたのです。振り下ろした衛兵の剣を素早く受けとめ、勢いよく跳ね返します。かなりの腕前です。

 けれども、男はそれ以上、攻撃しようとはしませんでした。

「殿下だと? いったいどこの?」

 王子と衛兵たちを不思議そうに見回して、男はそう尋ねてきました――。

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