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第20巻「真実の窓の戦い」

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119.反撃

 高原の上空で、デビルドラゴンはフノラスドとにらみ合い、ランジュールと交渉を続けていました。

 ランジュールが透明な腰に両手を当てて、デビルドラゴンへ言います。

「だからねぇ、ボクの魔獣になりなよぉ、デーちゃん。キミは最強の魔獣だし、ボクは最強の魔獣使い。一緒に協力して、勇者くんたちを倒そうよぉ」

 竜のまわりを囲む黒い光が濃くなっていました。ランジュールへ闇魔法を繰り出そうとしているのです。ジャァッと蛇たちがいっせいに身構えますが、ランジュールは相変わらずのんびり言い続けます。

「絶対イヤだって言いたいわけぇ? でもねぇ、悪い話じゃないと思うんだよねぇ。キミがボクの魔獣になってくれるならさ、ボクのほぉだってキミに――」

 

 その時、デビルドラゴンの真下の空に、人が現れました。風の犬のポチに乗ったフルートと、長衣を翼のように風にはためかせた赤の魔法使いです。フルートがペンダントを真上に突き出して叫びます。

「光れ、金の石! デビルドラゴンをここから消し去れ!」

 とたんに魔石が輝き出しました。願い石の援助がないので、先ほどよりずっと弱い光ですが、至近距離にいるので、竜の腹部を広く照らします。

 デビルドラゴンは大きく身をよじって、その場から逃れました。光に消えた部分を再生すると、全身が一回り小さくなって、大蛇のフノラスドと同じくらいの大きさになってしまいます。

 あぁらら、とランジュールは言いました。

「デーちゃんは、どぉしても聖なる光には弱いよねぇ。なにしろ影だから、身を守るものが、なんにもないんだもんねぇ」

 どこまでものんびりと、そんなことを言います。その後ろにはフノラスドがいました。金の首がまた銅(あかがね)の膜を広げて、他の頭や体を聖なる光から守っています。

 キェェェ!

 とデビルドラゴンは鋭く鳴いて、フルートへ闇の息を吹きつけました。浴びれば即死してしまう猛毒の息ですが、赤の魔法使いが杖を振ると、彼らは空中から消えました。誰もいなくなった場所を死の息が飛びすぎていきます。

 と、フルートたちは今度はデビルドラゴンの真後ろに現れました。またフルートが叫びます。

「光れ!」

 聖なる光がほとばしり、デビルドラゴンを背中から溶かしました。四枚の翼が薄れてちぎれていきます。

 竜は苦しげに鳴くと、今度は地上へ首を伸ばしました。丘の上では、ゼンやメールたちが、ひとかたまりになって空の戦いを見上げています。竜は、その一行へ死の息を吐きかけようとしたのです。

「やめろ!」

 フルートは真っ青になって、思わず光を止めました。ポチと一緒に仲間を助けに飛びますが、それより早く竜が黒い息を吐きます。

 すると、丘の上に光の障壁が生まれました。大きく広がって、闇の息を跳ね返してしまいます。

 ゼンたちを守ってくれたのは、白と青の魔法使いでした。杖を掲げ、光の障壁を張り続けながら、空に向かって言います。

「こちらは心配いりません、勇者殿!」

「皆様は我々が守りますから、ご存分に!」

 フルートはうなずき、またデビルドラゴンへ光を浴びせました。竜は苦し紛れにまたフルートへ闇の息を吐きますが、こちらは赤の魔法使いが防いでしまいます。

 

 光を浴びて薄れていくデビルドラゴンを見て、ランジュールは、やぁれやれ、と首を振りました。

「だからボクの言うことを聞いてれば良かったのにぃ。デーちゃんったら、意地ばっかり張るんだからなぁ。この調子じゃ、いつか勇者くんたちは竜の宝の謎を解いちゃうよねぇ。そうなったら、きっとデーちゃんは本当にやっつけられちゃうんだ。あぁあ、つまんない。せっかくの強さが全然生かされてないじゃないかぁ」

 ところが、そんなランジュールの独り言に、闇の竜が急に反応しました。薄れ始めた長い首をねじって、ランジュールを振り向きます。

「オマエハ今、ナント言ッタ、幽霊? 竜ノ宝ノ謎トハ、イッタイ何ノコトダ?」

 空と丘の上で、フルートたちは、はっとしました。竜の宝のことはずっと秘密にして、極力誰にも話さないようにしてきたのに、ランジュールはいつの間にかそれを知っていたのです。いつ、どこで……と考えます。

 すると、ランジュールは、にやりと笑いました。

「あれぇ、急に本気モードになってきたんじゃなぁい、デーちゃん? 竜の宝ってのは、キミが二千年前に敵に奪われた、キミの大切なものなんだろぉ? セイマの港街で勇者くんたちと戦った後にね、こっそり勇者くんたちの近くに隠れていたら、そんな話を小耳にはさんだのさぁ。勇者くんたちは、竜の宝ってのがキミを倒す手がかりだと考えて、謎を解くために世界中を旅して回っているんだよねぇ。だから、近いうちにその謎も解けちゃって、デーちゃんはきっと――」

 

 とたんに、バリバリッと青空の中で稲妻がひらめきました。稲妻の源はデビルドラゴンの体です。電撃がフルートに向かって飛んでいきますが、金の石が輝いて防いだので、四散してまぶしく光ります。

「おやぁ、デーちゃん、いきなり完全本気モード!」

 とランジュールは言って、うふふふ……とまた笑いました。

「これはどぉやら、ほんとに竜の宝ってのがデーちゃんの弱点だったらしいねぇ。ねぇ、勇者くんたちぃ、もしかしてもう謎を解いちゃったんじゃないのぉ? だったらボクにも教えてよぉ。何がデーちゃんの宝だったのか、ボクも知りたいんだからさぁ」

 稲妻が次々に空を走りました。ポチに乗ったフルートや赤の魔法使いを狙って、四方八方から襲いかかってきます。金の石や赤の魔法使いが防ぎますが、稲妻の集中攻撃に、まったく身動きがとれなくなってしまいます。

 そこへデビルドラゴンが闇の息まで吐こうとしたので、女神官が呼びました。

「戻れ、赤! 空にいては危険だ!」

 赤の魔法使いはフルートとポチを捕まえました。一瞬で仲間たちがいる丘の上へ戻ります。

 そこへまたデビルドラゴンが稲妻を落としました。四大魔法使いが障壁を張ったので、稲光が四散して丘を真っ白に照らします。

 すると、地の底からデビルドラゴンの声が聞こえてきました。

「オカシイト思ッテイタノダ。ふるーとタチハ世界中デ妙ナ動キヲシテイタ。地上ノ人間ニデキル行動デハナイ。サテハ天空王ノ助力ヲ得タナ。オマエタチハ、イッタイ何ヲ知ッタ――!?」

 グァラグァラグァラ。

 青空の中にまた雷鳴が響き渡りました。巨大な稲妻が光の柱になって丘を直撃します。四大魔法使いの障壁が一同を守りますが、あまりにまぶしくて、誰も目を開けていることができません。

「こんちくしょう。デビルドラゴンのヤツ、めちゃくちゃ怒ってやがるな」

 とゼンが言いますが、その声も雷鳴にかき消されてほとんど聞こえませんでした。

 

 そんな光景を、ランジュールは上空から眺めていました。細い肩をすくめると、やぁれやれ、とまた首を振ります。

「デーちゃんったら、あんなに暴れ回っちゃってぇ。実体がないのに、あんなにたくさん魔法を使ったら、どんどん体が小さくなるじゃないかぁ」

 事実、空にいるデビルドラゴンは、先ほどより幾回りも小さくなってしまっていました。空を半分おおい隠すほど巨大だった体が、今はせいぜい海のクジラ程度です。稲妻を落とし、闇の息を吐くたびに、さらに体は小さくなっていきます。

 ふぅん、とランジュールは言うと、急に姿を消しました。次にまた現れたのは、こともあろうに、暴れ回るデビルドラゴンのすぐ上です。空中をふわふわ漂いながら、竜に話しかけます。

「ねぇ、デーちゃん、ボクの魔獣になりなよぉ。キミだって、この世界での容れ物がないと不便なんだろぉ? さっきも言いかけたけどさぁ、キミにも悪い話じゃないんだよねぇ。なにしろ、キミに力も容れ物もあげよう、って言うんだからさぁ」

 とたんにバリバリッと上空へ稲妻が走り、ランジュールのいる場所を直撃しました。寸前で別の場所へ移動したランジュールが、口を尖らせます。

「あっぶないなぁ。キミのそれ、魔法の雷だろぉ。ボクが怪我したら、どぉするのさぁ」

「オマエハ幽霊ダ! 我ノ容レ物ニハナレヌ!」

 とデビルドラゴンは言いました。影の体は空中にあるのに、声は相変わらず地の底から聞こえてきます。

 すると、ランジュールはまた姿を消しました。今度はデビルドラゴンのすぐ目の前に現れて、ちちち、と細い人差し指を振って見せます。

「容れ物だけじゃなく、力もあげるよ、って言ってるじゃないかぁ。それも、とびっきりの力なんだからねぇ――。デーちゃん、ボクのフーちゃんと一緒にならなぁい? そうなれば、正真正銘、この世で一番強い魔獣が誕生するんだけどなぁ」

 そんなふうに持ちかけて、うふふふっ、とランジュールは楽しそうに笑いました――。

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