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第20巻「真実の窓の戦い」

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116.決意

 ああっ、と勇者の一行は思わず声を上げました。

 丘の上でフルートがペンダントを掲げて、聖なる光を四方に放っています。願い石が力を貸しているので、金の石は目もくらむほど明るく輝いているのですが、その光を膜のように首を広げたフノラスドがさえぎってしまったのです。金の石の光に強い赤い頭です。

「あいつったら、またあんなことを!」

 とルルが言いました。ランジュールはマモリワスレの戦いのときにも、赤い蛇を障壁に変えて、金の石の光を防いだのです。

「ワン、またじゃない! 今度の赤い蛇は前より大きな壁になってる! 前よりも鍛えてあるんだ!」

 とポチが言うと、うふん、とランジュールが空中で笑いました。

「気がついてくれてありがとぉ、ワンワンちゃん。そぉ、赤ちゃんは前よりずっと強化してあるんだよぉ。こぉんなふうにデーちゃんをキミたちから守ることもあるかなぁ、って思ってねぇ」

 蛇が作る赤い障壁の向こうで、影の竜がみるみる復活していきました。四枚翼が、ばさりと音をたて、竜の頭がキェェェェと鳴きます。とたんに高原の人々がまた反応しました。耳をふさぎ、正気に戻ろうとするように頭を振ります。

 

 すると、フルートの隣に金色の少年が現れました。真剣な表情で言います。

「ここにいる人間を今すぐ退却させるんだ。彼らを闇から守りながらでは、あいつを倒すことはできない」

 フルートは丘の麓を振り向き、高原にいる魔法使いや衛兵たちがまた混乱しかけているのを見て、即座に決断しました。白の魔法使いへ言います。

「全員退却してください! アイル王とトーマ王子がいる馬車のところまで! 戦いが激しくなって、あそこまでとばっちりが行くかもしれない。彼らを守ってください!」

 それは全軍を撤退させるためにフルートがとっさに思いついた言い訳でしたが、女神官はすぐに承知しました。魔法で声を広げて、高原中に散っている部隊へ命じます。

「これより勇者殿が大きな作戦を開始する! 諸君は退却! 光の道を開くので、全員そこを通ってザカラス国王陛下の守備につけ!」

 それと同時に青と赤の魔法使いが杖を掲げました。魔法の光がいくつにも別れて高原に落ち、魔法使いにしか見えない出入り口になります。

 魔法使いたちもすぐに承知して、そこをくぐって退却していきました。これまで自分たちを守ってくれた衛兵や馬たちも、一緒に連れていきます。

「白さんたちも早く」

 とフルートは四大魔法使いへ言いました。丘の上ではマフラーの術師と若草色の娘が、大隊長や衛兵と共に撤退していくところでした。娘が四大魔法使いへ一礼していきます。

「どうぞお気をつけて」

 女神官は消えていく一同にうなずき返してから、フルートに言いました。

「私たちはここに残ります、勇者殿。我々であれば、闇からかばってもらうようなことは不要。一緒に戦わせていただきます」

 毅然(きぜん)と言い切る女神官に、武僧とムヴアの魔法使いも大きくうなずきます。

 

 でも――とフルートは言いかけ、急にうめいて前屈みになりました。顔を苦痛に歪めて、自分の体を抱いてます。

 驚く一同へ、願い石の精霊が淡々と言いました。

「私の力が守護のに流れているので、間にあるフルートの体が傷められているのだ。あまり長い時間続ければ、フルートの体のほうが先に壊れる」

 金の石の精霊もフルートへ言いました。

「力に体を破壊されれば、君は即死するし、ぼくでも君を癒すことができなくなる。急ぐぞ。一気にあの蛇を破ってデビルドラゴンを追い払おう」

 フルートは体の内側を焼く痛みに耐えながら、そんな金の石の精霊を横目で見ました。今は小さな少年の姿をしていますが、彼は二千年前には美しい女性の姿をしていて、初代の勇者のセイロスを守っていたのです。そのセイロスは、願い石の誘惑に負けて金の石を裏切り、自分の願いを語ってしまいました。その願いは、こともあろうに、デビルドラゴンと同化するという形で実現したのです。

 今、空の彼方に浮いているデビルドラゴンは、闇に負けたセイロスの、なれの果ての姿でした。本体は世界の果てにまだ幽閉されているのに、世界の王になるという願いをあきらめきれなくて、影の姿で現れてきているのです。

 金の石はずっと、デビルドラゴンの正体を知っていたんだ……とフルートは考えました。デビルドラゴンと戦うたびに、どんな気持ちでそれを見ていたんだろう、とも考えますが、精霊の彫刻のように整った顔は、なんの感情も表してはいませんでした。セイロスをデビルドラゴンにした願い石の精霊も、同様に無表情です――。

 

「おい、大丈夫か、フルート!?」

 フルートが身をかがめたまま起き上がらないので、ゼンが心配して声をかけました。

「デビルドラゴンがかなりはっきりしてきてる! 何か仕掛けてきそうだ! 急ぎなよ!」

 とメールも言います。

 フルートは歯を食いしばって体を起こし、またペンダントを構えました。

 赤い蛇が変わった膜の向こうでは、闇色の竜が、影の輪郭をはっきりさせていました。そのまわりで渦巻いていた灰の雲は、いつの間にかほとんど消えています。寄り集まって、デビルドラゴンになっていったのです。空は水色に変わり、本当に久しぶりの日ざしが地上へ降ってきますが、それを喜ぶような余裕は誰にもありませんでした。空の西半分をおおい隠す影の竜を見上げ続けます。

 金の石の精霊がまた口を開きました。

「これからぼくの光を一点に集中させる。それであの蛇の壁を貫いて、デビルドラゴンを攻撃する。いいな?」

「わかった」

 とフルートは答えました。目の前の少年が、占いおばばの水晶を通して見た、大昔の精霊の姿と重なります。

「目を覚ませ、セイロス……! あなたは正義の勇者! 自分の誉れよりも幸福よりも、世界の人々の幸福を願える人だ!」

 打ちのめされ、ぼろぼろになりながらも、地を這い、必死で呼びかけていた声が、耳の底によみがえってきます。

 フルートは唇をかみしめ、ペンダントを両手で握り直しました。とたんに石が強く光り始めたので、二人の精霊は同時にフルートを見ました。石に強い力を与えたのは、願い石ではなく、フルート自身の心だったのです。

 フルートはペンダントを前にかざし、石をまっすぐデビルドラゴンへ向けると、はっきりとした声で言いました。

「光れ! 奴を世界の最果てへ追い返すんだ!!」

 とたんに、爆発するような光が石からほとばしり、光の槍となって闇の竜へ飛び始めました――。

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