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第20巻「真実の窓の戦い」

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115.混乱

 フルート、ゼン、メール、ポポロ、ポチとルル――勇者の一行は空に投げ出されて墜落していきました。地上から降る雨が、彼らの全身を激しくたたきます。犬たちは変身して仲間を助けることができません――。

 

 すると、下のほうから赤い光が飛んできて、彼らを包みました。墜落の速度が遅くなり、やがてふわりと空中に浮かび、ゆっくりと地上へ下りていきます。

 フルートたちが驚いて光を見回していると、突然逆さ雨がやみました。雨音が空に遠ざかり、周囲が明るくなっていきます。ポポロの魔法が時間切れになったのです。

 丘の上で、赤の魔法使いが杖をフルートたちに向けて、受けとめてくれていました。白の魔法使いと青の魔法使いは、その隣で西の方角を眺めています。その視線を追いかけて、フルートたちも愕然としました。

 闇の雲は消えていませんでした。先ほどよりずっと小さくなっていますが、黒雲の渦を作って激しく回転しています。その中央から長い竜の首が、続いて四枚の翼が出てきました。実体のない影の怪物です……。

「やぁったぁ! やっぱりデーちゃんが現れたぁ!」

 とランジュールが飛び跳ねて喜んでいました。デーちゃんとはデビルドラゴンのことを言っているようです。

 丘の上へ降り立ったフルートたちは、衝撃を抑えられませんでした。

「な、なんであいつが出てくるのさ!? ポポロは聖水の雨を降らせたはずだろ!?」

「ワン、灰は確かに消えてるんですよ! 雲は小さくなっているんだもの!」

「じゃあ、どうしてあいつが出現するんだよ!? 聖水が効かなかったってのか!?」

 ポポロは目を見張ったまま、真っ青な顔で空を見上げていました。彼女は二度の魔法を使い切りました。デビルドラゴンへ魔法を使いたくても、もう不可能です。

 フルートは歯ぎしりをしました。

「ランジュールが言ったとおりだ。デビルドラゴンは灰の雲が消されているのを感じ取って、空の灰を一箇所に集めて、魔法の時間切れを待っていたんだ。あれだけ灰を濃くしておけば、簡単には消されないだろうと考えて――」

 うふふっ、とランジュールが女のように笑いました。

「実はこれを予想してたんだよねぇ。ここって、デーちゃんが全力で作った闇の仕掛けだもん。ここを壊されそうになったら、きっとデーちゃんが出てくるだろうと思ったんだぁ。ボクが全力で邪魔するふりをすれば、キミたちがむきになって灰を消そうとするのも想定ずみ。いやぁ、ぜぇんぶボクの計画通りにいっちゃって、すっごく気持ちいいなぁ」

 その隣の空へフノラスドが飛び上がってきました。白の魔法使いたちの戒めを振り切ってきたのです。どうやって防いだのか、聖水の雨にダメージを食らった様子はありません。よしよし、ごくろうさまぁ、とランジュールから頭をなでられて、嬉しそうに八つの首を振ります。

 

 高原の魔法使いや衛兵は呆然と西の空を見上げていました。雲の渦から、フノラスドよりもっと巨大な怪物が抜け出し、空に飛びたっていきます。それは四枚翼の影の竜でした。西の空半分をおおい隠して、ばさり、ばさり、と翼を打ち合わせます。

 と、竜は首を伸ばして、鋭く鳴きました。

 キェェェェェ……

 その声が響き渡ったとたん、人々はいっせいに恐怖に打ちのめされました。すさまじい悪意が突風のように押し寄せてきて、全員を圧倒します。

「なろ……ヤツに負けるな! 負けたらヤツの言いなりになるぞ……!」

 ゼンがうめくように言って、隣のメールを抱き寄せました。メールは真っ青な顔で震えていたのです。ポチはぶるぶる震えるルルの前に飛び出してうなり、フルートも背後にポポロをかばって身構えます。

 赤の魔法使いは仲間の二人がまだ呆然としているのを見て、ロ! と叫びました。小さな足で、どん、と地面を踏み鳴らすと、とたんに仲間たちが動き出します。

 女神官は我に返ったように頭を振りました。

「心を縛られかけた……なんとすさまじい悪意だ」

「以前、神の都ミコンで一度奴に会っていますが、あの時以上の力ですな」

 と武僧は冷や汗を拭います。

 すると、彼らが立つ丘の横で騒ぎが起きました。麓で待機していた衛兵隊の大隊長と部下たちが、いっせいに馬で丘を駆け上がり、丘の中腹にいたマフラーの術師と若草色の長衣の娘に襲いかかったのです。

「闇の怪物が現れたぞ! 恐れるな、退治しろ!」

 と大隊長がどなって、剣で術師と娘に切りつけていきます。

 術師は娘を抱えて大きく飛びのきました。

「やめろ! 俺たちは怪物なんかじゃないぞ!」

 と叫びますが、衛兵たちは耳も貸さずに攻め寄ってきます。

 すると、若草色の娘が術師の手を振りきって飛び出しました。

「敵の怪物です! 私に任せて!」

 と杖を振り上げて、大隊長や衛兵たちへ魔法攻撃を繰り出そうとします。

「いけない!」

 白の魔法使いはとっさに杖を振りました。衛兵たちと魔法使いたちの間に障壁を作って魔法をさえぎり、さらに彼らの間を大きく引き離します。

「デビルドラゴンに混乱させられているのよ……! 味方が敵の怪物に見えているんだわ!」

 とポポロが言いました。同様の騒ぎは丘の後ろの高原でも起きていました。たった今まで味方だったはずの魔法使いと衛兵が、それぞれを敵と思って戦い始めています。中には他の魔法使いに攻撃しようとする魔法使いまでいました。

「正気にかえりなされぃ、皆様!」

 と青の魔法使いが、どん、と丘を杖でたたきました。とたんに魔法が発動して広がっていきましたが、それでも半数以上がまだ混乱したままでした。魔法がひらめき、馬が吹き飛ばされて悲鳴を上げます。若草色の娘も術師の手を振りきって、また攻撃に飛び出そうとします。

 

 フルートはペンダントを握りしめ、高くかざして叫びました。

「光れ、金の石! デビルドラゴンを追い払って、みんなを正気に戻すんだ!」

 とたんに魔石がまぶしく輝き出しました。丘の上から周囲へ澄んだ光を投げ始めます。

 けれども、その光だけでは、高原全体を照らすことはできませんでした。空に浮かぶデビルドラゴンにも、光は充分に届いていません。

「がんばれ、金の石! もっと強く光るんだ!」

 とフルートが言うと、魔石は光を増しました。金の輝きに照らされて、デビルドラゴンの翼がぼやけ始めます。

 すると、フルートの隣に、ふわりと赤いドレスの女性が現れました。願い石の精霊です。

「闇の竜の力はこれまで以上に強大だ。守護のに無理をさせて消滅させるのは許さない」

 と冷静な声で言うと、フルートの肩をつかみます。とたんに、金の石は爆発するように光り出しました。高原全体がまぶしく照らされ、金色に輝きます。

「あら、私……」

 若草色の娘がようやく正気に返ってまわりを見ました。自分が術師の青年に抱いて引き止められていたことに気づくと、真っ赤になって驚きます。

 その向こう側では、大隊長と衛兵たちも正気を取り戻していました。

「か、怪物はいったいどこへ行ったのでしょう?」

「我々は何と戦っていたのだ?」

 やはり不思議そうに、金に染まった高原を見回します。その至るところで、衛兵たちと魔法使いたちが、我に返っていました。戦いで怪我をした者は、降りそそぐ金の光を浴びたとたんに、傷が治っていきます。

 勇者の一行は声援を送っていました。

「行け、金の石、フルート!」

「願い石もがんばって!」

「デビルドラゴンは崩れてきてるよ!」

「ワン、もう少しです! あとちょっと!」

「フルート! フルート……!」

 フルートは体に流れ込んでくる願い石の力に、歯を食いしばって耐えていました。体を内側から焼かれるような熱と痛みを感じているのですが、それでも輝く魔石を掲げ続けます。その先でデビルドラゴンはますます崩れていきました。影の体が薄くなって、ゆらゆらとかげろうのように揺れています。

 もう少しだ! とフルートも心の中で言いました。もう少しであいつを追い払える! がんばれ、金の石!

 フルートの想いに応えるように、魔石がいちだんと明るく輝きます――。

 

 すると、彼らの頭上で、のんびりした声が言いました。

「だぁかぁらぁ、そぉいうことはダメなんだってばさぁ。せっかく出てきたデーちゃんなんだもん。キミたちにはやっつけさせないよぉ」

 ランジュールから彼らを見下ろしていました。フノラスドはいつの間にか消えています。闇の怪物なので、聖なる金の光を避けて姿を隠したのです。

 ところが、その見えない怪物へ、ランジュールは命令を下しました。

「さぁ、出番だよぉ、赤ちゃん! キミの得意技を、もう一度見せてあげよぉ!」

 とたんに赤い蛇の頭が丘とデビルドラゴンの間の空に現れました。長い首が巻物を開くように広がり始め、薄い赤い膜になっていきます。

 それは願い石と金の石に対抗するために鍛えられた蛇の頭でした。金の石が発する強烈な光を、薄く広がった蛇の首がさえぎり始めました――。

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