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第20巻「真実の窓の戦い」

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第38章 雨

114.雨

 地上から聖水の雨を降らせろ、というフルートの指示に、仲間たちは呆気にとられました。

 彼らがいる空の行く手には重い灰の雲が壁のように広がり、その上にフノラスドが吐いた雲が重なっています。ポポロが空から聖水の雨を降らせようとしても、雲に邪魔されてしまうのですが、それにしても思いがけない作戦でした。誰もすぐにはことばも出ません。

 けれども、ポポロだけは即座に呪文を唱え始めました。雪を溶かして水にした最初の魔法は、まもなく時間切れになってしまいます。フルートが指示を出したら、何も考えずに実行しよう、と待ちかまえていたのです。雪解け水が音をたてて流れる地上に向かって、細く高い声が言います。

「レフーヨメアノイスイーセエーモクノイハノミーヤラカウヨジーチ!」

 すると、ポポロの指先から緑の光が飛び出しました。彼女の二つめの魔法です。

「白ちゃん、防いでぇ!」

 とランジュールが叫びましたが、魔法を呑み込む白蛇は動くことができませんでした。丘の上の四大魔法使いが、魔法の戒めでがっちりと白蛇を抑えていたからです。

 ポポロの魔法が雪解け水にぶつかり、そのまま光の輪になって周囲へ広がっていきました。地上全体をおおう水が一瞬緑に輝き、また水の色に戻っていきます。

 

 すると、地上から奇妙な音が聞こえ始めました。ぴちぴちと水が弾ける小さな音です。それはたちまち増え、あっという間に高原全体に響くようになりました。一つずつはかすかな音でも、無数に集まれば、耳をふさぐほどの音量になります。

 フルートたちは身を乗り出して地上を見ました。大地は急に霧に包まれたようにかすみ始め、魔法使いや兵士たちが驚いたように足元を見回しています。

「雪解け水が雨粒になって空中に浮いているんだ。もうすぐ空に向かって降り出す」

 とフルートは言いました。その目は地上をじっと見つめ続けています。

 空へ降り出すって……と仲間たちはますます呆気にとられました。地上の様子は雲を見下ろす光景に似ていますが、そこから空に向かって雨が降る、という現象は想像しきれなかったのです。何が起きるのだろう、と見下ろし続けます。

 すると、そんな彼らに、ぽつり、と冷たいものが当たりました。雨粒ですが、空の上からではなく、地上のほうから飛んできます。

 と、それはたちまち数が増えていきました。地上をおおう霧の中から雨が次々空へ飛び上がって、すぐに本降りの雨になってしまいます。

「ワン!」

「きゃあ!」

 ポチとルルは雨に風の体を散らされそうになって悲鳴を上げました。変身が解けてしまって、フルートやポポロ、ゼンと一緒に空中に放り出されます。

「危ない!」

 花鳥に乗ったメールが空を舞って、全員を鳥の背中に拾い上げました。その翼や腹の下で、激しい雨音が聞こえ始めます。地上から降る雨が、鳥の体を作る花を下からたたいているのです。周囲の空も篠突く(しのつく)雨でいっぱいになりました。土砂降りですが、鳥の背に乗った一行には、ほとんど雨は降りかかりません。まるで大きな木の下で雨宿りをしているようです。

「へんてこりんな光景だよねぇ」

 とメールはあきれて周囲を回しました。雨は確かに下から上に向かって降っています。彼らの周囲を飛びすぎた雨が、空の雲へ吸い込まれていくのが見えます。

 鳥の背中から身を乗り出して地上を確かめようとしたゼンが、ぶわっ! と声を上げて首を引っ込めました。地上から降る雨に激しく顔をたたかれて、息が詰まりそうになったのです。頭がずぶ濡れになっています。

「見ろ!」

 とフルートは行く手を指さしました。

 空一杯に広がった雨のカーテンの向こうで、次々と光が湧き起こっていました。まるで無数の稲妻がひらめいているようです。

「聖水の雨が闇の灰を打ち消しているのよ」

 とポポロは言いました。魔法をかけ終わった手を祈るように組み合わせ、真剣な表情でひらめきを見つめています。彼女の魔法は二、三分しか続きません。この短い間に、雨が闇の灰をすべて消滅させてくれますように、と願っていたのです。

 すると、花鳥がキーィッと鳴きました。それを聞いてメールが言います。

「地上でもあれと同じような光がそこらじゅうで起きてる、って花鳥が言ってるよ」

「聖水が地上に降り積もった灰も消しているんだ」

 とフルートは言いました。空の雲を消すことだけを考えていたのですが、実際には、雪解け水がすべて聖水になったので、地上に降った闇の灰まで消滅させていたのです。予想以上の効果に、フルート自身がちょっと驚きます。

 ポチは喜んで尻尾を振りました。

「ワン、ということは、ここ以外の場所でも、聖水を使えば闇の灰を消せるってことですよ! フルートが無理して金の石を使わなくたって、闇の灰を退治する方法はちゃんとあったんだ!」

 おぉっ、と仲間たちも歓声を上げました。急に展望が開けたような気がして、降りしきる雨とひらめく光を全員で見つめます。

 

 すると、その目の前にいきなりランジュールが現れました。

「もうっ。そぉいうことをやっちゃダメだって、何度言えばわかるのさぁ! この雲を消されたら、デビルドラゴンが出てこなくなっちゃうんだよぉ!」

 と文句を言ってくるので、ゼンはどなり返しました。

「だから雲退治をしてるんだろうが! そもそも、どうしてデビルドラゴンなんか呼びたがりやがる! おまえの手には余るし、ヤツは世界を滅茶苦茶にするんだぞ! んなことされてかまわねえってぇのかよ!?」

 けれども、ランジュールは平気な顔でした。

「うん、かまわないよぉ。だぁって、ボクはもう死んじゃってるから、この世がどんなふうになっても、全然関係ないもんねぇ。うふふふ」

 無責任きわまりない幽霊に、ゼンは完全に腹をたてました。こんにゃろう! とランジュールに飛びかかろうとして、メールに引き戻されます。ここは空の上ですから、花鳥の背中から飛び出せば墜落です。

 フルートはランジュールに向かって言いました。

「ポポロが降らせている雨は、闇の灰の雲を消す。仮に一度で消しきれなかったとしても、明日になったらまた聖水の雨を降らせられるようになる。闇の灰は必ず消えるんだ。おまえの負けだぞ、ランジュール! デビルドラゴンは絶対におまえのものにはならない!」

「うふふふ……それはどぉかなぁ?」

 とランジュールは答えました。いかにも思わせぶりの声に、フルートは眉をひそめました。はったりのようにも見えますが、ランジュールは油断のならない相手です。雨の中に浮かぶ彼を、確かめるように凝視してしまいます。

 すると、ルルやポポロが口々に言い始めました。

「ねえ、変よ。さっきより闇の匂いが濃くなってきているわ」

「あっちから伝わる闇の気配が強まっているのよ! 聖なる雨が闇の灰を消しているはずなのに……!」

 ポポロは灰の雲が広がっている方向を見ていました。一生懸命透視しているのですが、相変わらず大量の闇が横たわっていて、見通すことができません。

 うふふふふ……とランジュールは笑い続けました。余裕に充ちた笑い声です。

 

 その時、激しい雨音に混じって、白の魔法使いの声が聞こえてきました。

「大変です、勇者殿! 灰の雲が激しく動いている、と赤が言っております!」

 なんだって!? とフルートたちは驚きました。

「ワン、雲は消えていないんですか!? 動いているってどういうこと!?」

 とポチが言いますが、彼らには相変わらず何も見えませんでした。空に向かって降る雨が、彼らの視界をさえぎっています。

 すると、ランジュールがまた口を挟んできました。

「うふふ、当然じゃないかぁ。あれはデビルドラゴンが自分のために地上に噴出させた灰だよぉ。それをキミたちが消そうとしたら、デビルドラゴンが気がつかないはずないじゃないかぁ」

 え? とフルートたちは思わず顔を見合わせました。全員がみるみる青ざめていきます。

 そこへまた、女神官の声が聞こえました。

「灰の雲が渦を巻き始めました、勇者殿! これまでで最大です! 中心から何か怪物が――!」

 とたんに土砂降りの雨の向こうで、ゴォォォ、と風がうなりました。突然横殴りの風が吹き出して、雨を巻き込んでいきます。花鳥は風に激しく翻弄(ほんろう)されました。翼を羽ばたかせてバランスを取ろうとしますが、その体から花が吹き飛ばされていきます。

「ダメだ! 花が吹き散らされちゃうよ!」

 メールが悲鳴を上げた瞬間、ばっと花が散りぢりになりました。たちまち風にあおられて飛ばされてしまいます。

 フルートたちはまた空中に放り出されました。雨まじりの風が吹いているので、ポチたちは変身することができません。彼らは叫び声を上げながら地上へ落ちていきました――。

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