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第20巻「真実の窓の戦い」

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113.魔法・2

 ポポロの一つ目の魔法は、一面に降り積もっていた雪をあっという間に溶かし、雪解け水に変えてしまいました。高原が水浸しになり、低い方向へ流れ出します。その水を聖水の雨に変えて闇の雲へ降らせろ、というのが、フルートの二つめの指示でした。

 はいっ、とポポロは答えて、また呪文を唱え始めました。ひゃっほう! とゼンとメールが歓声を上げます。

「そうか、雪は溶けりゃ水になるに決まってたぜ!」

「これ全部を聖水にして降らせたら、あの雲もきっと消えるね!」

 その声はランジュールにも聞こえていました。一つだけになった目を見開き、空中を行ったり来たり、せわしく飛び回ります。

「なぁに、なにさぁ、その作戦!? 雪を溶かして聖水の雨にするぅ!? じょぉだんじゃない! そんなコトしたら、ホントに灰の雲が消えちゃうじゃないかぁ! 黒ちゃんたち、雨雲ぉ! お嬢ちゃんの魔法を妨害してぇ!」

 ジャァァァ、と三匹の黒蛇がいっせいに返事をしました。闇魔法を使う蛇たちです。口を開けて、また霧を吐き出します。けれども、それは人の命を奪う闇の息ではありませんでした。大量の灰色の霧が、もくもくと大きな入道雲になって空へ立ち上り、やがて空一面をおおってしまいます。

 ランジュールは言い続けました。

「そぉそぉ! それを灰の雲の上に動かしてぇ! そうすれば、お嬢ちゃんの雲は入り込めなくなるからねぇ!」

 フノラスドが吐いた雲は命令通りに動き出しました。西へ移動を始めて、闇の灰の雲よりもっと高い場所に、雲天井を広げていきます。濃い雲の塊で空をおおって、聖水を降らせる雲を防ごうとしているのです。

 事実、ポポロは困惑した顔で魔法を止めていました。彼女の魔法はほんの二、三分しか続きません。フノラスドの雲を押しのけて灰の雲の上へ行こうとすれば、押し合いをしている間に魔法が切れてしまいそうな気がしたのです。

 

 すると、丘の上で白の魔法使いが言いました。

「風を起こせ! 蛇の雲を散らすんだ!」

 はいっ、と魔法使いたちがいっせいに応えました。その足元を雪解け水が音をたてて流れていきます。ポポロの最初の魔法は周囲に広がって、高原全体の雪を溶かしていたのです。

 五十人近い魔法使いが起こした風は、うなりながら空に舞い上がり、上空の雲へぶつかっていきました。そのまま雲を追い払おうとします。

 青の魔法使いが言いました。

「闇の灰の雲に風をぶつけんように! こっちの雲は、下手に動かすと闇の怪物を生みますぞ!」

 それを聞いて、ランジュールが言いました。

「むしろ、それをやってほしいんだなぁ。その風、いただきぃ! 白ちゃんたち、風を操るユラサイの術ぅ!」

 フノラスドの白い蛇は、四大魔法使いの力で、まだその場に拘束されていましたが、唯一動かせる頭を天に向けると、一匹が光のユラサイ文字を吐き出しました。もう一匹がそれを読み始めます。風の向きを変える術を繰り出そうとしたのです。

「そうはさせん!」

 とマフラーの術師はまた呪符を投げました。たちまちフノラスドの術が砕けて消えます。

 ところが、ランジュールは笑い出しました。

「うふふ、やっぱりひっかかったぁ。白ちゃんがやると見せておいて、本当にやるのは黒ちゃんでぇす。黒イチちゃん、魔法使いさんたちの風を灰の雲へ進路変更ぅ!」

 上空へ雲を吐いていた黒い頭の一つが頭を下げ、妖しい光を吐き出しました。闇の魔法です。光は巻き起こった風にぶつかり、あっという間にその行き先を変えました。ごうごうと吹き荒れる風が、空低い場所に淀む闇の灰に吹き込み、灰の中にまた渦を作っていきます。

「ワン、まずい!」

「渦からあいつが現れるわよ!」

 と犬たちが叫びました。レコルの街で、こんなふうに渦を巻いた灰からデビルドラゴンが出現しそうになったことを、思い出したのです。

「ロ、ウペーポ!」

 赤の魔法使いがムヴアの術で風を制御しようとしましたが、とたんに大きく弾き飛ばされて倒れました。フノラスドが風を操る力のほうが強力で、抑えきれなかったのです。

 うふふふふ、とランジュールは笑い続けました。

「無駄無駄ぁ。フーちゃんは闇の国で育てられてきた、デビルドラゴンのそっくりさんだよぉ。いくらキミが強力な自然魔法を使えたって、フーちゃんが使う闇魔法よりは弱いのに決まってるだろぉ?」

 同じ丘の上ではマフラーの術師が悔しさに身震いしていました。彼も呪符を大量にまいて風向きを変えようとしていたのですが、フノラスドの闇魔法が強力すぎて、まったく歯がたたなかったのです。

「風を停止!」

 と女神官はついに叫びました。魔法使いたちはすぐに風を止めて呆然としました。この状況をどうしたらいいのか、彼らにはわかりません。

 

 ルルの背中でゼンが言いました。

「どうすんだよ!? このままじゃ、もうすぐポポロの魔法が切れるぞ!」

「でもさ、フノラスドの雲が上に広がってるから、ポポロは雲を作って雨を降らせられないんだよ!」

 と花鳥の上からメールが言い返します。なんとかしたい気持ちは彼女も同じなのですが、本当にどうしていいのかわかりません。すがるように自分たちのリーダーを振り向きます。

 おろおろして涙ぐむポポロの前で、フルートはじっと考え込んでいました。魔法切れの時間は刻一刻と近づいているのですが、口元を手でおおい、雪解け水が流れる地上を見つめて考え続けています。

 フルート! と叫びたい気持ちを、仲間たちは必死でこらえました。ここで急かしてしまっては、フルートは考えをまとめることができません――。

 

 すると、フルートは顔を上げて、そうか、とつぶやきました。何かを思いついたのです。仲間たちはいっせいに身を乗り出しました。

「なに、フルート!?」

「どうすればいいんだよ!?」

「早く指示しとくれよ!」

 フルートは自分の後ろに座るポポロを振り向きました。

「やっぱり君の魔法だ。続けていく。ただし、上がだめなら、下からだ――。ポポロ、灰に向かって地上から聖なる雨を降らせろ!」

 そう言って、フルートは右手の平をぐっと上へ動かして見せました。

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