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第20巻「真実の窓の戦い」

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110.流星

 あああああ、とランジュールは悲鳴を上げて空へ飛び上がりました。片手を顔に当て、叫びながら猛烈な勢いで空を飛び回ります。衛兵隊の大隊長が幽霊にも効く矢で彼の右目を貫いたのです。

 ロムドとザカラスの魔法使いたちは魔法を繰り出し続けていました。こちらもフノラスドに大量の攻撃を食らわせています。行けるかもしれない、と全員が考えました。幽霊と巨大な蛇の怪物を追い払い、作戦を完結させることができるかもしれない――と。

 

 すると、突然ランジュールが上空で立ち止まりました。片手は右目に当てたまま、地上を見下ろして、一言つぶやきます。

「生意気ぃ」

 次に幽霊の口から飛び出してきたのは、悲鳴でも怒りのことばでもありませんでした。研ぎ澄まされた氷の刃のような、鋭い口調でフノラスドに命じます。

「白ちゃんたち、分裂。魔法を全部呑み込め! 他の頭は連中に総攻撃!」

 とたんに二つの白い蛇の首が輪郭を失ってぼやけました。次の瞬間には、何十という細い白蛇の首に変わって、うねうねと動き出します。

「なに……!?」

 驚く魔法使いや衛兵たちの前で、白い蛇たちは口を開け、飛んでくる魔法を片端から呑み込み始めました。数が多いので、魔法はすべて食われてしまいます。

 他の色の蛇たちは、さんざん攻撃を食らってすっかり腹をたてていました。鎌首を持ち上げ、いっせいに息を吐き出します。黒い蛇は闇の息を、青い蛇は黄色い猛毒を、金や赤の蛇さえそれぞれに炎や氷の息を吐いてきました。

「防げ!」

 と女神官は叫んで障壁を張りました。青と赤の魔法使いがそこに加わり、さらに若草色の魔法使いも加わって、蛇の息を防ぎます。術師の男は呪符を取り出して術を繰り出そうとします。

「金ちゃんと黒ちゃんの尻尾!」

 とランジュールがまた鋭く命じました。

 金色と黒の蛇の尾が飛んできて、守りの障壁を直撃します。とたんに障壁はまた砕けました。衝撃で魔法使いたちが吹き飛び、術師の男も巻き添えを食らって倒れます。その手から呪符が吹き飛ばされてしまいます。

 空の上で、ランジュールはにんまりと笑いました。まだ顔の半分を押さえていますが、残った左目で地上を見下ろして言います。

「ボクは前に言わなかったっけぇ? ボクってね、普段はとぉっても寛大なんだけど、負けるコトだけは絶対に我慢できないんだよねぇ。ボクが傷つけられるコトも、ぜぇったい許せないんだなぁ。だから、うふふふ――みぃんな、ここで全滅だからねぇ――」

 笑い声と共に、ランジュールは手を振りました。それを認めて、蛇たちがいっせいに口を開けます。闇の息が、猛毒が、炎や氷が、人々に向かって再び吐き出されてきます。丘の上の魔法使いたちはまだ倒れたままでした。障壁を張ることができません――。

 

 そこへ空の彼方から鋭い風の音が迫ってきました。若い男の声が響きます。

「光れ!!」

 とたんに金の流星が丘の前へやってきました。まばゆく輝き、光の尾を引きながら丘と蛇の間を横切っていきます。流星は押し寄せてくる蛇の息を片端から打ち消していきました。光が通り過ぎていった後に、死の息はもうありません。

 蛇の息がすべて消えると、金の流星は引き返してきました。丘の前の空中に停まって、金の石を掲げたフルートとポポロを乗せたポチに変わります。

 あれぇ!? とランジュールは声を上げました。

「キミったら、勇者くん!? それに、魔法使いのお嬢ちゃんとワンワンちゃんも! キミたち、どぉしてここにいるのさぁ!?」

 地上では雪の上に倒れた魔法使いたちが、顔を上げて、やはり信じられないように空を見上げていました。ザカラス城から去っていったはずの勇者たちが、彼らを守ってそこにいるのです。

「金の石の勇者――あの小柄な若者が?」

 と大隊長が不思議そうに言っていました。彼はフルートを見るのが初めてだったのです。

 すると、その頭上でまた風の音がして、大隊長のすぐ横に別の若者が飛び下りてきました。背は低いものの、がっしりした体格をしていて、青い胸当てと弓矢を身につけています。もちろんゼンです。

 ゼンは、ずしん、と音をたてて雪の中に着地すると、いきなり大隊長へ殴りかかりました。隊長がとっさに身をかわすと、ゼンの拳が、そのすぐ後ろにいた怪物を殴り飛ばします。――雪の中から犬頭のキノケファリが飛び出して、大隊長に襲いかかろうとしていたのです。

 そこへ鋭い風の音と共に、空からルルが舞い下りてきました。風の刃でキノケファリの首を切り落とし、風の尾で巻き込んで、頭を遠くへ投げ飛ばしてしまいます。

 続いて、ばさり、と鳥の羽音がして、花鳥に乗ったメールも上空にやってきました。人々を守って戦う仲間を見て言います。

「なんとか間に合ったね! 良かったぁ――!」

 

 

 フノラスドやランジュールが暴れ回る戦場から丘二つほど離れた場所には、守りの結界があって、一台の馬車が停まっていました。馬車の中から窓越しに丘の向こうを眺めているのは、アイル王とトーマ王子です。

 時折、丘の彼方に得体の知れない黒煙や灰色のかげろうが立ち上るのを見て、トーマ王子は歯ぎしりしていました。

「失礼な連中だ――本当に失礼な連中だ! ぼくも一緒に戦うと言っているのに、こんな場所に置いてきぼりにするとは――! ぼくはこのザカラスの皇太子なんだぞ! 国を守って戦うのは当然のことじゃないか!」

 ザカラス城でごねて勇者の一行についてきた王子は、父王の馬車を見つけて無事に合流することができたのですが、そこでメールの花鳥から下ろされてしまったのです。どんなについていくと言い張っても、今度は誰も、いいよ、とは言ってくれませんでした。王子をアイル王の元に残して、丘の向こうの戦場へ飛んでいってしまったのです。

 王子が少年らしい怒りに震えていると、父王は静かに話しかけました。

「こ、これ以上、彼らと行動を共にしてはいけない、トーマ――。か、彼らは今、大変な戦いを繰り広げているのだ。こ、ここにいても、あちらから伝わってくる声や叫び、物音や立ち上る煙で、そ、それはわかる……。あ、あそこは戦場だ。わ、我々があそこにいては、戦う者たちの足かせになってしまう。か、彼らの勝利を信じ、委ねて待つことも、わ、我々王たる者の役目だ」

 トーマ王子は思わず父王を振り向きました。痩せて頼りなく見える父の顔ですが、よく見れば、とても思慮深そうな目をしています。今、その目は王子をじっと見つめていました。跡継ぎの息子の中に、何かを確かめているように――。

 トーマ王子は唇をかむと、まだ文句を言いたい気持ちをぐっとこらえてうなずきました。アイル王がほほえんでうなずき返します。

 

 トーマ王子はまた窓から丘の向こうを眺めました。

 何故か急にあたりが静かになったような気がします。金の輝きが見えたような気もしますが、よくわかりません。

 王子はそちらをにらむように見つめて、つぶやきました。

「勝てよ、勇者たち……。闇の灰や怪物なんかに負けたりしたら、絶対に承知しないからな……!」

 それを聞きつけたアイル王が、王子の肩に優しく手を置きました。二人並んで窓から戦場の方向を眺めます。

 やがて、丘の向こうから低いどよめきが伝わってきました――。

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