ランジュールの命令で、犬頭人体の怪物がいっせいに飛びかかってきました。白の魔法使いに襲いかかりますが、彼女は障壁でフノラスドを防いでいるので、応戦することができません。白！ と青や赤の魔法使いが焦りますが、こちらも風を操っているので助けられません。
すると、横手から大隊長が飛び込んできました。白の魔法使いの後ろに立ち、手にしたものでランジュールを突き刺そうとします。それは幽霊に効果のある魔法の矢でした。ひゃぁ！ とランジュールが女神官から離れます。
大隊長は矢を足元の雪に突き立てると、腰の剣を抜きました。ほえながら飛びかかってきたキノケファリに切りつけ、頭を切り落としてしまいます。
ギャウン、と鳴いて地面に落ちた犬の頭を、大隊長は思いきり蹴り飛ばしました。周囲が見えなくなってとまどう体には剣を突き立てます。すると、頭がギャーッと大声を上げ、体は雪の上に音をたてて倒れました。そこへ衛兵が駆けつけ、頭と体に油を振りまいて火をつけます。
けれども、ほっとする間もなく、次のキノケファリが襲いかかってきました。大隊長の剣をかいくぐり、飛びかかって押し倒してしまいます。
「大隊長！」
と衛兵が駆けつけて切りつけました。怪物がのけぞったところへ、首に鎖鎌を巻きつけ、二人がかりで怪物を隊長から引き離します。他の衛兵も周囲のキノケファリに剣をふるいます。
ところが、怪物の数のほうが多すぎました。
怪物を切り倒した衛兵が、別の怪物に殴り倒され、やっと起き上がった大隊長がまた怪物に押し倒されます。白の魔法使いや、青や赤の魔法使いにまで、キノケファリが迫ります。
空中に避難したランジュールが叫んでいました。
「四大魔法使いも兵隊さんも、一人残らずかみ殺せぇ、犬アタマくん！ 全部やっつけたら、死体を食べてかまわないからさぁ！」
キノケファリは人肉を食らう怪物だったので、これを聞いて喜びました。よだれを垂らしながら、丘の上の人間たちに襲いかかっていきます。
すると、どん、と音がして、怪物たちが吹き飛びました。雪と一緒に丘の下へ転がり落ちていきます。
代わりに、四大魔法使いや衛兵を守るように丘の上に立ったのは、二人の魔法使いでした。一人は白いマフラーを口元に巻いた黒髪の男性、もう一人は若草色の長衣を着た娘です。
女神官が娘を見て言いました。
「若草か！？ 何故持ち場を離れた！ 早く戻れ！」
若草色の長衣の娘は眼鏡をかけていましたが、その奥で目を細めて笑いました。
「無理です、白様。皆様がここでお倒れになったら、いくら持ち場を守っていても、灰の風が来なくなってしまいますから」
「同感だな」
と言ったのは黒髪の男でした。こちらはザカラスの魔法使いだったので、娘のような揃いの制服は着ていません。
「ロムドの四大魔法使いを守ることが、この作戦では一番大事なんだろう？ それなら、俺たちの持ち場はここだ。なぁに、風を使うのは得意じゃなかったから、一番外側で守っていたんだ。俺が抜けたって、風はちゃんと飛んでいくさ」
「あら、あなたもですの？ 私も風を使うのより、魔法攻撃のほうが得意なんです」
と若草色の娘は言うと、黒髪の男と顔を見合わせて笑いました。妙に息が合っています。
女神官はすぐに言いました。
「よし、では二人はここで我々を守れ！ 大隊長殿は他の場所を頼む――！」
そこへまたフノラスドが体当たりしてきたので、彼女は障壁を支えるので手一杯になりました。
「よし、ついてこい！ 下の怪物を倒すぞ！」
と大隊長は馬に飛び乗り、衛兵を率いて丘を駆け下っていきました。麓の雪原では、風から生まれてきた怪物が何十匹とうごめき、魔法使いに襲いかかろうとして衛兵に食い止められていたのです。大隊長を追いかけたキノケファリを、黒髪と若草色の二人が魔法でまた吹き飛ばします。
その様子にランジュールは、うぅん、とうなりました。
「キミたちって、全員がロムド人ってわけじゃないよねぇ？ どう見たって寄せ集めの部隊なのにさ、どうしてそんなに一致団結してるわけぇ？ 戦いにくいったらないじゃないか。ちょっとは仲違いとかしてよぉ」
もちろん、そう言われてわざわざ喧嘩を始めるような者もありません――。
その時、フノラスドの八つの頭がいっせいにシャァァァと声を上げました。口をふさいでいた大岩をやっと呑み込んだのです。長い首の付け根のあたりに、岩の形のふくらみがありましたが、フノラスドが首を大きくねじると、ふくらみは音をたてて砕けていきました。すぐに首を伸ばし、またジャアアア、と声を上げます。
「よぉし、いいよぉ、フーちゃん！」
とランジュールは飛び上がって喜びました。闇の灰を風と共に散らしている魔法使いや、それを守って怪物と戦う衛兵を指さして言います。
「とにかく魔法が邪魔なんだよねぇ。ボクも魔法には怪我させられちゃうしさぁ。まずは白ちゃんたち、それから黒ちゃんたちぃ！ 順番を間違えずに、攻撃ぃ！」
すると、フノラスドの二つの白い頭が首を伸ばしました。一匹が口を開けて光のユラサイ文字を吐きます。
「まずい！ ユラサイの術が来るぞ！」
と女神官は叫びました。彼女の強力な障壁も、異国の術は防ぐことができないのです。
若草色の衣の魔法使いは、自分たちの大将の真似をして、上空に大岩を二つ生み出しました。それを白い蛇の口にたたき込もうとします。
ところが、そこへ赤や金の蛇の頭が襲いかかってきました。空中の岩をあっという間にかみ砕いてしまいます。
「無駄無駄ぁ！ 同じ手は二度は食わないよぉ！ うふふふ……」
ランジュールが得意そうに笑う中、もう一匹の白い蛇が人のような声を出し始めました。ユラサイ文字を読み上げているのです。とたんに、光の文字は術に変化しました。巨大な炎が荒れ狂いながら飛んできて、女神官の障壁を一瞬で溶かしてしまいます。炎が丘の上の魔法使いたちに襲いかかります――。
すると、その火が彼らの目の前で四散しました。一瞬で燃え尽きて、消えていきます。
女神官や若草色の魔法使いは呆気にとられました。赤や青の魔法使いも、風を操りながら、驚いた顔をしています。彼らの前には黒髪の魔法使いが立っていました。その手が握っているのは、ユラサイ文字が書かれた呪符です。
えぇぇ！！？ とランジュールは声を上げました。
「ま、まさかそれってぇ……キミ、ユラサイの術師なのぉ！？ だぁって、ここはザカラスじゃないかぁ！？」
「ザカラスにユラサイの術師がいちゃ悪いという法律はない」
と黒髪の魔法使いは答えました。よく見れば、その顔や手は黄色味を帯びた肌をしていました。口元に巻いたマフラーは、術師が術を発動させる口を守るためのものだったのです。
女神官は我に返ると、すぐにまた障壁を張り直しました。すぐ後にやってきた黒い蛇の息を防いで、術師の男に感謝します。
「ありがとう、助かった」
若草色の衣の娘も、男に言いました。
「私、ユラサイの術を見たのは初めてです。その紙で魔法を発動させるの？ でも、さっきはそれを使わなかったんじゃありません？」
「俺は自分にも術をかけているから、呪符なしでもいくらか術を使えるのさ」
と男は答えました。なんとなく、得意そうに聞こえる声です。
ランジュールは透き通った手で頭をかきむしりました。
「あぁ、もぉ！ いい加減にしてよねぇ！ 勇者くんたちといい、キミたちといい、協力して抵抗してくるんだからぁ！ 無駄なコトはやめて、早くフーちゃんに倒されなよぉ！」
もちろん、誰もそれには従いません。
ふん、とランジュールは顎をそらしました。
「いいよぉ、いいよぉ、わかったよぉ。これはアレだよね、真っ向勝負。ボクのフーちゃんと、キミたちのチームワークと、どっちが上か正面勝負で決めようじゃないかぁ。もっちろん、ボクのフーちゃんが勝つに決まってるけどねぇ、うふふふふ……」
いつものように笑いながら、ランジュールはフノラスドに命じました。
「黒ちゃんたち、闇の息ぃ！ もう一度風にたっぷり混ぜ込んで、風を狂わせてあげよぉ！ ついでに、みんなも吹き飛ばしちゃえぇ！」
ジャァァァ！！！
フノラスドの黒い蛇たちはいっせいに声を上げると、口からまた大量の黒い霧を吐き出し始めました――。
