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第20巻「真実の窓の戦い」

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第36章 阻止

107.阻止・1

 闇の灰をもう一度散らして、デビルドラゴンの出現を阻止するぞ! と白の魔法使いは言いました。彼らの目の前の空には巨大なフノラスドが浮かび、その背後では灰の雲が風に乱されて渦を巻いています。魔法使いが何十人束になってもかないそうにない敵ですが、女神官は恐れることなく見据えています。

 青の魔法使いは頭を振りました。

「やれやれ、白にはかないませんな。実に真面目で意志が強い。さすがは我らが魔法軍団の長だ」

 と自分の杖を握り直し、隣にいた小男へ言います。

「もう一度風を捕まえてください、赤。私が力添えして、この場所から三つの方向へ分散させます」

「ガ、フノラスド、ルゾ」

 と赤の魔法使いが心配そうに言うと、女神官が答えました。

「大丈夫だ。奴は私が抑える。ぐずぐずしてはいられない。早く始めろ!」

 

 そこで、赤の魔法使いは丘の雪の上へ座り直しました。周囲に並べた器や線がちゃんと残っていることを確かめてから、手を組み、低く歌い出します。ムヴアの術でもう一度風を操り、雲から闇の灰を引き出そうとしているのです。その横で青の魔法使いがこぶだらけの杖を振りかざしました。荒れ狂っていた風が少しずつ落ち着いてきたところへ、自分の魔法を送り出します。

 すると、灰色の風が一気にこちらに向かって吹き出しました。うなりながら突進してきて、丘の真上にやってきます。

「はぁっ!」

 武僧は気合いと共にまた魔法を繰り出しました。どん、と大きな音がして風が裂け、左右の後方と頭上の三つの方向へ吹き始めます。

 武僧の後方には、二人の魔法使いが持ち場を離れずに立っていました。灰の風は先刻よりはるかに強く吹いていますが、魔法でがっちり捕まえ、また左右の後方と頭上へ分けて送り出します。その後ろにも魔法使いたちが待機していて、風を受けとって分散させます。

 渦を巻く雲から丘の上へ、そして高原へと、闇の灰が再び流れ始めました。風の網がまた高原の上に編み上げられていきます。

 青の魔法使いが、風を送りながら後方へ叫びました。

「しっかり送れ! ぐずぐずすると風が淀んで怪物が生まれるぞ!」

 すると、後ろの魔法使いがそれに答えました。

「大丈夫です! 一度道さえできれば、後方の仲間が風を引っ張ってくれますから!」

 警護に当たっていた衛兵たちも言いました。

「怪物が生まれたら、我々が倒します! 心配せず魔法に専念してください!」

 ごうごうごう、と高原全体を風が吹き抜けていました。風は闇の灰を載せ、東へ吹きながら薄く広がっていきます――。

 

 上空からそれを見たランジュールは、金切り声を上げました。

「ちょぉっとぉ! そぉいうことはやめようって言ったじゃないかぁ! ボクの話を全然聞いてないんだからさぁ! フーちゃん、もう一度あいつらに――」

 ところが、ランジュールが命令を言い終えないうちに、その目の前に矢が飛んできました。例の、幽霊にもダメージを与えることができる魔法の矢です。うわっ、とランジュールは声を上げてかわすと、地上に向かってわめき続けました。

「ちょっとちょぉっとぉ! 危ないじゃないかぁ! まともに当たってボクが消滅したらどうするつもりさぁ!」

 矢を放ったのは、丘の上にいた衛兵でした。大隊長が空へどなります。

「無論、貴様を消滅させるために撃っているのだ! おとなしく消えろ、幽霊! ザカラスを貴様のいいようにはさせん!」

「えぇ? ボクは別にザカラスなんてどうでもいいんだけどさぁ」

 とランジュールはぶつぶつ言ってから、ふん、と鼻を鳴らしました。

「まったく、生意気だよねぇ。人間のくせにボクやフーちゃんに抵抗するなんてさぁ。黒ちゃんたち、あいつらに特大の闇の息! 邪魔するものはなくなったんだから、今度こそ全滅させるよぉ!」

 白の魔法使いが張っていた障壁は、フノラスドの衝撃波で消えていたのです。

 ところが、フノラスドの黒い蛇たちが闇の息を吐こうとすると、その口に光の弾が次々飛び込んできました。白の魔法使いが待ちかまえていて、蛇が口を開けた瞬間に撃ち込んだのです。闇の蛇は光の魔法に咽を焼かれ、頭を振ってもだえました。闇の息を吐けなくなってしまいます。

「ああ、なんてことをぉ! かわいいボクのフーちゃんに何をするのさ!? よぉし、こうなったら全員の魔法を使えないようにしてやる! 白ちゃ――」

 ランジュールはまた命令を言い終えることができませんでした。魔法の矢がまた彼目がけて飛んできたからです。ランジュールが矢をかわして別の場所に現れると、そこにもまた魔法の矢が飛んできます。

 もぉ! とランジュールは叫びました。矢をかわすのに忙しくて、なかなかフノラスドに命令が下せません。

 

 その隙に女神官はまた杖を掲げました。空に向かって叫びます。

「光の女神よ! あの邪悪な蛇たちを黙らせたまえ!」

 とたんに空中に現れたのは、小山ほどもある岩の塊でした。その中央に、女神官自身も姿を現し、宙からフノラスドを見下ろします。

 蛇たちは怒って、彼女に向かってシュウシュウ言いました。白い蛇が光の文字を吐いてユラサイの術を使おうとします。

「はっ!」

 と女神官は蛇に向かって杖を振りました。とたんに空中の大岩がいっせいに落ち始めます。

 岩が飛び込んだのは蛇の口の中でした。八つの蛇の口全部が、大岩でふさがれてしまいます。光のユラサイ文字も、岩に押し戻されて口の中に消えていきました。岩を吐き出せなくなった蛇が、頭を振って苦しみます。

 ああぁ!! とランジュールはまた金切り声を上げました。矢に狙われないように空を飛び回りながら叫びます。

「なんてことするのさぁ、神官のお姐さん! 蛇って口にほおばったものを吐き出せないんだよぉ! それを知ってて、やったわけぇ!?」

 そこへまた矢がすれすれを飛び抜けていったので、幽霊はついに姿を消しました。その間に女神官は地上に飛び下り、杖を振って、ふわりと着地します。

 すると、その目の前にランジュールが現れました。ぎょっと女神官が飛びのくと、それに合わせてまた目の前にやってきます。

「白殿!」

 と大隊長や衛兵たちは叫んで、立ちすくみました。ランジュールが女神官のすぐそばにいるので、彼女まで傷つけそうで、矢が撃てなくなったのです。

 その緊張した表情に、ふんっ、とランジュールはまた鼻を鳴らしました。

「ボクがお姐さんに何ができるってのさ。ボクは幽霊だよぉ? 悪霊じゃないんだから、生きてる人間に悪さなんてできるわけないじゃないかぁ」

「だが、貴様は油断がならない」

 と女神官は冷静に答えると、握った杖で幽霊を打ち据えようとしました。

 おっとぉ! とランジュールはまた姿を消すと、今度は女神官のすぐ後ろに現れて、言い続けました。

「まぁねぇ。ボクが安全だなんて、ボクは絶対言わないけどねぇ。フーちゃんだってそぉさぁ。口をふさいだくらいで安全だなんて、夢にも思っちゃいけないんだよぉ――。フーちゃん、下りといでぇ! 尻尾でこの連中をたたき潰しちゃえ!」

 

 とたんに、ずずーんと地響きをたてて、フノラスドが空から落ちてきました。丘の前の高原に着地して、積もっていた雪を水しぶきのように跳ね飛ばします。

 次の瞬間、大蛇が後ろを向き、八つの尾を振り回したので、女神官は障壁を張りました。蛇の尾が障壁に激突して火花を散らし、激しく震わせます。女神官は思わず顔をしかめました。蛇の攻撃があまりに激しかったので、彼女のほうにまで衝撃が伝わってきたのです。それでも魔法は緩めずに、味方を守り続けます。

 ふぅん、とランジュールは言いました。

「やるねぇ、お姐さん。フーちゃんの尻尾の直撃は岩山も砕くんだよ。それを一人で防ぐなんて、さっすが四大魔法使いの大将さん。でもねぇ、多勢に無勢(たぜいにぶぜい)ってことばは知ってるぅ? どんなに強いヤツでも、たくさんの敵にはかなわない、って意味なんだよぉ」

 ランジュールがそう言ったとたん、急に丘の上の雪がぼこぼこと持ち上がり、そこから生き物が立ち上がりました。女神官が張っている障壁の内側に、犬の頭に人の体の怪物が、十頭以上も出現します。

「うふふ。いっぱいいるだろぉ? さっき闇の灰の中で捕まえたんだよぉ。キノケファリって怪物なんだけどねぇ、あんまり有名じゃないから、犬アタマって呼んでるんだぁ。それじゃ、犬アタマくんたち、そのお姐さんを食いちぎって、白い服を真っ赤に染めてあげちゃえぇ!」

 幽霊はそう言うと、さっと女神官を指さしました――。

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