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第20巻「真実の窓の戦い」

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106.企み

 火の山から噴き出した闇の灰は、重い雲になって空にたれ込め、遠い海から高原を越えて吹いてくる風に載って、ゆっくりと東へ移動していました。それは巨大な亀が這うような進みだったのですが、ここに来て、その動きが変わっていました。フノラスドの闇の息に狂わされた風が、向きを変え、灰の雲を中心からかき回しています。

「灰の雲の動きが止まりませんぞ!」

 と青の魔法使いが叫びました。白の魔法使いは障壁で仲間を守りながら、歯を食いしばって雲を見上げていました。雲の中に大きな渦が生まれていたのです。渦の中心に闇の灰が集まっていきます――。

 すると、そこから巨大な怪物が生まれてきました。象に似た姿をしていますが、鼻の代わりに長い角が伸び、全身は鋭い刃におおわれています。ずずん、と地響きを立てて地上に降り立ちます。

「やったぁ! 特大の魔獣出現!」

 とランジュールは歓声を上げると、すぐにフノラスドへ言いました。

「フーちゃん、あいつに攻撃ぃ! あいつをかみ殺しちゃえ!」

 なに!? と白の魔法使いたちはまた驚きました。てっきりランジュールが怪物を捕獲するものと思っていたからです。ランジュールは魔獣使いです。強い魔獣を求めてここに来ているはずなのに……ととまどいます。

 フノラスドは八つの頭でいっせいに象の怪物へ襲いかかりました。巨大な生き物が蛇の牙の間でちぎれ、あっという間に灰に戻っていきます。

 すると、今度は灰の渦から特大のクジラが生まれてきました。目を持たない大口の怪物で、フノラスドに匹敵する大きさです。クジラはやはり地響きを立てて雪原に落ちると、全身から高熱を発して、一瞬で周囲の雪を蒸発させました。雪の下の地面まで熱に溶かされて、クジラの周囲はむき出しの岩盤になります。

「やっほぅ、この魔獣くんはとびきり強そうだねぇ! 灼熱のクジラかぁ! うん、最高――! だけど、残念ながら、これもいらないんだなぁ。フーちゃん、こいつも消去」

 ランジュールの命令に、フノラスドがまたクジラに襲いかかりました。クジラがどんなに熱くなっても、平気で食いちぎって灰に戻してしまいます。

 

 次に灰の渦から生み出されてきたのは、何万何千という闇の怪物でした。形も大きさもばらばらの生き物が、いっせいに叫び声を上げ、人間目がけて押し寄せてきます。障壁を押し破られそうになって、女神官は必死で壁を支えました。青の魔法使いが隣へ飛んできて一緒にそれを支え、赤の魔法使いは地面に両手を当てて、大地伝いに魔法を送り込もうとします。

 すると、ランジュールがまた言いました。

「雑魚(ざこ)には用はないよぉ。フーちゃん、消去、消去、消去! こんなつまんない怪物に灰を使われないようにしなくちゃねぇ」

 フノラスドの二つの白い頭が首を天に伸ばしました。一匹が口から光る文字を吐き出し、もう一匹が人の声のような音を発します。すると、文字が衝撃波に変わって飛んできました。障壁に取りついていた何万という怪物を、障壁ごと一気に破壊して灰に戻してしまいます。

 衝撃が砕けた反動で、女神官と武僧は吹き飛びました。フノラスドが使ったのはユラサイ国の術だったので、彼らの光の魔法では防げなかったのです。怪物を消滅させた衝撃波が、障壁のあった場所を越えて、こちらへ押し寄せてきます。

 とたんに、丘の雪の中から赤い光が立ち上りました。あっという間に丘を駆け下り、衝撃波を押し返します。それは赤の魔法使いの魔法でした。赤い火花が空中に飛び散り、衝撃波が消えていきます。

 

 女神官は跳ね起き、幽霊へ尋ねました。

「貴様はいったい何を狙っている、ランジュール!?」

 魔獣使いの幽霊は闇の灰の中から何かが現れるのを待っていました。それはきっと、非常に強い特別な怪物なのです。

 ランジュールはまた、うふふ、と笑いました。

「さぁねぇ。そんなの教えなぁい――。でもね、キミたちだって大陸に名が知れ渡ったロムドの四大魔法使いなんだからさぁ、ボクが何を待っているのか、そろそろわかってもいい頃なんじゃないのぉ?」

 と人をくったようなことを言います。

「テ、ミノ、ウ?」

 と赤の魔法使いが思いついたように言いました。それを聞いて、青の魔法使いが目を丸くします。

「は? 闇の竜とは――まさか――奴はデビルドラゴンを捕まえようとしているのですか!?」

 なに!? と白の魔法使いも驚きました。あまりのことに、二の句が継げなくなってしまいます。

 うふふふ……とランジュールは空中で笑い続けました。

「当たり、当たりぃ。ボクが欲しいのはね、キミたちがデビルドラゴンって呼んでる闇の竜なんだよぉ。この世にあんなに強い闇の怪物はいないからねぇ。ボクが求める最強の魔獣にぴったりなのさぁ、うふふふふ」

 すると、ジャア、とフノラスドが抗議するように鳴きました。色違いの八つの頭が、怒ったようにランジュールに迫ります。自分たちを差し置いてデビルドラゴンを求めるとはどういうことだ、と腹をたてたのです。

 ランジュールは笑顔のままで手を振りました。

「怒らない、怒らなぁい。もちろん、キミだって最強の魔獣だよぉ。だって、キミはデビルドラゴンに対抗するために、闇の国で育てられてきた魔獣なんだからね。何百年もの間、数え切れないくらいの魂を、地上や闇の国や、果ては天空の国からもかき集めて、キミにせっせと食らわせてさぁ――。ねぇ、フーちゃん、キミはもう赤ちゃんなんかじゃないんだよ。その体だって、ボクが鍛え上げた特別強力なヤマタノオロチなんだしねぇ。そのキミと、本家本元のデビルドラゴンと、どっちが強いか、力比べしてみたいと思わなぁい? ボクが欲しいのは世界最強の魔獣。キミが本当に世界最強なら、デビルドラゴンと戦って、それを証明してみせようよぉ。うふふ」

 

 あまりの話に、白の魔法使いは唖然としていました。馬鹿げている、ということばしか思い浮かびません。ランジュールは世界最強の怪物であるデビルドラゴンを手に入れるために、フノラスドと戦わせようとしているのです。

 ところが、青の魔法使いは大真面目で言いました。

「あのフノラスドという怪物は、現存する闇の怪物の中では、おそらく世界最強でしょう。うまくすれば、奴がデビルドラゴンを倒してくれるかもしれません。そうなると、世界中がデビルドラゴンから助かることになりますな――」

 とたんに赤の魔法使いがどなりました。

「カナ、ト、ナ!」

 女神官も叱責します。

「短慮なことを言うな、青! フノラスドがデビルドラゴンを倒しても、世界の救いにはならない! それは新たなデビルドラゴンが世界に誕生するということだぞ!」

 女神官は不吉な予感に襲われていました。彼女は予知能力の類(たぐい)を持たないはずなのに、この企みを実現させてはいけない、と何かが激しく警告してくるのです。

 彼女は一瞬考え、すぐに声を広げて呼びかけました。

「魔法軍団! ザカラスの同士諸君! デビルドラゴンを出現させるわけにはいかない! もう一度、雲から灰を引き出して散らすぞ!」

 なんだって!? と魔法使いや兵士たちは仰天しました。彼らの目の前には巨大なヤマタノオロチが立ちふさがり、その向こうでは闇の灰の雲が渦巻き、荒れ狂っています。この状況でもう一度灰を散らそうとするとは、誰も予想していなかったのです。青の魔法使いでさえ、こう言います。

「それは不可能ですぞ、白! 風が闇に狂わされている! 赤にももう捕まえられないのに!」

「弱音を吐くな!」

 と女神官はまた武僧を叱りつけました。灰の雲をにらみつけて言い続けます。

「我らがやらなければ、あの雲はいずれデビルドラゴンを生み出す! 奴がここに現れれば、ザカラスはどうなる!? ロムドは――!? 守るのだ! なんとしてもあの灰を散らし、デビルドラゴンの出現を阻止するぞ!」

 雪の高原に散る味方全員へそう言って、女神官は杖を振りかざしました――。

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