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第20巻「真実の窓の戦い」

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第35章 妨害

104.巨大な闇

 「来ますぞ! とんでもなく馬鹿でかい闇の気配です!」

 という青の魔法使いの声に、白の魔法使いは身構えて目を凝らしました。目の前に迫る黒雲は、地上へ闇の灰を降らせ続けています。闇が濃すぎて見通すことができませんが、やはり強力な気配を感じました。何かが雲の奥からこちらへ近づいています。

 すると、雲の中に、ちらりと影が映りました。蛇の頭のようにも見えますが、信じられないほど巨大です。

 同じように目を凝らしていた大隊長が、声を張り上げました。

「敵はまた大蛇だ! 雲の中に潜んでいるぞ! 接近して射落とせ!」

 命令を受けて、待機していた数人の兵士がいっせいに馬を走らせました。赤や青の魔法使いがいる丘の麓まで来ると、馬を飛び下りて弓を構えます。それは大人の背丈ほどもある長弓でした。引き絞って放った矢が、大きな弧(こ)を描いて雲に飛び込んでいきます。

 とたんに、雲の中でまた闇が動きました。ずずずと巨大なものが迫る気配に、魔法使いたちはいっせいに雲を見ました。風の魔法を支えながら、不安そうな表情になります。

「撃て撃て! 怪物を地上へ射落とせ!」

 と大隊長も雲に向かって駆け出しました。左手で馬の手綱を操り、右手には抜き身の剣を握っています。前線の衛兵たちは射撃を続けました。雲の中にまた怪物の影が映ったので、そこへ集中して矢を放ちますが、いくら撃っても怪物に当たる気配がありません。まるで影そのものを攻撃しているように、矢が突き抜けて地上へ落ちてしまいます。

 

 その様子に、白の魔法使いは、はっとしました。さらに前に出て矢を射ようとする兵士たちへ叫びます。

「待て! すぐに戻れ――!」

 影へ駆けつけようとしていた大隊長と副官が、女神官の切迫した声に手綱を引いて振り向きました。

 丘の麓では、青の魔法使いもどなっていました。

「雲の下に行ってはいけません! 逃げなさい! 早く!」

 けれども、その声は先を行く兵士たちには届きませんでした。猛烈な風が高原へ吹いているので、ごうごういう音で何も聞こえなくなっていたのです。雲のすぐ目の前まで馬で走り、また飛び下りて弓を引き絞ります。

 すると、雲の中から突然、黒い霧が噴き出してきました。赤の魔法使いが灰を引き出しているのとは別の場所です。黒い風になって兵士や馬たちに降りかかります。

 とたんに馬がいななき、兵士たちは悲鳴を上げました。馬は口から泡を吐いて倒れ、兵士は咽をかきむしって転げ回ります。

「毒か!?」

 と大隊長と副官は顔色を変えました。五人の兵士と五頭の馬が雪の上でのたうっています。

 白の魔法使いは一瞬で丘の麓から頂上へ移動しました。ムヴアの術を使っている赤の魔法使いの横で、自分の杖を掲げます。

「光の女神よ! あなたの民を守りたまえ!」

 すると、丘の前に光の壁が生まれました。たちまち左右に伸びて、丘と雲の間を仕切ります。馬に乗った大隊長や副官の前にも、光の壁が広がりました。押し寄せてきた黒い霧が光の壁にぶつかって停まります。

 けれども、先に倒れた兵士や馬は、光の障壁の向こう側になってしまいました。壁が彼らを避けるように曲がってしまったのです。女神官は歯ぎしりをしました。

「闇の障気(しょうき)か――!」

 それは生き物の命を奪う闇のガスでした。兵士と馬が闇に生気を吸われて干からび、次々に息絶えていきます。

 

 すると、青の魔法使いがまた叫びました。

「白、障壁を下げなさい! 障壁が風に当たりますぞ!」

 女神官が張っていた光の壁が、上空へ伸びて、赤の魔法使いが引き出す灰の風に触れそうになっていたのです。赤の魔法使いは真剣な顔で風を操っていますが、伸びてくる障壁を避けることはできません。

 女神官は即座に光の障壁を引き戻しましたが、ほんの一瞬、壁の先端が風に触れました。バチッと音を立てて風が乱れ、灰の濃くなった場所から闇の怪物が生まれてきます。それは大きな猿のような怪物でした。鳴きながら地上に落ちてくると、風を落ち着かせるのに必死になっている武僧へ走っていきます。

「青!」

 と女神官は叫びました。光の障壁を制御しているので、魔法攻撃ができなかったのです。大猿が武僧に襲いかかります。

 ところが、怪物が武僧に触れるより早く、鎖鎌が飛んできて、大猿の背中に刺さりました。猿がギャッと飛びのきます。

 鎖鎌を投げたのは、大隊長と一緒にいた兵士でした。大隊長が声高に命じます。

「引け、引き寄せろ! 青の魔法使い殿には指一本触れさせるな!」

 また何本もの鎖鎌が飛んで、大猿の体に突き刺さりました。そのまま兵士が馬で駆け出したので、大猿は倒れて雪の上を引きずられました。そこへ副官が油の袋を投げつけ、猿は自分よりも大きな炎に包まれます――。

 

 白の魔法使いは、ほっとして、また雲を見上げました。巨大な闇の気配はすぐそこまで迫っていました。再び黒い霧が雲から噴き出してきます。女神官はまた光の障壁を延ばして、障気を防ぎました。灰の風を避けなくてはならないので、壁を操るのに苦心します。

「白の魔法使い殿!」

 と大隊長が部下たちと丘の上まで駆けつけてきました。猿の怪物は燃えて消滅したのです。

 女神官は叫びました。

「下がれ! あなたたちが対抗できる敵ではない! 早く! できるだけ後ろへ――!」

 そう言っている間にも、闇の気配は雲の外れまで迫ってきました。灰の雲をすかして、また鎌首のようなものが見えます。

 と、雲の切れ目から、今度は長い首がのぞきました。大木のような首は、黒光りするうろこにびっしりとおおわれています。

 その巨大さに大隊長たちはたじろぎました。

「ドラゴン……?」

 と誰かがつぶやきます。

 白の魔法使いは障壁を支えながら、自分の目を疑っていました。何故実体になっているのだろう、と考えたのです。あいつは実体のない影のはずなのに――。口には出しませんが、内心ひどく混乱します。

 

 すると、灰の雲の中から声が聞こえてきました。

「あぁあ、いったい何をしてるのさぁ、キミたち? せっかくの闇の灰を散らさないでほしいんだけどなぁ」

 女神官の予想に反して、まだ若い男の声です。妙にのんびりした口調に、女神官はまた愕然(がくぜん)としました。

「その声――貴様、まさか――!?」

「あれぇ、わかったぁ? さっすが、ロムド城の四大魔法使いのお姐さん」

 と雲の中から一人の青年が姿を現しました。痩せた体に赤い長い上着をはおって、空中にふわふわと浮いています。その体は半ば透き通っていて、向こう側の雲が見えていました。青年は幽霊なのです。

 呆気にとられて立ちつくしている女神官たちを見て、幽霊は目を糸のように細めました。

「んー、いいねぇ。こうやって驚いてもらいながら登場するのってさぁ。うふ、うふふふふ」

 そう言って、ランジュールは女のような声で笑いました――。

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