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第20巻「真実の窓の戦い」

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103.共同戦線

 壁のように立ちはだかる黒雲から引き出された灰が、風と共に魔法使いから魔法使いへと引き渡され、無数の細い流れに別れていく様子を、衛兵たちは驚嘆して眺めていました。まるで灰色の風で網を編んでいくようです。

「私はこれまで様々な戦闘を経験してきましたし、魔法を使った作戦を見るのも初めてではありませんが、こんな光景を見るのは生まれて初めてです」

 と副官が言ったので、大隊長はうなずき返しました。

「わしもだ。魔法使いたちはプライドが高いから、強力な者ほど互いに協力するのが難しいのだが、彼らはまるで一つの部隊のように心を一つにしている。こんなことが現実になるとは」

 心底感心している大隊長に、白の魔法使いは微笑しました。

「これを実現させたのは、あなた方の国王だ。良い王をお持ちになった」

 とたんに大隊長も副官も面食らったような表情になりました。大隊長がとまどいながら言います。

「我々の新しい王を、良い王、と言われたのは初めてだ。ここだけの話、新王への悪口や陰口ならば、毎日聞かない日がなかったのだが。だが、あなたがお世辞などではなく、本心からそう言ってくれているのはわかるし、それを嬉しいとも感じる。我々も、新王への見解を変えつつあるところだ」

「アイル王は賢い方だ」

 と女神官は重ねて言って、高原全体を眺めました。飛んでくる風を次々に分散させて引き渡していく魔法使いのそばで、衛兵たちが警戒を続けています。会議の席で、魔法使いだけでは危険だから軍隊を同行させる、と言ったのも、アイル王でした。それは正しい判断だったのかもしれない、と女神官は考えていました。

 

 その時、高原の一箇所で、うわぁっという声が上がりました。振り向くと、流れていく風の中から一匹の黒い大蛇が現れていました。風の中で灰が寄り集まって、闇の怪物に変わったのです。真下で風を中継している魔法使いへ襲いかかっていきます。

 すると、大隊長がどなりました。

「恐れるな! 手順通り確実に倒せ!」

 その一声で、動揺していた兵士たちが落ちつきを取り戻しました。一人が馬上で長い槍を振り回して大蛇を引っかけ、魔法使いの頭上から払い飛ばします。

 雪の上に落ちた蛇は、すぐに鎌首を持ち上げました。全長五メートル近くもある大蛇です。人の腕より太い体に黒いうろこを光らせ、シャァァッ、と威嚇してきます。

 すると、別の兵士が長い鎖を振り回して投げつけました。その先端には鋭い鎌(かま)のような刃がついていて、蛇の頭に突き刺さります。

「無理だ! それは闇の怪物だぞ!」

 と女神官は思わず叫びました。闇の生き物は驚異的な回復力を持っているので、攻撃を食らっても、すぐ傷が治ってしまうのです。とっさに魔法で援護しようとします。

 ところが、大隊長がそれを止めました。

「まあ、見ていてください。ザカラス城の衛兵隊の戦いぶりを――」

 

 鎖鎌(くさりがま)を突き立てられた蛇へ、別の兵士が馬で駆け寄っていました。蛇はそちらに襲いかかろうとしますが、鎖で引っぱられているので頭を動かすことができません。そこへ兵士が駆けつけ、駆け抜けざま剣で蛇の首を断ち切っていきました。胴から離れた頭が、鎖に引かれていきます。

 黒い血を振りまいて飛んできた蛇の頭を、鎖鎌の兵士は思いきり振り飛ばしました。頭が刃から抜けて、雪の上に転がります。

 けれども、闇の蛇は死んでいませんでした。頭だけの状態で牙をむき、シャァァァ、と威嚇を続けます。胴も動き回り、人間を絞め殺そうと何度もとぐろを巻きます。

 気をつけろ! と言い合いながら、兵士たちは別れていきました。蛇の頭へ二人、蛇の胴体へ三人。それぞれに液体の詰まった革袋を蛇へぶつけます。

「あの中身は?」

 と白の魔法使いは大隊長に尋ねました。

「特別に精製された油だ。空気に触れると非常に引火しやすい状態になる。だから――」

 と大隊長が話している間も、兵士たちは動き続けていました。油をかぶった蛇へ、火種箱から火種を投げつけます。

 とたんに蛇は大きな炎に包まれました。蛇の頭が悲鳴を上げ、太い胴体は燃えながらのたうち回ります。その尻尾が魔法使いに当たりそうになったので、兵士がまた鎖鎌を投げました。鎌を尾に突き立て、二人がかりで鎖を引っぱって、魔法使いから遠ざけます。そうするうちに、蛇の頭も胴体も燃え尽きました。崩れて灰になり、四方に散って見えなくなっていきます。

 彼らに守られていたのは、ロムドの魔法軍団の一人でした。風の魔法を繰り出していて話せなかったので、ザカラス兵たちへ感謝の黙礼をします。

「見事な連携だ」

 と女神官も感心しました。兵士たちは各自が自分の役割を承知していて、動きに無駄がありません。闇の怪物の倒し方もよく知っています。

 ロムドの魔法軍団の長から賞賛されて、大隊長や副官が得意そうな表情をしました。

 

 やがて、雪の高原のあちこちで、同じような戦いが繰り広げられるようになりました。魔法使いが風に乗せて灰を送る間に、どうしても灰が濃くなる場所が現れて、そこから怪物が生み出されてくるのです。怪物も、獣、蛇やトカゲ、鳥、虫、魚、人、そのどれにも似ていないものと、ありとあらゆる姿形をしていますが、衛兵たちは勇敢に立ち向かい、連携しながら動きを封じて燃やしていきました。魔法が怪物に邪魔されることはありません。

 白の魔法使いは目を転じて、黒雲の壁と、そこから噴き出してくる灰色の風を見つめました。あれを全部拡散するのに、どのくらいの時間がかかるだろう、と考えます。

 雲は彼女が予想していたより大きく、そこに含まれる灰の量も、想定よりずっと多いように見えました。灰の受け渡しはうまくいっていますが、彼らの魔法も無制限ではありません。風おこしの魔法ならば、半日や一日は平気で続けられるはずですが、それより長引けば、体力の少ない者から疲れ果てて、魔法を続けることができなってしまうでしょう。

「そうなったら、一度引いて休み、体力が回復してからまた灰を散らせば良いだろうか……?」

 と女神官はつぶやきました。声に出したのは、なんとなく、その作戦に自信が持てなかったからです。彼女に予知能力はないはずでしたが、それでも、何故か急かされるような、嫌な予感がしていました。

 一方、ザカラス衛兵隊の大隊長は、戦況に満足しながら、女神官に話しかけてきました。

「どうですか? 闇の灰とやらは、うまい具合に散らされているでしょうか?」

 心なしか、口調が前より丁寧になってきています。

「うまくいっている。最後の列の魔法使いが放つ頃には、灰もだいぶ少なくなっているし、そこからまた風に乗って遠くへ飛ぶので、さらに薄くなっている。上へ向かった灰も、はるか高い場所を吹く風に紛れて拡散されている」

 と女神官は答えました。

 そう、作戦は順調に進行しているのです。うまくいっているはずなのに、胸騒ぎがするのは何故だろう、と考えます……。

 

 すると、突然丘の麓で青の魔法使いが叫びました。

「来ますぞ、白! とんでもなく馬鹿でかい闇の気配です!」

 丘の上では赤の魔法使いも猫の瞳を見開いて、じっと黒雲の壁をにらみつけていました。

 闇の灰の雲の奥で、巨大な何かが動き始めていました――。

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