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第20巻「真実の窓の戦い」

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102.作戦開始

 アイル王が守りの障壁のある安全な場所へ馬車で戻っていくと、白の魔法使いはまた全体に呼びかけました。

「諸君、それでは作戦を伝える――」

 すると、ロムドの魔法使いだけでなく、ザカラスの魔法使いや衛兵たちも、いっせいに女神官に注目しました。余計な私語はまったく聞こえません。真剣に耳を澄ましている一同へ、女神官は話し続けました。

「先ほども言ったように、あの灰の雲に接近しすぎるのは、いくら魔法使いであっても危険だ。あの丘の上に赤の魔法使いが出口を作り、こちらの高原へ灰を流す。それを受けとった者は、風を起こし、灰をのせて次の者へ受け渡してほしい」

「どちらの方向へ?」

 とザカラスの魔法使いが聞き返してきました。先ほどとは違って、作戦を遂行するための質問です。

 青の魔法使いがそれに答えました。

「自分の右後方および左後方にいる仲間と、上の方向にです。初めは、受けとった灰を四方や上空へ分散させようと考えたのですが、この場所には小さな山や丘が数多くありますからな。あまり多方向へ分散させると、思いがけない場所で風がぶつかり合って、灰が集まってしまうかもしれません」

「闇の灰の集積には、くれぐれも気をつけてほしい」

 と女神官は話を続けました。

「一瞬前までは、わずかに闇の気配をさせているだけだった灰が、ある量をこえたとたん強力な闇の怪物に変わるのだ。魔法使いは風を操り始めたら、他の魔法が使えなくなる。風を止めてしまえば、たちまちそこに灰が溜まって、新たな怪物を生み出すからだ。ザカラス城の衛兵たちに援護を頼みたい」

「任せておけ。我々は闇の怪物とも戦い慣れている」

 と答えたのは、黒い鎧兜の上にえんじ色のマントをはおった、衛兵隊の大隊長でした。慣れている? と女神官が思わず聞き返すと、隊長は胸を張りました。

「このザカラスは昔から怪物の多い国だ。城が襲撃される事態も想定して、我々衛兵隊は普段から闇の怪物に対抗する訓練を重ねているのだ。我々は魔法使いを守ると陛下にお約束した。貴殿たちに怪物は一匹たりとも寄せつけん」

 なんとも頼もしいことばに、四大魔法使いも他の魔法使いたちも、改めて衛兵たちを見つめてしまいました。兵士たちは大隊長にならって胸を張って見せます。全体が、ロムドとザカラス、魔法使いと兵士の違いを越えて、ひとつになり始めていました。

 

 白の魔法使いは大きくうなずくと、全員に向かって作戦の説明を続けました。

「これより、青の魔法使いが諸君の受け持つ地点を示す。風を操るのが得意な者は雲に近い場所を、方向性にあまり自信の無い者は遠い場所を選んでほしい。兵士の諸君には、魔法使い一人に四、五人ずつついてもらいたい」

「では、持ち場をこれから示しますぞ!」

 と青の魔法使いは太いクルミの杖を高く掲げました。その先端から青い光が立ち上り、いくつにも分散して高原全体へ散っていきます。光は全部で五十ほどもありました。尾を引きながら落下して、雪の中で青く輝き始めます。

 その光を目印に、魔法使いたちはいっせいに移動を始めました。魔法で飛んでいく者、自分の足で走っていく者、馬に乗って駆けていく者、さまざまです。

「全軍、小隊単位で守備につけ!」

 という大隊長の号令で、衛兵は馬に乗って魔法使いへ駆け寄り、指示通り一人を四、五人で囲んで守り始めました。大陸に名だたるザカラス軍だけあって、よく統制がとれた動きです。

「これはいけそうですな。では、私と赤も持ち場に着きましょう」

 と青の魔法使いが言ったので、白の魔法使いは尋ねました。

「待て、青。私の持ち場はどこだ?」

 武僧が光で示した場所は、すべて魔法使いと兵士で埋まっていて、彼女が立つ場所は残っていなかったのです。

 すると、武僧は、はっはっと声を上げて笑い出しました。

「あなたの持ち場はここですよ、白。大将が戦場に入り込んで戦ってしまっては、全体を指揮する者がいなくなるでしょう」

 なに? と女神官は眉をひそめました。彼女は魔法軍団の責任者です。これまでずっと最前線で戦いながら部下たちを指揮してきたので、妙なことを言われた、と感じたのです。

 すると、武僧はすぐに真顔になって、心話で話しかけてきました。

「赤が、あの雲の下に、大きな怪物の気配を感じると言っているのです。デビルドラゴンが出現しているわけではないようですが、かなり手強い相手らしい。我々には衛兵隊の大隊長自らが警護に立ってくれるようですが、おそらくそれだけでは間に合わんでしょう。私や赤がやられてしまえば、この作戦全体が倒れます。我々のすぐそばに待機していてください」

「ダ」

 と赤の魔法使いも心話で賛同します。

 白の魔法使いは納得してうなずくと、雪原の向こうから迫ってくる黒雲を眺めました。彼女にはその下の様子は見通せませんが、すさまじい闇の気配はひしひしと伝わってきます。

 

「では行きましょう、赤」

 と言って、青の魔法使いは赤の魔法使いと消えていきました。次の瞬間には、五十メートルほど離れた丘の上に赤の魔法使いが、その麓に青の魔法使いが姿を現します。おお、と取り残された大隊長と部下たちが驚きの声を上げました。あわてて駆けつけようとするので、白の魔法使いは引き止めました。

「これ以上近づくと、彼らの魔法に巻き込まれる。ここで見ていてください」

 と言って、彼女自身も仲間たちの行動を見守ります。

 赤の魔法使いは細いハシバミの杖で、自分の周囲の雪にぐるりと円を描きました。すると、そこに石や木の根といった様々な物が載った器が現れます。彼がムヴアの術を使うときに必要な道具たちでした。その中心の雪に座り込み、手を不思議な形に合わせて、低く歌い始めます。

 すると、行く手から壁のように迫る黒雲から、ごごご、とうなるような音が聞こえてきました。音は高く低くなりながら、やがてムヴアの魔法の歌に同調し始めます。赤の魔法使いが雲の中に風を起こして捕まえたのです。

「イ、ウペーポ!」

 と魔法使いが叫ぶと、雲の一箇所から灰色の雲が飛び出してきました。大蛇かユラサイの竜のようにくねりながら、こちらへ向かってきます。それは灰を乗せた風でした。あっという間に彼の頭上までやってきて、通り過ぎていきます。

 すると、赤の魔法使いがまた叫びました。

「アオ!」

「いつでも!」

 と武僧の魔法使いは応えて、こぶだらけの杖を握り直しました。そこへ灰色の風が襲いかかるように突進してきます。

「はぁっ!」

 頭上に風がやってきた瞬間、武僧は杖を高く突き出しました。とたんに、ばっと風が三つに割れ、一つは武僧の右後ろへ、もうひとつは左後ろへ、さらに三つ目はまっすぐ上空へと流れます。

「行きましたぞ!」

 前から次々流れてくる灰の風を見たまま、武僧はどなりました。後ろから、はいっ! と二つの声が返ります。武僧の百メートルほど後方に、左右に分かれて待機していた二人の魔法使いが応えたのです。呪文を唱え、頭上に風が飛んできた瞬間に魔法を発動させます。

 風は彼らの場所でまた三つに分かれました。右後方、左後方、そして頭上へと方向を変えて流れていきます。それをまた後方に控えていた魔法使いたちが受けとめ、さらに三つの方向に分散させます。

 行く手から迫る巨大な灰の塊が、魔法使いたちによって、細く広く散らされようとしていました――。

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