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第20巻「真実の窓の戦い」

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第34章 作戦開始

101.国王

 雪が降り積もる高原地帯で、白の魔法使いは、すべての魔法使いに召集をかけました。馬の上や馬車から五十人ほどの男女が降りてきて、女神官の前に集まってきます。ザカラスの魔法使いの服装は様々ですが、ロムドの魔法軍団は全員色違いの長衣を着ていました。長衣の背中には、天使、熊、鷲(わし)、山猫のどれかが刺繍(ししゅう)されています。

 魔法使いたちの外側には、彼らを半円形に取り囲むように、黒い鎧兜の兵士たちが立っていました。護衛のために同行してきたザカラス城の衛兵ですが、魔法使いたちを見る目はあまり友好的ではありません。一応、周囲へ警戒を続けていますが、衛兵同士でこっそりこんな会話をかわしています。

「魔法使いどもは、あの雲を消そうとしているんだな? 無理じゃないのか。いくらなんでも、でかすぎるだろう」

「いいや、その気らしいぞ。ロムド国の魔法使いなら可能らしい」

「魔法軍団とか四大魔法使いとか、偉そうな名前で呼ばれている連中だな? 名前が派手なだけだ。魔法なんて言っても、せいぜい、火打ち石もなしにランプに火をつけるとか、歩いてる犬を気絶させるとか、その程度のことに決まってる」

「だが、連中は魔法で雪野原に道を作ったぞ。けっこうすごい魔法じゃないか」

「道を作ったのは馬だ。連中は魔法で道の目印をつけただけさ」

「だいたい、空の雲を消してどうするっていうんだ? この大雪を終わらせようとしているのか?」

「春が遅い年なんてのは、よくあることだろう。三月に雪が降るのだって当然なんだから、心配のしすぎなんだ――」

 行く手から迫る黒雲の壁が、闇を含む火山灰だということを、衛兵たちはまだ知りませんでした。常人であれば、雲に近づくにつれて闇の気配を感じ取って、不安になったり、いらついたりするのですが、ザカラス兵たちにそんな変化は見られません。徹底的に戦士の訓練を積んできているので、ちょっとやそっとのことでは動じないよう、神経も鍛えられているのです。落ち着かない様子で集まっている魔法使いたちを見て、鼻で笑っています。

 

 彼らの前で、白い長衣の女神官が話し出しました。

「諸君、我々はついに灰の雲の前にやってきた。見てのとおり、雲は非常に巨大だ。危険も伴うから、これから説明する作戦をよく聞いてほしい」

 女神官は魔法で声を広げていたので、魔法使いたちだけでなく、外側に立つ兵士たちにも話はよく聞こえていました。

「たかが雲に大袈裟(おおげさ)だな」

「ずいぶんきつそうな顔をした女だ。どうせならグラマーな美人が良かったぞ」

 と兵士たちがまた陰口をたたいて、こっそり笑います。

 白の魔法使いは、全体へ話し続けていました。

「作戦に取りかかる前に、諸君に確認しておかなくてはならないことがある――。行く手に見えているあの黒い雲の壁は、メラドアス山脈の火の山から噴き出した火山灰だが、その灰は闇を含んでいる。闇に弱いものが雲に近づけば影響を受けるし、灰が大量に集まれば、灰は怪物に変化する。事実、あの雲の下にはたくさんの闇の怪物がいるのだ。たかが雲と甘く見ている者もあるかもしれないが、決して油断してはいけない」

 そう言って女神官が視線を向けたのは、目の前の魔法使いたちではなく、その後ろに立つ衛兵の集団でした。たった今、陰口をたたいた兵士たちは、女神官ににらまれたような気がして、たじろぎました。聞こえていたんだろうか? と思わず仲間と顔を見合わせます。

 すると、ザカラス国の魔法使いの一人が聞き返しました。

「闇の灰に近づくな、と言われても、近づかなくては、あれを散らすことはできないだろう。どうしろと言うんだ? それとも、ロムドの魔法使いたちなら、どんなに離れていても魔法が届くのかね? それならば、我々など必要ないはずだ。さっさと帰らせてもらいたいものだな」

 白髪まじりの男ですが、話す口調に棘(とげ)がありました。ロムドとザカラスは、少し前までは戦いを繰り返してきた敵国同士だったので、ザカラスに入り込んできたロムド人たちを快く思っていないのです。ロムドの魔法使いたちが、むっとした顔になります。

 女神官は冷静な声で答えました。

「ザカラス国の魔法使いの諸君にも期待している。灰の雲はあまりにも巨大だから、我々だけの力では対応しきれないのだ。雲に最も近い場所は、私の仲間の四大魔法使いが受け持つ。そこから受けとった灰を、各方向へ散らしてもらいたい」

 ざわざわ、と魔法使いたちがいっせいに騒ぎ始めました。ザカラス国の魔法使いたちは、そんな作戦がうまくいくのか、といぶかり、ロムド国の魔法使いたちは、自分たちのリーダーが危険な場所に立つことを心配したのです。

「なんだ、びびって、雲の真下に行けないらしいぞ?」

 とまた兵士たちが陰口を始めていました。

「魔法使いは、よそに魔法を使っている間は無防備になる。そこを怪物に襲われるのが怖いんだろう」

「だらしないな。たかが怪物の二匹や三匹、なんだと言うんだ」

「魔法使いは、魔法が使えないと、普通の人間よりひ弱なんだよ」

 誰も大声こそ上げませんが、低いざわめきは不協和音を奏でていました。ザカラスの魔法使い、ロムドの魔法使い、ザカラスの兵士たち。それぞれ立場の違う者たちが、相手を拒み、馬鹿にしています。

 その様子に、白の魔法使いは内心焦っていました。自分たちの部下である魔法軍団だけならば、何を馬鹿なことを言っている!? と叱りとばすところですが、他国の魔法使いや軍隊相手には、そういうわけにもいきません。ばらばらになっている心をどうやってまとめようか、と悩みます――。

 

 そこへ、踏みしめられた雪の上に車輪の音を響かせて、一台の馬車が走ってきました。集まっていた人々のど真ん中に突入してきたので、兵士や魔法使いたちはあわてて道を開け、馬車の横にザカラスの紋章が描かれているのを見て驚きました。馬車は白の魔法使いの目の前で停まり、中から立派な服に金の冠をかぶったアイル王が下りてきます。

 女神官は思わず声を上げました。

「陛下、何故こちらに!? 守りの障壁は陛下が先ほどいらした場所に張ったのですよ!?」

 アイル王には安全なところで待機していてもらうはずだったのに、王は自分から危険な場所へやってきてしまったのです。

 すると、王は言いました。

「こ、ここにいる者の多くは、わ、我が家臣だ。わ、私が話をしなくてはならないだろう。わ、私の声を皆に伝えてもらえないだろうか――?」

 アイル王はとても痩せた人物でした。背は決して低くないのですが、体格が貧弱なので、どんなに立派な服を着ても、頼りない印象を相手に与えてしまいます。今も、アイル王は自分の両手を握り合わせたり放したりしながら話していました。なんとも神経質なしぐさです。

 けれども、女神官はすぐに一礼しました。手にした杖をちょっと掲げて、拡声の魔法をかけます。

 アイル王が全体に向かって話し出しました。

「ゆ、勇敢なるザカラスの戦士たちよ。し、城を立つときには急いでいたので、わ、私が皆に話をする暇がなかった。い、いよいよ、作戦に取りかかる今、わ、私からも皆にひとこと話をしたい――」

 どれほど頼りなく見えても、彼はザカラスの王でした。まずザカラス城の衛兵たちがひざまずき、次いで、ザカラスの魔法使いたちも深くお辞儀をしました。白の魔法使いも片手を胸に当てて王に頭を下げたので、ロムドの魔法使いたちもそれにならいました。集まっていた全員が、アイル王へ敬意を払います。

 それを見回して、アイル王は話し続けました。

「わ、私は幸せ者だ。み、皆のように優秀な兵や魔法使いたちから、こ、このようにしてもらえるのだから。だ、だが、私は王であっても、じ、実際の力は何も持たない。あ、あの黒雲が我が国に害をなすとわかっていながら、そ、それを消すこともできなければ、雲が生み出した怪物を、た、倒すこともできないのだ。だ、だから、私は魔法使いたちに頼みたい。わ、私に代わって、あの雲を打ち払い、ザカラスから闇を払ってくれ。ゆ、勇敢なザカラスの兵士たちには、魔法使いたちが全力で作戦を遂行できるように、か、彼らの盾となってほしい。わ、私はこの場所で、皆の活躍を見守ろう。そ、それが私にできることだ」

 

 王のことばに、一同は驚いて顔を上げました。白の魔法使いが言います。

「それは危険です、陛下! この場所は灰の雲に近すぎるのです! 作戦が始まって、闇の怪物が陛下に襲いかかっては大変です!」

 すると、女神官の両脇に、大柄な武僧と黒い肌の小男が姿を現しました。青の魔法使いと赤の魔法使いが調査から戻ってきたのです。青の魔法使いもアイル王へ言います。

「白の申し上げるとおりです、陛下。我々はここから見えるあの丘の上から、闇の灰を引き出すことにしました。灰は次々分散されていきますが、この場所ではまだ闇が濃すぎるのです。何事が起きるか予測がつきません。どうか、もっと安全な場所に下がってください」

「ダ、ロ!」

 と赤の魔法使いも言いました。大丈夫だから我々に任せろ、と言っているのです。

 すると、王は痩せた顔に微笑を浮かべました。

「そ、そうはいかない。わ、私の家臣たちが、命がけで危険な作戦に臨もうとしているのだから、わ、私も同じように命がけでなければ、み、皆の忠心に応えられない」

 衛兵たちは青くなりました。

「なりません、陛下! 危険です!」

「安全な場所においでになってください!」

「陛下がいらっしゃらなくても、我々は誠心誠意、命をかけて、魔法使いたちを守ります! どうぞご安心を!」

 王を危険な目に遭わせては自分たちの沽券(こけん)に関わるだけに、必死になって王を説得します。

 一方、ザカラスの魔法使いたちも、驚いて自分たちの王を見ていました。

「陛下が我々魔法使いに頼むとおっしゃった」

「先の陛下は、あたしたちに一方的に命令を下して、働かせるだけだったのにさ」

「そのうえ、陛下は俺たちと一緒に戦うともおっしゃるのか」

 

 そんなザカラス人たちの声に、白の魔法使いは、そうか……と思いました。

 アイル王は、自分でも言っているとおり、先のギゾン王のような威厳や強力な指導力は持っていません。けれども、自分に力がないと自覚しているからこそ、体面など気にせずに、臣下に協力を求めることができるのです。アイル王がつまづきながら一生懸命に話すことばは、聞いている相手に、王の誠実さや熱心さを伝えます。頼りなさそうな外見も、だからこそ力になって支えて差し上げなければ、という気持ちを相手に呼び起こします。この方はこういう王だったのか、と白の魔法使いは考え続けました。自分たちの主君のロムド王や、隣国のエスタ王ともまた違ったタイプの国王です。

 女神官はアイル王の前に膝をつくと、胸に手を当てて頭を下げました。他国の魔法使いにまで礼をされて面食らっている王へ言います。

「誠実なザカラス国王陛下に、ユリスナイ様の守護があらんことを。我々はロムド国王陛下のご命令で戦う魔法軍団ですが、このザカラス国にいる間は、アイル陛下に我々の忠誠と力を捧げさせていただきます。我々は、ロムド国王陛下にお仕えするように、陛下のご命令にも従いましょう。ですから、どうぞお聞き届けください。戦場は我々魔法使いと兵士に任せて、陛下は安全な場所にお下がりくださいますように。そうすれば、我々は安心して、全力で闇に臨むことができます」

 白の魔法使いのことばに、居合わせた全員がうなずきました。ザカラス兵も、ザカラスの魔法使いも、ロムドの魔法使いも、同じ表情でアイル王を見つめています。

 アイル王はますます驚いた顔になると、やがて、一同を見回してほほえみました。

「わ、わかった。で、では、皆の者の足手まといにならぬよう、私は離れていることにしよう」

 

「あの王様に命がけで頑張ると言われると、いやいや、とんでもない、我々が頑張りますから、と言いたくなるのは、なんとも不思議なことですな」

 と青の魔法使いが心話でこっそり仲間たちへ言っていました――。

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